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万葉古代学公開シンポジウム(歌木簡) [2012年09月29日(Sat)]
 午後から明日香村の奈良県立万葉文化館で公開シンポジウムがあり出かけて来ました。
 テーマは、「声から文字へ − 木簡に記された詩歌と古代東アジアの詩歌の場 − 」で、4人の研究者が発表されました(それぞれの演題は下記のチラシを参照)。

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 シンポジウムに先立ち、和田萃先生による「安騎野の”かぎろひ”」と題する基調講演が行われました。とり上げられた歌は、東の 野にかぎろひの 立つ見えて かへりみすれば 月西渡(かたぶ)きぬ(@-48)で、題詞には、軽皇子の安騎野に宿りましし時、柿本朝臣人麻呂の作れる歌とあり、長歌と反歌4首からなる歌群の三首目の反歌です。軽皇子の安騎野の旅宿りは、この一連の歌から、即位を前にして亡くなった父草壁皇子(日並皇子)の追悼慰霊にあったとみられています。ところでこの”かぎろひ”は、晴天の冷え込んだ夜が明ける前、東の空が赤く染まる現象(オーロラのように)とされ、東京天文台によってこの歌が詠まれた時期が持統6年(692)11月17日午前5時50分ごろと算出されているそうです。これに基づき毎年「”かぎろひ”を見る会」が大宇陀かぎろひの丘で開催されているそうです。和田先生によると、はっきりと見えたのは40回ほどのうち2回ほどだったそうです(地元の方によると2月頃の方がよく見えるとのこと)。

 近年、万葉歌が書かれたとみられる木簡が発見され(石神遺跡、宮町遺跡、馬場南遺跡出土の3点)、これまでも関連シンポジウムが開催されています。京都府木津川市馬場南遺跡出土(2008年8月)の歌木簡に関するシンポジウムには出席し、昨年8/20の記事の中でもふれています。
 今回の研究報告は、万葉古代学研究所の委託共同研究(『万葉集』と歌木簡ー東アジアにおける詩歌の場と記録メディアの展開ー)の成果発表です。
 興味深かったのは、秋田城遺跡出土の『文選』木簡と呼ばれているものです。『文選』巻十九に収められる「洛神賦」の一部が書かれたものです。当時の軍事的拠点であった秋田城から、極めて高尚な中国の文学作品を書写した木簡が出て来た理由については、次のような考えが示されました。当時の日本海側は、中国・朝鮮半島・渤海国といった文化の進んだ国々との玄関口で、出羽国は、対蝦夷の最前線であると同時に、海外交渉の窓口の一つでもあり、そのため当時の東アジアの共通言語である中国語に堪能な人材も派遣されていたとみられています。外国使節が漂着することもあったようです。『続日本紀』巻三十九延暦5年(789)9月甲辰条に、海難に遭った渤海国の大使が出羽国の海岸に漂着したと記されています(国際日本文化研究センター・多田伊織氏の報告より)。

 明日香路はヒガンバナが真っ赤に咲いていました。写真はシンポジウムが始まる前に橘寺方向に向かって撮影したものです(後方右が橘寺)。

IMG_1344m.jpg
Posted by katakago at 22:46
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