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古事記学会公開講演会 [2012年06月16日(Sat)]
 今日(6/16)から、古事記学会大会が奈良県新公会堂能楽ホールで始まりました。今年は「古事記撰録千三百年記念大会」として開催されています(6/17は研究発表会)。同時に今日から一ヶ月間、奈良国立博物館で、特別陳列「古事記の歩んできた道」の展示が行われています。今日は、その特別陳列の観覧と、午後の公開講演会を聴きに出かけました。

 公開講演会では、三人の先生が話されました。
まず、毛利正守先生(皇学館大学教授・大阪市大名誉教授)が、「古事記の文体 ― 変体漢文の見直しを中心にして ―」と題して講演されました。『記紀』はいずれも漢字で書かれていますが、正史である『日本書紀』は漢文体で書かれているのに対し、『古事記』は日本語文を目指して書かれており(変体漢文ではない)、漢字に倭語を当てて(訳読・翻読し)、訓字として日本語文が記されています。これを毛利先生は「倭(やまと)文体」(平安朝以降の和文体とも違えて)と提唱されています。

 山口佳紀先生(聖心女子大学名誉教授)は、「『古事記』歌謡における人称転換と自敬表現」と題して話されました。八千矛(やちほこ)神が高志(こし)国の沼河比売(ぬなかわひめ)と結婚しようとお出ましになった時に歌われた歌(古事記・歌謡2)など、人称転換が認められる古事記歌謡を中心にとりあげて検証されました。歌謡における人称転換(三人称→一人称)は、貴人の発言は多くは伝言者によって伝えられるという習慣が、歌謡の形式として利用されたもので、人称転換後に現れる一人称に対する自敬表現は、伝言者の敬意が反映したものと考えるのが適当との見解でした。

 上田正昭先生(京大名誉教授)は、「『古事記』成書化の歴史的意義」と題して講演されました。こんにち『古事記』偽書説がありますが、それぞれの説に対し具体的に反証を述べられた上で、『古事記』の独自性(『日本書紀』にある日本版中華思想は一切書かれていない)と文学性(特に『古事記』にしか書かれない神話)について話されました。『古事記』があるからこそ、日本文学の素晴らしさ、日本の古代の歴史と文化の豊かさが分かる、と強調されていました。写真は講演される上田先生です。

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Posted by katakago at 22:23
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