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吉野路ウォーク(11/23) [2011年11月24日(Thu)]
 昨日(11/23)は、「ウォーク万葉たまづさ会」主催の吉野路ウォークに参加しました。ルートは次のとおりです。近鉄吉野駅(集合10:00)→金峯山寺蔵王堂→吉水神社→櫻本坊(天武天皇像拝観、昼食)→吉野・宮滝万葉の道(喜佐谷・象の小川)→桜木神社(赤人の万葉歌碑)→宮滝(万葉歌碑)→奈良交通バス(15:43発)にて大和上市駅→阿倍野橋行き特急乗車(16:09発)
 吉野は、大学一年の時(今から47年前)に、初めて犬養先生の万葉旅行に参加した場所であり、思い出の地でもあります。退職後、関西に引き上げてからこれまで3度訪れていますが、今回万葉仲間と共にあらためて晩秋の吉野路ウォークを楽しみました。
 吉野に宮が営まれたことは、『日本書紀』応神天皇(15代)条、雄略天皇(21代)条に記されていますが、吉野宮造営については斉明天皇(37代)二年(656年)の条に初めて記されています。発掘調査により、吉野町宮滝の吉野川に臨む地が、宮の跡地と推定されています。
 吉野の地は、天智天皇の亡くなる直前(671年)、近江宮を脱出した大海人皇子(後の天武天皇)がここに隠棲し、翌年挙兵して大友皇子と皇位継承を争ったいわゆる壬申の乱ゆかりの地です。この時妃の鸕野讃良皇女(後の持統天皇)も大海人皇子につき従いましたが、後に天皇に即位してから、在位中に吉野に31回の行幸を行っています。その吉野の行幸の折に柿本人麻呂が詠んだ歌(吉野讃歌)が『万葉集』に載せられています。 長歌では、「たくさんある国の中でも、山も川も美しい吉野に離宮が営まれたので、宮廷に仕える人々は船を並べて川を渡っている。その川の水が絶えないように、この山の高いように、永遠に高くそびえた吉野の滝の離宮は、いくら見ても見飽きない」と吉野の宮を讃美しています。反歌では次のように歌っています。
【歌】 見れど飽かぬ 吉野の川の 常滑の 絶ゆることなく またかへり見む (@-37)
【口語訳】 見飽きない 吉野の川の 常滑のように 絶えることなく また立ちかえって吉野を見よう
 次の写真は、宮滝付近の吉野川です。


 吉野は多くの万葉歌人によって詠まれていますが、大伴旅人が大宰府に赴任中に詠んだ次の歌に、「夢(いめ)のわだ」が詠まれています。次の写真の中央、左上から白く水が流れ落ちている所(象の小川が吉野川に注ぐ所)が「夢のわだ」と伝えられています。
【歌】 我が行きは 久にはあらじ 夢のわだ 瀬にはならずて 淵にもありこそ (B-335)
【口語訳】 私の筑紫暮らしも もう長くなかろう 夢のわだは 瀬にならないで 淵のままであってくれ



 今回のルートでは、宮滝に到るには喜佐谷を下って行きました。

 喜佐谷を下る途中、象の小川の滝を見ることが出来ました。

 山部赤人は、次のように歌っています(この歌碑が桜木神社にありました)。
【歌】 み吉野の 象山の際の 木末には ここだも騒く 鳥の声かも (E-924)
【口語訳】 み吉野の 象山(きさやま)の谷間の 梢には こんなにもいっぱい鳴き騒いでいる 鳥の声よ

 吉野はまた、山岳信仰の場としても知られ、金峯山寺は奈良時代の役行者が開いたと伝えられ、蔵王権現信仰の聖地とされています。次の写真は、金峯山寺蔵王堂(世界遺産に指定)の遠望です。

Posted by katakago at 18:11
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