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東国万葉旅行(9/2その1) [2011年09月05日(Mon)]
 9月2日から2泊3日の旅程で、「万葉の大和路を歩く会」の特別万葉旅行に参加しました。筑波山(茨城県)、三毳・佐野(栃木県)、伊香保・赤城・榛名・子持(群馬県)方面の万葉故地を尋ねる旅です。久しぶりに出かけるので、農作業も早めに段取りをつけて楽しみにしていましたが、大型台風が接近する中での出発となりました。筆者は退職するまで長らく(三十数年)神奈川県横須賀市に居住していましたので、上記の万葉故地は、個人で訪れたこともありましたが、今回は、朝日カルチャーで受講している万葉講座の坂本信幸先生(高岡市万葉歴史館館長、奈良女子大学名誉教授)が講師として参加される旅行でもあり、あらためて現地での解説を楽しみに出かけた次第です。「万葉歌を鑑賞するにはその歌が詠まれた風土と歴史に身を置いて」は故犬養孝先生の教えでもありました。
 台風にもかかわらず、全国各地(京阪神はもとより、北海道、広島、富山、広島、四国など)から計38名の参加者がありました。ここでは、まず1日目(9/2)に筑波山を訪れた様子をお伝えします。


 写真(2枚目は9/3撮影)は、車窓から見た筑波山です。山頂は男体山(約871m)と女体山(約877m)の二つの峰に分かれています。『常陸国風土記』には、「そもそも筑波岳は、高く雲中にそびえ、頂きの西の峰(男体山)はけわしく高く、雄の神といって登るのを許さない。ただ、東の峰(女体山)は四方が磐石で昇り降りはごつごつとしてけわしいけれども、その側を泉が流れていて冬も夏も絶えることがない。[足柄の]坂から東の国ぐにの男女は、春の花が開く時季、秋の木の葉の色づく時節に、手を取り肩を並べて続続と連れだち、飲み物や食べものを用意して持ち、騎馬でも登り徒歩でも登り、遊び楽しみ日を暮らす。」とあります(吉野裕訳『風土記』より)。当時筑波山では、特定の日に多数の男女が集まって、飲食・歌舞する習俗(性的解放を伴う)があり、これを嬥歌会(かがひ)といい(中央では歌垣といわれた)、筑波嶺に登って嬥歌会をした日に詠まれた歌(高橋虫麻呂歌集)も『万葉集』に載せられています。

 山頂へは、先ずつつじケ丘駅よりロープウェイ(幸いにも運行されていた)で女体山へ登り、徒歩で男体山に向かいました。


 山頂付近は一面の霧で、眼下に関東平野を望むことは叶いませんでしたが、記念の写真を同行の荒川さんに写してもらいました。
次の写真は女体山山頂の本殿です。


 女体山から、ガマ石(写真)を通り過ぎ、霧の中を男体山に向かいました。下山のケーブルの最終発車時間の関係で男体山の山頂には行けませんでしたが、筑波山へ登るというこの旅の当初の目的は達せられました。下山後、筑波山神社で、筑波が詠まれた歌の歌碑を前に説明を受けました。これは「その2」でお伝えします。
Posted by katakago at 17:00
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