新元号「令和」の続報(4/1の記事に追加)
[2019年04月10日(Wed)]
新元号「令和」の出典が『万葉集』巻五の梅花歌の序からと発表され、このブログでも取り上げています(次のURL)。
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1496 その後ネット上などで、6世紀に梁の昭明太子によって編纂された文芸集『文選』巻十五の「歸田賦」が話題になっています。そこで、改めて手元にあるいくつかの『万葉集』の注釈書を調べてみました。 新日本古典文学大系『萬葉集』(岩波書店)のこの歌序の語注には、序の冒頭の文、「これは羲之が蘭亭記の開端に、永和九年歳在癸丑、暮春之初会于会稽山陰之蘭亭。脩稧事也(永和九年、歳は癸丑に在り。暮春の初め、会稽山陰の蘭亭に会す。筆者注)。この筆法にならへりとみゆ」(代匠記(初稿本))と指摘されている、とあります。この歌序の構成や語句が「蘭亭記」によることは契沖以来の定説のようです(小島憲之著『上代日本文学と中国文学 中』)。さらに、「初春令月氣淑風和」の個所については、『文選』巻十五の「歸田賦」(作者は後漢の張衡)の「仲春令月時和氣C(仲春令月、時和し氣清らかなり)」が引かれていました。このテーマについては、今後、受講している万葉講座でも取り上げられるものと楽しみにしています。 次の写真は該当部分(「歸田賦」)の写真です(国立国会図書館デジタルアーカイブより)。 |
Posted by
katakago
at 17:54