CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
<< 2020年11月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
平成28年度 瀬戸内海文化を考える会 [2016年11月15日(Tue)]
 先週後半(10−12日)、今年の「瀬戸内海文化を考える会」の行事(文化フォーラムと万葉ツアー)が、長崎県対馬市と壱岐市で開催され出かけてきました。一昨年の淡路島、昨年の太宰府市に続いての参加です。帰って翌日は来月10日に控えた尺八演奏会のリハーサルがあり、記事を書くのが遅くなりましたが、以下写真とメモを残しておきます。
【1日目 文化フォーラム】
  対馬交流センターで開催された文化フォーラムでは、お二人の先生が講演されました。
 山田洋嗣先生(福岡大学教授)の演題は「対馬宗家文庫本『歌枕名寄』の不思議」。『歌枕名寄』は、『万葉集』以下の和歌に詠まれてきた地名のすべてを網羅して作られ、対馬宗家文庫本のそれは、奥書によれば室町時代末の永禄十二年(1569)に書写されたもので、対馬の地名が詠まれた歌には、対馬の地誌を実地に知っている江戸期とみられる人の書入れがあり興味深いお話でした。
 内田賢徳先生(京都大学名誉教授)の演題は「壱岐・対馬の万葉集歌」。『万葉集』巻十五の前半には遣新羅使人の歌145首が置かれ、壱岐で詠まれた歌9首(3688〜3696)、対馬で詠まれた歌21首(3697〜3717)があり、それらの歌について解説されました。この時の遣新羅使は天平八年(736)で、壱岐島で一行の一人雪連宅満(ゆきのむらじやかまろ)が悪病に罹って亡くなり、新羅では使いの旨を拒否されるという侮辱的な扱いを受け、帰国途中に大使阿倍朝臣継麻呂が対馬で亡くなり、副使の大伴宿祢三中は病気に感染して入京が遅れた(『続日本紀』)。
 翌日以降の万葉ツアーでは、壱岐で詠まれた雪連宅満の死を悼む挽歌の歌碑や宅萬の墓とされる場所を訪れ、対馬でも歌が詠まれたゆかりの地と歌碑を訪ねました。 
 内田先生の講演の様子
IMG_4877m.jpg

【2日目 万葉ツアー 対馬】
 万関橋北詰の萬葉歌碑(対馬市美津島町久須保)
【歌】 潮干なば またも我来む いざ行かむ 沖つ潮さゐ 高く立ち来ぬ (巻十五・3710)
【口語訳】 潮が干たら またわたしは帰って来よう さあ出かけよう 沖の潮鳴りも 音高くなってきた
IMG_4887m.jpg

 万関橋からの眺め(この橋は旧日本海軍が明治33年に掘削した人工の瀬戸に架かり対馬の上下島を結ぶ)
IMG_4884m.jpg

 竹敷の宇敝可多山(うへかたやま)の歌碑(対馬市美津島町竹敷)
【歌】 竹敷の 宇敝可多山は 紅の 八入の色に なりにけるかも (巻十五・3703 少判官)
【口語訳】 竹敷の 宇敝可多山は 紅染めの 八(や)しおの濃さに 染まったなあ 
IMG_4900m.jpg

 平舘英子先生(日本女子大学名誉教授)による解説の様子
IMG_4904m.jpg

 竹敷の浦の万葉歌碑(対馬市美津島町 上見坂展望台)
【歌】 竹敷の 浦廻の黄葉 我行きて 帰り来るまで 散りこすなゆめ (巻十五・3702 大判官)
【口語訳】 竹敷の 湾内の紅葉よ わたしが新羅へ行って 帰って来るまで 散ってくれるな決して
IMG_4912m.jpg

 竹敷の浦に停泊した時に詠まれた歌は18首あり、これら2首の前に次の副使の歌がある。
【歌】 竹敷の 黄葉を見れば 我妹子が 待たむと言ひし 時そ来にける (3701)
【口語訳】 竹敷の 紅葉を見ると いとしい妻が お待ちしていますと言った その時が来たのだなあ
 他にも秋の帰国が予定されていたことを示す、「秋さらば相見むものを」(3581)や「秋風の吹かむその月逢はむものゆゑ」(3586)ながあり、いまだ新羅に向けて渡海できないでいるうちにその時が来てしまったことを嘆いている。

 対馬グランドホテル玄関そばの万葉歌碑(対馬市美津島町鶏知甲)
【歌】 百船の 泊つる対馬の 浅茅山 しぐれの雨に もみたひにけり (巻十五・3697)
【口語訳】 多くの船が 泊る津の島ー対馬の 浅茅山は しぐれの雨で 紅葉してしまった
IMG_4907m.jpg

 和多都美(わたづみ)神社(対馬市豊玉町仁位) 御祭神は彦火々出見尊と豊玉姫命
 珍しい三角形の鳥居と後方に社殿
IMG_4895m.jpg

 海の中の鳥居
IMG_4890m.jpg

 和多都美神社の奥にある磐座(いわくら)
IMG_4898m.jpg 

 万松院(対馬市厳原町)
対馬を統治した宗家の菩提寺で、寺号は19代義智(よしとし)の法号万松院に因る。
 墓所に至る石段(百雁木と呼ばれる)
IMG_4919m.jpg

 中興の祖とも評される21代(三代藩主)義真(よしざね)と夫人の墓
IMG_4923m.jpg

 壱岐に向かうフェリーから見た夕日
IMG_4963m.jpg

【壱岐】
 2日目の夕食会場の様子
 懇親会の席では会の代表の坂本信幸先生が司会をされ、大村一郎氏(神奈川県立横浜第一中学校時代に犬養先生の授業を受けられた)や、星野和央氏(犬養先生の著書『万葉の旅』の編集担当者)などがそれぞれの思い出を話される中、私も坂本先生から指名され猪名川万葉植物園のPRをさせていただきました。参加者から見学希望の申し出もいただきました。
IMG_4970m.jpg

【3日目 万葉ツアー 壱岐】
 壱岐島内を巡りました(萬葉公園の歌碑、雪連宅満の墓、河合曾良の墓、岳の辻展望台、折口信夫の歌碑)。
 萬葉公園の歌碑(壱岐市石田町本村触)
【歌】 石田野に 宿りする君 家人の いづらと我を 問はばいかに言はむ (巻十五・3689)
【口語訳】 石田野(いわたの)に 旅寝する君よ ご家族に どうしたのですかと 尋ねられたら何と言おうか
IMG_4975m.jpg

 折口信夫(釈迢空)の歌碑(壱岐市郷ノ浦町 岳の辻展望台そば)
民間伝承採訪のため来島(大正10,13年)した折の作とされる。
【歌】 葛の花 踏みしだかれて 色あたらし この山道を 行きし人あり
IMG_4993m.jpg

 壱岐から博多へ(ジェットフォイルで約一時間)
IMG_4997m.jpg

一昨年(淡路島)と昨年(太宰府)での記事は次のURLに載せています。
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/918
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1057

Posted by katakago at 10:40
この記事のURL
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1185
コメントする
コメント
プロフィール

katakagoさんの画像
カテゴリアーカイブ
リンク集
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/index2_0.xml