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田原の里から柳生街道、春日野へ [2015年06月22日(Mon)]
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 昨日は、「万葉の大和路を歩く会」の444回目が開催され参加しました。
 今回のコースは、近鉄奈良駅前からバスで田原・ヘリポート前へ(万葉歌碑)→ 春日天皇陵(志貴皇子墓)→ 峠の茶屋 → 春日奥山・柳生街道滝坂道(下り石畳道)→ 首切り地蔵 → 朝日観音 → 夕日観音 → 寝仏 → 春日野・ささやきの小道 → 飛火野

 田原・ヘリポート前の万葉歌碑(犬養孝先生揮毫)
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【歌】 牟佐佐婢波 木末求跡 足日木乃 山能佐都尓 相尓来鴨 (志貴皇子 3−267)
【読み下し文】 むささびは 木末求むと あしひきの 山の猟夫に あひにけるかも
【口語訳】 むささびは 梢を極めようとして (あしひきの) 山の猟師に やられてしまった
 なお、この歌には寓意(高い地位を望んで身を滅ぼした人々のこと)が込められているとの説もあるようです

 春日天皇陵(志貴皇子墓)前で坂本先生から笠金村の挽歌の解説を聴く
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 志貴皇子(天智天皇の皇子)は、光仁天皇の父にあたり、光仁天皇即位後、春日宮天皇と追尊された(宝亀元年,770)。光仁天皇の田原東陵に対し田原西陵と呼ばれる。
 題詞に、「霊亀元年九月に、志貴親王が亡くなった時に作った歌一首と短歌」とある笠朝臣金村歌集(金村の作とみられている)の長歌は、 
【歌】 梓弓 手に取り持ちて ますらをの さつ矢手挟み 立ち向かふ 高円山に 春野焼く 野火と見るまで 燃ゆる火を 何かと問へば 玉桙の 道来る人の 泣く涙 こさめに降れば 白たへの 衣ひづちて 立ち留まり 我に語らく なにしかも もとなとぶらふ 聞けば 音のみし泣かゆ 語れば 心そ痛き 天皇の 神の皇子の 出でましの 手火の光そ そこば照りたる
(A‐230)
 反歌は、
【歌】 高円の 野辺の秋萩 いたづらに 咲きか散るらむ 見る人なしに (A−231)
【歌】 三笠山 野辺行く道は こきだくも 繁く荒れたるか 久にあらなくに (A‐232)

 柳生街道滝坂道の磨崖仏(朝日観音)
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 朝日に良く映えるので朝日観音の通称があるが、中央が弥勒菩薩で左右が地蔵菩薩で、文永二年(1265)の刻銘(写真は午後に撮影したもの)。柳生街道は四十数年前に訪れたことがありますが、峠の茶屋は今でも営業されていました(名物の草餅は完売)。
 雨に濡れた石畳みの坂道を、足元を気遣いながら下りました
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 コースの最終地点(飛火野)に到着して
春日山(春日・御蓋・若草などの山々)を背に、坂本先生から春日野が詠まれた歌の解説を聴く
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【歌】 春日野の 浅茅が上に 思ふどち 遊ぶ今日の日 忘らえめやも (I‐1880)

Posted by katakago at 16:50
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