CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
最新記事
<< 2013年08月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
月別アーカイブ
カテゴリアーカイブ
テレビ はだしのゲンが伝えるもの [2013年08月03日(Sat)]
広島ホームテレビ 制作の『テレメンタリー2013』
「僕はまだまだ死にません〜はだしのゲンが伝えるもの〜」
関西では朝日放送テレビ2013 年8月4日(日)
早朝 5:20〜5:50の放送
全国の放送日時はそれぞれお確かめください。

原爆をテーマに描いたマンガ「はだしのゲン」。作者は漫画家の中沢啓治さん。晩年は講演活動に奔走し、子どもたちに戦争・原爆の悲惨さを伝え続けた。そして昨年12 月、息を引き取る。
中沢さんが「はだしのゲン」で伝えたかったメッセージとは何か。そして見つかった遺稿に込められたメッセージとは。
中沢さんの遺志を受け継ごうとする人たちの活動にも迫る。
「はだしのゲン」の作者・漫画家の中沢啓治さん。白内障を患い、筆を置いてからは、講演活動をより精力的に行う。
4年前には肺がんを発症。悪化した昨年は講演の回数を減らし、出かける先は広島市内に限られるようになった。
そして昨年9月、広島市の矢野南小学校で講演会に臨む。酸素吸入器をつけ、車椅子で登場した中沢さんは、昭和20年8月6日、原爆で家族を失った様をありのまま話し、弱った体とは対照的な大声で子どもたちに訴えた。
「みんな、これから先どんなことがあっても、戦争だけは反対しろよ」
矢野南小学校の講演を最後に、昨年12月、中沢啓治さんは息を引き取った。
中沢さんは生前、自らが所有する原画・単行本・雑誌・映像など1万点以上を原爆資料館に寄贈、作品は全て原爆資料館に贈られたと思われていた。
しかし今年2月、所沢市にあるアトリエ兼自宅から、白内障のため断念し幻となった「はだしのゲン第2部」の続きの原画、自叙伝の挿絵の原画が発見された。中沢さんは第2部の制作に情熱を燃やしていたのだ。この中で伝えようとしたもの、それは、「被爆者に対する差別」だった。
「俺の時代はもう終わった。これから子どもたちが自由に平和を考えてくれれば思い残すことはない」妻・ミサヨさんに常々こう語っていたという。
中沢さんの遺志はしっかりと受け継がれている。元広島市職員・沖本 博さんもその一人だ。
「はだしのゲン」は第1巻冒頭、父親がゲンと弟に「踏まれれば踏まれるほど強くなる麦のように生きろ」と教えるシーンから始まる。中沢さんが最後の講演を行った矢野南小学校では、中沢さんの病気の悪化を聞いた昨年12月、子どもたちが屋上の庭園に「はだしのゲンの麦」を植えた。指導にあたったのが沖本さんだ。
沖本さんは「はだしのゲンの麦」を本格的に広めたいと考えている。ゲンのイラストに本物の麦の穂をパッケージし、原爆資料館などで販売したいという。
「購入者には麦を自宅で育ててもらいたい。麦が育つと、その穂をメッセージ付きで送り返してもらう。そうしてデータベースを作りたい」
この取り組みに賛同し、開始を楽しみにしていた中沢さん。平和への想い、「はだしのゲン」をどう受け継ぐかを探る。

ご覧ください【KB】
Posted by 大阪手をつなぐ育成会 at 00:55
| 次へ
プロフィール

大阪手をつなぐ育成会さんの画像
リンク集
https://blog.canpan.info/ikuseikaiosaka/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/ikuseikaiosaka/index2_0.xml