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受信料支払い拒否に課徴金の愚 [2021年02月28日(Sun)]
受信料支払い拒否に課徴金の愚
NHKのスクランブル化を急げ

--反日勢力を斬る--

今回の法改正により、NHKは、テレビを設置しながらも
正当な理由なしに契約に応じず受信料を支払っていない世帯から、
未収分を含め割増金を徴収できるようになる。割増金の額は法案成立後に定める。

◆ 拒否→正当な理由!

・「テレビを設置しながらも正当な理由なしに契約に応じず受信料を支払っていない」と言うが、日本にとって有害な放送内容だからとか、見ていないというのは正当な理由である。

・観てもいないのになぜ金を払わなければいけないのか、というのは当然の疑問である。
だから見たい者だけ金を払って見るという合理的な「スクランブルにせよ」と言う声は起こるのは当然である。

・高山正之著「日本人が勇気と自信を持つ本 朝日新聞の報道を正せば日本は明るくなる」(テーミス出版2007年)で、
第一章「巨大メディアが垂れ流す歪曲報道」の冒頭、NHKを槍玉に挙げている。

・自主自律の報道
面倒になったら、歴史もまげます。これがNHKのいう『自主自律の報道』


少し古い記事ですが・・・

反日勢力を斬る 反日NHKを解体すべきこれだけの理由 (fc2.com)

http://ponko69.blog118.fc2.com/blog-entry-2523.html
Posted by 余生を憲法改正に! at 07:56 | 日本大丈夫か? 国民の危機! | この記事のURL | コメント(0)
疑惑をツクリ、ツクリ話で政局に誘導する。 [2021年02月27日(Sat)]
疑惑をツクリ、ツクリ話で政局に誘導する。
ツクリ話は週刊誌。
間違いなくそれこそ犯罪行為だ!

と、何故政府は毅然と反論できないのか?

朝日やnhkの捏造報道は放置し、疑惑に群がる反日マスコミと夜盗・・・
最初は、????「か」? と想定文から入り、その想定文を確認する振りをする。
それから、
「疑惑が深まった」…と印象操作を繰り返し報道する。
馬鹿な国民は、「か」とか、「深まった」の見出しのみで事実と誤認する。

これは犯罪行為そのものなのだ・・・

証拠もないのに「疑惑」だけで人を貶めようとする、マスコミの卑劣な行為 |
私的憂国の書 (fc2.com)

http://yukokulog.blog129.fc2.com/blog-entry-4116.html


「忖度し、特別扱いをしたのではないか」というのも、モリカケ、桜と同じ論法で、書いている朝日にも「疑惑」以上の確信はない。

足立氏は、山田内閣広報官に、在京のキー局とNHKを含めた6社との会食があったかなかったかを問い、山田氏が答えを濁したところにこう畳みかけた。

 あったに決まっている。総務省の幹部は、在京キー局やNHKという放送事業者とメシを食っていた。ここを野党は追及しない。そんなことをしたらテレビに出られなくなるからだ。


 要するに、東北新社は氷山の一角であり、同社と比較して巨大な放送事業者との会食が頻繁にあったであろう事実に、野党が沈黙しているという指摘だ。野党は「行政が歪められた」というが、仮に東北新社に行政を歪めるパワーがあるとするなら、もっとパワフルなキー局、NHKの問題を提起するべきなのだ。それをしないのは、この問題提起が菅総理を追い詰めることだけを目的としており、行政の健全化なのは眼中にないのである。

野党も野党なら、メディアもメディアだ。メディアがこの問題で菅総理を叩きたいのであれば、菅総理が関与した証拠を提示し、総務省側がはかった便宜の具体的事実を示さなければならない。ただ単に「疑惑」を叫ぶだけなら、誰にでもできる。そんなことは、週刊誌やタブロイド紙がやっても不思議ではないけれど、大手全国紙が同じ手法で論陣を張れば、スキャンダルを欲する読者は週刊誌を読むだけで事足りるのだから、それこそ大手紙の自殺行為だ。

 印象操作で人を貶めるのは卑劣な行為だ。それを大手新聞がやっている事実が、ジャーナリズム衰退の確固たる例証なのだ。
憲法改正阻止はまさに憲法違反になりませんか? [2021年02月27日(Sat)]
国会議員の皆様・・・

日本の真の独立、主権回復のために憲法改正にご尽力をお願いいたします。
憲法改正は国民に保証された国民主権としての権利でもあります。

憲法改正阻止はまさに憲法違反になりませんか?



憲法情報NO5(令和3年2月25日)s.jpg
Posted by 余生を憲法改正に! at 08:16 | 国家国民を護る憲法改正! | この記事のURL | コメント(0)
弁えると言う事 忖度という事 [2021年02月26日(Fri)]
弁えると言う事
忖度という事・・・日本人の矜持の一部として大事な事なのだが?
いわゆる、知識的進歩人や人権派と言われる方には「社会悪」と見られるようだ!

そして・・・愚老昭和生まれの価値観は「寛容」であります・・・

弱い人間なのです・・・清廉潔白ですか・・・何処に居ますか・・・ましてや政治の世界は、一つの結論が表裏一体で、一体でないとするなら、表と同じくらい裏があり、表の大きさに比例して裏、つまり陰がある。
光が強ければ陰は濃くなる。
陰が無くなれば、いわゆる幽霊・・・足も無ければ陰も無い・・・
そんな社会を追及する似非人権派が日本を可笑しくしていくんですね・・・

清濁併せ持つ「真の実力者、生身漂う真の人間」を愚老は望みます。


さて、-土佐日記- さんから転記

◆ 日本の道徳意識は他国とかなり違う 
  
 日本人の中にも、時々は変な爺さんも居るようだ。数日前、テレビで見たのだが、電車の中で、マスクを取り除き、電話をするから、周囲の人が注意したそうだが、逆切れした爺さんが居た。
だけどこれは例外で、そんな爺さんは日本では珍しい。珍しいからニュースに成ったのだ。

 要するに殆どの日本人は常に回りの人の事が気になる。
まあ日本人も大勢居るから、中にはそんな爺さんもいるのだろう。

 所で、西欧社会では道徳の根底に絶対神が居るそうだ。だから神に対しての罪悪感を抱くらしい。私の様な無神論者には、どうも理解に苦しむ。 

 だけど西欧社会でも無神論者が結構居るが、西欧社会では、キリスト教徒が表に出て、無神論者は後に下がって居るのかも知れない。
其処で、世界中で神の存在を認める割合をパソコンで調べて見た。世界全体では60〜70%が神を信じている。

無神論のトップは中国で、67%もいる、2位が日本で29%だそうで、韓国も23%だ。だけどベルギーやフランスでも無神論者は21%も居るのです。
そして魂があると信じている人々は74%おり、死後の世界を認めるのは54%だ。
 まあ神の存在はそんなパーセントらしいが、

・殆どの日本人は神でなく
「人と人の間」を重視する。

・神と言う絶対神との関係は余り無く、自分の周囲や社会から
「この行為は?」
他人にどう思われるかで行動する。


 或いは、この思考が前面に出るから、社会が旨く回っていて、犯罪を少なくしている原因の様に感じる。

 外国にも無神論者が結構多いのだが、そんな人々は「人と人との間」を余り重視しないから、厳しい事件や犯罪が多いのかも知れない。



森喜朗“会長”辞任劇にみる日本人の「不寛容論」 森本あんり - 産経ニュース (sankei.com)

https://special.sankei.com/a/politics/article/20210226/0001.html


方や・・・進歩的知識人やマスコミ、夜盗は・・・

国家緊急「尖閣危機」でも接待話で盛り上がる日本

中国海警局の「海警法」の施行によって、尖閣諸島周辺は本格的にエスカレートしており、緊張状態はピークに達している。
「海警法」は尖閣を狙い撃ちにした中国の露骨な陰謀なのだが、
お花畑の似非人権派は、危機から眼をそらせ、日本解体に世論を誘導する。
まさに外患誘致罪ではないか。
「吾々は神に感謝する、吾々に日本という尊い国を、作って置いてくれたことを」 [2021年02月25日(Thu)]
不敬便り

−アインシュタイン−
「吾々は神に感謝する、吾々に日本という尊い国を、作って置いてくれたことを」

日本の天皇は尊い家柄です。2800年余も家柄を保ってきたということは、尊い家柄だからです。
ヨーロッパ諸国の場合は、王朝が変わるたびに皆殺しです。

 しかし・・・
そこに小室のような外道が皇室に入り込むなど、何事なのでしょうか?
 
絶対に小室は皇室に入れてはいけません! 小室など皇室に入れたら日本の神が怒ります。神の守りがなくなってしまいます。日本は神に守られた世界一、尊い国です。そこにジゴロの小室を入れたら、災いが起きます。
日本国民は絶対に小室が皇室に入ることを許してはいけないのです。



■アインシュタインの言葉

近代日本の発達ほど、世界を驚かしたものはない。
この驚異的な発展には、他の国と異なる何ものかがなくてはならない。
果たせるかなこの国の、三千年の歴史がそれであった。
この長い歴史を通して、一系の天皇をいただいているということが、今日の日本をあらせしめたのである。

私はこのような尊い国が、世界に一カ所位なくてはならないと考えていた。
なぜならば世界の未来は進むだけ進み、その間幾度か戦いは繰り返されて、最後には戦いに疲れる時がくる。

その時人類はまことの平和を求めて、世界的な盟主を挙げねばならない。
この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、凡ゆる国の歴史を抜き越えた、最も古くまた尊い家柄ではなくてはならぬ。

世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。
それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。

吾々は神に感謝する、吾々に日本という尊い国を、作って置いてくれたことを。

 アインシュタインは、「それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。」と言ったのです。日本の天皇は尊い家柄です。2800年も家柄を保ってきたということは、尊い家柄だからです。


「日本人は多様性とか寛容とかいいますが、似非人道主義にだまされてはいけません」
 ダメなのはダメとはっきり言いましょう!

Posted by 余生を憲法改正に! at 07:51 | 祖国の文化 | この記事のURL | コメント(0)
安全・安心 を求める馬鹿な国民と政治家! [2021年02月25日(Thu)]
国家としての責務「防衛・防疫・防災」
つまり「国防」そのものに目を向けず!
安全・安心 を求める馬鹿な国民と政治家!
安全・安心・・・特に安心を希求するお花畑「市民」

欠陥憲法と反日日教組教育がここまで日本を貶めた・・・

他国に身の安全を依存し、
国はおろか、国民を護るための戦いさえ許されない邪教「9条」。


◆ワクチン開発で此処まで落ちた日本 
−土佐日記− さん 
 
 コロナワクチン開発で、本来なら日本でも開発し、他国に回せる位の国家であって欲しいのに、他国のワクチンを供給して貰うだけの国家と成り下がってしまった。
 今回、特に情けないと思ったのは、ロシアや中国でも開発出来たのだ。インドでもワクチンの製造をしている。

 ワクチン開発は国防だと言うと、日本人は憲法問題からか、国防そのものを悪と決めつける面も有り、異常な常識に成っている。

 1月26日時点で、世界保健機関(WHO)の発表だが、コロナワクチンは63種類開発されており、16種類が開発の最終段階まで行き、先ずロシアと中国で接種が始まった。
そしてアメリカのファイザーとモデルナ、イギリスのアストラゼネカも続いて接種が始まった。
 そしてインドでもイギリスのアストラゼネカの生産を始めて、東南アジアで中国と供給競争に入った。
 勿論、日本の製薬会社の研究も、その63の内に入っているが、最終段階まで行って居らず、日本は治験するにも患者数が少なく、難しいと菅総理も言ったが、それなら海外で治験に入ったら良いのだ。
 要するに、コロナワクチン開発で、日本は他国と周回遅れと成っており、アメリカやイギリスの薬を待つだけの情けない国家に成り下がってしまった。
 日本には江戸時代からの武田薬品等、世界に冠たる製薬会社が有るのに、新薬開発では旨く行かない国に成り下がった。
片や、アメリカのモデルナ社だが、設立10年位の新しい会社だそうで、アッと言う間に、世界最強の製薬会社になった。そんな活力が日本から何故消えたのか。

 私の勝手な推測だが、マスコミが余りにも安全を言い過ぎるから、新薬の開発はコストがべら棒に掛かり、無理な国に成ったのかも知れない。「石橋を叩いて渡る」と言うが、今の日本は「石橋を叩いて渡らない」。
 何か新しい事を遣るには、必ず危険も伴うが、日本全体にそのチャレンジ精神が無くなって居ると感じる。
国の借金は返済不要?    
 昨年末の国の借金が1212兆円と新聞に出た。一人当たりで966万円だ。どうやって借金を返済して行くのだろうか?
 そして、国民の家計資産がまだ発表されて居ないが、コロナでお金を使わなかったから、凄い金額に増えている筈だ。
 そして又もやMMT(Modern Money Theory)と言う変な経済学者達が、日本やEUの中央銀行の借金は外国からの借金で無いから返済の必要は無いと言い始めた。
 前回は日本に向かっての意見だったから、責任の無い外人経済学者が好き放題を言っていると思っていた。
だけど今回は欧州でもコロナで多額の債権が中央銀行に発生しており、ピケティ―等有名な経済学者が、債権の帳消しを要求した。自分達の国でも、つまりEUの中央銀行も返済しないでも良いと言う。
 そんな論理が成り立つのだろうか。極論すればドンドンお金を印刷して、使っても、インフレに成らないなら、外国からの借金で無いから払わないでも良いと言う。
そんな事有り得ないと思う。この付を何時か誰かが払わねば成らないのだが、こんな経済学者が出るし、殆どの国民が国家の借金を深刻には受け取らなくなった。
Posted by 余生を憲法改正に! at 07:28 | 日本大丈夫か? 国民の危機! | この記事のURL | コメント(0)
メディア・リンチ [2021年02月20日(Sat)]
メディア・リンチというべき、異常な森喜朗元総理(東京五輪組織委員会会長)たたき。
 朝日、毎日は1面トップで報じ、社説で辞任を迫る。日刊スポーツなど、大見出しで連日1ページ以上。ワイドショー、ネット…。ひとりの人間をよくここまでたたけるものだ。
 「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」
 この発言のどこが女性蔑視なのか。しかも発言のごく一部の切り取り。

日本の為に、明るい話題を提供する為にと頑張っていた森元総理、メディアリンチを仕掛けられ退陣へと追い込まれました。
退陣に追い込んだのはオリンピックの支援者たちです。
経済界も反発してきたことが効いたのでしょう。経済界も馬鹿な事をしたものです。
中共からの指令なのでしょうか?日本を第一に考えられずに短期的な利益だけを目論んで日本のオリンピックを破断にさせようとしているとしか思えません。森元総理にお世話になったスポーツ界の人々もメディアリンチを喰らいたくないのか?黙ったままであり擁護する声は少数です。
批判している人は切り貼り刺された捏造文章で批判しており、ここでも情報格差が深刻化していると言えるでしょう。
尽力尽くしましたが、馬鹿達が斜め上の批判を行っており、それにつられて国民を扇動している、大東亜戦争の開戦の構図と全く変わりありません。
戦前から扇動しているマスゴミ達、成長しないって事ですね。

◆ ネタ元 

平成・美しい日本を護る会ブログ   【やむやま】  
<理念>
1.私たちは、日本の歴史、文化、伝統を尊び、皇室を尊崇します。
2.私たちは、日本国民であることを発言と行動の基礎にして、日本国の繁栄に寄与します。
3.私たちは、国民矜持の源泉である歴史に学び、広く国民に真実を闡明します。
4.私たちは、祖先の愛情を胸に刻み現在の先頭に立ち、これを将来へ継承します。
Posted by 余生を憲法改正に! at 08:39 | 日本大丈夫か? 国民の危機! | この記事のURL | コメント(0)
森喜朗たたきは言葉狩り、多様性尊重派は自己矛盾に気づいているか [2021年02月20日(Sat)]
森喜朗たたきは言葉狩り、多様性尊重派は自己矛盾に気づいているか (ironna.jp)

https://ironna.jp/article/16933?p=1


福田ますみ(ノンフィクション作家)


 東京五輪・パラリンピック大会組織委員会会長だった森喜朗氏が放った「女性蔑視」発言の波紋は、彼が辞任表明した後もなお広がり続けている。そのバッシングのすごさたるや、新型コロナウイルスの脅威さえかすんでしまうほどだ。 

 テレビを見ても新聞、雑誌を読んでも、森氏への批判、非難、糾弾であふれている。マスコミは、芸人やタレント、スポーツ選手に手あたり次第に発言の感想を求めている。さらに、五輪のスポンサー企業に片っ端から取材し、批判コメントを次々に引き出すことも怠りない。

 ご苦労さまなことだが、これではまるで「踏み絵」だ。そこには異論や反論はどこにもない。

 中にはこの騒ぎに便乗して、「(森氏を)座敷牢に入れろ!」「本人が粗大ゴミで掃いてくれればいいと言っているのだから、私が粗大ごみシールを買ってきて、背中に貼ってあげる」などと発言する著名人もいる。悪ノリも大概にしろと言いたいが、彼らにとっておそらく「差別者」とは犯罪者よりも罪が重いのだ。「完膚(かんぷ)なきまでにたたきのめして何が悪い。それが正義だ」とでも思っているのだろう。

 森氏が発言したのは2月3日、日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会の席上である。マスコミは、森氏の40分の発言のうち、「女性がたくさん入っている理事会の会議は、時間がかかります」「女性っていうのは競争意識が強い。誰か一人が手を上げて言うと、自分も言わなきゃいけないと思うんでしょうね。それでみんな発言されるんです」というあたりを最も問題視しているようだ。
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 だが、ネットでは、この発言は切り取られているとして、「全文を読もう」と呼びかける声が多い。にもかかわらず、彼の長い発言全部を正確に再現した文章はないのではないか。各メディアが掲載したのは要旨である。したがってそれぞれ微妙にニュアンスが異なっている。

 ともかく朝日新聞が小さく掲載した要旨を読んでみたが、まず、女性を一くくりにして語るのがいけないようだ。いまでは普通の会話の中でさえ、「女性はこうである」といった属性に基づく決めつけをしてはならないというのが、ジェンダー平等を実現するための「常識」のようである。

 しかしこれ、男性だけの問題か? 公の場で誰憚(はばか)ることなく、「男って」「おっさんって」と一くくりにして揶揄(やゆ)したり、笑い飛ばしたりする女性はたくさんいる。男性の側からすればこれも偏見、差別だが、特にお咎(とが)めなしである。

 肝心のその中身だが、「女性が入っている会議は時間がかかる」というのははたして女性蔑視になるのか? 意識の高いフェミニストから叱られそうだが、私はただ、「それだったら、40分も話している森さんも話が長いでしょ」とツッコミたくなっただけである。

 反面、「女の話は確かに長い。森さんは事実を言っただけ」と肯定する女性も多い。次の「女性っていうのは競争心が強い。誰か一人が手を挙げて言うと…」の発言は、これだけ聞くとネガティブな印象だが、他のメディアが公開したものには、「女性っていうのは優れているところですが、競争意識が強い」となっている。「優れている…」を朝日新聞が意図的に省いたなら、質の悪い印象操作だ。この言葉一つでニュアンスがガラっと変わる。

 むしろ気になったのは、「女性の数を増やしていく場合は、発言の時間をある程度、規制を促していかないとなかなか終わらないので困ると言っておられた」の部分である。ここの部分は森氏ではなく、だれかの発言のようだが、伝聞にせよ、「規制」という言葉を使うのは不適切ではないか。女性だけに「規制」を求めるのは、確かに差別と受け取られかねないからだ。 

 ところが、この朝日新聞の要約を読み通すと、最後の部分で組織委の女性委員たちのことを褒め、「欠員があるとすぐ女性を選ぼうということにしているわけであります」と締めくくっている。

新聞社の記者たちに私は聞きたいのだが、記者だって自分の書いた記事に難癖をつけられることがあるはずだ。そんなとき、「いや全文を最後まで読んでください」「最後に私の言わんとしていることが書いてある」などと弁明しないだろうか。ところが、その彼らが森氏に対しては一切弁明を許さない。全体として、女性を蔑視したり差別する意図や悪意は全く感じられない。むしろ、発言を撤回して謝罪した人をここまで追い込むことのほうが異常だ。

 はっきり言うが、特にどうということもない部分を取り上げて言葉狩りをすることがマスコミの仕事なのか。同様に感じている女性は少なくないが、マスコミは全く取り上げない。勝手に差別認定した後は、両論併記の原則さえ捨てるようだ。

 そもそも私が今回の事件にこだわるのには理由がある。私は過去に2度、差別を理由にメディアリンチが起きた事件に遭遇している。一つは、2004年、福岡市で起きた、いわゆる「いじめ教師事件」である。同市内の小学校で教鞭をとる男性教諭が、9歳の男児にいじめや体罰を繰り返したとして、「週刊文春」に、「史上最悪の殺人教師」と書き立てられた。

 当時、新潮社の月刊誌「新潮45」に寄稿していた私は、編集者から文春の記事の後追いを依頼され、福岡に向かった。すでに地元マスコミの報道が過熱していたところに、「週刊文春」の記事は火に油を注ぐ結果となり、教諭へのバッシングはピークに達していた。ところが、当の教諭をはじめ関係者を取材して判明したのは、教諭が男児に行ったとされるいじめや体罰は事実無根であり、全くの冤(えん)罪であるということだった。


 なぜ、ここまでマスコミが暴走したのかと言えば、この男児は米国人との混血で、それを知った教諭が人種差別からいじめや体罰を行ったとされたからである。「人種差別」と「いじめ」に過剰反応した記者たちは、男児の母親の虚言を全く疑わなかった。結局、米国人との混血というのもウソだったのである。最終的に冤罪が晴れるまでの間、私は教諭の苦悩を間近に見てきたが、寄ってたかって一人の人間をつるし上げる怖さを身にしみて感じた。

 もう一つは、このいじめ教師事件のルポを載せた「新潮45」を巡る「LGBT(性的少数者)差別」事件である。2018年、同誌に自民党衆院議員の杉田水脈氏が、「『LGBT』支援の度が過ぎる」と題する論文を寄稿した。その中に、「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない。つまり『生産性』がないのです」という文章があり、これが猛バッシングを浴びた。

 杉田氏は、欧米の過激なLGBT差別撤廃運動がなんの異論もなくわが国に上陸したことに懸念を持っていた。そもそも日本では同性愛者が迫害された歴史はなく、状況が異なっていたからだ。そこで、いささか辛口のLGBT批評を載せたのだが、「生産性」という言葉にマスコミや野党政治家が激しく反応。LGBT当事者も杉田氏と同誌の責任を追及し、世間は批判一色になった。

 ところが実際は、当事者の中にも異論や反論が多数あり、「新潮45」を擁護する声も少なくなかったのである(私は後に詳細に取材している)。ところが、そうした声を新聞やテレビは黙殺した。今回と全く同じパターンである。

 結局、同誌は事実上廃刊に等しい「休刊」となったが、私は、だれもが抗えない「差別」の2文字に、人々や組織がいかに萎縮してしまうかを思い知った。と同時に、気に入らない人や組織を追い落とすツールとしてこの2文字が非常に有効であることも理解した。

 今回の森氏への異常ともいえる攻撃にも、私は同様の臭いを感じている。私は、日本にも女性差別がいまだ存在することを否定しない。男尊女卑の気風も色濃く残っているとは思う。しかし、欧米由来の行き過ぎたポリティカルコレクトネス(政治的、社会的に公正で中立とされる言葉や表現を使用すること)や、過激で排他的なフェミニズムの手法には疑問を抱く。普通の常識で考えて特に問題とも思えないことを、ことさら「差別だ、セクハラだ」と攻撃して相手を強引にねじ伏せる風潮に危ういものを感じる。

2017年以降、ハリウッドの女優たちを中心に世界中に広がった「#Me Too」運動というのがある。過去のセクハラ被害を告発する運動で、何人もの男性が、何十年も前のセクハラ疑惑で糾弾された。もちろん悪質なケースがあったことは否めないが、多くは一切の弁明も許されず、正式な裁判を受ける前に社会的に抹殺された。

 この事態に、「このような正義はリンチにつながる」と、次第に運動の行き過ぎを批判する声が上がるようになった。驚くべきことだが、運動の中心にいた女優が過去、共演者の若い男優に性的暴行をしていた、と米メディアが報じ、一方的に糾弾された男性たちも声を上げるなど泥仕合の様相を呈している。

 森氏の発言で、「日本は外国に恥をさらした」「わが国はジェンダー後進国であることが分かった」などと言う人は少なくない。しかし、ジェンダー先進国の米国で吹き荒れているのは、中世の魔女狩りや人民裁判まがいの人権侵害である。森氏へのメディアリンチ、つるし上げとも思える今回の騒ぎには既に色濃くこの影響が現れている。いやこれが欧米の常識だ、世界のすう勢だと言われても私は納得できない。

 「異端審問官」が闊歩するような社会は御免である。そもそも、ジェンダーを巡るこのトレンドが普遍的なものかどうか分からない。少し時代が下って顧みたとき、あれは行き過ぎだった、間違っていたと否定的に捉えられる思想や価値観はいくらでもある。その代表格が共産主義だろう。

 2019年のラグビーW杯の日本招致、台湾の李登輝元総統の葬儀への参加など、森氏には内外に大きな功績がある。その森氏に対し、日本の古い男尊女卑の価値観が染みついていて、多様性を理解せずもはや矯正不能だとの声がある。しかし、多様性とは本来、そうした異なる価値観の人々をも包摂し、その寛容の精神で共存することではないのか。一方的に差別者の烙印を押し、糾弾し、社会的に葬り去ることが多様性なのだろうか。

 だが、森氏を口汚く罵(ののし)る人たちは、差別者は別だ、異なる価値観の範疇にも入らない、共存などできるわけがないと言うだろう。事実、ある社会派ブロガーと称する女性はツイッター上で、「このクラスの男性たちは、中国共産党がやっていたような再教育キャンプに入れたほうがいい」と発言した。

 自分は間違っても「差別者」の側には立たない。そう信じている人は多いだろう。しかし実はいとも簡単に“そちら側”に転ぶ危険がある。故筑紫哲也氏と言えば、リベラル派に今も人気の高い著名なニュースキャスターだったが、その彼が一時、「差別者」とされていた事実をご存じか。

 彼は、1989年、自身の名を冠したTBSのニュース番組の中で、比喩として1回「屠殺(とさつ)場」という言葉を使ってしまった。翌日、彼はすぐに同番組の中で謝罪したのだが、一部の屠場労働組合から抗議があり、その後、部落解放同盟も加わり、9回にも及んだ「糾弾会」への出席を余儀なくされた。

 「糾弾会」とはどのような場か。大勢が一人の人間を取り囲んですさまじい怒号を浴びせ、言葉でも徹底的に追い込んでいく。それが長時間行われる。この修羅場に、過去、筑紫氏だけでなく有名無名多くの人が引き出された。その大半が、とても差別意識があったとは言えない言葉尻をとらえられ、「差別者」認定されてしまったのである。こうした糾弾が社会に何をもたらしたかと言うと、「同和団体は怖い」「関わりたくない」という忌避感と新たな差別感情である。

 先ほど米国の過激なフェミニズム運動について触れたが、その米国で似たような現象が起きている。企業の男性管理職の多くが、トラブルを恐れて女性を避ける傾向にあるというのである。問答無用の徹底的な糾弾は、双方に不幸な結果しか生まない。ちなみに、現在の部落解放同盟の「糾弾」に昔日の勢いはないそうである。
東京五輪・パラリンピック組織委の理事会と評議員会の合同懇談会を前に言葉を交わす森喜朗氏(左)と川淵三郎氏=2021年2月12日、東京都中央区
 森氏が2月12日に会長職の辞任を表明した後、後継指名を受けた元日本サッカー協会会長の川淵三郎氏も結局辞退、紆余曲折の末、2月18日にようやく新会長に橋本聖子五輪相が選出された。しかし、この混迷を招いた責任は森氏だけにあるのか。私には、森氏を「差別者」と決めつけて世の中を扇動したマスコミにも多くの責任があると考えている。女性の一人として私は、森氏から差別を受けたとは思っていない。
Posted by 余生を憲法改正に! at 08:11 | 脚下照顧・人として… | この記事のURL | コメント(0)
不敬便り 2 [2021年02月19日(Fri)]
不敬便り

皇室2681年、存続の危機

−中杉 弘の徒然日記−  から引用

◆この問題は、秋篠宮家と小室家の結婚という観念を捨てることです。こんな馬鹿馬鹿しいことはありません。

◆「誰がこのような間違いを犯したのか?」と言う責任を追及すること。

◆マスコミはこの問題を「皇室の一大事である。これは事件です」ととらえることです。

◆小室と皇室を切り離すためには、どのような作戦をとったらよいのかと考えることです。


※ 信教の自由だから、何を信じても自由だ」と言います。庶民は何を信じても自由です。しかし、天皇は、天皇の家柄によって支えられてきているのですから、天皇の信仰は自由ではありません。

※ 天皇は、日本国そのものが信仰です。天皇が新興宗教に狂ったり、キリスト教徒になってもいけません。
もっと言うと、仏教を信仰してもいけないのです。
天皇は神の子孫です。
天皇は日本の神道を信仰するのです。天皇は、天照大神を信仰するしかありません。

・・・翻って日本国内にはコンビニより多いとされる神社が沢山存立しています。
我が某岩手県でも800社ほどの神社があると言われております。
その本山・最高宮司が天皇であり皇室なのだと愚老の理解ですが、

その神社を護るために地域内の人々が氏子となり、総代や責任役員を選任して護り続けております。
氏子は年額5000円程度の浄財を拠出して、伝統文化を拠り所に住民の安寧を祈り、地域の安全祈願や祭りなどを通じて子供たちの情操教育・地域コミュニティーを育んでおります。

そんな住民のかけがえのない努力に背を向けて、個人の自由とか宗教の自由とか!
或いは人権だとか?
天命を忘れた暴挙はあり得ない筈なのですが・・・

日本の根幹たる国柄は失われてしまうのですかね〜

なお、愚老も惚けたりとは言え、転ばぬ先の杖のために一言付け加えるなら、
決して「キリスト」を捨てよというのではありません。西欧の宗教を尊敬するのは良いことです。
が、日本は神の国だと言うことを世界に堂々と発信していく。それが大事なのだと言うことは申し添えて置きます。

但し、国民には宗教の自由が保証されています。
ゆえに、他者の宗教を否定することが許されないのですが・・・
例えば、仏教界では宗派間の誹謗中傷や否定が散見され、
何よりも問題なのはマスコミはじめ一部勢力の「靖国」に対する誹謗中傷と否定ですね。
みなそれぞれ敬意をもって寛容の暮らしが大事だと思うのですがね〜・・・

Posted by 余生を憲法改正に! at 08:31 | 脚下照顧・人として… | この記事のURL | コメント(0)
女性蔑視とことさら騒ぐ風潮を危惧する! [2021年02月17日(Wed)]
女性蔑視とことさら騒ぐ風潮を危惧する!
  −勝部真長氏著書 山岡鉄舟の武士道−から

そもそも遡れば西洋かぶれ一直線の福沢諭吉「男女同権論」に辿り着く・・・
頭脳明晰で優秀な福沢先生だが、当時のいわゆる学者たちが西洋かぶれ一辺倒に走るのに危機感をもった日本は、日本古来の文化を守り抜くために教育勅語を発したと思うのだが、
むそれはさておき、
福沢先生の間違いは!

勝海舟先生は以下、二つのことを指摘している。

宗教心の欠如
宗教的情操欠如

画像は、勝先生が言う「日本女性優秀論」である。


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Posted by 余生を憲法改正に! at 08:21 | 脚下照顧・人として… | この記事のURL | コメント(0)
魔女狩りするメディアと、踊らされる個人 [2021年02月17日(Wed)]
森発言報道:一面的「正義」で魔女狩りするメディアと、踊らされる個人 − 新井 将晃 – アゴラ (agora-web.jp)


http://agora-web.jp/archives/2050251.html?fbclid=IwAR2CP47di4kMGz3YgKL9_WnUGA5Q3RhG92slznVsGU-7Mq_edMBlyTX4FPE

Posted by 余生を憲法改正に! at 07:58 | 日本大丈夫か? 国民の危機! | この記事のURL | コメント(0)
女性蔑視を考える [2021年02月16日(Tue)]
女性蔑視とことさら騒ぐ風潮を見つめる!

勝部真長氏著書 山岡鉄舟の武士道から

先ず、女武士道の項で、「武士道は男女の区別無し」
武士道は人間である以上、男女の区別は無い。近頃男女同権ということがやかましくなってきた。またそうせざるを得ない人間として、共同生存を営む現象に違わぬよう、共に愛し、共に助け合って済世を全うしてもらいたいことは、返す返すも願望もするところである。

さて、その願望とともに用心して貰いたいの…以下本文参照・・・

まとめ
我が国上古より近世に至るまで女子がいかに忠勇で、貞節で、元気で、治国平天下の道にかのうていたか・・・

※さて、女性蔑視大騒ぎ?

大臣ポストの比率を上げよと叫ぶ議員さん?
はたまた、バレンタインチョコに関して「女性から男性に感謝してチョコを贈る事を廃止せよ」とさけぶアナウンサーたち・・・

武士道を読んでいて、如何に議論の次元が偏向しているか?
愚老は、ハタと途方に呉れるばかりである。

女性は古来より
日本社会を堅固に維持する賢さがあったのである。
日本の文化は女性によって支えられ、磨かれ続けているのである。



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Posted by 余生を憲法改正に! at 09:15 | 脚下照顧・人として… | この記事のURL | コメント(0)
マスコミに踊らされて付和雷同してはならないのである。 [2021年02月15日(Mon)]
マスコミに踊らされ口真似をすることの非を説いた柳田国男!
2021年02月15日 | 思想家

−草莽隊日記− から転記

我が国が混乱期であればあるほど、必ずや日本人は、精神的な拠り所を求めるようになる。柳田民俗学が注目されるのは、まさしくそんなときである。
ともすれば私たちが耳障りのいい言葉を口にしてしまうのは、ある意味では人間としての弱さでもある。柳田国男はこの点についても『国語の将来』で触れている

▼「心にもない雄弁美辞を陳列するのは、よくない事だということは当人が誰よりもよく意識している。しかしも果たしてその通りのことを実際に考えているのかと問いつめられたときに、実は口真似でしたと白状することは、中々できぬのが人情である。

そのためについに言葉の方へわが心を殉じてしまって、逆な悲しい結果を生じた者も折々はあったのである」

▼今回の東京オリパラの森喜朗会長辞任劇は、まさしく日本人が集団ヒステリー化したような現象を呈した。

大方の人は、マスコミの報道に踊らされて「口真似」をしたのだと思う。
「口真似」がもたらす悲劇に柳田は心を痛めたのだ。言葉の危うさを誰よりも知っていたのである。だからこそ、活字にも残されていない、無意識に日本人が受け継いできたものに目を向けたのだった。この世を去った先祖が子孫の生業を見守っているとの確信は、そこから生まれたのである。取り戻すべき日本民族の信仰とはまさしくそれなのであり、

マスコミに踊らされて付和雷同してはならないのである。
Posted by 余生を憲法改正に! at 08:20 | 脚下照顧・人として… | この記事のURL | コメント(0)
集団ヒステリー化した民衆を今覚醒させなければ日本は亡ぶ! [2021年02月14日(Sun)]
集団ヒステリー化した民衆を今覚醒させなければ日本は亡ぶ!
2021年02月13日
祖国日本を救う運動
−草莽隊日記−

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗氏の会長辞任劇は、マスコミによる集団リンチの恐ろしさをまざまざと見せつけられた。いくらネットで反論しても、今の時点では、マスコミの影響力が圧倒的である。騙されて大騒ぎしてしまう情報弱者が多いのである

▼森氏が発言した一部分を取り上げて騒ぎ立てることで、
東京オリパラを中止させたいだけなのである。


まず朝日新聞が第一報を伝え、それに国内や海外メディアが後追いで伝え、森氏を辞めざるをえなくしたのである。徐々に真相が明らかになってくるとしても、一時的な熱狂が恐ろしいのである
▼集団ヒステリー化した民衆の前に立ちふさがる勇気があるかどうかが、私たちに今問われているのだ。
三島由紀夫の『反革命宣言』の言葉が思い出されてならない。
「千万人といえども我征かんの気概を以て、革命大衆の醜虜に当たらなければならむ。民衆の罵詈讒謗、嘲弄、挑発、をももともせず、かれらの蝕まれた日本精神を覚醒させるべく、一死以てこれにあたらねばならぬ」

▼我が国を貶めようとする勢力を阻止すべく、私たちは防波堤とならなければならない。
救いは若者やネット民が冷静であることだ。祖国日本を守り抜くためにも、勇気をもって声を上げ、行動を起こさなければならないのである。
Posted by 余生を憲法改正に! at 08:23 | 日本大丈夫か? 国民の危機! | この記事のURL | コメント(0)
日本を危険にさらす諸悪の根源 [2021年02月14日(Sun)]
日本国家国民を護る政治家、政党に縋るしか無い現状!

日本を危険にさらす諸悪の根源は、憲法9条。警察のふりして攻撃する「中国」に対抗できるんか。 - 憲法 (gekiokoobachan.jp)

https://gekiokoobachan.jp/blog-entry-1336.html

−ナニワの激オコおばちゃん−

日本の全マスゴミが、寄ってたかって森元総理をいじめ倒すというメディアリンチが続きました。恐ろしいですね。改めて、日本のテレビ、新聞の下劣さを、一部のようわかってる人たちは認識したことと思われます。ネットでも果敢に「おかしいやろ」と言い始めた有名人、芸能人が、数えるほどですが、いてはります。

 日本人のいやらしい同調圧力にも困ったもんですが、こういう局面では大いにマイナスに働きますね。そして実はそういう日本人の特質を十分にわかって、敵は攻撃を仕掛けて来てるんやということを、私ら日本人は認識せなあきませんね。

 まず森さんを潰す。次にオリンピックを潰す。一方で、ホンマはめっちゃヤバい「中国」の海警法施行の話を隠す、と。もう日本人、ええようにやられてますね。実際にそういう「指令」があるんかどうかは知りませんが、阿吽の呼吸で朝日新聞がいつもの「切り取り」記事で騒いで、それを素早く世界中に流しましたからね。

 そんな「中国」の腹黒い意図に負けずに、国会では青山さんが頑張ってくれてはります(【ぼくらの国会・第106回】ニュースの尻尾「護る会『中国海警法』に緊急提言 / 領空侵犯、部隊行動基準(ROE)問題」)。この回はタイトル通り、「護る会」が緊急提言をした話ですが、ホンマにアホのマスゴミは、森さんのことを大々的に取り上げる一方で、こういう大事な話はスルーですね。
Posted by 余生を憲法改正に! at 08:04 | 日本大丈夫か? 国民の危機! | この記事のURL | コメント(0)
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