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マッカ―サの置き土産、憲法第九条と財政法第四条 [2022年08月05日(Fri)]
マッカ―サの置き土産、・・・・憲法第九条と財政法第四条
https://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/fedf12fb3f69d189e432ee99061e8ec5?fm=rss


◆憲法第九条と財政法第四条はセットである。
◆憲法九条と財政法四条が日本の安全を壊す。

参院選応援演説中、凶弾に倒れ非業の死を遂げた安倍晋三元首相がやり残した最大の政治課題は、憲法改正だっただろう。

さぞや無念だっただろうと、心中お察しいたします。

憲法改正というと、朝日新聞を筆頭に左翼マスコミや護憲派学者らが挙って反対してきた。

いうまでもなく日本国憲法はGHQ最高施行司令官マッカ―サの置き土産だが、憲法制定と同じ年に憲法とセットで施行された財政法を「売国法」と批判する者は殆どいない。 財政法を批判することは同法の遵守に命懸けの財務省を批判することになるからだ。総理大臣でさえ更迭できない財務事務次官、そして財務省を批判する者はいない。


『正論』7月号、「国防こそ最大の福祉」より引用。

GHQが憲法九条と緊縮財政をセットとし、憲法と財政双方でGDPの成長を押さえ込んで日本経済の弱体化と戦力否定の防衛予算を組むように仕掛けた。

GHQの日本弱体化策の影響は、そればかりではない。

戦後世論の体制が財政法に感化され、歴代の政権が唯々諾々とこれを受け入れてきた。 

1947年、新憲法とともに施行されたのが財政法である。

財政法が平和憲法と一体であることを折に触れ指摘するのが日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」と朝日新聞である。

赤旗は2008年4月24日付で、財政法第4条が財政収支の均衡を求め、国債の発行を原則禁止していることについて、「戦前、天皇制政府がおこなった無謀な侵略戦争が、膨大な戦時国債があってはじめて可能であったという反省にもとづいて、財政法制定にさいして設けられたもので、憲法の前文および第九条の平和主義に照応するもんです」と解説している。

その根拠は財政府の起案者である平井平治氏(当時、大蔵省主計局法規課長)の解説書(「財政法逐条解説」1947年)だとし、「戦争危険の防止については、戦争と公債がいかに密接不離の関係にあるかは、各国の歴史をひもとくまでもなく、わが国の歴史をみても公債なくして戦争の計画遂行不可能であったことを考察すれば明らかである,・・・公債の無いと処に戦争はないと断言しうるのである。従って、本条(財政法第4条)はまた憲法の戦争法規の規定を裏書き保証せんとするものであるともいいうる」と引用している。(影の声⇒公債のあるところに戦争アリとは限らない)

朝日新聞2020年付社説「財政法と戦 歴史的意味を忘れるな」はこの赤旗記事とほぼ同じ部分を導入部としつつ、「財政法が例外として認めた建設国債ばかりか、禁止したはずの赤字国債すら、特例法に拠る発行が常態化した。(略)真珠湾攻撃があった41年度の借金への依存度は56・%(一般会計と、廃止された臨時軍事費特別会計の合算)。 今年度の56・3%はほぼこれと並ぶ」と財政法の「骨抜き」を糾弾した。そして、「国会と政府は、条文の歴史的意味を忘れてはならない」と結んだ。

朝日などの論調がウクライナ情勢で変わったかどうか不明だが、財務省のほうは少なくとも安全保障情勢の認識に関する表現だけは「タカ派」と大きな違いない。

だが、財務省の肝心の財政均衡主義は戦後レジームそのものであり、防衛費増額は認めざるを得ないが緊縮は譲らないという歪んだ思考に陥っている。

表向きは言わなくてもよいが、同省自身がきっぱりと戦後レジームから決別し、緊縮至上主義を改めないことには、同省が国民生活、経済、金融そして安全保障を壊し続けるのではないかと恐れる。

Posted by 余生を憲法改正に! at 06:59 | 国家国民を護る憲法改正! | この記事のURL | コメント(0)
何ぞおごりを生ぜん −水戸斉昭公ー [2022年08月05日(Fri)]
◎ 愚老・・・ここにこそ「日本の道」があるような気がしてならないのですが・・・

八月五日  「何ぞおごりを生ぜん」
一 飯を得るごとに、兵量の粗々敷(あらあらしき)を思い、
一 衣を製するに、甲冑の窮屈を思い、
一 居宅を構うるに、陣中の不自由を思い、
一 起居のやすきに、山野のくるしみを思い、

父母妻子同席し、兄弟親族と交わるに、遠国離居の時の悲歎を思いやりて、今日の無事安穏を大事とせば、何ぞ奢(おごり)を生ぜむ。(※徳川景山)
※徳川景山・・・幕末水戸藩主斉昭(1800−1860)の号。文武を奨励し、幕政に参与し、攘夷を唱えた。
(新渡戸稲造『一日一言』より)

<追記> (釈文)

食事のたびに兵糧の粗末さを思い出し、
衣服においては甲冑の窮屈さを思い出し、
住まいにおいては陣中の不自由さを思い出し、
日常生活では山野を駆けるときの苦しさを思い出し、
父母妻子、兄弟親族と遠く離れ離れになっていたときの悲しかったことを思い出して、
今日の幸せを大切にすれば、何もぜいたくを望まない。
これは徳川景山(斉昭)の教えである。


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Posted by 余生を憲法改正に! at 06:48 | 脚下照顧・人として… | この記事のURL | コメント(0)
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