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アメリカ人が造った憲法 [2022年01月19日(Wed)]
日本国憲法の欠陥 愚老の戯言… 10

(平成29年の愚老雑記帳から転記。これから時折り記事投稿させていただきます。
単なる思い込みの愚痴。検証未了につきご容赦のほどをお願いします)
国家の要件は → 1.国民 2.領土 3.主権 が備わっている事
   ※現憲法は占領軍による一時的な条令とされるものであり、そもそも日本に主権が無い状態で押し付けられたものに過ぎない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

6.アメリカ人が造った憲法

アメリカ軍は、占領軍条例を日本国憲法として“おしつけ!”
その憲法により日本人は劣化の一途を辿っている。
憲法の草案はマッカーサーが昭和21年2月3日に「2月12日のリンカーンの誕生日まで憲法草案をつくるように」と厳命してつくらせたものです。この時、作成に当たったGHQ民生局には憲法の専門家は誰もいませんでした。
そして、ジョージ・ワシントンの誕生日である2月22日に閣議決定させたのです。

◆28年アメリカ大統領選挙時、バイデン副知事
「日本国憲法を私たちが書いたことを彼らは知らないのか」
「私たちが日本国憲法を書いた。日本は核保有国になり得ない」
「日本のマスコミが全く反応しなかった」
1) 昭和20年10月、マッカーサーは当初近衛元首相に憲法改正を示唆し、取り組みも要請していたものと思われますが、途中から幣原首相、親米派松本ラインに軸足を移していき、最終的には宮沢ラインに移ったものと思っています。
※ 憲法問題調査委員会の松本私案がスクープされる。                 2月1日、秘密裏に検討されていた内閣の憲法問題調査委員会の「憲法改正試案」(「松本案」)が毎日新聞にスクープされた。この松本案は、大日本国憲法(明治憲法)に少し手を加えたものにすぎませんでした。憲法研究会の憲法草案とは大違いです。
2) 10月11日 マッカーサーが幣原首相に憲法改正を指示
幣原首相はマッカーサーに表敬訪問した際、マッカーサー自らより憲法改正を迫られた。
マッカーサーが記者に話した談話が残っている。(自発的に創ったように見せかけた)
「ポツダム宣言を履行するにあたり、日本国民が何世紀もの長きにわたって隷属してきた社会の秩序伝統を矯正する必要があろう。
日本憲法の自由主義化の問題も当然この中に含まれて来るであろう。
・・・(後略)」

ここに 日本の文化、伝統を破壊することを宣言している。
アメリカの価値観、西洋合理主義を日本に浸透させようとしているのだ。
この目論見は敵ながら見事に成功し、今日、とても日本人とは思えぬ輩が噴出している。
とにかくも国体を破壊したかったらしい。
しかし、こればかりは連合軍と言えども破壊できなかった。
我が民族に連綿と受け継がれてきた尊い信仰であったからだろう。

また、マッカーサーは近衛にも憲法改正を行うよう示唆し、近衛は単独で憲法改正草案を作り、11月には天皇に奉答していたようです。
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