幻冬舎出版 柴田哲孝の新作『暗殺』 から日本を観る [2024年07月22日(Mon)]
安倍『暗殺』の推測と真相の隠蔽
幻冬舎出版 柴田哲孝の新作『暗殺』
※ 本を読んだわけではないが、かなり飛躍しながらも、日本の世相を指摘しているらしい…
‐政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる‐
黒木頼景氏 指摘を転記する
保守派国民は安倍元総理の暗殺事件を取り上げ、警察の杜撰な捜査や不審な司法解剖を非難する。だが、もっと恐ろしいのは、大半の国民が暗殺事件に興味を示さないことだ。 普通、再登板も有り得る人気の元総理が銃撃されれば、新聞やテレビは連日連夜、疑惑の事件を特集し、警察や与党に圧力をかけるはず。
ところが、銃撃事件を報じる全国紙の一面は、どれも同じ見出しで、スナイパーの可能性に触れる記事は一切無し。パイプ銃を発砲した山上達也が「犯人」というストーリーで幕引きだ。 奈良県立医大の福島英賢(ふくしま・ひでただ)教授が下した診断と、警察が発表した死因の特定が矛盾するのに、世間の一般人は何ら疑問を抱かない。 それどころか、安倍氏の国葬が終わってしまうと、コロッと忘れて普段の生活に戻って行く。多少なりとも知識と常識を有する国民でも、新聞が疑惑を取り上げないと、捜査の“いかがわしさ”に気づかない。
テレビしか観ないオッちゃんやオバちゃんは、芸能記事やスポーツ観戦の方に夢中となる。
◆ 日本社会が抱える深刻な問題は、国家の命運を考える中枢が無いことだ。
教科書では「責任内閣制」と称されるが、国会議員が責任を取ることは無いし、たとえ取っても“辞任”程度であるから、切腹とか破産という形ではない。
実際は、責任者が不在の官僚制衆愚政治である。
・ローマ共和国なら、各氏族の首長が集まる元老院が国家の心臓となり、元老院の委託を受けた執政官が、軍の総司令官になったり、最高政務官となって軍人や市民を導く。 ・江戸時代の日本なら、武家の棟梁たる将軍が国家意思の決定者だろう。たとえ将軍に政治の才能が無くても、優秀な家臣を集めての集団指導体制になるから、それほど危険じゃない。 ・明治になっても政治の中核は存在し、皇室を守る元勲が国家の独立を考えていた。しかも、それ相当の政治家や軍人が存在したから、人材が枯渇するといった事態にはならなかった。
◆ ところが、大東亜戦争で敗北すると、アメリカの属州へと落ちぶれる。 総理大臣と国会の重鎮は、宗主国からの勅令を実行する土人の酋長みたいなものだ。 日本の首相といっても、天皇陛下の筆頭執事(prime minister)じゃなく、日本総督(駐日アメリカ大使)に仕える管理人ていど。しかも、国民の大半は政治に無関心。税金や不景気に文句を垂れるが、叛乱を起こさない従順な労働者。
今では格差社会が顕在化し、無気力で貧困化した大衆が年々増えている。
残念ながら、令和の日本国民は「砂粒」と化した個人でしかない。
◆ 運命共同体の構成員」という連帯感を失った日本人は、スマコミの世論操作で自分の将来を決めてしまい、左右を見ながら破滅に向かって歩いて行く。 ある選挙区に1万人の有権者がいようが、100万人の票田になろうが、それは単なる「群衆」でしかない。 選挙となれば「選択肢のない選挙」を強いられるだけ。 ・嫌気が差した国民は選挙をボイコット。 ・脳天気な者は家族と一緒に遊園地へ赴く。 ・別の者は自宅で昼寝か、犬を連れて散歩といったところだろう。
無知蒙昧な大衆から選ばれた議員は、在職中に“一財産”作ろうと躍起になるから、売国奴でも左翼でも何でもいい。瀆職や秕政で困るのは、見ず知らずの他人である。 「混乱の尻拭いは公金で!」というのが政治家のモットーだ。
◆ 属州の住民というのは、自分の生活だけで精一杯の人間である。
大衆は複雑怪奇な政治に興味を示さない。安倍晋三が正体不明のスナイパーに殺されたって、一般国民は「お気の毒に・・・」と言うだけで家に帰る。 真相追究は他人任せ。警察の腐敗があっても知らぬ顔。 地上波テレビのワイドショーは、一文にもならないヒットマンの追跡より、打席に立った大谷翔平のヒットに目を輝かせる。
柴田氏の小説がベスセラーになっても、「安倍暗殺」を語る国民はごく僅かだろう。来年の今頃になれば、暗殺事件を口にする国民はもっと減っているだろう。悲しいけど、これが日本の現実だ。
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Posted by
余生を憲法改正に!
at 05:45
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日本大丈夫か? 国民の危機!
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