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【 (私心) 策士 (岸田首相) (下手な) 策に溺れる】 [2022年09月19日(Mon)]
【 (私心) 策士 (岸田首相) (下手な) 策に溺れる】
安倍派を外しつつ、国葬を強行」その深謀遠慮 (私心・私欲) が、
巨大ブーメランになった理由
−橋 洋一(経済学者)−

 ◆ 安倍元首相の国葬(国葬儀)が近づくなか、いろいろな意見が出ている。
 ・連合の芳野友子会長が国葬に出席する意向を示すと、立憲民主党の蓮舫参院議員は《国葬よりも優先されるべきコロナ禍、物価高の労働者支援を政府に求める立場なのでは》などと批判した。
 ・そこで筆者は《国葬反対の人が他人の出席に難癖をつけるのは理解できない。強制というが、欠席を強制するの? どっちが強制なのか》とツイートした。
 ・その上で、《連合会長は歴代政権でトップの雇用確保を達成した安倍さんに弔意を示すのは当然でしょう》とし、次の図を添付した。
 ・これに対し、雇用が増えたといっても非正規ばかりというコメントがあったので、次の図を追加して反論した。
 ・結局、国葬反対の人たちは安倍政権のすべてがケシカランと思っている人たちで、「雇用の創出」という誰でもわかる結果も無視しているわけだ。
 ・自民党内にも、国葬反対らしき人がいる。もちろんいてもいいのだが、反対する根拠に笑ってしまった。

◆ 石破茂元幹事長は《国会の議決を経るなどの手続きが必要ではないか》と発言したらしい。
「国葬には法的根拠がある」
 こうした論拠による批判は、マスコミにもよく見られるし、野党からもなされている。しかし、もう少し勉強したほうがいい。特に立法府の人であれば、とんでもない無理解と言われてしまう。
 ・これは、1967年の吉田元首相の国葬時の経緯から出てきている。戦前には根拠規定であった国葬令があったが、1947年に廃止されていた。そこで当時、閣議決定とともに、立法府である議会の理解も得ることになった。当時の法制局長官は三権の了解が必要とも言っていた。
 ・そのときの経緯を踏まえ、国葬に関しては1999年の省庁再編時に議論され、「内閣府設置法によって国葬の法的根拠」が作られた。
法律の制定は国会の議決の典型例である以上、既に決着済みである。
 筆者は役人の時に省庁再編に多少関わったので、その事実はだいたい知っていたが、最近になってやっと報道されるようになった。いずれにしても、きちんとした公文書があるのだから、疑問がある国会議員は資料を要求して精査した上で、発言すればいい。
 なお、国葬に反対する者で、法的根拠がないとして裁判所に対し差し止め請求している者がいるが、裁判所がそのような理由で差し止め請求を認めるはずなく、これまで地裁レベルでも認められていない。
 差し止め請求では、費用の支出を予備費としていることや国民への弔意の強要になるといった理由をあげている。
 しかし、予備費は、予見しがたい支出について、国会の議決で設け、内閣の責任で支出することができる(憲法87条)ものなので、その規定通りである。

 ● また国民への弔意の強要という主張も、理解できない。内面の自由があるので、弔う気持ちのない人まで強要しない。一方で国葬に反対する行為は、弔う気持ちのある人を妨害するだけで、むしろ他人の内面の自由の侵害になりかねない。
 筆者は、国葬の出席か欠席かは個人の自由であると思うが、ある意味でその人がどういう人なのかがわかりやすい。
 国葬には、44知事が参列の意向だという。欠席知事は静岡、沖縄、長野だ。長野県知事の欠席理由は御嶽山噴火災害の追悼式出席だが、沖縄県知事と静岡県知事の欠席は安倍元首相の国葬ゆえだろう。
 筆者は、国葬の経緯について、他人と違う斜めからの視点をもっている。これまでいろいろなところで話してきたが、先週土曜日放送の朝日放送「正義のミカタ」でも話したうえ、こうツイートした。

● 《正義のミカタ。岸田首相は、人事(内閣改造)をやりたくて外交その他は念頭になかった。参院選後安倍派排除の改造で頭いっぱい。
そのために国葬で保守を懐柔。
次に統一教会を持ち出す。
しかし策に溺れてブーメラン。
これだとEEZに5発打ち込まれてもNSC不開催開催や国葬が遅れたことも説明可能》
◆ 最優先事項は「人事」だった
 そもそも岸田首相は何がやりたかったかというと、本人も公言しているとおり、「人事」だ。岸田政権は、8月10日の内閣改造を含めて3回の「人事」を行った。ただし、昨年に行った2回は、政権発足当初のものでもあり、慎重運転で「岸田カラー」はでていない。7月参院選勝利で初めて自分らしい人事ができると考えていた。

・ そこで、安倍元首相の参院選挙中での暗殺があった。暗殺は痛ましいが、一方で初めての自分カラーの「人事」を行う必要も岸田首相にあっただろう。自分カラーとは、ひと言で言えば「安倍派外し」だ。
・ 特に、安倍元首相の実弟の岸氏だ。台湾派の岸氏は、親中派の岸田首相の目の上のたんこぶである。外相に同じ親中の林氏を起用したところで、岸氏のほうが存在感があった。そこで、防衛省の次官交代という官僚人事によって岸氏の外堀を埋めた。
・ その次が内閣改造だった。途中に安倍元首相の暗殺があったが、改造人事は止められない。
 7月10日の参院選後に、人事をやりたいという気持ちがあったのだろう。しかし、露骨な安倍派外しは党内の反発を買う。
・そこで、安倍元首相を国葬にするという策に出た。「検討使」の異名をもつ岸田首相としては異例に早い決定だった。7月8日に安倍元首相が亡くなった6日後の7月14日、記者会見で国葬を執り行うと発表し、7月22日に閣議決定した。
・それと並行してマスコミの統一教会叩きが進んだわけだが、両者の関係は本コラムで書いた。
 統一協会叩きは、岸田首相の改造による安倍派外しの伏線だったし、国葬は改造を党内反発なしで行うための伏線であったが、両者は連動し、結果として巨大ブーメランとなって、今岸田政権を苦しめている。
 岸田政権が参院選後は「人事」で頭いっぱいであったのは事実で、8月4日に日本のEEZに中国からミサイル5発を打ち込まれたのにNSC(国家安全保障会議)を開かなかったことからもわかる。
・ 「人事」が優先で、8月の内閣改造が先にありきだったから、国葬の日程は9月27日に遅れたのだろう。
・ この日程は、国連総会の直後で、9月29日の日中国交回復50周年の直前という奇妙なスケジュールだ。
 もちろん、以上は筆者の邪推だが、意外とこれまでの出来事を上手く説明出来る仮説でもある。
Posted by 余生を憲法改正に! at 06:48 | 脚下照顧・人として… | この記事のURL | コメント(0)
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