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統一教会バッシングと国葬反対論??? [2022年09月01日(Thu)]
高橋洋一氏:統一教会バッシングと国葬反対論が、
なぜつながってしまうのか? その謎を解く: ー美しい日本ー

http://japanhascomet.cocolog-nifty.com/blog/2022/08/post-eb61a3.html


高橋洋一氏が指摘しているように、この両者の問題を「悪」と位置づけて報道している、テレビや新聞を視聴や購読している人ほど、「反対」意見が多いと言うことから、まさにマスコミが作り上げたシナリオだと言うことができるでしょう。

◆ 国葬儀「反対する自由もあるけれど」

国葬の反対論の根拠として、国葬は弔意を押しつけているという意見がある。

・このロジックは普通の人にはわかりにくい。筆者を含めて、内面の自由を当然のように考える人からみれば、ありえないとなる。弔いたい人が参加すればいいわけで、そういう気持ちの人を邪魔することはないと思う。

・国葬で莫大な経費がかかるのであれば、反対する気持ちはわからなくはないが、追加費用は2.5億円。警備費は計上されていないとか言って、37億円かかるなどと言っている人もいるが、警備費は通常予算の枠内で追加的な支出ではない。警備は全国から集めるからだ。

・もちろん、反対する自由はあるが、一定の司法手続きにしたがって判断すればいい。2.5億円の追加支出で、G7・G20級の国際会議をできると考えれば、会議費支出としても行政府の判断でいいとなるはずだ。国葬は国によって扱いが異なるが、世界からの弔意を受け取るのはふさわしい形式だし、国際的な非難を浴びることもなく、国益にもかなうだろう。

・国葬反対論者の「弔意押しつけ」という意見で、弔意を表せないように押しつけているようにみえるのは、なんとも皮肉だ。しかも、国際的な弔問外交を否定しているようにもみえるのは、国益にそぐわない。

・国策反対論者の内面はうかがい知れないが、あまり他人の内面の自由を尊重しているように思えない。

◆ 旧統一教会との「接触」は問題ではない

・旧統一教会バッシングについて言えば、マスコミの対応はあまりに酷すぎる。宗教と政治の関係は配慮すべきであるのは言うまでもないが、宗教側がどの政党を選ぼうと自由だし、政党から見ても特定宗教の支持があってもいい。ただし、政府は特定宗教に肩入れしてはいけない。ここがレッドラインだ。

・そう言うと、「旧統一協会の霊感商法を許すのか」と言う人がいる。だがそうした「行為」については、どのような宗教であっても、公序良俗に反したり、詐欺であれば違法行為として取り締まられる。幸いにして、安倍政権で消費者契約法を改正したので、霊感商法は消費者契約として取り消しできるようになっている。いずれにしても、「行為」にして法規制すべき種類のものであり、宗教法人の「主体」を否定したら、それこそ魔女狩りになってしまう。

・野党もマスコミも、旧統一教会との”接触”を問題にしているのはやり過ぎだ。野党では、早速ブーメランとなって、立憲民主党は新執行部になった途端、接触のあった人が続出してしまった。

・もし旧統一教会との接触が悪いのであれば、信者はもっと悪いことになる。国会議員は700余名で、その配偶者を含めれば1400名程度だ。その中に旧統一教会の信者がいれば、本当の魔女狩りになってしまう。

・マスコミも同じだ。今回、旧統一教会から、【異常な過熱報道に対する注意喚起(2)】が出された。日本テレビ「24時間テレビ」で旧統一教会の女性信徒が7年間ボランティアスタッフの中心的として活躍していたとしている。

・これに対し、日本テレビから、「弊社の番組に関わるプレスリリースについて」が出されたが、その中で、「一般的に、参加される方の個人的な思想・信条について確認することはいたしません。」と言わざるを得なかった。

・これまでマスコミは、旧統一教会と接触のあった国会議員を批判しており、あたかも事前にチェックしなかったことが悪かったかのように報じていた。日本テレビの回答のとおり、事前に相手に宗教を聞くことは内面の自由に反することなのでできない。しかし、報道では内面の自由に反することでもやるべきだと示唆していた。要するに、旧統一教会報道では、他人の内面の自由を配慮していなかったわけだ。

・いずれにしても、筆者から見ると邪推かもしれないが、
「他人に対する内面の自由への配慮が足りない」
という点で、国葬反対論と旧統一教会バッシングは似ているのだ。

・国葬反対論と旧統一教会バッシングは、似たような構造の中でマスコミが橋渡しして、両者が連動した動きになっているのだろう。

Posted by 余生を憲法改正に! at 07:17 | マズゴミ現象 | この記事のURL | コメント(0)
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