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GHQの陰謀「日本国消滅憲法」 [2022年05月10日(Tue)]
日本国憲法草案作成者が証言、自国防衛も日本にさせまいとしていたアメリカ
5/10(火) 11:01配信

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JBpress
連合国軍総司令部(GHQ)が置かれた占領下の第一生命ビル(1950年撮影、写真:近現代PL/アフロ)

 (古森 義久:日本戦略研究フォーラム顧問、産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

 5月3日は憲法記念日だった。1947年(昭和22年)5月3日に日本国憲法が施行されたことを記念する日である。この日の前後は憲法をめぐる論議が一段と高まる。だがこの憲法がアメリカの占領軍によっていかに作られたか、いかに不自然で欠陥に満ちているか、への言及は少ない。

 私には日本国憲法草案作成の実務責任者だったチャールズ・ケーディス氏に直接に会って、その作成の実情を詳しく聞いた体験がある。その憲法案がきわめて異様な状況下に拙速かつ粗雑に書かれ、しかも戦後の日本の独立国家としての基本的な権利をも抑えるという意図だったことを詳細に聞いた。憲法作成のアメリカ側の当事者に直接、話を聞いた日本人はいまやきわめて少ないだろう。憲法記念日を機に、アメリカ側当事者が明かしたその異様さを改めて報告しよう。

■ GHQの民政局が草案を作成

 日本国憲法はアメリカ占領軍司令部により1946年2月に作成された。その草案はそっくりそのまま日本政府に渡され、国会を経て、日本国憲法となった。当時の日本の占領統治者は「連合国軍」と公式には呼ばれたが、実際には米軍だった。その総司令部(GHQ)も米軍の最高司令官、つまりダグラス・マッカーサー元帥の指揮下にあった。

 GHQは終戦からまだ半年のその時期に急遽、日本の憲法案を作成した。「急遽」というのはマッカーサー司令官は当初、日本の新憲法を日本側に自主的に書かせることを指示していたが、その草案ができあがったのをみて、不満足と断じ、急にアメリカ側が作るという決断を下したからだった。

 草案の実際の作成はGHQの民政局に下命された。民政局の局長はコートニー・ホイットニー米陸軍准将だった。そのすぐ下の次長が陸軍大佐のチャールズ・ケーディス氏だったのである。ケーディス氏を責任者とする憲法起草班がすぐ組織された。法務体験者を中心とする二十数人の米軍将校たちが主体だった。日本人は1人もいなかった。憲法起草班は1946年2月3日からの10日間ほどで一気に草案を書きあげた。作業の場所は皇居に近い第一生命ビルだった。

 憲法起草班ではケーディス陸軍大佐、マイロ・ラウエル陸軍中佐、アルフレッド・ハッシー海軍中佐の3人が憲法前文を書いた。憲法全体でほぼ各章ごとに8つの小委員会を作り、法務経験のあるアメリカ軍人がそれぞれの小委員会の責任者となり執筆した。第9条のある第2章はケーディス大佐自身が書いたという。

 ケーディス氏は1906年、ニューヨーク生まれ、コーネル大学卒業後にハーバード大学法科大学院を修了して、1931年にはすでにアメリカの弁護士となっていた。連邦政府の法律専門官として働く間に第2次大戦が起きて、陸軍に入った。陸軍参謀本部に勤務後、フランス戦線に従軍した。そして1945年8月の日本の降伏後すぐに東京に赴任して、GHQ勤務となったわけだ。日本憲法起草当時すでに39歳、法務一般でも十分に経験を積んだ法律家ではあった。

■ 「もう守秘義務はないから」とインタビューに応じたケーディス氏

 ケーディス氏は日本には1949年まで滞在した。帰国後は軍務を離れ、弁護士に戻った。戦前にも働いたことのあるニューヨークのウォール街の「ホーキンズ・デラフィールド・ウッド法律事務所」にまた弁護士として加わった。その後の職務では税務、証券、財政などの案件を扱ってきたという。

 私が彼にインタビューしたのは1981年4月だった。彼は75歳となっていたが、週に2度ほど出勤して、実務をこなしているとのことだった。ケーディス氏は礼儀正しい白髪の紳士だった。日本国憲法作成に関する往時の資料までを用意して、私を丁寧に迎えてくれた。

 当時の私はアメリカの研究機関「カーネギー国際平和財団」の上級研究員として日米安全保障関係についての調査や研究にあたっていた。ケーディス氏のインタビューもその研究活動の一環だった。

ケーディス氏とのインタビューは4時間近くに及んだ。氏は憲法起草の作業をよく覚えていて、こちらの質問に「もう守秘義務はないから」とごく率直に答えてくれた。

 この一問一答の英文記録を私は保管し、現在にいたっている。これまでその日本語訳を総合月刊雑誌の『月刊現代』(講談社刊)と自著の単行本『憲法が日本を亡ぼす』(海竜社刊)とで発表した。

■ ケーディス氏があえて削除した記述

 なぜ憲法作成の経緯や結果が異様だったのか。ケーディス氏の言葉の再現により特徴づけてみよう。原記録どおりに質疑応答の形とする。

 古森「ではケーディスさん、あなた自身の考えでは、憲法第9条の目的というのは、なんだったのでしょう。アメリカ側は第9条の規定を作ることで、一体なにを成しとげようとしたのでしょうか」

 ケーディス氏「日本を永久に非武装のままにおくことです。ただ自国保存の権利は留保しておく」

 以上の言葉による「永久の非武装」というのは、文字どおりに解釈すれば、どの独立国家にも必須の基本条件となる自衛の能力の保持や権利を認めないということになる。そしてケーディス氏はその「日本の永久の非武装」の前段として、さらに衝撃的な証言をしたのだった。

 ケーディス氏らは日本国憲法案を作成するにあたって大幅な自己裁量が認められていたが、この点だけは必ず盛り込むようにという数項目の指示があった。この指示は簡潔な用紙に書かれていた。ケーディス氏はこの用紙を直属の上官の民政局長ホイットニー将軍から受け取った。だが原文はマッカーサー司令官が口述筆記させたようだったという。以後、「マッカーサー・ノート」として歴史に残る指示だった。その点についてケーディス氏は私の質問に答えて、以下のように答えた。

 「その指示には私の記憶では『日本は自国の防衛のためでさえも戦争を放棄する』という趣旨の記述がありました。この点については私は道理に合わないと思いました。すべての国は自己保存のための固有の自衛の権利を持っているからです」

 「だから私は第9条の草案を書くとき、その部分をあえて削除しました。私自身がその『自衛のための戦争をも否定』という部分をあえて落としたことをはっきり覚えています。そのことについて後からホイットニー将軍から『君はその部分を草案に含めなかったではないか』と問われました」

 「私は『その部分は現実的ではなかったので削除したのです』と答え、『一国が外国から侵略を受けてもなお自国を防衛できないと主張はできないでしょう』と説きました。ホイットニー将軍は結局、私の言い分に同調しました。マッカーサー元帥もそれを承認しました」

 戦後の日本国民の多数が金科玉条のように保った日本国憲法はこんなふうに作られていたのだ。

しかもアメリカ側の意図は日本を「永久に非武装に」しておくことだった。本来は「自国防衛の権利」さえも否定することがアメリカ側の意図だった。だがその非武装という大前提の下でその権利だけは否定しないでおくという措置が、ケーディス氏のほぼ一存でとられたのである。

 そもそも独立国家が自衛の権利も曖昧なまま、そして自衛の能力も持たないまま、「永久に非武装」というのでは、欠陥国家となる。国家自体の存続のための自衛をしてはならない、というのでは、その趣旨をうたう憲法は致命的な欠陥を有することとなる。

■ 単なる被占領地域だった当時の日本

 当時のアメリカが日本の非武装を求めたのは、ごく自然だろう。そのつい半年前まで日本の強大な軍事力はアメリカを悩ませ続けたからだ。軍事強国の日本はもう二度と登場させない、というアメリカの決意だったといえよう。

 だが日本にとっては、こんな憲法が真の独立国家の要件を満たすはずがない。そんな異様な条件下で作成された日本国憲法の内容はその当初から主権国家の日本にとっての極端な異様さを持っているのである。

 もっともこの憲法が作成されたときの日本は主権国家でも独立国家でもなかった。単なる被占領地域だったのだ。こうした日本憲法の歴史的な異様さは現在の憲法論議でも正面から指摘されるべきだろう。

 [筆者プロフィール] 古森 義久(こもり・よしひさ)

 1963年、慶應義塾大学経済学部卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1981年、米国カーネギー財団国際平和研究所上級研究員。1983年、毎日新聞東京本社政治編集委員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。
 著書に、『危うし! 日本の命運』『憲法が日本を亡ぼす』『なにがおかしいのか? 朝日新聞』『米中対決の真実』『2014年の「米中」を読む(共著)』(海竜社)、『モンスターと化した韓国の奈落』『朝日新聞は日本の「宝」である』『オバマ大統領と日本の沈没』『自滅する中国 反撃する日本(共著)』(ビジネス社)、『いつまでもアメリカが守ってくれると思うなよ』(幻冬舎新書)、『「無法」中国との戦い方』『「中国の正体」を暴く』(小学館101新書)、『中・韓「反日ロビー」の実像』『迫りくる「米中新冷戦」』『トランプは中国の膨張を許さない!』(PHP 研究所)等多数。
Posted by 余生を憲法改正に! at 11:45 | 憲法を考える | この記事のURL | コメント(0)
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