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忘れることの出来ない「人生始終」 [2022年02月22日(Tue)]
18歳から57歳までのサラリーマン生活は菓子作りの一本道。
しかし、その道は、オリオンベーカリー・オリンピック製菓・丸藤・アストウル・フランス菓子ジロー・ミッシェル・玉川屋と続く7道の修行の綱渡りでもありました。
ミッシェル社長の社員教育「盛恵学校」。
恵比寿アストウル並木隆明社長によるモラロジー人間教育、そして、ホテル志戸平さまの「ありがとう経営」
忘れることの出来ない「人生始終」、今ある原点であります。

そして、何よりも・・・
我が一寸法師の舟下りは
ホテル志戸平様との出逢いが原点でした・・・
ホテル様で初めてのブライダルフェア―がきっかけでスタッフの皆様に育てて頂きました。
もちろんそこに至るご縁は深いものがあります。
その「ご縁」を以下に記します。

平成13年4月9日 
ありがとうセミナーにて挨拶する機会を戴いて。
(保存資料から転記)

皆様 ありがとうございます。お元氣様です。
いつもお世話になっております、玉川屋の鎌田 勇です。宜しくお願い致します。
先日、私の長男の結婚式をホテル志戸平様で行うことができました。本当に嬉しい恵まれた披露宴ができました。ありがとうございます。

私は、親として何ら役目を果たさず、子育て失格と自ら認めております。しかし、息子の晴れの舞台で、何としても伝えて置きたいこと、それは「ありがとう」の心でした。
ホテル志戸平様の館内に入ったときの、何とも言えない温かさと英氣を養われるような雰囲氣。
この雰囲氣を家族みんなで味わうことが、何よりの親としての、「はなむけ」ではないのかと確信の中に会場を選ばせていただきました。
139%、本当に心残りのない披露宴でございました。あらためて御礼を申し上げます。ありがとうございます。

私の母がまだ結婚する前、久保田旅館様で働いていました。幼い時に何度となく連れてこられ、大八郎様のお話をする母の姿が思い出されます。小学校に入り「金山」という作文を書いたことがございます。電鉄電車志戸平駅のまん前にあった、山の中腹に金山の後が有ったと言うことを聞いていたからです。
私が高校に入り水泳部に所属したこともあり、志戸平様のプールに3年間通いつづけました。冬場の合宿も思い出されます。

(私の運命を変えたのもまた志戸平様でございます)
昭和63年、当時パソコンがまだどうにもならない難しい時期でありました。そんなときに盛岡で開かれたパソコンセミナーに出席しましたが、そのときに志戸平様の佐藤財務部長様の事例発表をお聞きし、その場で私は、これが欲しかったんだと即座に注文したのが、マイツールでした。
150万円の買い物ですから、家族には内緒にしていました。以来、マイツールユーザー会でありますMUGの会にお世話になり久保田社長様に出会うことが出来たのでございます。5年間ほど久保田会長様のもとでマイツールを始め、マネージメントシミュレーションゲーム(MG)の勉強も出来て非常に充実した日々が始まりました。
私の人生でこんなに大きく変化した時期はいまだに無かったと思います。正に恵まれた出逢い、ありがとうの開花でした。

久保田社長様とのご縁はその後、倫理法人会へとつながり、お蔭様で仕事の面でも大変お世話になって、現在へと続いております。
この私の体験が、私の幸運を社員にも分けてやりたい。私たちの学ぶべきことは志戸平様に来るとたくさんある。という確信をもたらしたのであります。

ホテル志戸平様とのご縁を大切にし、全社員がここで学ぼうと皆に語りかけました。
そして、私の思ったとおり、みんなが良く親しんでくれました。
凄いな、ホテル志戸平様は凄い。どこが凄いかと。とても明るく元氣がいいのです。皆様がキビキビ、ハキハキしておられる。
行くのが楽しくなる。そんな思いでした。そして、私もそのことを強く意識し、益々意を強くしたのでございます。

やがて「日本一のありがとうホテル」を目指して、清水英雄先生がご指導に入られていると言うことを知りました。その想いも久保田社長さまからお聞きする機会がありました。
当然のごとく、私も「ありがとう」の世界の真似事に入りました。清水先生に了解も得ず、勝手に名刺に「ありがとう」を入れたり、「ありがとうだより」を発行したり、おまけに自分でわかり切ったような独り善がりの「ありがとう」を社内で教えようとしていました。
しかし、それが全く中身のないことに気づいたのです。

それは、ホテル志戸平様の社員のみなさまが「ありがとう詩集」を発行し、お客様とありがとうの交流が始まったこと。更に仕事を通じてお会いする社員の方々が、「お元氣様」、「充実のところ」とか話されていますことを目の当たりに見ましたときに、私のありがとうは偽者だと気づきました。単に言葉を使っているだけで、心が全然できていないことに愕然としました。
恥ずかしい思いでした。ホテル志戸平様の実践を、私がやっているかのごとく、社員に話していた自分が恥ずかしくなっのでございます。

(何よりも、お客様の声が館内に貼られていますが、どれも感謝感動の声・・・
通常、お客様の声と言えば「クレーム」を思い浮かべるのですが、そこが違っていました)
それが、一つの目覚めでした。それからの一年間はお菓子を納入するときも緊張の連続でした。今まで何気なく、出入りしていた仕事の陰に、ホテル志戸平様の皆様の努力が見えてきたのでございます。私たちが学ぶものは、社員の皆さま、一人一人の行動に沢山ありました。それ以来、私は社員の皆様が怖くなりました。そして、本当にお世話になっていると実感しました。と同じに、私の生い立ちからの関わりでホテル志戸平様と親しんできました、その甘さがここにきて反省させられたのでございます。

感謝心の無いところに繁栄はあり得ない。そんな言葉を思い出しました。そして、今からでも、私のありがとうを創り上げていきたいと念じています。
今、不思議な現象が芽生えております。それは、ホテル志戸平様に向かう時のことですが、市内から湯口を通り、志戸平様に向かうに連れ、ありがとうのチャンネルの切り替えが始まります。ありがとうモードへの変換です。

そして、駐車場に入るころから姿勢がシャキッとし、元氣が出、明るくなれること。これは何でしょうか。私は、それが ありがとうの心を実践している、皆様全員の波動が映ってくるのではないのかと、確信しております。
我が心のふるさと志戸平さま。
今までのご縁、きょうのご縁、そして、これからのご縁、皆様本当にありがとうございます。

※長々と書き連ねました。
平成14年、サラリーマン脱落の日、ホテルブライダルスタッフの皆様、久保田社長様ご出席まで戴いて私の慰労会を開いて下さいました。わが社洋菓子部のメンバーも出席しての「有り得ない心の贈物」でした。勤務先ではそういう雰囲気でもなく、雪の中に追い出される様なものでしたが、それだけに涙するお別れ会でした。
ただ・・・ご好意に甘えて、ご恩受けっぱなしの事、心残りのままです・・・
※ 平成14年10月2日は、菓子工房アストラのお椀の舟出!
ご縁に感謝し「ありがとう」の仕上げに願をかけた舟出でした。
Posted by 余生を憲法改正に! at 08:06 | 脚下照顧・人として… | この記事のURL | コメント(0)
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