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北方領土は日本固有の領土である [2022年02月21日(Mon)]
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「北方領土は日本固有の領土である」
火事場泥棒?
2月20日 1946年 - ソ連が千島列島・南樺太の領土編入を一方的に宣言。

−草莽崛起−

・江戸幕府の時代、1799年から1800年にかけて北方領土のほか、千島、樺太を含む蝦夷地を直轄地として日本人が開拓しました。
1855年には日本とロシアとの間で平和的・友好的な形で日魯通好条約が調印され、その条約は、それまでに自然に成立していた択捉島とウルップ島との間の国境を、そのまま確認しました。

・樺太千島交換条約:1875年(明治8年)、
我が国は「千島列島」(シュムシュ島からウルップ島までの18の島々)をロシアから譲り受けるかわりに、ロシアに対して樺太全島を放棄することを決定しました。この結果、千島列島全島が日本の領土になりました。

・日露戦争の結果、1905年(明治38年)、ポーツマス条約により、樺太の北緯50度より南の部分が日本の領土となりました。
 
・1945年8月9日、ソ連は、当時まだ有効であった日ソ中立条約に違反して対日参戦しました。第二次世界大戦直後、日本がポツダム宣言を受諾した後の同年8月28日から9月5日の間に北方四島のすべてを占領しました。
当時、四島にはソ連人は一人もおらず、日本人は四島全体で約1万7千人が住んでいましたが、
ソ連は1946年に四島を一方的に自国領に「編入」し、1948年までにすべての日本人を強制退去させました。

・サンフランシスコ平和条約(1951年)で、日本は南樺太と、千島列島を放棄しましたが、この条約にいう「千島列島」には北方領土は含まれていません。ソ連はこの条約に署名せず、条約の当事国となっていません。

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Posted by 余生を憲法改正に! at 07:58 | 頑張れ「日本」 | この記事のURL | コメント(0)
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