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STILL ALIVE

2001 ニューヨーク同時多発テロによる海外渡航自粛
2002 SARS(重症急性呼吸器症候群)による渡航規制
2003 鳥インフルエンザによる東南アジアへの渡航規制
2004 スマトラ島沖地震による津波被害
次は何が起きるのか?

ここ、数年、観光で生きているタイ・プーケットは、毎年のように、数々の苦難が襲っているが、立ち直っている。
しかし、今年、2005年は、すでに津波被害からの復旧が終わったにも関わらず「日本人観光客だけがプーケットに来ない」という現象が発生。それは、タイ・プーケットで、現地のタイの人たちと共に暮らし続けている日本人たちを直撃。それでも、力強く、楽しく、生きている。そこには、今の日本社会が失った大切なものが生きていた。

ブログ名同名のドキュメンタリー映像の製作に関する話題。
風評観光被害の他に、地球温暖化の問題、コミュニティの再生、人間の回復、地域の再生、貧困問題などを取り上げてゆきます。
ツナミクラフトの「さをり織り」の情報。
エコロジーシアター「天の浮舟」情報も。


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ピピ島にアジアの美女が集合中!? [2005年06月24日(Fri)]
津波から半年を前にして、ピピ島に行くことにした。
そんなことで、プーケットからピピ島への日帰りツアーを申し込んだ。このツアーの行程は、朝の7時半に、ホテルに車が迎えに来て、そのまま、プーケットタウンの港に連れて行ってくれる。それから、そのまま、船に、一時間半揺られ、ピピ・ドン島に付く。船内の飲み物は無料サービス。そして、午後の帰りの便まで
に、昼食もついていたりする。
今回は、さらに、オプションで、スピードボートなどに乗って、映画の撮影に使われた、ピピ・レイ島を見に行くことにした。
プーケットの港に車が着くまで、ガイドさんといろいろお話をした。
このガイドさんは、津波の当日、ピピ島でガイドをしていたそうだ。
彼は、スマトラ島沖で地震があったことについては朝のニュースで知っていたが、まさか津波がやってくるとは思っていなかったそうだ。彼は、これから乗る船と同じスケジュールで、ピピ島に向かったそうだ。そして、我々と同じスケジュールでピピ島に着き、少し、落ち着いた頃に、津波に遭ったそうだ。
彼は、お客さんを、山に逃がした後、街に戻ったため、津波に流された。流されたものが体にあたって、体中が傷だらけになりながらも、どうにか、助かったそうだ。
彼は、その日から、また、ガイドの仕事を続け。日本から来た、報道関係のガイドなどをも務めたそうだ。
しかし、日本語が出来る、ガイドの宿命で、報道陣が去った後、日本人観光客が
減ってしまったため、仕事が減ってしまい、今日が、久しぶりのピピ島だそうだ。
彼は、今回、次に来るお客さんのための資料とするために、カメラ持参だった。
船に乗り込もうとしていると、なにやら、撮影機材を別の船に持ち込んでいる。
どうも、映画かドラマのロケくさい感じだ。
私たちは、別の船に乗り、ピピ島に向かう。
船は、日本人こそ、いないが、韓国人のツアーのお客さんがたくさんいた。
ピピ・ドン島についた。今回がはじめてのピピ島なので、半年前に津波があったという、最初の印象がなかった。
津波の傷跡を初めて感じたのは、看板だけ残っているセブンイレブンで、店内は、流されてしまったりしているので、何も無く。そのスペースを利用して、屋根つきの食堂になっていた。
港で、スピードボートに乗り換え、ピピ・レイ島に向かう。
雨季にもかかわらず、海があまり荒れていなかったため、快適にぶっ飛ばす。さすが、船とすれ違った後は、波が大きく、フリーフォール体験をすることになる。
映画「ザ・ビーチ」に使われたところなど、名所を回ったが、津波の後、汚れた砂が流されたりしたおかげもあり、自然の美しさが増しているようだった。
さて、ピピ・ドン島に戻り、街を歩く。流されてしまったホテルも多いが、残っているホテルは、1階2階は、まだ、改装中であっても、3階だけで、営業しているという所もい。
日本なら、部分開業という発想は、あまりないが。平気で、部分開業してしまう感覚には感心してしまった。
また、津波を機に、街の問題点を解決しようという動きも見受けられる。
いままでは、密集していて、バイクが来ると、人が歩けない程細い路地があったのだが、一部露店を減らすなどをして、道路を拡幅し、歩きやすい街になった。
病院も、いま、まさに、改装中なのだが、建物を大きなものにする。
そして、いままで、違法建築だらけだった、ホテルなどの建築物は、海から30メートル下がった位置に、建てられるということだそうだ。
しかし、まだまだ、更地のところも多い。道路が見分けられないため、ココナッツを並べ、道路の表示をしている。たまに、ココナッツから、芽が出ているのがおかしい。
津波の被害が多かったほうの浜に行くと、なにやら、イベントをやっている。ここは、Hi Phi-Phiというボランティア団体が主催する、津波被害のイベントだった。なにやら、女性たちを囲んで報道関係がよってたかってしていると思ったら。
なんと、2005年のミス香港が、勢ぞろいで、ピピ島の応援に来ていたのだ。
それにしても、このボランティア団体は、白人だらけだ。ボランティアの世界で、英語閥というのがあるらしいのだが、ここでも、白人の特に英語圏が幅をきかしているようだった。これは、ボランティア団体の閉鎖性でもあり。いろんなNPO/NGOが、現地で協力し合って、活動が出来ない原因を作っているようにも感じた。
そんなことで、あっという間に、帰りの船の時間となった。
船に乗り、寒いぐらいにエアコンの効いた船室をさけ、デッキで涼んでいたら、韓国人女性のグループがデッキに上がってきた。
そのうち一人が、船の揺れに、バランスを崩して、私にぶつかった。そんなことで、彼女と話すきっかけが出きた。しかも、彼女は日本語がペラペラで、劇団四季のオーディションも受けたことがあるという方だった。
じつは、この韓国人の女性グループは、ミュージカル女優たちだったのだ。今回は、公演明けで、バカンスを楽しみに来たという。
いま、韓国では、プーケット観光ツアーが、日本円にして4万円程度と、とてもリーズナブルなのだそうだ。なるほど、韓国人、特に女性が、プーケットにたくさんきているわけだ。
別の人に聞いたのだが、津波からしばらくして、韓国の祈祷師のような人が来て、お払いのようなことをしたことも、韓国人の観光客を本格的に呼び戻したのだそうだ。
そんなことで、船上で、一時間ぐらい、韓国の女優さんとお話をしていました。



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まいける東山監督作品 ドキュメンタリー映画「STILL ALIVE 2005年プーケットに何が起きたのか」