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STILL ALIVE

2001 ニューヨーク同時多発テロによる海外渡航自粛
2002 SARS(重症急性呼吸器症候群)による渡航規制
2003 鳥インフルエンザによる東南アジアへの渡航規制
2004 スマトラ島沖地震による津波被害
次は何が起きるのか?

ここ、数年、観光で生きているタイ・プーケットは、毎年のように、数々の苦難が襲っているが、立ち直っている。
しかし、今年、2005年は、すでに津波被害からの復旧が終わったにも関わらず「日本人観光客だけがプーケットに来ない」という現象が発生。それは、タイ・プーケットで、現地のタイの人たちと共に暮らし続けている日本人たちを直撃。それでも、力強く、楽しく、生きている。そこには、今の日本社会が失った大切なものが生きていた。

ブログ名同名のドキュメンタリー映像の製作に関する話題。
風評観光被害の他に、地球温暖化の問題、コミュニティの再生、人間の回復、地域の再生、貧困問題などを取り上げてゆきます。
ツナミクラフトの「さをり織り」の情報。
エコロジーシアター「天の浮舟」情報も。


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宮古のTシャツを着て海の民を訪ねる [2011年09月02日(Fri)]
タイの津波被災地には、モーケン、モクレンやその他マレー系など様々な海の民が住んでいます。

今回の調査旅行では、そのうちいくつかの海の民を訪ねました。


パクトリアム村の女性たち。


草木染めを行っているパクトリアム村は、津波の前まで島に住んでいたのですが。津波のために島の形が変わってしまい。今までの場所に住めなくなってしまいました。
そこで、内陸部に作った新しい村に、コミュニティ毎引っ越してきました。



タイ南部には、イスラム教徒の漁村がたくさんあります。
いくつかの村を訪ねるとわかるのですが、村ごとに顔が違うんです。
いまではタイ人として同化して暮らしていますが。このあたりは、海のシルクロードの一部ですから。いろんな民族がこの地に移住して暮らしているのでしょう。


モーケン族の方たちと宮古の「浜守人」Tシャツを着て


文字を持たずに、200年以上前の津波について、口頭伝承で伝え被害を最小限に抑えたモーケン族の方たちです。
この部落では、津波の兆候が見えると、ヤシの木に登るように伝わっていたとのことです。ちなみに1本のヤシの木の定員は3名だそうです。
残念ながら、1歳の子供1名が行方不明になりましたが。それ以外は無事だったそうです。
こちらも、島の形が変わり住めなくなったため移住を余儀なくされたわけですが。モダンな家に住む事になり、伝統的な生活ではなくなりました。
かつての生活は懐かしいけど、今の生活も悪くなく、時代の流れだと悟っているようでした。

そうそう。モーケン族の方が、津波のあとにボランティアに来てくれた日本人が、いまどうしているのか気にしていました。スズキ・ユウキという方だそうです。



ご存知の方がいらっしゃれば連絡ください。
東日本大震災があったのでとても心配なさっています。
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ドキュメンタリー映画「STILL ALIVE 2005年プーケットに何が起きたのか」
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