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STILL ALIVE

2001 ニューヨーク同時多発テロによる海外渡航自粛
2002 SARS(重症急性呼吸器症候群)による渡航規制
2003 鳥インフルエンザによる東南アジアへの渡航規制
2004 スマトラ島沖地震による津波被害
次は何が起きるのか?

ここ、数年、観光で生きているタイ・プーケットは、毎年のように、数々の苦難が襲っているが、立ち直っている。
しかし、今年、2005年は、すでに津波被害からの復旧が終わったにも関わらず「日本人観光客だけがプーケットに来ない」という現象が発生。それは、タイ・プーケットで、現地のタイの人たちと共に暮らし続けている日本人たちを直撃。それでも、力強く、楽しく、生きている。そこには、今の日本社会が失った大切なものが生きていた。

ブログ名同名のドキュメンタリー映像の製作に関する話題。
風評観光被害の他に、地球温暖化の問題、コミュニティの再生、人間の回復、地域の再生、貧困問題などを取り上げてゆきます。
ツナミクラフトの「さをり織り」の情報。
エコロジーシアター「天の浮舟」情報も。


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6年前津波被災地でどのような心のケアが行われたのか [2011年03月18日(Fri)]
地震から1週間、いろいろ深刻な事態が発生しています。しかし、被害の少ない東京では買占めが起きたりと、心が不安定になっていると思われる事がたくさん発生しています。東京は被災地ではないといっているおじさんが、なんでも法律で取り締まれと言っています。そういう対処療法ではなく、どのように安心を提供していくかの方法が大切な時期だと私は考えています。

6年前タイでは、どのように安心を提供したのかという事例をほんの少し紹介します。


その1 寝るところなどを用意した。

タイでは、大きな法要を成功させる秘訣が3つあると言われています。

1.水を切らさない
2.食事を切らさない
3.寝るところを確保する

これらを確保すれば、多少何かがあっても大丈夫なわけです。
深刻な被害を受けた地域では、特に大切です。

いま、日本では物理的に完全実施が不可能なところがありますが。やはりこれが一番。

明治時代、マネジメントという言葉を日本語に当てはめるとき「経営」という言葉を当てはめましたが。「経営」とは、仏教用語で大きな法要を行う時全てがうまくいくように「筋道を立てて営む」という意味でつかわれた言葉なのだそうです。

イベントをうまく行うという意味では。もしかすると、野外フェスとかのノウハウが緊急時に役立つかもしれません。


その2 自粛はしない

タイでは、津波のあったあとも、コメディ番組はそのまま放送したそうです。
物理的に開催が不可能なものは仕方がないにしろ、無意味な自粛ムードは、心のケアからすると逆効果です。
時に漫然たる恐怖におびえる東京はまさにそうです。

できれば、フリーの野外コンサートなんてのもいい。

歌は、心を折れないようにする力があります。

音楽は、音で楽になると書きます。
しかし、楽に音が出せる環境でないと、音楽は出来ません。

ある大きな公園は、主催者に対しイベント中止を通達したと聞いています。
会場を閉鎖するのではなく、提供する事で多くの方を癒せます。

音楽に関しておおらかでいることが、多くの人を癒せます。

16年前、神戸では、フラワーテントという音楽を演奏し続けるテントがありました。
チャリティーコンサートではあるのですが、有名人によるものではありません。
子どもからお年寄りまで、プロからど素人まで、クラシックからロック、ジャズ、邦楽なんでもあり。


また、津波から1週間後に、被災地のキャンプに人形劇が行っています。
人形劇には、笑いによる心のケアだけでなく、いまの生活に必要な情報を提供する機会となります。


その3 絵を描く、織る、作業をする。

そして、私の扱っているツナミクラフト。

精神集中をすることで、いやな事を一時的に忘れる事ができます。
また、出来上がった作品を見せ合う事で会話が生まれ、それが、恐怖でふさぎこんだ心を開きます。

津波から1週間後 染め物チームが入る。

ほぼ同時に、子どもたちに自由に絵を描いてもらうワークショップ開催。

津波から1カ月後、さをり織り導入。
この時期になると一段落しているので、緊急支援のためのテントなどの仮設の施設に空きが出てきます。その場所を利用し。手作業をし、心を安定させるだけでなく、最低限でも賃金がもらえる仕組みをつくりました。
津波により仕事を失った人にとって、じっとしているより、働いてお金を稼ぐということが、なによりの心の癒しになりました。これは、同時に、生活の安定に繋がりました。

これは、ある津波被災者のことばです。

被災者だから可哀そうといってお金をくれる人がいる。
でも私はそれより自分の作品を買ってほしい。
自分で作ったものが誰かに気に入られ買ってもらったときに
本当の喜びや幸せを感じることができる。
だから私たちの手助けをしたいと思うならまず作品を見てほしい。
そして気に入ったものがあれば是非買ってほしい。


職場を失った彼らにとって、仕事を一生懸命して、それが評価される事が、一番の心のケアです。

被災地で、店を開けている人がいますが、それは心のケアの要素があるのです。
物理的に仕事を再開できないことはありますが。できれば、自分たちの判断で仕事に復帰できるということは、多くの人の心を癒します。

町が壊滅的なダメージを得たいま。従来の仕事にありつけないのは仕方ありません。
なにか簡単な作業でもいいので、働いて収入を得られる仕組みは大切。

興味深いことなのですが、タイの津波被災地で行われた、仕事づくりのプロジェクトの製品って、障がい者施設で実施されていることとダブることが多い。

手すき紙、せっけんづくり、さをり織り、染め物・・・・・

これは、比較的簡単に始められるが、始めてみると奥が深く、技術を持てばいろんなことが出来ることばかりです。

ひと手間かけて、手づくりをしていくことで、多くの人が仕事にありつけるし、集中できる時間を増やせる。

もしかすると、いままで手づくり仕事に従事していた障がいを持った方が先生となり、その先生のもとで技術を学び、共に作業をしていくってことも起こるかもしれません。


ということで、そろそろ停電なので、このあたりで。
一つ一つの事例の詳細は、このブログの中に書かれている事があります。是非ご覧ください。
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