『名もなき受刑者たちへ』
[2010年11月10日(Wed)]
興味深い本の紹介があったので紹介します。
刑務所から出たとき、住民登録が抹消されているために、出所しても生活保護など再出発のための公的扶助が一切受けられず、再犯の原因となっているそうな。
犯罪を犯し受刑した知的障害者の4割が再犯し、しかも繰り返す傾向があると聞きました。再出発できる制度作りや、その人の状況に合わせた受刑中の対応で、再犯を減らすことが出来れば、安心安全な社会に近づけることが出来るように思います。
ニッポンが抱える意外なムショ事情!〜『名もなき受刑者たちへ』
『名もなき受刑者たちへ 「黒羽刑務所 16工場」体験記 (宝島SUGOI文庫)』
本間 龍
宝島社
480円(税込)
刑務所といえば犯罪者が収監される場所、厳しい規律もあるし、どちらかといえば怖いところというイメージがあるが......。ある刑務所には、認知症の高齢者や身体の不自由な人やオカマばかりが集められているという。栃木県にある黒羽刑務所第16工場だ。本作品の著者・本間龍はここで"用務者"という懲役労働に従事した。
認知症高齢者や障害者は、健常者と同じスピードで同じ作業をこなせないことから"作業不適格者"と呼ばれる。日常生活でも突発的な事態が発生しがちだ。そこで、彼らをお世話する用務者の登場となる。本間氏は普通に生活していればまず目にしない、「そんなバカな!」と思ってしまう光景を目の当たりにすることになる。例えばこんなことだ。
工場での刑務作業が始まったとき、手を上げている人がいた。本間氏が近寄って声をかけると彼は非常に困った顔でこう訊ねてきたのだ。「あの......私の名前はなんでしたっけ?」
また別の日のこと。孤独な認知症の老人たちの話し相手になってくれたのは、オカマのオネエさまたちなのだが、彼女たちが"卒業(出所)"するとき、あるご老人が泣きだした。「俺を置いていかないでくれよ、一緒に連れてっておくれよ」......。
ほかにも、居るはずのない女の幻覚を見る人、とても男らしかったのに一夜明けたらオカマになっていた人、共用石鹸の減りが早いと思ったら盗んで食べてた奴、呆けてしまって自分の罪がわからず周囲に尋ねる人などなど、ウソのようなホントの出来事が次々と起こる。これだけだと「笑い話を集めたムショ物の本でしょ?」と思う人もいるだろう。だが、本作品はそれだけでは終わらない。
出所したばかりの人が「刑務所に戻りたかった」と言ってタクシーに無賃乗車したり、無銭飲食をしたというニュースを聞いたことはないだろうか。この手のニュースを聞くと、「刑務所ってそんなに戻りたくなるような場所なんだ」と思ってしまうが、実はこの話、知れば知るほど、本作品を通して著者が訴えようとしている問題が内包されている。
数年間刑務所に入っていると、住民登録が抹消されて住民票がなくなるため、出所しても生活保護など再出発のための公的扶助が一切受けられない。また、時給6円の作業報奨金(懲役作業の代金)をいくら貯めても、3〜5年服役の後、出所の際にもらえるのはたった数万円。そして、出所者とわかれば、どんな会社も雇ってはくれないから、いつまでたっても生計の見込みは立たない。要するに、出所者には金も職場も住居も無いし、公的援助も一切ないから、身寄りがなければ生活出来ないのだ。
結局、金もなく頼れる身内がいない、特に高齢者や障害を持った出所者は、せっかく復帰した社会で生きる場所がないために、再犯を犯してまた刑務所に戻らざるを得ない。だからいつまで経っても再犯率が下がらない。本書ではそうした現実もクールに描き出し、その解決策を呈示している。
本書の前半で綴られてる奇想天外な毎日を思わず笑いながら読んだ人も、後半の問題提起にはヒヤッとするはずだ。罪を犯したとはいえこれほど純粋無垢な人々がまったく救われないという現実、しかもこういった人々は増加する一方だという事実。自分には関係ないと思いがちな、現在の刑務所行政について深く考えたくなる一冊だ。
関連ニュース
<法務省>知的障害受刑者のチェックシート11年度導入へ
(毎日新聞 - 11月09日 03:13)
法務省は来年度から、受刑者の知的障害の有無を刑務官ら現場職員が判断できるチェックシートを導入し、障害の正確な把握をめざすことを決めた。刑務所内での生活では支障は少なくても、出所後生活苦に陥り再び罪を犯すケースも多い。これまで知的障害が見過ごされがちだった受刑者を福祉の支援につなげ、再犯防止を図るのが狙いだ。【石川淳一】
受刑者が刑務所に入る際に実施される能力検査では、全体の2割強にあたる毎年7000人前後がIQ(知能指数)相当値70未満。70未満は通常、知的障害の疑いがあるとされるが、刑務所の検査は正式なIQ検査ではなく、実態を反映していないとも指摘される。法務省の統計上では、知的障害が確認される受刑者は療育手帳取得者など毎年200〜300人にとどまる。
刑務所の出入所を繰り返す累犯者の中には、障害に気づかれず福祉の支援がないまま生活が苦しくなって窃盗などの犯罪に再び手を染めるケースが多いとされる。心理技官や社会福祉士がいる刑務所もあるが、受刑者全員にかかわる余裕はない。出所者を受け入れる福祉サイドから「刑務所内で知的障害が見落とされていることが多い」と、法務省矯正局に対応を求める声が寄せられていた。
来年度からチェックシートを用いる対象は、主に能力検査でIQ相当値70未満だった受刑者。過去に福祉の支援を受けたり、特別支援学級に在籍した経験などを聞き取るほか、足し算や引き算、漢字の使い方などを確かめる。服役後も、刑期満了日が言えるかや、ボタンの掛け外しができるかを診断する。知的障害があると判断された場合、出所前から保護観察所や各地の地域生活定着支援センターと連携し、福祉の支援先を探すという。
矯正局は「これまで、知的障害のある受刑者が『理解が悪い』、『やる気がない』と誤解されかねない状況にあった。現場の刑務官が『障害の存在』を意識して把握の漏れをなくし、出所後の福祉につなげたい」と話している。
刑務所から出たとき、住民登録が抹消されているために、出所しても生活保護など再出発のための公的扶助が一切受けられず、再犯の原因となっているそうな。
犯罪を犯し受刑した知的障害者の4割が再犯し、しかも繰り返す傾向があると聞きました。再出発できる制度作りや、その人の状況に合わせた受刑中の対応で、再犯を減らすことが出来れば、安心安全な社会に近づけることが出来るように思います。
ニッポンが抱える意外なムショ事情!〜『名もなき受刑者たちへ』
『名もなき受刑者たちへ 「黒羽刑務所 16工場」体験記 (宝島SUGOI文庫)』
本間 龍
宝島社
480円(税込)
刑務所といえば犯罪者が収監される場所、厳しい規律もあるし、どちらかといえば怖いところというイメージがあるが......。ある刑務所には、認知症の高齢者や身体の不自由な人やオカマばかりが集められているという。栃木県にある黒羽刑務所第16工場だ。本作品の著者・本間龍はここで"用務者"という懲役労働に従事した。
認知症高齢者や障害者は、健常者と同じスピードで同じ作業をこなせないことから"作業不適格者"と呼ばれる。日常生活でも突発的な事態が発生しがちだ。そこで、彼らをお世話する用務者の登場となる。本間氏は普通に生活していればまず目にしない、「そんなバカな!」と思ってしまう光景を目の当たりにすることになる。例えばこんなことだ。
工場での刑務作業が始まったとき、手を上げている人がいた。本間氏が近寄って声をかけると彼は非常に困った顔でこう訊ねてきたのだ。「あの......私の名前はなんでしたっけ?」
また別の日のこと。孤独な認知症の老人たちの話し相手になってくれたのは、オカマのオネエさまたちなのだが、彼女たちが"卒業(出所)"するとき、あるご老人が泣きだした。「俺を置いていかないでくれよ、一緒に連れてっておくれよ」......。
ほかにも、居るはずのない女の幻覚を見る人、とても男らしかったのに一夜明けたらオカマになっていた人、共用石鹸の減りが早いと思ったら盗んで食べてた奴、呆けてしまって自分の罪がわからず周囲に尋ねる人などなど、ウソのようなホントの出来事が次々と起こる。これだけだと「笑い話を集めたムショ物の本でしょ?」と思う人もいるだろう。だが、本作品はそれだけでは終わらない。
出所したばかりの人が「刑務所に戻りたかった」と言ってタクシーに無賃乗車したり、無銭飲食をしたというニュースを聞いたことはないだろうか。この手のニュースを聞くと、「刑務所ってそんなに戻りたくなるような場所なんだ」と思ってしまうが、実はこの話、知れば知るほど、本作品を通して著者が訴えようとしている問題が内包されている。
数年間刑務所に入っていると、住民登録が抹消されて住民票がなくなるため、出所しても生活保護など再出発のための公的扶助が一切受けられない。また、時給6円の作業報奨金(懲役作業の代金)をいくら貯めても、3〜5年服役の後、出所の際にもらえるのはたった数万円。そして、出所者とわかれば、どんな会社も雇ってはくれないから、いつまでたっても生計の見込みは立たない。要するに、出所者には金も職場も住居も無いし、公的援助も一切ないから、身寄りがなければ生活出来ないのだ。
結局、金もなく頼れる身内がいない、特に高齢者や障害を持った出所者は、せっかく復帰した社会で生きる場所がないために、再犯を犯してまた刑務所に戻らざるを得ない。だからいつまで経っても再犯率が下がらない。本書ではそうした現実もクールに描き出し、その解決策を呈示している。
本書の前半で綴られてる奇想天外な毎日を思わず笑いながら読んだ人も、後半の問題提起にはヒヤッとするはずだ。罪を犯したとはいえこれほど純粋無垢な人々がまったく救われないという現実、しかもこういった人々は増加する一方だという事実。自分には関係ないと思いがちな、現在の刑務所行政について深く考えたくなる一冊だ。
関連ニュース
<法務省>知的障害受刑者のチェックシート11年度導入へ
(毎日新聞 - 11月09日 03:13)
法務省は来年度から、受刑者の知的障害の有無を刑務官ら現場職員が判断できるチェックシートを導入し、障害の正確な把握をめざすことを決めた。刑務所内での生活では支障は少なくても、出所後生活苦に陥り再び罪を犯すケースも多い。これまで知的障害が見過ごされがちだった受刑者を福祉の支援につなげ、再犯防止を図るのが狙いだ。【石川淳一】
受刑者が刑務所に入る際に実施される能力検査では、全体の2割強にあたる毎年7000人前後がIQ(知能指数)相当値70未満。70未満は通常、知的障害の疑いがあるとされるが、刑務所の検査は正式なIQ検査ではなく、実態を反映していないとも指摘される。法務省の統計上では、知的障害が確認される受刑者は療育手帳取得者など毎年200〜300人にとどまる。
刑務所の出入所を繰り返す累犯者の中には、障害に気づかれず福祉の支援がないまま生活が苦しくなって窃盗などの犯罪に再び手を染めるケースが多いとされる。心理技官や社会福祉士がいる刑務所もあるが、受刑者全員にかかわる余裕はない。出所者を受け入れる福祉サイドから「刑務所内で知的障害が見落とされていることが多い」と、法務省矯正局に対応を求める声が寄せられていた。
来年度からチェックシートを用いる対象は、主に能力検査でIQ相当値70未満だった受刑者。過去に福祉の支援を受けたり、特別支援学級に在籍した経験などを聞き取るほか、足し算や引き算、漢字の使い方などを確かめる。服役後も、刑期満了日が言えるかや、ボタンの掛け外しができるかを診断する。知的障害があると判断された場合、出所前から保護観察所や各地の地域生活定着支援センターと連携し、福祉の支援先を探すという。
矯正局は「これまで、知的障害のある受刑者が『理解が悪い』、『やる気がない』と誤解されかねない状況にあった。現場の刑務官が『障害の存在』を意識して把握の漏れをなくし、出所後の福祉につなげたい」と話している。