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茨城県社会福祉協議会はんどちゃん災害ボランティア活動誌
ここではボランティアバスをはじめとした災害ボランティア活動の情報提供を行います。
また、ボランティア活動のレポートや、一般の方から投稿していただいたボランティア体験談や社協職員等によるボランティア活動体験談を随時更新していきます。
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竜巻・突風被害におけるボランティアについて【重要】[2012年05月11日(Fri)]
前回の情報で、ボランティア活動を希望される方は、災害ボランティアセンター現地本部へ事前連絡する旨をお知らせいたしましたが、つくば市災害ボランティアセンターより最新情報が届きましたので、訂正をさせていただきます。皆様にはご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございません。


現在多数のボランティア登録をいただており、電話でのボランティア登録は終了といたします。今後は、災害ボランティアセンター現地本部に来所された方のみ登録とさせていただきます。
 ※5月12日(土)及び13日(日)は既に多数のボランティアが確保されております。現地での受付は14日(月)以降となりますのでご了承ください


【災害ボランティアセンター現地本部】
住所:つくば市北条5060(市民ホールつくばね内)
開所時間:午前9時〜午後5時まで
ボランティア受付時間:午前9時〜午後3時まで
活動時間:午前9時30分〜午後4時まで(予定)
電話:029−867−0176
 
○現地での受付後、待機となる場合もございますので、ご了承ください。

○現地に来られる場合は、公共交通機関をご利用ください。なお、交通渋滞が予想されますので、時間に余裕を持ってお越しください。

○「つくバス」をご利用の方は、TXつくば駅(つくばセンター)発、筑波窓口センターにて下車。
 ・北部シャトル便:バス乗り場H−01
 ・小田シャトル便:バス乗り場O−01 をご利用ください。

☆詳しい内容はつくば市ボランティアセンターホームページよりご確認ください。
つくば市ボランティアセンター
竜巻・突風被害に関するボランティア情報[2012年05月11日(Fri)]
平成24年5月6日(日)午後1時頃に発生した、竜巻・突風被害について連絡します。

つくば市社会福祉協議会での、ボランティア受付電話番号等が12日(土)から変更になります。ボランティア活動を希望される方は、災害ボランティアセンター現地本部へ事前にご連絡をお願いいたします。

5月12日(土)から

連絡先 災害ボランティアセンター現地本部(市民つくばね内)
     住所:つくば市北条5060
     電話:029−867−0176
        029−867−0136
センター開所時間   9時から17時まで
ボランティア受付時間 9時から15時まで

☆詳細につきましては、つくば市社会福祉協議会ボランティアセンターのホームページをご覧下さい。
つくば市ボランティアセンター


竜巻・突風被害におけるボランティアについて[2012年05月08日(Tue)]
つくば市災害ボランティアセンターでは、竜巻被害に対応するボランティア登録を開始いたしました。今後は、被災者からのニーズに応じて登録者に活動を依頼していくことになります。なお、活動依頼はニーズに応じて行うため、登録されても活動を依頼できない場合もありますので、ご了承ください。


連絡先
◆つくば市災害ボランティアセンター
  住所:つくば市苅間2530-2(研究学園D32街区2画地)
      つくば市役所2階
  電話:029-883-1370

※ボランティア登録受付時間は、9:00〜17:00となります。



なお、詳細につきましてはつくば市ボランティアセンターホームページよりご確認ください。
つくば市ボランティアセンターホームページ
竜巻・突風被害への対応[2012年05月07日(Mon)]
5月6日12時45分ごろ発生した竜巻により、つくば市北条地区などで大きな被害が発生しました。

つくば市では災害対策本部を設置し、避難所が設けられ一部市民が避難しています。

現在、被害状況の確認作業を進めていますが、今のところ、災害ボランティア活動の要請等はありません。

詳しい情報等は、こちらからご確認ください

つくば市ボランティアセンター
マオ様より、ボランティア体験談をいただきました![2011年10月12日(Wed)]
おはようございます。晴れてはいるのですが青空が見えない、非常に中途半端な空模様の茨城県です。
本日はマオ様より体験談をいただきましたので、早速ご紹介したいと思います!

マオ様より

私は、石巻にボランティアに行った。
そこでは、テレビでは感じられない光景ばかりだった。
3mの高さにもなるゴミの山が1km以上続き、津波で家の1階がなかったり、
においもきつかった。

被災地の人といろいろ話したことは、ニュースでは感じとれないものがあった。

この体験談を通して、少しでもボランティアに興味を持ち、
1人でも多くの人がボランティアに参加してほしい。

そして、1日でも早い復興を願う。


マオ様、体験談をありがとうございます。そして、石巻でのボラティア活動お疲れ様です。画面では映る事がないところが現地にはたくさんあった事と思います。
T.W様よりボランティア体験談をいただきました[2011年10月11日(Tue)]
おはようございます。本日も秋らしい空が広がっております茨城県です。
本日10月11日は2005(平成17)年12月に閣議決定し、2006(平成18)年から実施されております安全・安心なまちづくりの日。「全国地域安全運動」の1日目でございます。
さて、さっそくT.W様よりいただきました体験談をご紹介したいと思います。


災害被災地復興支援にて

先日、福島県いわき市復興支援ボランティアとして、仮設住宅の個別訪問を行いました。内容としては、声かけや話の聞き役でした。
住民の方の思っている事や悩み事、困りごと等の「情報共有」の時間と空間を共有しお互い分かち合うことが大事だと考え、ご一緒に問題解消ができるよう、相談を気軽に対応できるように心がけました。
今回、那珂市「傾聴ひだまり」ボランティアの皆様と一緒に活動を行い、地域の皆さんに大変喜ばれ感謝されました。
今後も今回の体験を励みに、被災地から求められる活動に対して、積極的に支援を継続していきたいと思います。


T.W様、体験談をありがとうございます!そして、生活支援バスでは大変お世話になりました!

震災発生から7カ月。時間が経つにつれて、被災地でのボランティアのニーズが着々と変化してきています。被災地のボランティアに向かう際には必ず、現地の災害復興ボランティアセンターまたは現地の社会福祉協議会に必ず連絡をし、情報収集を十分に行ってからご参加ください!!
つばくろー様よりボランティア体験談をいただきました![2011年09月27日(Tue)]
こんにちは!暑さ寒さも彼岸までとはよく言いますが、先週までの残暑はどこへやら、すっかり秋空になりました茨城県です。秋といえば、読書の秋。本日はキリスト教の聖書を初めてラテン語に翻訳したヒエロニムスさんが亡くなった日という事で国際翻訳の日でございます♪外国の素晴らしい本を気軽に読めるのは、陰で翻訳者の方々が尽力をつくしてくださっているおかげですね!

さて、本日はつばくろー様より、体験談をいただきましたので、早速ご紹介したいと思います!




つばくろー様より

宮城県に5回目の災害ボランティアへ行きました。

今回は東松島市野蒜小学校を拠点に、仙台と石巻をつなぐ仙石線沿いの草刈りをしました。

最初は「どこが線路?」と思うほど、草は伸びきり、草の中には津波によって流されてきたのであろう壊れた車両の一部や配線コードなどが散乱していました。
午前中はそれらと格闘しながら、持って行った鎌を使って、ひたすら草を抜きました。
草を掻き分けて夢中で刈っていくと、いつの間にか自分が通ったところに道ができていて、根まで抜こうとしているうちに、土がふかふかになっていく。
ゴールが見えず大変で地道な作業でしたが、私にはとても心地好く感じました。

お昼は大徳さんの「絆弁当」ここのお弁当は美味しい。
労働の後だから美味しさがさらに増しました。

午後も引き続き線路沿いの草刈りを。
今度はトンネルを目標にみんなで効率良く作業。
いつの間にか線路上と線路沿いは草がなくなり、元の線路がきちんと見えるくらいになりました。
日差しは強くなっていき、作業はきつくなってきましたが、「トンネルまで行けるぞ!」と励まし合い、最後にトンネル開通!
線路がまっすぐ伸びている様子が映画のワンシーンのように目に飛び込んできました。
「やった〜」どこからともなく拍手が湧き、みんなが笑顔になりました。

またすぐ草が伸びてしまうかもしれません。仙石線の復旧はまだまだ先かもしれません。
でも、今こうしてみんなで一瞬だけかもしれないけど、その場を元の姿に近づけられたら、それは意味があることじゃないかなと思います。

線路の前には一階部分が津波で被害を受けたままのおうちがありました。
きっと家にいて亡くなった方がいるのでしょう。
今日お線香をあげに家族が家に戻ってきていたようです。
家族を亡くした悲しみは小さくすることは難しいと思うけど、家の前が少しきれいになったことでさわやかな秋の風を感じてもらえたら嬉しいです。

ボランティアの活動を多くの人に知ってもらうことで、ボランティアの輪が広がることを願っています。








つばくろ―様、素敵な写真と体験談をありがとうございます。
爽やかな青が目にしみる素敵な写真ですね(^-^)改めて、どんなに小さな一歩だろうと、一歩ずつ歩み続け進んでいけば、きっと復興につながるのだと感じました!
Xnfe@神乃様より体験談をいただきました♪[2011年09月21日(Wed)]
おはようございます!台風が近づいているため、朝からバケツをひっくり返したような雨が降り続いている茨城県です!地震の影響で地盤が悪く川や湖の堤防が何メートルも下にさがっているため、とても雨が沢山降ると怖いです(>_<)
今日は、ペンネームXnfe@神乃様よりボランティア体験談をいただきましたので、ご紹介したいと思います。

 ボランティア活動で得たもの
              
 私は父に連れられ宮城県陸前高田市へ行った。父は私に言った。被災地の現状を自分の目で確かめて現実を知れと。
 私は被災地の姿を知っているつもりだった。一面が戦争の跡地の如く真っ黒く染まり、幾千という尊い命が奪われた重苦しい土地。
 しかし、現地へ赴くと少し違った世界が見えた。広い視野、泥臭い臭い。メディアが運ぶことが出来ない情報が津波の脅威を物語っていた。ある家は屋根だけになり、道路標識は倒れ、鉄道路線は瓦礫に埋もれていた。
 何よりも私の印象に強く残ったのは枯れた木々だった。少し高台になっている丘のふもとの木々は枯れていた。川の近くの竹林も津波の逆流により枯れていた。この光景を見たときとても切なく思った。2ヶ月前まではここで数多くの人間が暮らしていたことを思うと切なかった。
 そして悲惨な状況を目の当たりにしたあと、早速ボランティア活動に取り組んだ。私は父と中学生の弟と一緒に緊急物資仕分けのボランティア活動をした。全国から送られてくる生活必需品や小児用オムツなどをテントの中で世帯ごとに配布できるようにポリ袋で個包装化した。
 救援物資を見ながら思った。被災している人間が健常者や成人ばかりではないということを。要介護者や小児は必ず世話する人間が必要である。しかし、その世話をする人間もまた被災しているのだ。自分たちが被災しながらも他人の世話をし続ける人びとに頭が下がる思いでいっぱいだった。
 ボランティア活動が終わると私たち3人は周辺の自治体が運営するVC(ボランティアセンター)へ宿泊した。そのボランティアセンターは海から離れた谷にありとても被災地だとは思えないほど綺麗な自然があった。
 地元の主婦たちが地元の川で取れた山女をご馳走してくれた。非常においしかった。ただ塩がかけてあっただけの焼き魚。だが、その魚には自然の恵みと主婦たちの愛情がこもっていた。地元の方はとても優しく、震災に負けない勢いだった。震災が起きてしまった悲しみよりも、これからの新しい生活をよりよくしていこうという前向きな姿勢に涙がでた。この光景を見ると自分たちは本当にこの土地にボランティアに来てよかったと感じた。
 次の日、私たちは津波の被害にあった海辺の道路を走りながら仮設住宅へ向かった。父の知り合いの佐々木さんという方と話をしに向かったのだ。佐々木さんは元漁師で今は家が津波の被害に遭い、奥さんと二人の子どもと一緒に仮設住宅で住んでいる。私は生まれて初めて仮設住宅に入った。生活に必要な一通りの設備は整っているが、やはり自宅と比べるとだいぶ不自由だろうと思った。
 私は佐々木さんからこのような話を伺った。
 よく被災地に向けてインターネットを活用して必要な物資を発注するシステムがあるが、インターネットを利用する回線のない被災地でどのようにして確認すればよいのかという問題だ。パソコンは愚か、回線すら引けない仮設住宅でパソコン向けのページを見ることは難しい。なので佐々木さんは携帯を活用し、中古で家具をそろえているという。
 そして十分話を伺うことができたので私たちは佐々木さんのご両親のお宅に案内してもらった。佐々木さんの父は元大工だったため、自分で仮設住宅を建てたという。実際に行って見るとその完成度は目を疑わせるものだった。トイレこそ仮設トイレだが、まるっきり住宅といっても過言ではないような完成度だった。しっかりとした建物で仮設トイレには、わざわざ外に出なくても中から入れる構造になっていた。
 こうして二日間のボランティア活動の日程を終えた私たちは父の運転する車で神栖市へと戻ることにした。途中、丁度昼になったので東北の「ほっかほか亭」に立ち寄った。
 これもまた被災地仕様で二台のバスから構成される店は、津波で水没した店舗の代用として本社が贈ってくれたものだという。店員は笑顔で弁当を手渡してくれた。被災地を元気付ける為に行ったボランティアだが、逆に元気付けられた気がする。
 今回被災地に赴いたことによって、自分は「学生的な教養」ではなく「人間・道徳的な教養」が身に付いた気がする。ただ単に鉛筆を握って勉強をするのではなく、人間同士のつながりや前を向く姿勢の大切さを痛感した。
 これから復興していく東北地方を同じ日本国民としてバックアップできる存在になりたいと固く誓った。また、語弊があるかも分かりませんが、今回被災地で一生のうちに経験できないような「協力」という名のいい経験をさせてもらったと思う。被災地に連れて行ってくれた父にも感謝の気持ちでいっぱいだ。


Xnfe@神乃様、ボランティア体験談を送ってくださりありがとうございます!Xnfe@神乃様のような今から日本支える学生さんが居ることをとても嬉しく思います。
NOBU・NOBU様よりボランティア体験談をいただきました![2011年09月20日(Tue)]
こんにちは!9月20日は空の日ですが、台風の影響でまっ黒な雲に覆われた茨城県です!なかなか更新が出来なくて申し訳ありませんでした。本日はNOBU・NOBU様よりいただきましたボランティア体験談をご紹介したいと思います。


石巻(東日本大震災)災害支援ボランティアに参加して
絆と感動を得たボランティア活動

 三月十一日の東日本大震災から四ヶ月。被災地にどんな支援が出来るのかと思っていた時、ひたちなか市社会福祉協議会から石巻市ボランティアの募集があり参加する機会を得た。参加したボランティアは一回三十名。地元のスタッフから作業の場所や、作業の仕方等の説明を受けてからさあ開始!
 私たちの仕事は石巻駅前住宅街の側溝の泥さらいでした。
 蓋を取ると側溝に泥が半分も詰まっている所もあり、悲惨な災害の様子を伺い知る事ができた。土嚢袋を持つ人、スコップで泥をさらう人、泥が詰まった袋を指定の場所に運ぶ人、言葉も少ない。汗を拭きながら黙々と進む。側溝の白い肌が浮き上がる。仕上げは元通りに戻すことで、これが結構大変だった。一区間二十メートル位ある所もあり、初めのうちは順調に進んだが最後が合わなくて、また始めからやり直すことも。上手くいった時は、顔を見合わせてにっこりするグループ員の面々。私たちボランティア員との絆も深まった。
 作業中、小学校四〜五年生くらいの男女児童が「ありがとうございます。ごくろうさま」と皆に声をかけて通り過ぎて行った。この素直に出る言葉に、私たちは感動した。この子ども達も相当な被害に遭われたのにと思うと、ちょっと涙腺が緩んでしまった。早く元の元気な街になって欲しいと願う。
 帰路は石巻海岸線を通る。想像を絶する光景だ。臭気と瓦礫の山、崩壊された食品工場の建屋、一般の家、大木も横たわっている。流された自動車も山積みに、他畑は砂と瓦礫で満杯。四ヶ月過ぎても見えない復旧、復興。一日も早く、以前の石巻になって欲しいと願いつつ現地を後にした。

NOBU・NOBU 記


NOBU・NOBU様、ボランティア体験談を送ってくださりありがとうございます!お写真もいただいたのですが、紙ベースだったためおのせできなくて申し訳ありません!!
「ありがとう」は魔法の言葉。どんな人も笑顔になれる不思議な言葉。誰にでもできる素敵な魔法という、昔絵本か何かで読んだ言葉を思い出しました。
「清ちゃん」様よりボランティア体験談をいただきました![2011年09月13日(Tue)]
こんにちは!お久しぶりです、県社協Sです!せっかく体験談をいくつかいただいていたにもかかわらず、長期出張に行ってまして更新が遅れてしまいました(´Д`)
それでは、遅れを取り戻すべく、清ちゃん様よりいただいた体験談をご紹介したいと思います!

災害ボランティア体験談

 石塚観光と茨城県社会福祉協議会が共催している東日本大震災復興災害ボランティアに参加した。東松島市、石巻市の民家や側溝のヘドロ出しや後片付けが主な仕事である。5月に2回、6月と8月にも参加したので、都合4回参加したことになる。被災地の復興を見届けよう、などと気負っているわけではないが、これからも機会があれば継続したいと思う。



 仙台市内に近づくと、高速道を走るバスの車窓から広々とした大地に残る津波の痛々しい爪痕が目に入ってくる。しかし8月の4回目のときは少し様相が変わっていた。復興が進んだためだけではないことがすぐに分かった。夏草が繁り、爪痕を見えにくくしているのである。津波によって塩分が入り込んでいるのにもかかわらず夏草の逞しい生命力だ。大自然の時間の流れの中では一つの津波の襲来など一瞬の出来事であり、すぐにいつもの時の経過に飲み込まれていく。抗えない自然界の秩序を見せつけられたような気がした。



 なぜボランティアに参加しようと思ったのか。なぜ4回にわたって参加してきたのか。当初は、微力ながら自分にできることがあったら被災地のために役に立ちたい、と純粋に考えていた。しかし少しずつ考えが変わってきたように思う。現在は、被災地のために…という気持ちが薄れたわけではないのだが、それとは別に、いわば自分のために、という思いが強くなってきたのではないかと感じている。お粗末な中央政治、いつまでたっても配分されない義捐金、(原発問題にあると言われる)情報操作など私の気持のイライラが募ってくる。やりきれない思いが強まってきているのだ。それらを少しでも紛わせるために参加しているのだ。「自分の大事な時間を割いても悲惨な災害を受けた地域のためにできることをしたい」…。自分で言うのもなんだが、この“人間らしい行動”を実行することによって非人間的で不条理な世間の現状に無言の抗議をしているのだ。
  このような考えで参加するのは迷惑なのだろうか。ならば初心に戻ってもよい。日帰りでの作業は還暦を過ぎた身には少々きつい。しかし一応身体は健康だし、日々の生活に特にあくせくしているわけでもない者として、この程度の行動は自己犠牲と言うほどのものでもないだろう。世の中には不条理なことが多い。これに負けないよう夏草のように逞しく生きなければ、と思っている。



    清ちゃん


「清ちゃん」さん、体験談をありがとうございます!そして、ボランティアお疲れ様です!震災から半年。様々な事がめまぐるしくすすんでいますね。自分が出来ることを一歩ずつ。どんなに小さな一歩でも、進んでいればいればいつか必ず復興すると信じて。
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