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第1回リハ講習会(盛岡会場)で勇気と元気をいただきました [2016年12月18日(Sun)]
いわて脳損傷リハ講習会(盛岡会場)を開催
第1部 家族の思い〜復活を信じて〜

いわて脳損傷リハビリ講習会実行委員会は、12月11日(日)午後1時30分から盛岡市三本柳のふれあいランド岩手ふれあいホールにおいて「いわて脳損傷リハビリテーション講習会(盛岡会場)」を高次脳機能障がいに関係する当事者や家族、医療関係者などが多数出席して開催しました。

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 第1部は、「家族の思い=復活を信じて=」〜脳出血から10年奇跡の復活〜と題して、歌手の内藤やす子さんの夫マイケル クリスティンソン氏が臨床心理士の山館佳子さんとの対談形式で彼女が再び歌手としてステージに再起するまでのエピソードを語りました。

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 いわての方なら、新沼謙治さんが”ヘッドライト”でレコード大賞の新人賞を受賞した記憶はお持ちの方も多いと思いますが、当時、内藤やす子さんも歌手として新沼さんとともに新人賞を競っていました。
 その内藤さんが、約10年前に福島県での公演中に脳内出血で倒れられ、高次脳機能障がいとしての記憶障害や言語障害、遂行機能障害などを発症しました。
 マイケルさんは、やす子との出会いは「僕が英語教師として日本に来ているときに出会いました。」「う〜ん。彼女、英語全然ダメでした・・・!」と語り始めました。

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 夫のマイケルさんは、そうした内藤さんを約10年間、決して「やす子が悪いのではない。病気がそうさせているのだから・・・」「街を歩いていると、中には変な眼でみる人もいましたけど、恥ずかしとは思わなかった・・・」と、温かく彼女を見守り、支えてきました。

マイケル01.jpg

 また、東京の板橋では、徐々に近所の人から食事のお世話や声掛けなど、旧来からの友人からの援助や励ましによって、やす子は徐々に生活のリズムを取り戻してきました。一人ではない。仲間がいると思いました。と語っています。

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 そして、内藤やす子さんは、高次脳機能障がいから奇跡の復活をなしとげ、この度、歌手として再起しました。

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 この対談に際し、やす子さんはマイケルさんに、会場の皆さんに向けたメッセージを託しました。「夫マイケルやナースなど多くの方々に支えられて今があります。11年間良く分からないで生きてきましたが、少しづつ周りがわかるようになり、感謝しています。この病気をしている皆さん頑張りましょう。」という内容で、これを山館さんが朗読して会場の皆さんに披露しました。
 多くの聴衆の皆さんに感動を与え、特に当事者とご家族は、マイケルさんとやす子さんから大きな勇気と元気をいただきました。

第2部 当事者と家族それぞれの思い

 第2部では、シンポジウム「当事者と家族、それぞれの思い」を開催しました。

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 第2部には、ご家族が登場して、当事者が高次脳機能障がいを発症した経過などから、今の当事者や家族の思いを語っていただきました。

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 最初に、藤村さんは「29年間交通事故による「後遺症」ということも知らずにいました。隠れて運転をしては何度も何度も交通事故を起こす夫は家庭でも、地域でも「変な人・問題人」として扱われ、居場所もなく、子供達にも肩身の狭いを思いをさせて生きてきました。」
 私は「夫や3人の供を養うため昼夜働き、子供を可愛いと思う余裕も、変な人となった夫を優しく看護する余裕もなかったです。」
 ただただ、なぜ自分だけこんな思いをするのかと恨んでいたとき夫が何度か入院した病院で高次脳機能障害のポスターを見て相談室に行き「診断と家族会に繋がりました。ここに繋がったことは本当にありがたかった。商売を辞めて、自分と思いを分かり合える、共有できる仲間出会えて今が一番幸せ」と語っていました。また「私が心にゆとりを持てたら、夫もいい人になってきました。」とも言う。

 難病の息子さんについて語る高橋さんは「社会人になって間もなく、何度も痙攣作を繰り返し、言動もこれまでと違うと思いながら原因も分からずに途方に暮れる毎日でした。」
 最終的に病名も分かり、そこからくる高次脳機能障害と診断されたことでひとまず安心しました。と話し「しかし、それがどんなことなのかまだ良く分からない状況です。これからも家族会でこの障害について学んでいきたい。」と障害について理解をしようとする意欲が伝わってきました。

 現在で東京で自立した学生生活を送っている仁志君のお母さんは学齢期に高次脳機能障がいを発症し、復学してからの小・中学校ではいじめもありました。また、高校の進学決定時には悩みました。」と話しています。
 支援校を卒業し、就労支援事業所で働いていましたが、働いて貯めたお金を資金に本人の希望で東京の音楽院に障害者枠で入学し、バイオリンの演奏や制作を学んでいます。現在は世田谷区のヘルパー事業所等の協力を得ながら、自立した学生生活を送っているようです。

当事者の思い


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  当事者の根澤さんは、発表原稿とパワーポイントを自分で作成して登壇しました。
 発表は堀間代表にお願いし、ご本人はパソコンを操作しました。
 彼の思いの要旨は次のような内容でありました。
〇 高校2年生のとき、屋内で部活中に他人と衝突し脳内出血を起こし、高次脳機能障がいを発症しました。
〇 当時は、野球部のピッチャーとして活躍していましたが、事故により声も出せず、歩くことも、利き手の左手の指を開くことも出来ない障がい者になってしまった自分の姿を、同級生や後輩たちに見られるのがどうして嫌で学校を辞めようと思いました。
〇 しかし、生死をさ迷う自分を必死に助けてくれた医師や看護婦さん達に励まされて、放課後や日曜日に登校して卒業できました。
〇 アダージョを紹介されたときは、「施設」という言葉が嫌いでこれも行きたくなかった。しかし、行ってみたら色々な人がいて、障がい者スポーツをやっていました。
〇 始めてフライングデスクという競技に出会いました。今年のいわて国体の障がい者スポーツ大会に選手として出場するという目標を立てて頑張ったら、実際に出場できました。
〇 この大会では、自己ベストの更新は出来たものの、全国にはもっともっと上の人がいることを知りました。また、沢山の人に支えられている自分の今があることも知りました。
〇 これからは、アダージョで、洋菓子部門で頑張り、沢山の種類を一人で焼けるようになりたいと思っています。

 終わりに
 この講習会は、一般財団法人 日本損害保険協会からの助成により、毎年、開催しています。この場を借りて、助成団体に御礼を申し上げます。

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