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岩手・宮城内陸地震1周年 [2009年07月27日(Mon)]
宮城県栗原市に行ってきました。6月12日は今までほとんど行けていない花山を大山会長に案内してもらいました。夜は、耕英の大場さんと飲み会。二次会もありました。翌日の大場さん、気がついたら靴がない、でも何故か見たことのないスリッパがあったそうで、私は自分の靴を知らないかと問われました。私はタダ一言、知らない。後日、靴を捜索したところやっぱり一軒目の店にあったそうです。
14日の市役所の慰霊祭の前日、住民主催のイベントが行われました。私は花山と耕英に参加し、記念講演として例のパワーポイント「たくましく」をお話ししてきました。花山では、60人分のイスがいっぱいに、耕英も大勢の方に参加してもらいました。耕英のイベントは、大場会長の挨拶から始まりました。お世話になった皆さん全員の名前をあげてのすばらしい挨拶でした。この挨拶の原稿は、仙台の青木さんに奪い取ってもらいましたので、いずれHPに載せるとか将来発行するかも知れない記録誌のために保管することにしました。
耕英での講演は、マイクの設備なく(単に事務局が忘れただけ)、声を張り上げての講演となりました。パワーポイントの後半は中越が中心ですので、途中からは稲垣さんに助けてもらいました。ほれぼれするような稲垣節でした。
私は14日は東北放送に、15日は大阪の毎日放送でこの震災の話をしました。2つの番組とも大場さんが電話で生出演、連日大場さんは超売れっ子でした。
被災地について少しまじめな話をすると、避難指示は解除されましたが、まだほとんどの人が仮設住宅で生活しています。これは、住宅の修理が終わっていないこと、また雨が降ると避難を余儀なくされる可能性があるためです。
でも耕英の人たちは山に戻って本格的に農作業を始めました。しかし、最初の現金収入は昨年の苗から収穫されるイチゴからで、その時期は8月になりそうです。つまり3ヶ月間は収入無しです。しかも今年の収入は例年の2割止まり、来年で5割、元に戻るのは再来年という見通しです。それと今でもゲートがあり、山に入れるのは、住民と工事用の車両だけです。したがって当面は観光客も見込めません。

2つの復興の会の今後の活動については、まずは月1回程度の情報交換から始めたら、という提案をしてきました。それと花山・耕英、お互い被災現場を見たことがないそうです。まず、視察という提案もしてきました。今後とも連携して活動して欲しいものです。

地震から1年、マスコミもそれなりに取り上げてくれました。昨日は読売に安富さんが原稿を書いてくれました。ただ私の肩書きが「支援委員会長」になっていました。学会の肩書きがいいのか、悩むところです。24日はNHKで朝8時半からやります。


13日の午前、雨の中のイベントとなりました。でも人出はそこそこ。


名物のイワナ。あっという間に完売でした。


耕英、大場会長の挨拶シーン。とにかくすごい人数の報道陣


稲垣さんの講演会。みんな稲垣節にうっとり(悪酔い?)
Posted by 復興支援委員会 at 14:08 | 4.支援日誌 | この記事のURL | コメント(1) | トラックバック(0)
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コメント
復興へのエネルギーがすさまじいですね。さすがです。一日も早い完全復興を遠隔の地からお祈りいたします。何もお手伝いができませんが、今年の7月に、小説”モーが呼んでる”を(無明舎出版 秋田)からリリースしました。
花山地区に住む畜産農家の老夫婦と、地震の朝に生まれた子牛との愛情物語です。ぜひご一読ください。まだまだ険しい道ですが、必ず復興できると信じています。がんばってください。
Posted by:倉持 武(くらもち たけし)  at 2009年10月15日(Thu) 19:14