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My苺あんみつ [2011年04月20日(Wed)]

毎度恒例の緊急告知です。

先月、震災の影響による燃料不足のため開催を見送った

北のフルーツパーラー in 南部町<いちご編>

今週の土曜日4/23 「いちご狩り×Myあんみつ作り」開催します!




畑で真っ赤に輝くいちごを思いっきり味わい
さらに、摘みたていちご+地元素材てんこ盛りの
“いちご白玉クリームあんみつ”を作って楽しむ。

という、内容です。

先日試作した、あんみつ達







※イカ刺し風

まさしく十人十色、世界に一つだけのあんみつの出来上がり♪

ディープなあんみつの世界にご案内いたします!

申込み〆切りは、なんと今日の23:59!
まだまだ間に合います。

今現在、あと数名分の残席がありますので
ぜひぜひ農〜んびりとおやつの時間を過ごしに
どうぞふるってご参加ください♪

詳細はこちら


いちごはまだまだおいしい季節が続きますよー。

いちご狩りをする南部町の坂下さんのいちご園では
できるだけいちごに無理をかけないように
過度の加温をせず、大切にじっくり育てています。

摘みたてのいちごの香りはまるでアロマセラピーです。

では、いちご畑でお会いしましょう♪
海の恵み [2011年04月11日(Mon)]

あれから毎日揺れています。


我が家はただでさえ古いのに

床下は津波による浸水で相当ダメージを受けてるはず

次に大きいのが来たらどうなるんだろう…

と不安が募る今日この頃。


先週の夜中の最大余震、怖かったです。

揺れている最中に停電してまた真っ暗になって

避難勧告がでて、闇の中で消防や防災無線の呼びかけが響き渡り

また小学校へ避難することに。


私が犬猫を連れて車と自宅を行ったり来たりしている間

うちの前に係留していた見知らぬ漁船が

ラジオのボリュームを上げて電球で照らしていてくれました。


とてもありがたかったです。



1ヶ月が経ちました。


「石巻=英語でrock'n roll(ロックンロール)!」

ということで、ロック界の大御所・内田裕也氏が

宮城県・石巻市に出向いて、ピザやミネストローネなど

ロックな炊き出しを行ったそうです。


もちろん闇雲すぎ、自己満足すぎはNGですが

それぞれが、それぞれの思いですることが大事だなと

このニュースを読んで改めて思いました。


多くの被災地では行方不明者の捜索が続いていて

被害の全容すらいまだに明らかになっていないぐらい。

沿岸部の復旧復興は長期計画必至。


余震や津波に警戒しながら過ごす

この張り詰めた状態はしばらく続くのだと思います。


被害は広くて、深くて

どこから手をつけたらいいのか

なにから始めたらいいのか

誰もが途方に暮れてしまう、未知なる領域のもの。


だからこそ、自分が突き動かされる方へ。

ロックンローラーは石巻へ。


手段はいろいろ 目的はひとつです。


おいしいもの食べる人も必要。


タコ



カニ



ヒラメ




力をつけて体を動かす。

魚を食べると頭もよくなる!
半分こ [2011年04月04日(Mon)]

納豆と牛乳・ヨーグルトとミネラルウォーター

争奪戦ですね。

豆も牛乳も水もあるのに、包装材メーカーの被災によって
ペットボトルのキャップや紙パックや
納豆の上に貼りついている薄いフィルムがない。

計画停電がさらなる生産力の低下を招き
普段買わない人もパニック買い。

の結果だそうですが

品薄が想像力をかきたててくれました。


切れたサプライチェーン

東北のものづくり産業の存在感

消費電力の大きいプラント産業 などなど。


納豆は、母と私とで半分こです。


私の心のテーマソングは

カラオケの十八番でもある(笑)、この曲♪




納豆を作ってみようと思い、納豆菌を取り寄せてみました。

納豆学会
三陸鉄道 [2011年04月01日(Fri)]



三陸鉄道


久慈⇔宮古 を結ぶ「北リアス線」

釜石⇔盛 を結ぶ「南リアス線」


海女さんガイドが同乗したり
三陸産の海の幸の駅弁を販売したり
お座敷列車、こたつ列車、レトロ列車
いろんな種類のイベント列車を走らせたり


観光のみならず
三陸沿岸部の生活の足としても頼りにされている
地域密着型のローカル線です。


以前三陸鉄道・久慈駅長さんと交換をした名刺



切符のかたち☆


そんな三陸鉄道も甚大な被害を受けてしまいましたが
震災から5日目、北リアス線の一部区間で
復興支援列車を走らせました。


まだ余震がおさまらず、燃料供給も不安定な中
スピードを落としながらの安全運行で
北側の久慈⇔陸中と南側の宮古⇔小本を
昨日まで運賃無料で往復しました。


そして今日から新年度。

上記の2区間を、臨時ダイヤかつ割引運賃で運行継続中です。
※被災された方は罹災証明書の提示(コピー可)により
 引き続き運賃が無料となるそうです


沿線の大部分の信号機が壊れているので
運転士の方が手分けして手旗信号でしのいでいると聞きました。


「小本」の次の駅「島越」は駅舎が津波で流されてしまい
また南リアス線は全線に渡って被害甚大で
復旧のめどは立っていないとのこと。


でもとぎれた路線を再びつなごうとする
本気の姿勢がビシバシ伝わってくる!


これまでの経営状態は厳しく、今回の被害できっとさらに厳しく
でも津波で車を流された人々がたくさんいる今だからこそ
走り続けているのだと思います。


三陸鉄道では毎年夏に、JR東日本各線と結び合って
八戸⇔仙台間(400.4km)を約10時間で縦断する
臨時快速列車「リアスシーライナー」を運行しています。

八戸=JR八戸線
 ↓
久慈=三陸鉄道「北リアス線」
 ↓
宮古=JR山田線に接続
 ↓
山田町
 ↓
大槌町
 ↓
釜石=三陸鉄道「南リアス線」
 ↓
 盛=JR大船渡線に接続
 ↓
大船渡
 ↓
陸前高田
 ↓
気仙沼=JR気仙沼線に接続
 ↓
小山沼=JR石巻線に接続
 ↓
仙台=JR東北本線に接続


青森〜岩手〜宮城

今回の震災で甚大な被害を受けた
三陸沿岸の町々をつなぐ列車です。


去年の夏、仙台に住む甥っ子を乗せたいと思ったのですが
まだ3歳なので、もうちょっと大きくなってからにしようと
おばちゃん、楽しみにしていたのに。。


再開したら、必ず一緒に乗りにいきます☆

三陸鉄道
ドナー [2011年03月30日(Wed)]


3月も下旬だというのに寒い日が続いてましたが

昨日、今日と、少しほがらかな日和でした。

でも朝晩はまだまだ寒い。


周囲の人々が続々と

あたたかい「衣」「食」を被災地へ届けています。


アウトドア野郎たちは

ダウンやフリース、スキーウェアなどをかき集めて気仙沼市へ。


八戸せんべい汁研究所と十和田バラ焼きゼミナールは

せんべい汁とバラ焼き400食分の炊き出しをしに野田村へ。
 

「サポート予約」なるホットな支援も始まっています。

「日経レストラン」TOPICS:青森・八戸のレストランが「サポート予約」の取り組みを開始




そして、あたたかい「住」について

こんなマッチングサイトができたそうです。


ルームドナー


いろんな入居条件で検索できます。

例えばペット可の住宅/部屋なども。


飼い主にとって、犬や猫は人生のパートナー。

数多の被災地で長期化している避難生活では

なにより心の支えだと思います。


短期間かつ小型犬なら許されるとこもありますが

それ以上となると、不快になる人もいるだろうし

飼い主側も自主的に遠慮してしまいます。


わたしが中学校に避難した初日

犬連れの方が、体育館よりさらに寒い玄関先で

ワンコと一緒に横になっているのを見かけました。


それから二次避難の場所を探すとなると

公営住宅はペット不可住宅が多いのが日本の実情です。


実際に、犬の里親になってくれた八戸市内の方が

今回の震災で自宅を失ってしまい、市営住宅に引っ越しすることになり

新たに飼い主さんを探さなければいけなくなりました。

ゴロタ・23キロ


推定8歳、やんちゃで力持ち。

ゴロタにも、あたたかい「住」を、はやく見つけてあげたいです。


もし、そんなゴロタに会ってみたい方いらっしゃいましたら

今週の日曜日の犬猫譲渡会でお待ちしております!

とき:4月3日(日) 14:00〜16:00
ところ:八戸市沼館・ピアドゥ北側広場 ※雨天決行



それから、燃料パニック。

今週に入って、八戸はめっきり落ち着きました。


先週末、八戸港の石油桟橋に震災後初めてガソリンが陸揚げされて

県内や岩手県に出荷されたようです。



震災後は一度も給油せずに乗り切っていました。

病院、郵便局、銀行、さびれているけど商店街etc.

家の周り徒歩5分圏内に必需なものが揃っているし

ちょうど個人的に「近所で買い物しよう」月間中でもあったし。



八戸線(ローカル線)が一部区間、本数を減らしながらも復旧

自宅エリアはバスの便もいいので、公共交通機関+徒歩+チャリで

別に歯をくいしばるまでもなく、余裕でなんとかなりました。


燃料は車移動できないと死活問題の地区に、と思ってのことでしたが

必須度、緊急度が低くても並んでた人々、たくさんいたんでしょうね〜。



もちろん今後も節エネルギー生活は続けます。

一滴でも多く、被災地へ。



あとは、ちゃんと経済活動もしなくては!

職場の送別会中止になったし

その分、何か食べに行こう。

ハマ再生 [2011年03月23日(Wed)]

地震から4日目。

電力が復旧して自宅へ戻りました。


それからは余震に注意を払いつつ

節電、節食、厚着 etc,で

できるだけコンパクトな生活を心掛けています。


浸水した部分を片づけながら

津波の爪痕を改めて確かめることに。



一昨日きてくれた災害ゴミの回収車に



手書きで「がんばろう八戸」の文字が。




自宅は河口付近で目の前は船溜り

わたしは八戸の「ハマ」住民です。


今日で13日目。


八戸のハマも、その被害は目を背けたくなるほどですが

目を背けるわけにはいきません。


家屋が全壊し避難所生活を続けている方々もたくさんいます。

施設や船や車が津波で流されたり、機械や商品が浸水したり

漁港、工業港、商業港の顔をあわせ持つ八戸港の

産業インフラのダメージも甚大で深刻。


地震直後は、見慣れた景色が変わり果てて

ハマの機能の全てがストップして

見聞きするもの全てが辛くて常に涙目でした。


仲良しの漁師のおじちゃん達のことも気がかりでした。

小型巻き網船の船主さん

地震の後、沖に出て船を守ったそうです。

がんばろう漁栄丸!


大津波で館鼻岸壁に打ち上げられた定置網船の船主さん
船をクレーン車で立て直したそうです。

ドッグも被災しているため漁船修理のめどは立っていないものの

決してへこたれないと再起を誓ってくれています。

がんばろう日の出丸!


先週には魚市場臨時開場

魚市場自体も被災していましたが、懸命な復旧作業により

震災前に操業していた船が保管していた魚の競りが行われました。


相場はやや低調だったとのことですが

命がけで守った船でとってきた魚を焼却処分にせずにすみました。


小さくて大きい第一歩。


日曜日には湊の山手通り朝市が再開し

昨日は、八戸港所属の11隻が震災後初めて出漁しました。

もちろん流通はまだ回復していません。

採算性を顧みない、心意気によるものです。


スケソウダラ、マダラ、カレイなど約25トンの魚を水揚げ

昨日行われた競りで高値で取引きされたそうです。



再生までの道のりは短くないと思われますが

八戸の人々は、着実に前へ前へ舵をとっています。



巨大地震で海底がゆらぎ、未曾有の大津波となって

海はあまりにも多くのものを奪いました。


でも八戸は海から拓けた町です。

ハマの活気は八戸経済の体温。

やっぱりハマから復興していくのだと思います。



階上のハマ、おいらせのハマ、三沢のハマ

岩手のハマ、宮城のハマ、福島のハマ、茨城のハマ、千葉のハマ


太平洋沿岸のハマ達の希望になれるように

がんばろう八戸丸!



三日目 [2011年03月23日(Wed)]

3日目には電力が復旧しはじめ

避難していた小学校にも灯りがともりました。


ロウソク、大活躍でした。




自宅付近は避難指示と停電は継続中でしたが

道路の水はだいぶひいていました。




避難所に戻ると、なんと

アツアツピザのデリバリー(寄付)が



あったかい食べ物が恋しかったことも手伝って

これまでの人生で食べた中で、一番おいしいピザでした。

Jピザ・ブロスさん、ごちそうさまでした!



思わぬ贈り物に老いも若きもみんなニコニコでした。

二日目 [2011年03月23日(Wed)]

体育館で迎えた朝。




朝ごはんはカップラーメン。


一緒に避難した犬トリオは朝から食欲旺盛でした。



校庭をぐるぐる何周も散歩して冷え切った体を温めました。


自宅前の道路には漁船が乗り上げていて

まだ水が引けてませんでした。




幸い家は流されずに、ありました。

やや床上浸水ですんで

なにかに守られたとしか思えないほど被害微少。


津波は、第一波より第二波以降の方が大きくなり得ること

身を持って知りました。



一日目 [2011年03月23日(Wed)]

みなさん、いろいろご心配かけました。


特に我が家が立つ場所を知っていると

あれこれ頭をよぎったことと思いますが

本当に無事です。


庭や玄関先のものはいろいろ持っていかれてしまい

河口側の倉庫は引っ掻き回されたものの

ギリギリセーフで、居住スペースは救われました。



地震が起こったとき、私は車の運転中でした。



街路樹や電柱や家々が激しく揺れ、道路は波打ち

ハンドルをとられながら、ハザードを出して停車。


長い長い揺れがおさまるのを待ってから

その足で、近くの市役所に向かいました。



避難所となった市役所内は、大きな余震の度に騒然となり

停電のためになかなか情報が入りませんでしたが

少しすると非常電源でテレビがついて

ニュースが太平洋沿岸各地を襲った津波の様子を報じていました。



その中で流れた、自宅近くの岸壁の映像を見て

きっとうちも津波に飲み込まれた、と覚悟。


電話回線が寸断し、家族と連絡がとれないまま

時間が経過していきました。


うちにはしっぽのある家族もいるので

やっぱり暗くなる前に行ってみることにしました。

今思えば、決してやってはいけないことです。


車を走らせてすぐ、運よくつながった携帯が鳴り

母親から、すでに家族全員高台に避難していると無事コール。


ホッとして合流して、避難場所を探しましたが

地元の小学校も中学校もすでに飽和状態。


となりの学区まで行くと、まだスペースに余裕があったので

その中学校の体育館で、犬猫は車の中で

一夜を明かすことに。



建物の中ではロウソクの灯りだけが頼りでした。



停電で街中が真っ暗闇

その夜は、背筋も凍るような綺麗な星空で

流れ星まで見ました。






無事です! [2011年03月15日(Tue)]

わたしは元気です!

昨夜、電気も復旧して自宅に戻りました。

携帯が不安定でなかなか通じなくて
ご心配をかけてしまっています。

地震以降のお見舞いメールもまとめてどっさり届きました。
お気遣い痛み入ります。

取り急ぎ、無事のご報告まで!

そして被災地のみなさまにお見舞い申し上げます。

余震も続いており、まだまだ不安が募りつつも
少しでも早く平穏な生活が取り戻せますように、祈るような気持ちでいます。