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パワースポット巡り・仕事運UP [2017年03月21日(Tue)]
 3月17日、四日市中日文化センターの「北勢地区のパワースポット巡り・仕事運UP」をふるさといなべ市の語り部の出口さんとご一緒に案内させて頂きました。東員駅をスタート、役場の南にある「くろがねもーち」で腹ごしらえをして、来月上げ馬が行われる猪名部神社を参詣、神社の前で出口さんから古代の名工猪名部氏の名が地名の員弁に変わった由来などを教えて頂きました。次いで幽静館で展示された遺品などを見学して、その後に訪ねた北大社車庫で、北勢線の車両の点検・修理の話を聞かせて頂きました。

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 平成26年5月にオープンした「くろがねもーち」は、パン工房いずみとともに社会福祉法人いずみが営業するカフェレストで、障がいのある人に就労機会の提供や能力向上を目的にした就労支援施設です。地元の農家で生産されたお米や野菜を使ったランチとともにお店で働く方達の真面目な応対が評判のお店です。今回もトーストとサラダを温かいコーヒーで頂いて出発進行しました。

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 建築技術に優れ、古代、宮中にも仕えた猪名部氏の墓と伝える古墳群の上に築かれた猪名部神社の春の大祭で行われる「上げ馬」「流鏑馬」は、鎌倉時代、郡司の信士三郎行綱が青少年の士気を高めるために始めた歴史の古い神事です。また、古くはその猪名部氏の名からこの地のことを「猪名部」と称されていましたが、元明天皇の和銅6年(713)勅命により地名の二文字以外の使用が禁止されて「員弁」に改称されました。当時、桑名の管理下に置かれていたこの地が桑名と分かれて独立した意味を込めて「員数分辨(いんすうぶんべん)=意味は一つのものを2つに分けること」の文字から「員弁」と名付けられたことを、語り部の出口さんから教えて頂きました。

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 北大社の木村家は誓太郎・秀興・俊夫の三代に亘って国会議員を務めました。平成6年3月、木村家の跡地に建設された幽静館は木村家三代の功績と時代背景を年表にして紹介され、また、代々伝わる「幽静館記」や外国からの贈答品などの遺品が展示されています。

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 最後の訪問先の北勢線北大社車庫に到着すると、すでに三岐鉄道の木村さんと金田さんがお待ちでした。この車庫では北勢線の車両の点検・修理が行われていて、今回、作業を担当してみえる金田さんから、北勢線が7編成で運行されていて、そのうちの1編成が常にここで点検・修理が行われていること。現在では交換する部品の既製品がないため、特注したり自分たちで作ったりしていること。3年に一度の検査では車両から外した台車をトラックで近鉄塩浜工場へ運ぶこと。車庫の中で点検されている2色塗装の百周年記念車両は、連結器ではなく台車でつながっていることなど、珍しいお話を伺いました。
 今回でこのパワースポット巡りが終わります。参加して頂きました皆さん、どうもありがとうございました。
Posted by カァーくん at 08:16
パワースポット巡り・健康運UP [2017年03月04日(Sat)]
 3月3日、四日市中日文化センターの北勢地域のパワースポット巡り・健康運UPを、「ふるさといなべ市の語り部」の山田さんと山本さんと一緒にご案内しました。当初は1月20日に予定していた行事でしたが、大雪に見舞われて今日になりました。

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 北勢線の麻生田駅を下車し、杉林の小径を通って麻績塚古墳に中に建立された久保院と境内のミニ四国八十八ヶ所の石仏を巡拝しました。久保院は明治31年(1898)、下笠田の和波九十郎が夭折した子息久保を悼んで建てたもので、境内に地元の人たちが寄進した四国八十八ヶ所の石仏が安置されています。

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 来た道を戻って臨済宗の萬笑院へ向かいました。ところがご住職がご病気で不在、予定していた座禅体験は残念ながら中止になりました。本堂の本尊阿弥陀如来と桑名藩初代藩主本多忠勝の位牌を参拝しましたが、座禅の体験で「心を磨き、ストレスを発散する」つもりが頓挫しました。

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 しかし、この後、近くの喫茶店OHANAのランチ「生姜焼き定食」を頂くことで、ストレスを発散することができました。そして参加された女性3人はさらに心を磨こうと「あげきのおひなさん」を見るため、阿下喜へ足を伸ばされました。
Posted by カァーくん at 08:33
パワースポット巡り・よくばりUP [2017年02月18日(Sat)]
 2月17日、四日市中日文化センターの「北勢地区のパワースポット巡り、夫婦円満・金運・健康のよくばりUP」を桑名歴史案内人の伊藤さんと山下さんたちとご一緒に案内させて頂きました。桑名駅西口をスタート、照源寺の夫婦松と金龍桜、大福田寺の桑名聖天と三面大黒、なんとなく運気を感じる立坂神社などを訪ね、英国館でサンドイッチのお昼を頂きました。
 同行して頂いた西羽さんは「今回の収穫は大福田寺と立坂神社の湧き水です」と帰り際におっしゃってみえました。ひょっとして今年の「ぶらくわな」は桑名の自噴井を探るでしょうか。

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 桑名藩主松平定勝の菩提のため、寛永元年、その子定行によって創建された照源寺の境内裏山には桑名藩主松平定綱とその一統の墓所があります。境内に並び立つクロマツは太い根が互いに癒着して連理していて夫婦松と呼ばれ、学術的にも貴重なものといわれています。また、金龍桜は同じ枝に一重と八重の花を付ける珍しいサクラです。

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 大福田寺の本堂横の聖天堂の本尊大聖歓喜天は秘仏で、大和生駒、江戸待乳山の聖天とともに日本三聖天として古くから信仰が篤く、戦災の時、堂に焼夷弾が落ちたが、厨子の宝珠が発火点をふさぎ寺が焼失するのを防ぎました。堂内に祀られた三面大黒天は、願い事を書いた紙を誰にも知られないように背負った袋に入れると、願いが叶うということです。

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 勧学寺は戦国時代に落城した矢田城の城主矢田俊元か信仰していた千手観音を再興したものと伝え、本堂の天井に描かれた龍について、かつて龍が井戸の水を飲みに出たので、抜け出さないように龍の目に大きな釘を打ち込んだといわれていましたが、最近の修理で釘は額に打たれていたことが分かりました。

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 有王塚は「平家物語」の俊寛僧都に関わる伝説の塚で、師の俊寛の遺骨を抱いて高野山へ向かう途中、この地で亡くなった侍童有王の墓と伝えられ、一時荒廃していましたが大正期に俳人の天春静堂らの手によって再建されました。歯痛の時、塚に植えられたエノキ(のち松)の歯を噛むと痛みは止むと伝えられています。

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 地元の人が「八幡さん」と呼ぶ立坂神社、その創立の時期は不明ですが、もと矢田八幡宮と称して桑名藩主本多忠勝の崇敬を受け、その後も歴代藩主から保護されていました。戦災を免れて昔の風情を残し、東を走る国道1号の喧噪から逃れる境内は、北勢線の魅力を探るの仲間Iさんの旧友がおっしゃる「立坂神社は良いオーラを感じる」に触れることができます。 
 
Posted by カァーくん at 08:48
パワースポット巡り「収穫運UP」 [2016年12月16日(Fri)]
 12月16日、四日市中日文化センターの「北勢地区のパワースポット巡り、収穫運UP」をご案内させて頂きました。北勢線大泉駅の東西に鎮座する二つの大谷神社を参拝してゴールの駅隣にある「うりぼう」で新そばのそば打ち体験をしました。

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 スタートの大泉駅では道案内をして頂く「ふるさといなべ市の語り部」の樋口平和さんと藤田修士さんのお二人がお待ちかねでした。

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 大泉の大谷神社では樋口さんから標柱にある「延喜式」を解説して頂き、「昔、この神社は員弁川の対岸、大谷村に祀られていたが大洪水で村が流失したため、川の北側の高台に移住し、神社もこの地にあった春日神社と合祀した。」ことを教えて頂きました。最後に長宮とも言われるこの神社の長い参道の距離を答えるクイズが出題され、3人の参加者の方が「220メートル」と正解されました。

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 東一色に向かう道中、樋口さんから横を流れる農業用水を「六把野井水」といって、慶長年間、桑名藩初代藩主の本忠勝によって着手され、30数年後の寛永12年に完成したこと。用水の勾配を測るためにやかんに火を灯して員弁川の対岸から計測したこと。水の流れを勾配のみで対応せず水路の幅の広狭を付けて水量に変化を付けていたこと等々を歩きながら聞かせて頂きました。

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 東一色の大谷神社では祭神の「ミズハノメノカミ」について、藤田さんから自筆の難しい漢字で説明して頂きました。さらにこの神社に伝わる蝦夷征伐のため当国に向かった藤原不比等の曾孫小黒麿が参詣したことや、拝殿の両側に祀られた左・右大臣像についてお話し頂きました、又、大泉の名の由来になったと伝えるいけに立ち寄って神社を後にしました。

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 大泉駅隣の「うりぼう」で今年収穫した新そばでそば打ち体験をしました。語り部のお二人から見学先で詳細な説明をして頂いたこともあって、「うりぼう」に到着したのが予定より30分ほど遅れましたが、ほめ上手の先生「いと乃」ご夫婦に乗せられてそば打ちは順調に進んで1時間半ほどで完了。早速、皆さんはそれぞれ手作りのそばを頂いて帰路につきました。
Posted by カァーくん at 19:40
「パワースポット巡り・恋愛運UP」コース [2016年11月18日(Fri)]
 11月18日、中日文化センターの「北勢地区のパワースポット巡り」を案内させて頂きました。今回のサブタイトルは「恋愛運UP」、大坂夏の陣で救出された千姫が、藩主の息子本多忠刻に一目惚れし、桑名に嫁いだことや、二代目諸戸清六の新居として建築された六華苑の洋館で調度品などに隠されたハート型を探すという趣向で、桑名宗社・七里の渡し・六華苑などを桑名歴史案内人の伊藤さんと山下さんの二人に道案内して頂きました。

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 桑名駅を出発して桑名宗社に向かうコースはちょっとひねって昭和36年11月に廃止された北勢線の西桑名駅〜桑名京橋駅間の廃線跡を歩きました。

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 桑名宗社境内の桑名東照宮の祭神は千姫の祖父、徳川家康です。本多忠刻と結ばれた千姫は、本多家が姫路に移されるまでの1年という短い期間でしたが、この地で幸せな結婚生活を過ごしたといわれ、ここ桑名東照宮も千姫が東照宮を勧請して創建しました。多くのハート型の「おねがいごと」札が解説板の下に供えられていました。

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 慶長20年、江戸に向かう千姫一行をもてなし、七里の渡しで渡船の指揮を執っていた本多忠刻を見そめた千姫は、帰城後直ちに祖父家康の許しを得て、翌年桑名に輿入れしました。七里の渡しでは伊藤さんから遷宮に伴って行われた鳥居の立て替えについて説明して頂きました。

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 六華苑に向かう途中、住吉神社に着くと、伊藤さんからご自身撮影の写真を掲げて「初日の出は神社の賽銭箱の前から鳥居を向いた位置に太陽を見ることができます。」ことを教えて頂きました。これって全ての運気UPということですね。

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 六華苑は二代目諸戸清六の邸宅として大正2年に竣工しました。洋館部分は鹿鳴館などを設計したジョサイヤ・コンドルが手がけた、地方に唯一残る建築物として有名です。この建物には「5つのハート型」があるとのことですが、私は全て忘れました。

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 ゴールは「三八の市」で賑わう寺町商店街です。到着するや食事や買い物のため、アーケードの中に突入されました。
Posted by カァーくん at 17:25
パワースポット巡り「勝負運UP」コース [2016年10月22日(Sat)]
10月21日、四日市中日文化センターの講座「北勢地方のパワースホット巡り」のご案内をさせて頂きました。パワースポット巡りをテーマに、この地方の名所や神社仏閣を訪ねるウォーキング講座で、今回は「勝負運UP」を狙って「めがね橋・ねじり橋」を通過する北勢線の電車がうまく撮影できるか、勝負運を占うコースです。

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西桑名駅9時12分発の北勢線に乗って楚原駅に向かいました。楚原駅ではコースの八幡神社、めがね橋・ねじり橋を説明して頂く「ふるさといなべ市の語り部の会」の出口保男さんがすでにお待ちになってみえました。

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北勢線のレールが参道を横切る八幡神社の祭神は品陀和気命(応神天皇)などです。拝殿の前に「至誠」と書かれた砲弾と、「通人」と書かれた機雷が並んでいます。砲弾は戦艦長門、機雷は戦艦陸奥で使用され、昭和11年(1936)退役した和波豊一中将が地元の氏神である当社に寄進したものです。

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「めがね橋」の前は地元の皆さんのお骨折りでコスモス畑となっていて、満開のコスモスと橋を渡る北勢線の電車を撮影するため、多くのカメラマンが待機していました。大正5年7月に竣工した「めがね橋」は正式には「明智川穹窿橋」といい、当時、建築資材が不足していたために鉄筋などの構造材が使用されず、「ねじり橋」と共に珍しいコンクリートブロック製のアーチ橋です。
出口さんの解説も絶妙でのタイミングで、ちょうど10時48分に橋を渡る北勢線の黄色い車両と色とりどりのコスモスの写真を撮ることが出来ました。

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江戸時代に完成した農業用水「六把野井水」を40度の角度で跨ぎ、コンクリートブロックがねじれたように積まれている「ねじり橋」は、正式には「六把野井水拱橋」といいます。土木学会から出版されている『日本の近代土木遺産ー現存する自由様な土木構造物2000選』に「めがね橋」と共に選ばれ、「ねじり橋」はAランクの評価を得ています。「めがね橋」からの移動が少しゆっくりしていて、橋の真下に到着する直前に電車が橋を通過しましたが、それなりの写真が撮れました。

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ゴールは「みずほのおかげ市場」で餅つき体験です。おかげ市場の代表の日紫喜広幸さんは40年間原木椎茸を栽培していましたが、福島から購入していた原木が東日本大震災のための手に入らなくなって、平成24年10月20日にプロの生産者が安心安全という条件で栽培した農産物・農産加工品の直売所をオープンしました。きな粉や大根おろしを付けた出来たてのお餅をお腹一杯頂いた皆さんは、買い物袋を手に楚原駅12時51分発の西桑名行きの北勢線に乗って家路につきました。
Posted by カァーくん at 16:36
パワースポット巡り [2016年07月05日(Tue)]
パワースポット巡り 企画案
パワースポット巡り20160919.pdf
パワースポット巡り20160830.pdf
中日文化センターチラシ四日市P1_08ol (1)2.pdf

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Posted by 近藤 at 16:31