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全国近代化遺産活用連絡活用協議会桑名大会開催報告 [2017年07月28日(Fri)]
7月26〜27日、全国近代化遺産活用連絡協議会桑名大会開催されました。
1日目は、近代建築の保存と活用がテーマで、六華苑と諸戸住宅についての基調講演とパネルディスカッションがありました。
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基調講演「日本の近代化と西洋建築」加藤耕一さん(東京大学)
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パネルディスカッション
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笠原一人さん(京都工芸繊維大学)と水谷芳春さん(桑名市)

2日目は、鉄道部会の「現役鉄道遺産の保護と活用」をテーマに事例発表とパネルディスカッションが午前中に、午後からは地視察がありました。北勢線の魅力を探る会も事例の一つとして発表しました。
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「末広橋梁」葛山拓也さん(四日市市教育委員会)
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「関西鉄道の鉄道遺産」稲富正充さん(亀山市まちなみ文化財室)
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現地視察は、六華苑、諸戸庭園、諸戸水道遺構、北勢線。
水谷芳春さんの説明
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「六華苑新収蔵品展」桑名の鳥瞰図(吉田初三郎)
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給水塔
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諸戸水道貯水池の説明を聞く
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馬道駅から北勢線に乗車
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3日目は四日市の現地視察。午前は、潮吹き防波堤、末広橋梁、午後は、あすなろう鉄道。
潮吹き防波堤の模型の前で葛山さんの説明を聞く
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潮吹き防波堤
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末広橋梁を三岐の貨物が渡る
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末広橋梁が開く
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あすなろう鉄道日永駅、パステルカラーの車両は二年後には無くなる
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内部駅で「四日市の交通と街づくりを考える会」代表上野さんの説明を聞く
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Posted by 近藤 at 23:28
全国近代化遺産活用連絡協議会桑名大会 [2017年07月21日(Fri)]
7/27 全国近代化遺産活用連絡協議会桑名大会 2日目で活動発表します。
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Posted by 近藤 at 07:41
「加太鉄道遺産研究会」さんの視察研修 [2016年12月06日(Tue)]
 今年3月、「北勢線の魅力を探る会」のメンバー8人がJR関西本線の加太地区に残るレンガ作りの隧道や橋梁など現役の鉄道遺産を見学しました。その時に詳しい説明で親切に案内して頂きました「加太鉄道遺産研究会」の坂会長はじめ9人の会員さんと亀山市役所の稲冨さんが、貨物鉄道博物館、軽便鉄道博物館、めがね橋・ねじり橋を視察研修のため、いなべ市に来訪されました。

〇三岐線で丹生川駅へ
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 JR富田駅に到着された皆さんは近鉄富田駅から三岐線に乗車して丹生川駅に向かいました。JR富田駅の駅舎が鯨船を、三岐鉄道富田駅が鯨を模して作られていることをお話ししましたが、反応は「関の祇園なつ祭りの山車は世界遺産にならんのか?」でした。

〇貨物鉄道博物館
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 丹生川駅西側の貨物鉄道博物館は平成15年に貨物鉄道専門の博物館として開館しました。全国の鉄道事業者などから寄贈・貸与された貨車や貨物輸送に関わる収蔵品が展示されていて、さすが鉄道遺産研究会の皆さんは綿密に(特に変圧器輸送用のシキ160形を)見学されていました。

〇軽便鉄道博物館
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 北勢線阿下喜駅まで庭箱バスで出て、阿下喜温泉あじさいの里で昼食、軽便鉄道博物館を見学しました。一行をモニ226形電車の車内に招じ入れられた安藤館長さんから、廃線の危機にあった北勢線の存続活動のために開館された経緯をお聞きしました。13時39分発の西桑名駅行きに乗るため、ちょっと駆け足の見学でしたが「CARNEGIE 1914」のレールと転車台はしっかりと見てきました。

〇ねじり橋とめがね橋
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 楚原駅まで北勢線に乗って移動、すでに駅前でお待ちになっていた「ふるさといなべ市の語り部」の出口さんのご案内でねじり橋とめがね橋、おまけの八幡神社を見学しました。工事中の古い写真を回覧して頂くなど出口さんの熱の入ったお話しで、特にねじり橋には皆さん感心しきりでした。しかし、八幡神社で出口さんのうんちくを伺っているうち、ねじり橋を通る北勢線の写真を撮ることができませんでした。

〇楚原駅から北勢線に乗って
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 楚原駅からほとんど貸し切り状態の北勢線に乗車、西桑名駅15時56分に到着しました。加太の皆さんは16時40分発の亀山行きのJRに乗車のため、ここで解散しました。皆さん、お疲れ様でした。
Posted by カァーくん at 07:47
柘植・加太の鉄道遺産見学会 [2016年03月22日(Tue)]
 明治23年(1890)12月、東海道線とは別ルートで名古屋と京都・大阪を結ぶ鉄道建設を目的に設立された関西鉄道によって草津〜四日市間が開通しました。途中、鈴鹿山脈を控え急峻な地形の加太地区は加太川の谷間に沿って隧道や橋が連続する難工事となりました。当時建設された隧道や橋梁は、現在もJR関西本線の鉄道施設として使用されています。
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 3月20日、「北勢線の魅力を探る会」のメンバー8人は、この鉄道遺産の景観を維持・伝承して地域の活性化と魅力ある町づくりにつなげる活動をしている「加太鉄道遺産研究会」の坂代表と関町まちなみ文化財室の稲冨主査に案内して頂きまして、煉瓦や石造りの隧道や橋梁を訪ねました。途中、亀山市林業総合センターで昼食後、お互いの活動を紹介するなど交流会も行われました。
 以下の鉄道遺産の説明は、加太駅に掲示の「加太地区の鉄道遺産」に記載されていた稲冨主査が執筆された解説を拝借しました。

〇ランプ小屋(らんぷごや)
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 柘植駅は関西本線と草津線の接続駅で、明治23年(1890)当時の関西鉄道として開業され、三重県で最初に設けられた鉄道の駅です。駅舎の西側に開業当時に建てられたランプ小屋が残っています。ランプ小屋とは危険品庫のことで、鉄道の客車や駅舎、保線用に使われた照明用ランプや燃料等を収納していた倉庫のことです。危険物を保管することから堅牢な煉瓦造りになっています。

〇鳥谷川橋梁(とりたにがわきょうりょう)
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 鳥谷川橋梁は鉄道線路と下を流れる川が斜めに交差しているため、「ねじりまんぼ」と呼ばれるアーチの所を煉瓦を斜めにねじって積まれています。なお「ねじりまんぼ」とは通称で、正しくは斜拱渠(しゃきょうきょ)といい、拱渠とは築堤が道路や川を跨ぐトンネルのことで、斜めにねじるために使用されている煉瓦は「捩煉瓦」が使用されています。

〇加太隧道(かぶとずいどう)
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 関西本線最長の隧道で延長929.6mです。蒸気機関車が柘植方面に牽引する列車は、上り勾配と気流の関係によって排煙が列車にまとわりつくため、加太側の坑門では最後尾が隧道に入ると緞帳のような「隧道幕」が降ろされました。現在も昇降装置や保線係員が常駐した詰所跡が残っています。

〇加太隧道竪坑跡(かぶとずいどうたてこうあと)
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 伊賀市柘植町地内に加太隧道真上の杉林に位置する約7m×約4.5mのコンクリート構造物です。加太隧道は明治22年(1889)に鉄道隧道として日本で初めて竪坑工法を用いて建設されました。深さ約30mの竪坑を覆う蓋で、鉄道隧道用竪坑の発祥地であることを伝えています。近くにある煉瓦造りの建造物について、稲冨主査は「排煙口の跡との説もありますが、煉瓦の焼成窯跡だと思います。」と説明されました。

〇大和街道架道橋(やまとかいどうかどうきょう)
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 径間長4.5m。笠石と帯石を「こぶ出し」、アーチの要石、迫り石及び隅石を「江戸切り」とに使い分けています。笠石の下部は煉瓦を交互に突出させる「ディンテル」で彩り、胸壁に石造の扁額(揮毫なし)を掲げるなど重厚な意匠が、当時の大和街道の往来の多さを物語っています。

〇高堤防(たかていぼう)
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 加太〜柘植間は加太隧道を頂点として鈴鹿山脈を急勾配で越える難所加太越えです。「高堤防」と呼ばれる大規模な盛り土の上は、昭和40年(1965)代の蒸気機関車撮影の聖地となり、蒸気機関車が煙と蒸気を吹き上げて、山々にドラフト音を響かせる勇姿は多くの鉄道ファンを魅了しました。

〇大崖川橋梁(おおがけがわきょうりょう)
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 大和街道架道橋から柘植側へ150m程の「高堤防」真下に位置します。坑門及び側壁を整層切石積みとし、坑内のアーチ部分は長手積みの煉瓦造りです。坑門は迫持石・迫石・要石を備えた本格的な意匠です。径間7.6m(25フィート)の半円アーチは複線型断面隧道に匹敵する規模です。

〇第165号架道橋(だい165ごうかどうきょう)
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 径間2.5m。笠石を「雁木」で彩り、フランス積みの胸壁には赤レンガとやや色の濃い焼過煉瓦を交互に配して「ポリクロミー」と呼ばれる模様を描いています。アーチ最上部に焼過煉瓦を用いて楔状に要石を表現し、腰部を隅石でコントラストを付けるなど装飾性が高く、小型の架道橋ですが見どころに富んでいます。

〇板屋川橋梁(いたやがわきょうりょう)
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 鋼製2連桁橋。橋長35.4m。加太側に40フィート級、柘植側に70フィート級の橋桁が深い谷に架けられています。橋脚は石材を「こぶ出し」に仕上げ、五角形断面の上に長方形断面を載せて「江戸切り」の帯石で引き締め、イギリス積みの煉瓦を立ち上げています。重厚な姿が加太地区の河川景観を調えています。

〇屋渕川橋梁(やぶちがわきょうりょう)
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 加太地区最長の橋長59.7mを測る鋼製3連桁橋。最も柘植側の鈑桁は取り付けられた銘板から、大正13年(1924)に大阪鐵工所(現在の日立造船)により八幡製鉄所の鉄材を用いて製造されたことが分かります。開業から約35年後、車両の大型化などにより、さらに強度の高い鈑桁に取り替えられました。

〇猪元橋(いのもとばし)
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 加太川の北側に線路を敷設するにあたり、大和街道を対岸に付け替えるために建設されました。鉄道用橋脚に準じたイギリス積みの煉瓦造りになり、石材で隅部を強固に仕上げるとともに外観を引き締めています。水面近くの石材に連続して開けられた穴は、かつて橋桁を支えていた頬杖の接合個所です。

〇加太駅本屋(かぶとえきほんおく)
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 加太駅は鉄道開業から約6年後の明治29年(1896)9月29日に営業を開始しました。昭和11年11月に建築された本屋は木造平屋建、切妻造瓦屋根。プラットホーム側にスレート葺の下屋を付ける。事務所の西側を待合室とし、駅務用の窓口や改札口など、標準的な小停車場本屋の平面が良好に残されています。

〇市場川橋梁(いちばがわきょうりょう)
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 径間3.7m。開口部の煉瓦はイギリス積みとし、小規模ながら煉瓦造独特のマッシブ外観になっています。腰部とアーチの境界の起拱継目(スプリングライン)は、煉瓦を斜めにおいて凹凸を付けた「雁木」と呼ばれる装飾帯としています。後補の鉄筋コンクリート造通路とともに、地域の生活に溶け込んでいます。

〇坊谷隧道(ぼうだにずいどう)
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 延長163.0m。関側及び加太側いずれの坑門も要石付の馬蹄形断面アーチの両脇に壁柱を立ち上げ、重厚な外観になっています。地質は非常に堅い花崗岩で、建設工事の際には一昼夜で30p程しか掘削できず、火薬を著しく消費しました。開業間際の明治23年(1890)11月に1年1ヶ月を費やして完成しました。
Posted by カァーくん at 15:20
東文研の北勢線見学会 [2016年01月18日(Mon)]
 昨年11月、春日井市勝川で「全近鉄道部会・中部地区大会」が催され、北勢線の魅力を探る会の近藤代表が会の活動を報告しました。その時、基調講演をされた東京文化財研究所保存修復科学センター・近代文化遺産研究室の中山俊介室長から近藤代表に、15日に開催する研究会に講師として招いたドイツの産業遺産研究所のロルフ・フーマン所長が、北勢線の見学を希望しているので案内してほしいという申し出がありました。

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 14日の10時、ロルフ・フーマンさんが中山室長と研究室のスタッフとご一緒に西桑名駅に到着されました。この日、諸戸水道貯水池遺構をご案内頂く桑名市役所文化課の水谷さんと石神さん、会から近藤代表と西羽副代表が迎えました。

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 西桑名駅から歩いて馬道駅に向かいました。まず、私たちが「三崎踏切」と呼んでいる日本で唯一、三種類の線路幅が並ぶ踏切に着きました。ここは北勢線(西桑名第2号踏切・762mm)、JR関西本線(桑名駅構内踏切・1067mm)、近鉄名古屋線(益生第4号踏切・1435mm)の三つの異なるレール幅を渡る踏切です。

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 いつもは施錠されている諸戸水道貯水池遺構を開放して頂いて見学しました。明治37年(1904)初代諸戸清六によって作られた上水道施設で、桑名町と周辺地区の住民に無償で給水され、のち桑名町に寄贈されて昭和4年(1929)まで使用されました。

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 馬道駅のホームで、ドイツのグーテホフヌングヒュッテ社の1903年製のレールなど、待合所の柱などに再利用されている古いレールを見ました。フーマンさんは写真を撮ったり、寸法を測ったり熱心に観察してみえました。

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 ここから北勢線に乗車して阿下喜駅の横にある「北勢線とまち育みを考える会」が運営している軽便鉄道博物館に向かいました。博物館は毎月第1・3日曜日に開館されますが、今回、特別に開館して頂きました。

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 昭和6年(1931)、北勢鉄道が電化された時に製造された「モニ226」は、のち内部・八王子線で使用されましたが、昭和58年(1983)に廃車となって四日市スポーツランドで展示されていました。平成19年12月にここに移され、会員の皆さんが修復作業を行って現在の勇姿がよみがえりました。

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 フーマンさんと中山室長が展示室に掲示してあった「下工(くだこう)弁慶号」について、「北勢線とまち育みを考える会」の安藤会長から説明を聞いています。
 「下工弁慶号」は明治40年(1907)に製造された軽便蒸気機関車で、昭和9年(1934)下松工業学校に教材として払い下げられました。戦後、学校の正門前に展示され「下工弁慶号」と名付けられ、のち下松市に寄贈されていました。平成16年4月、北勢線90周年に際して「北勢線とまち育みを考える会」が3年間レンタルしてここで展示、その間に分解修理を加えるなど献身的な修復作業を行い、「下工弁慶号」を完全復活させました。

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 フーマンさんは「ミニ電ほくさん」に乗って転車台に向かいます。フーマンさん、車中ではかなり窮屈そうな表情でしたが、降りた時のお顔はご満悦そうでした。

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 転車台(ターン・テーブル)は蒸気機関車などを終・始点で進行方向を転換させるための装置で、この転車台は阿下喜駅の北側にあった製材所に材木を運び込むために使われていました。平成16年、埋もれていたものを掘り出して再建しました。「回転させるので、手を貸してほしい」といわれたフーマンさん、気軽に引き受けて転車台を回してみえました。

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 午後は「めがね橋」と「ねじり橋」を見学するため、阿下喜駅から北勢線に乗って楚原駅に向かいました。

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 「めがね橋」は、大正5年(1916)に北勢鉄道が楚原から阿下喜東(のち六石)まで延伸されたときに架けられたコンクリートブロックのアーチ橋です。ここで太陽が雲に隠れた1回目の写真撮影にご不満で、太陽の出現を期待して楚原駅ですれ違いする阿下喜駅行きの電車が通過するまで待機していたドイツ人フーマンさんの「こだわり」が印象的でした。

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 「ねじり橋」は、「めがね橋」と同じ時期に架けられたコンクリートブロック・アーチ橋ですが、鉄道が下を流れる六把野井水を斜めに跨いているため、ブロックがねじれたように積まれています。「めがね橋」とともに久米村坂井(現桑名市坂井)の郡竹次郎の施工で、この頃は第一次世界大戦中で鉄材が不足して鉄筋を使うことができず、コンクリートブロックで作ることになったといわれています。

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 ちょうど授業が終わって帰宅する員弁総合学園高校の生徒でいっぱいの楚原駅に到着しました。15時46分発の西桑名駅行きに乗って帰りましたが、今までの貸切状態の北勢線から一転、車中が若者で溢れた北勢線を体験して頂きました。
Posted by カァーくん at 07:55
全近協「鉄道部会・2015愛知研修大会」 [2015年11月13日(Fri)]
 11月6日(金)、春日井市の勝川ペレッタ会議室で「全国近代化遺産活用連絡協議会・鉄道部会、2015愛知研修大会兼東海・北陸ブロック研修会」が開催され、北勢線の魅力を探る会の近藤代表が北勢線の紹介やこれまでの会の取り組みなどについて報告しました。
 全国近代化遺産活用連絡協議会とは、近代化遺産(幕末から第二次世界大戦までに建設され、国の近代化に貢献した産業・交通・土木に関する遺産)の所在する都道府県・市区町村や、企業・NPO法人・任意団体・個人などの会員で構成された近代化遺産の全国ネットワーク組織です。近代化遺産の保存・活用を図り、伝統産業などを活かした地域振興、歴史的町並みの保存、地域資源を活かした文化的な観光の創出に資することを目的に設立された任意団体で、近代化遺産の価値や魅力を広く一般に普及するための活動を行っています。
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 まず、国立東京文化財研究所・近代化文化遺産研究室長の中山俊介さんから、「近代文化遺産の保存と修復、産業遺産を中心にー世は動態遺産−」と題した基調講演がありました。
 冒頭、昨年から今年にかけて富岡製糸場と明治日本の産業遺産が世界遺産に登録され、産業遺産の対する関心が高まっていること。また、中部地方は近代化遺産の保存と修復に関する活動が活発であるといわれた。
 産業遺産の保存と修復の問題として、@勝鬨橋など隅田川三橋(重文)は道路交通法が優先して適用されるなど文化財保護法より優先する法令があること。A三菱重工長崎造船所のハンマーヘッドクレーン(ユネスコの世界遺産)などのように実働している産業遺産があること。また、B足尾銅山の通洞浮遊選鉱場は坑道に入ることができ、現役で使用できる機械類も残されていて、日光市が世界遺産に登録する運動をしているが、所有者は指定されることに反対の意思を表明している。C現在、近代化遺産(特に建造物)を修復する場合、文化庁の要請もあって耐震化は避けて通れないこと。など実例を挙げて話された。
 近代化遺産の保存と修復には、意匠・技術的な豊富さ・希少性・宗教的価値・住民の意志など残すべき価値が何かを明確にする。さらに産業遺産の保存は、原料の搬入路→加工のライン→製品としてのストック→製品の搬出路などシステムとして残すことが重要である。
 講演は産業遺産の保存と修復に関する話題多かったが、鉄道遺産の動態保存には修理に使用される部品などで価値が減損することもあり、同じ資産を3組用意して原状保存と動態保存に対応することも必要と考える。また、マニアックな部分にも価値があることを知るべきだとも教えて頂いた。
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 昼の休憩のあと、平成18年12月に廃線となった「旧神岡鉄道」を走るレールマウンテンバイクを運行して神岡町を活気づけている「神岡町づくりネットワーク」の田口由加子さんが活動を紹介されました。神岡町の人たちは「心の財産」である神岡鉄道の存続を願って、廃線になる以前から「神岡鉄道協力会」を作って駅の清掃や沿線の草刈りを行っていた。廃線が決まると鉄道の面影だけでも残せないかと考えて、町を元気にできる何かを作り出そうという気運が高まりました。廃線の1年前、リーダーがサイパンで体験したサイクリングツアーの話を聞いて、マウンテンバイクで神岡鉄道のレールを走ることを決め、地元の鉄工所と協力して「レールマウンテンバイク」を考案、平成19年のゴールデンウィークに無料モニタリング、夏休みに奥飛騨温泉口から神岡鉱山前間の営業を開始した。
 その後、乗客を増やすために車両の開発を進め、電動アシスト付のハイブリッド車、観覧シート付き、6人乗りの木製トロッコ付き、チャイルドシートやペットケージをつけた車両などを運行している。利用者も開業時の1300人(19日)から平成26年度は33000人(198日)と順調に増加している。安全第一で取り組んでいて現在は岩手県の小坂鉄道レールパークなど同業他社との情報の共有を進めている。目下の悩みはスタッフの高齢化が進んできて、力仕事に難渋することがあることです。
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 次いで「北勢線の魅力を探る会」の近藤順子代表が会の活動ぶりを発表した。近鉄が北勢線を手放すことを表明して存続が危ぶまれたが、平成15年4月、地元の三岐鉄道が運行を引き継いで存続できたことを機に、沿線ウォーキングを実施して北勢線の利用促進に協力したいと思うメンバーによって会が発足したこと。同年8月に「第1回北勢線の魅力を探る・ここにもある阿下喜の魅力」を開催し、その後、年2回実施して毎回100人前後が参加し、今秋、第25回を迎えたことを発表した。
 昨年10月の「第23回北勢線の魅力を探る」の様子をDVD上映し、パワーポイントを使って大正3年4月に開業した北勢線が日本に3路線しかないナローゲージ路線であること。そして阿下喜駅の転車台、ねじり橋・めがね橋、北大社車庫、三崎踏切など北勢線の見どころや、桐林館、六把野井水、諸戸徳成邸など沿線の名所を画像で紹介した。
 現在、北勢線100周年記念の時に発行した「報告書総集編」を手にして北勢線を利用し、家族やグループで沿線を歩いて頂くことを目的に過去に歩いたコースのウォーキングマップを制作していること。将来、皆さんのお知恵を拝借して、北勢線が四日市あすなろう鉄道とともに国の登録文化財になるように運動したいと思っていることを述べて協力をお願いした。
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 事例発表が済むと、JR勝川駅から中央線に乗って定光寺駅で下車し、愛岐トンネル群保存再生委員会の皆さんのご案内で「愛岐トンネル群」の現地見学です。昭和41年(1966)に電化複線された際、廃線となった高蔵寺〜多治見の間の軌道敷と13基のトンネル群のうち、愛知県側の3〜6号の赤レンガ造りのトンネルと約1.7キロの廃線跡は、平成19年から地元有志の方たちによって調査、復旧作業が行われ、平成20年から春・秋の年2回一般公開されています。トンネル建設で使用した赤レンガは1800万個、廃棄された赤レンガを回収して敷設した「赤レンガ広場」には自転車ペダルで回転することができる「C57型蒸気機関車」の動輪が置いてあります。
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Posted by カァーくん at 14:27