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くらしきパートナーシップ推進ひろば

市民のつくる「ちいさな公共」を支える、草の根の中間支援に取り組んでいます。
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まちづくり×協働フォーラム 分科会A [2007年12月23日(Sun)]
佐藤さんからレポートのあった以外の講演、分科会はAをご報告します。
スタッフ参加だったため途中抜けもありますが、印象に残ったところを中心に。

講師はせんだい・みやぎNPOセンターの加藤哲夫さん
とNPO法人宮崎文化本舗の石田達也さん ということで
講師の名前を見ただけで、わくわくラブと期待が膨らむ1日になりました。
プレリュード〜午前の加藤さんの話では
「まちづくりとは」「公共とは」「市民活動とは」などがわかりやすく語られ
お付き合いできてくれた友人から「誘ってくれてありがとう」
と感謝された関係者もいたそう。 
個人的に印象深かったのは、
@「まち」とは公共空間のことで私の寝室は「まち」じゃない、の話
Aボランティアはただで奉仕したがっている人たちじゃない、の話です。

@公園や公共施設はもちろんだが、商店街だって公共だ。
多くの人に関係があり、公開されているから。
私を開くと公共になる〜子ども文庫やオープンガーデン他。
まちづくりはこういった「公共空間」における「人間交際」
のデザインだそうです。
??「人間交際」??これは福沢諭吉がSocietyを始めて
こう訳したそうで、なかなか素敵な翻訳だなあと思いました。
ちなみに日本には「世間」という顔見知りはあっても、公共の
意識は元々薄いということ。。。確かに・・・

Aボランティアって何か問題があって(公園が汚い・・・)解決しようと自発的に(1人でもゴミ拾いや花を植えよう!)動き始めるんでしょ?(仕事休みの日曜日にがんばる)でも他人の目から見たら(ご近所さん)何でそんなことしているかわからないので動機を詮索される。わかりにくい。

こう考えるとわかりやすい。まずは私の「困った」から始まって、同じ課題をもつ仲間と集まり活動が始まる。当事者団体です。気付きから始まった市民活動団体が場をもち、会費をとってさらに問題に取り組もうとするとき「お金が動いているなら公共施設は前と同じようには貸せません」と言われるような事態が起きる・・・何かおかしいはてな

さっきの公園掃除をしているサラリーマンのおじさんに「ボランティアご苦労さま!」と声をかけるご近所さんは無意識で自分には関係ないとエゴの合理化をしている。そうじゃなくて、公園は公共空間なんだからゴミを拾ったり、花に水をやってもいいんだ、という発想。

午後の分科会Aは3人のパネリストから活動報告があり、その後加藤さんからのお題にパネリストが答えるディスカッション。
@「まちづくり私のこだわり」 加藤さんは右のようなフリップを・・
そこには「@主役は市民Aあるもの、ことに気づくBゆっくり」

A「倉敷のまちの課題は?」 パネリストからは「困ってないこと」「まちの将来への具体的な理念を考える」などの回答が
B「協働の課題は?」 「協働の成果を明らかに」「コミュニケーション」「具体的役割分担」「理念の共有」
など

客席からの質問コーナーで町内会でリーダーシップを取っておられる
らしき男性から印象的な発言がありました。
「暮らしの現場では高齢者の孤独死など、今日聞いた事例のような
きれいごとじゃないんです」  
地縁組織の人と志縁組織(NPO)の人が向き合った瞬間に見えました。

「まちに灯りをともすというのは、まちの中に住む人の間の繋がりをとり戻すこと」
「福祉の活動をしている側にそういった現場で起こっていることの情報が伝わる
しくみが必要と常々考えている」
「倉敷のまちの水と緑を子どもたちに取戻していくことが、将来自分のまちを
大切に思う人を増やし暖かいまちを作っていく」
3人のパネリストのコメントに、加藤さんが
地縁組織と志縁組織の役割
を少し説明してくださいました。

そうか〜町内のお世話をしてくださっている人は緊急の人助けが
多くてたいへんな思いをしている。
けれど誰もが自分の地域で暮らす住民。NPOの人は全く別の世界
に生きているわけではなく(一人ひとりに地元の緊急は存在するわけで)、
長期的な目で見た豊かな社会の実現に向かって動いているんですね。

フィナーレ指針の中間報告の中では、
本来「市民」とは個々にバラバラの存在で、ほとんどの人は公共を意識しているわけ
ではなく市民団体の声を代弁しているわけではないので協働の指針の中の協働の
主体としての「市民」の使い方はもうちょっと考えた方がよいのではないか。
「市民参加」は市民の権利として当たり前、「協働」と混在してわかりにくくなっている。
といったコメントがあったと思います。

 そのほか石田さんからは、中間支援をする人が必要だがセンターがあってもどれだけ
存在するのか。講座では育成されず、コーディネートの現場を重ねる中でしか育たない。
 
 加藤さんから、地域に優れた人がいるが継承されない。経験をもった地域の宝物=人からポイントを聞いて学ぶこと。「協働は何のためにするのか」をはっきりさせる。
などの一言がありました。
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コメント
私自身、特に印象に残った加藤さんのお話しをまとめると、

「まちづくり」とは何か?
公共空間における「人間交際」のデザインであり、
そこをデザインしていくのは市民公益活動で、
選択肢を作ってきた、切り開いてきたのは必然的に問題を抱えている当事者である市民とその共感者、支援者の活動で、法律というのは後からついてくるものなのだというお話しです。

そうした歴史や経緯が積み重なってきたことによって、
市民的公共性が発生し、その動きや流れ、プロセスを協働と呼ぶようになった。といった説明でした。

そうした協働の取り組みのなかで行政にできることは、

@法を使って市民の行動を規制する。

 しかし法は最低限度の道徳という側面がある。

A資金、情報提供や施設の提供などで、市民の取り組みを支援・促進する。

そして、政策とは、私たちの暮らしを良くする取り組みで、政策の担い手が、行政だけでなく

企業、地縁組織、学校、NPO、労組、家族、個人の
それぞれにかかっている。(青森県政策マーケティング)

協働とはなにか?
自治の意志決定の民主化、近代化だ。

具体的には

・必然的に地域の問題解決(政策)のためには、様々な政策の担い手の間で、

互いに協力し、問題解決に資源を持ち寄り、取り組む必要があることになる。

・コミュニティ自治における官民の役割分担を見直すプロセスのことである。

・要望する市民(住民)から→提案・協働する市民(住民)へ

といった説明があり、

絶対のポイントは当事者である市民が、

どんなまちにしたいかを住民自ら考え、

話し合うことが絶対の条件と、絶対を2度も重ねて強調し、

参加→意志決定への関与→愛着と所属→プライド形成(誇りをもつ)→コミュニティ形成

この自治の意志決定の民主化のプロセスこそが
協働だということを声を大にして発言されたことです。

この自治の意志決定をしくみにしていくこと、
そのながれを計画するプロセスそのものが協働だ
という説明に、協働の指針作りで、
どう協働を定義するかについて
悩んでいる私には、実に霧の晴れる思いでした。

ありがとうございました。
Posted by:片山みか  at 2008年01月10日(Thu) 06:00
加藤さんにコメントもらった〜、とミーハーに喜んでしまいました。笑い
ありがとうございます。音符

協働のルールを作っていくの中で、この時期に加藤さんのお話をうかがって少し霧が晴れたような思いです。とてもラッキーでした。
もっと早く聞きたかった、という声も・・・。
主役は市民 あるもの、ことに気づく ゆっくり
のメッセージがよかったです。こつこつ前に、と思っています。
Posted by:ひろば 小林ともこ  at 2007年12月29日(Sat) 23:30
加藤さま

まさかコメントいただけるとは思いませんでした。
ありがとうございました。

町屋トラストの中村さん(仲間内ではちゅうさん)は倉敷のまちづくりのキーマンです。
倉敷まちづくりネットワークの代表もされていて、まちづくりに関して多くを学びました。
ひろば/ hiroba では、まだまだあのレベルの活動はできませんが、箱を持たない支援の場づくりを亀の歩みで続けていきます。
※戦略的に展開するのが課題です。初心者
Posted by:ひろば/ hiroba さとう  at 2007年12月29日(Sat) 22:28
素早いご紹介ありがとうございます。
倉敷の街の皆さんの取り組みについても、大変勉強になりました。「街に灯りを」という町屋の取り組みは、建築好きの私の琴線に触れるものでした。
よい年をお迎えください。
Posted by:加藤哲夫  at 2007年12月29日(Sat) 16:28