
珈琲ブレイク(4)《情けは人の為ならず》[2012年05月28日(Mon)]
小笠原・父島の坂道で
読む人に「うまい文章だ」と褒められたい。だから時々ことわざを使う。洒落た感じが出ると思うから。しかし、意味を正確に知らなくて後で冷や汗をかくことも多い。
横浜支局時代、自民党の県議から「清濁併せ呑む人ですね」と言われたことがある。「いつ俺が“濁”を呑んだ、汚れたものは避け、いつも“清”だけだ」と腹の中で怒っていた。それも長い間。ひょんなことから「善悪問わずに受け入れる、度量の広い人」の意味だと知った時は、とても恥ずかしかった。
『情けは人の為ならず』も誤解されやすい。人に掛けた情けは、回り回って自分に返ってくるというのだが、情けを掛けても結局はその人のためにはならない…ととられることが多いとか。私は間違いなく、グルリと回ってきた情けに助けられた。
新聞記者の振り出しは神戸支局。春の夜、三宮駅前の事件現場近くでタクシーを降りようとして乗用車に追突された。全治1週間。相手は私とほぼ同い年の在日韓国人、A君で、前方不注意が原因だった。
数日後、喫茶店で会い、相場通りの慰謝料(治療1日当たり1000円だったか)を受け取ると、「罪を軽くしてやってほしい」という内容の嘆願書を書いてくれないかという。被害者からの歎願があると、警察の心証が良くなり、罪も軽くなるというのだ。
その場で言われるままに嘆願書を認(したた)めた。A君はとても喜び、「日本人の友達がいないので、これから友達になろう」と言われ、握手。
夏をはさんだ約5か月後。深夜の交通事故現場。1人が死亡、もう1人は重傷だったが、そばに待機していたパトカーが「重傷者の瞳孔が開いた」と県警本部に報告した。翌日の朝刊の締切が迫っており、支局にすぐ「2人死亡」と連絡。ぎりぎり、最終版の紙面に間に合った。ところが…。
瞳孔の開いた重傷者は回復していた。治療にあたった医師は「死んだと報道され、関係者がショックを受けている」と話し、「早まったことをしてくれた」とギロリと睨む。
事故の2人はともに在日韓国人の遊び仲間。亡くなった人の葬儀が営まれた日、会場となった韓国寺院に、兵庫県警キャップと一緒に菓子折りを持って謝りに行った。覚悟はある程度していたが、参列していた若者ら数人に取り囲まれた。
「お前か、死亡と書いたのは」
「死んだと聞いて親が寝込んでいる、どうしてくれる」
体を固くして、うなだれていると、いきなり胸ぐらを掴まれ、体を起こされた。青ざめた顔を上げる私。相手の怒りの表情が眼前に迫る。
「アッ、Aさん」
「…あんたか」
喫茶店以来の再会だった。彼は、振り上げた拳をどう下ろそうか、瞬間、困ったような表情を見せた。私の方は、この偶然にどう行動すればいいのか、頭の中で答を探していた。
そばにいた年配の人が「俺もパトカーの報告を聞いた、確かに瞳孔が開いたと話していた。間違えるのも仕方がないよ」と言ってくれた。それで、誤報事件はなんとなく収まった形になった。
褒められた話ではないが、数多くの誤報を重ねてきた。顔写真の取り違え、肩書を古いまま使用、年齢、略歴の間違い…。さすがに紙面上で“殺して”しまったのは、このとき以外はあまり記憶にはない。
新人時代にやらかした大誤報。Aさんとの『偶然』が、私のミスを救ってくれた形だが、それにしても、人の出会いの不思議さを感じる。時間が経っても、その時の場面は、苦い思いとともに鮮明に蘇る。菓子折りの大きさも覚えている。でも…肝心のAさんの顔が浮かんでこない。Aさん…その本名も思い出せない。私の『情』が薄いせいなのか。
数日後、喫茶店で会い、相場通りの慰謝料(治療1日当たり1000円だったか)を受け取ると、「罪を軽くしてやってほしい」という内容の嘆願書を書いてくれないかという。被害者からの歎願があると、警察の心証が良くなり、罪も軽くなるというのだ。
その場で言われるままに嘆願書を認(したた)めた。A君はとても喜び、「日本人の友達がいないので、これから友達になろう」と言われ、握手。
夏をはさんだ約5か月後。深夜の交通事故現場。1人が死亡、もう1人は重傷だったが、そばに待機していたパトカーが「重傷者の瞳孔が開いた」と県警本部に報告した。翌日の朝刊の締切が迫っており、支局にすぐ「2人死亡」と連絡。ぎりぎり、最終版の紙面に間に合った。ところが…。
瞳孔の開いた重傷者は回復していた。治療にあたった医師は「死んだと報道され、関係者がショックを受けている」と話し、「早まったことをしてくれた」とギロリと睨む。
事故の2人はともに在日韓国人の遊び仲間。亡くなった人の葬儀が営まれた日、会場となった韓国寺院に、兵庫県警キャップと一緒に菓子折りを持って謝りに行った。覚悟はある程度していたが、参列していた若者ら数人に取り囲まれた。
「お前か、死亡と書いたのは」
「死んだと聞いて親が寝込んでいる、どうしてくれる」
体を固くして、うなだれていると、いきなり胸ぐらを掴まれ、体を起こされた。青ざめた顔を上げる私。相手の怒りの表情が眼前に迫る。
「アッ、Aさん」
「…あんたか」
喫茶店以来の再会だった。彼は、振り上げた拳をどう下ろそうか、瞬間、困ったような表情を見せた。私の方は、この偶然にどう行動すればいいのか、頭の中で答を探していた。
そばにいた年配の人が「俺もパトカーの報告を聞いた、確かに瞳孔が開いたと話していた。間違えるのも仕方がないよ」と言ってくれた。それで、誤報事件はなんとなく収まった形になった。
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褒められた話ではないが、数多くの誤報を重ねてきた。顔写真の取り違え、肩書を古いまま使用、年齢、略歴の間違い…。さすがに紙面上で“殺して”しまったのは、このとき以外はあまり記憶にはない。
新人時代にやらかした大誤報。Aさんとの『偶然』が、私のミスを救ってくれた形だが、それにしても、人の出会いの不思議さを感じる。時間が経っても、その時の場面は、苦い思いとともに鮮明に蘇る。菓子折りの大きさも覚えている。でも…肝心のAさんの顔が浮かんでこない。Aさん…その本名も思い出せない。私の『情』が薄いせいなのか。