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珈琲ブレイク(2)キツネとタヌキとムジナ?[2012年05月02日(Wed)]
関西出身、うどんが好きだ。きつねうどんが良い。甘いアゲさんと、鰹だしでとった薄口のおつゆ。東京転勤となって長い間、濃口の真っ黒な汁が苦手だった。小さい頃、うどんの替わりにソバを使った「キツネそば」のことを「たぬき」と呼んでいた。東京で「たぬき」といえば天カスの入ったうどんのことで、アゲさんの姿がない。浅草の大衆食堂で「ムジナうどん」なるメニューを発見、注文してみると、アゲと天カスが同居していた。キツネとタヌキの上をいく、ヒトを喰ったうどんだった。

ムジナ.jpg

『和漢三才図会』より「狢」
上京して、サツ回りを経て警視庁捜査2課を担当した昭和51年夏からの2年余は、騙し合いの暮らしの中にいた。

ロッキード事件が連日派手に報道されていた。捜査2課では毎日午前11時から課長会見があり、20人ほどの記者が狭い課長室に顔をそろえる。「おはようございます」と課長、それにボソボソと答える記者連中。そのあと無言の時間が続く。誰も、何も言わない。奇妙な静寂が部屋を支配する。やがて(10分後くらいか)「それでは…」の声で解散。その後決まって課長室の前に行列ができる。課長と2人きりの会話で事件着手の感触を掴もうとする記者たちの順番待ちの列だ。

ある社の記者が会見で質問をした。「○○班が忙しいそうですね」。「そうですか?」と課長。記者クラブのボックスに戻ると、すぐにチーフが「おい、あの質問はどういう意味なんだろう」「アイツは2課取材の素人なのか」「何か(他社が動いている)情報は入ってないか」…。疑心暗鬼の塊(かたまり)が長々とボヤく。腹の探り合いは疲れる。

お中元、歳暮の季節になると、会社から自分が担当する捜査員への贈答品が手配される。高級海苔の場合が多い。何人分必要か申請するのだが、2課の刑事が増収賄もどきの品物を受け取る訳がない。でも上司や同僚への手前、いつも10個ほど注文した。昼間、刑事の勤務中を狙って留守宅を回るのだが、ほとんど断られる。1度だけ、愛媛県の実家から送ってきたカワハギを古い新聞紙に包んで持参し、受け取ってもらったことがあるが、デパートの包装紙でくるんだ品物は手づかずに残り、我が家の食卓はしばらく海苔三昧となる。

T刑事は『落としの名人』と呼ばれていた。頑固で口が悪く、最初の夜回りで自宅前の電柱の陰から声をかけた際、「お前は強盗か、いきなり暗闇から出てきて」とどやされた。現場なき、被害者なき犯罪(被害者は税金を納める国民)と言われる汚職事件では、贈賄、収賄双方の自白が事件解決のほぼ唯一の決め手。彼は捜査2課では3本の指に入る“落とし”のプロだった。朝早く、容疑者に任意同行を求め、その日のうちに自白に追い込む。一旦嫌疑不十分で帰宅させると自殺の恐れが出てくるのだ。その海千山千のプロに新米事件記者はどう立ち向かえば良いのか…。

結論から言えば、1年以上も通い、無視され続けた後、昔Tさんを担当した先輩記者に引き継ぎ役をお願いして、やっと口を聞いてもらえるようになった。質問の仕方、帰宅をどの場所で待つかなど教わることは多かった。この間、他社の(記者の)姿は見たことがない。「気難しいから敬遠しているのだろう」と思い込んでいた。

ある夜、Tさんが自宅近くの居酒屋からふらりと出てきて、隣りの薬局で風邪薬を買ってまた店に戻った。「今晩は」と声をかけ、後について店に入ると、朝日と読売の記者がいた。「しょうがないだろう、そこで会ってしまったんだから」とTさんが2人に弁解する。同じテーブルに座らせてもらったが、その時に見せた朝・読の嫌そうな顔。1人は頬を紅潮させ、口を尖らせた。1人はソッポを向いたまま目を合わせようとしなかった。キツネとタヌキがそこにいた。
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