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珈琲ブレイク(1)美空ひばりの訃報は間に合わなかった[2012年04月20日(Fri)]
春は人事異動の季節。左遷、栄典、横滑り…勤め人はなにがしかの喜怒哀楽を伴って、手渡された辞令に見入る。大抵は時間とともにその時の感情は忘れてしまうが、小さな塊となって心の奥に沈んでしまうものもある。
6月24日がまもなくやってくる。昭和の歌姫・美空ひばりの命日。23年前のこの日深夜から翌朝にかけて、私は東京・大手町の産経新聞社社会面の朝刊担当デスクとして“嵐”の中にいた。

編集局の大部屋の一角に、コンパクトに並べられたテレビ群。午前1時を回ったころか、真ん中の1台にテロップが流れた。「美空ひばり死去」の文字。3か月前から順天堂大学病院(文京区)に入院し、深刻な病状と言われていた。万一に備えて、彼女の生い立ち、業績、年表などの資料が集められ、複数の写真とともにすぐに紙面化できるよう準備されていた。確認が取れ次第、1面から社会面、文化面が、ひばり関連の原稿で埋まる手はずだ。社会部泊り班全員を自宅と病院に走らせた。

AM1:30 病院取材組から1報…「女優の岸本加世子が泣いて廊下を走っていきました」
「病院側のコメントはなし、何も話してくれません」。
AM2:00 自宅班から連絡…「真っ暗で、人がいる気配はありません」。
警視庁に詰めている記者からは「病院を管轄する警察署にも情報は入っていない」と。
同じグループのフジテレビのエライさんに電話したが、確認は取れない。

朝刊の締切時間はとうに過ぎた。テレビの訃報テロップは流れ続けるのに、欲しい情報は依然入ってこない。大阪本社から問い合わせが何度も来て、口調が段々荒っぽくなる。答えるコチラの声も甲高い。「分かったらすぐに連絡する、決まっているだろう!」。いつもなら時間に厳しい製版(活字を組む)の職人さんが、このときは怒ってこない。「ひばりだろう、待つよ」。この態度のギャップが、コトの重大さを否応なく意識させる。

〈落とせない、出稿しなければ…。でも確認がとれないと誤報になってしまう〉

事態は進まず、時間だけが過ぎる。夜が白み始めた。朝―。各紙の朝刊は、内容の差こそあれ、ほぼ「ひばり死亡」を報じていた。午前5時すぎ、現場に出した記者を待つため私1人が残っていた編集局に、下の階を占める夕刊フジの編集幹部が現れた。「ちょっとコピー機を借りるね、こんな日は夕刊フジがよく売れるんだ」とニヤリ。
半年後、私は社会部から異動となった。

今なら思う。確認できないまでも、テレビ報道を含めた緊迫感を伝えるのもニュースだったと。いや、ネット時代では締切時間はなく、その時々の『最新』を伝えるのが報道の本分。病院や自宅の様子を伝え、訃報は確認された後に伝えるのが正しい姿勢なのだろう。できない決断を迫られる苦しさは、今はないのだ。

「6月24日」。この日が来るたび、時の流れとほろ苦い思いを噛みしめる。
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