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もういいよ
まあだだよ

昔、仕事場(Dance&People事務局)は
小さな四つ角の上の方にありました
朝・昼・夜、いろいろな音が響いていました
子どもの声、中学生たちの声、お母さんたちの声、ご老人の声
足音、車の音、雨の音、風の音・・・・


写真:2018年11月/岩手県滝沢市 馬っこパークにて
龍と詩人、作品のオリジナリティーとは? [2021年09月22日(Wed)]

以下、
メモ。

宮沢賢治の中で
気になる作品のひとつが
「龍と詩人」

ダンスであれ、詩であれ、美術作品であれ

そのオリジナリティーについて考える時の

ヒントになる作品だ。

著作権問題にとっても。

あとでまた書きたい。

ーーーーー

青空文庫
龍と詩人

https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/4865_14855.html


9月21日 賢治忌 [2021年09月22日(Wed)]



忘れていた。
今日は、宮沢賢治の命日。
花巻の賢治祭は昨年に続き、中止だそうだ。

そして、青柳美智子さんの命日。

そして、祖母 中奥幸(こう)の命日。

クスコの死んだあと、岩手に行ったのは4年前になる。。。。

時間の過ぎるのが早いのか、遅いのか。。。。

明日、朗読劇「銀河鉄道の夜」に行く。

どんな響きなんだろう?

朗誦、ではないんだろう。


月IMG_0838.jpg







シルヴァーノ・アゴスティ監督作品 メモ [2021年05月06日(Thu)]


連休中にアップリンク・クラウドで、アゴスティ―作品を観た。

6本。

72時間で1作品500円。

「快楽の園」
「ふっつめの影」
「カーネーションの卵」
「愛の渦」
「天の高みへ」
「人間大砲」


「快楽の園」

黒いオルフェが、だぶって来る。

モーリス・ロネ
この人は、悩み葛藤苦悩する役が
似合うんだろう。

そして、結婚したばかりの
若い妻、対照的な向かいの部屋の「奥さん」。
この、黒い髪と黒い眉、黒い瞳、そして少し褐色の肌(映画の中では、特に褐色感が強調されてるような気がした)、魔女的なイメージ。

ラストで、若妻は、死んでいるのか?
こめかみ辺りと、小鼻が少しひくひくしているのがわかったが、
死んでいる設定だったのだろうか?

死の伏線は、
結婚式での妻の母親のことば、
倒れた後で、棺桶の中の妻の姿のイメージ、
カルロのバスルームでの夢の中の
奥さんが若妻を抱いて、海に入っていくシーン。


アゴスティ―の作品には、朝日が昇る前の海と太陽、
夜の海と太陽がよく出てくる。
波、雲、不穏なイメージに結びついていくような波の表情。

そして、やはり、この監督は編集がすごい。

キリスト教の教会の白い服を着た少年たちが二列になって
海岸近くの丘の上の行列と、
感が言い沿いの平たい岩の上で踊る若者たち、
そして、若者たちは、モリコーネの音楽で、ロックというか、ゴーゴーみおたいな音楽に合わせて踊ってる。女性はみんなミニスカートで、このあたりが時代を感じさせる。
少年たちが近くを通り過ぎるとき、一旦踊りは止まるが
遠ざかると再び踊り始める。

TEMPO
確かそういう字幕の後。

ほかの作品もそうなのだが、
キリスト教会の権威への強烈な批判、
そして、現実と妄想が入れ代わり立ち代わり
現れてくる。
精神医療への関心度、
それらが、次々と映像になって出てくる。

(つづく)










二日連続で見た不思議な夢 [2021年03月31日(Wed)]



一昨日は、苦しい夢だった。
例の、踊りの本番前なのに、
準備できてない、、、あれです。

なんだったのかなあ?
金粉だったのか?
単純ではない構成だったのか?
細かいことはもう忘れた。


今朝見た夢は、
鳥に関すること。
養鶏場なのか、
おじいさんが、さばいた鶏肉を分けていた。
その直前のシーンは、有名な?ネズミ色の鶏が(名前もついてたような)
一羽だけ、大事そうに運ばれていく様子。
ああ。、殺されるのに、、、と見ていた。


多分、月曜日に、川端丸太町付近の
京大病院近くの電信柱のような鉄柱のてっぺんに、
たぶん子供と思われるトンビが居てしばらく鳴いていて、
自分で動けないのか、じっとしていて、
そのうちに、そこでうづくまっていたのを目撃したから。


たぶん、それは、前の日だったか
ワイルド東京という番組をテレビでちらっと見たからだ。
オオタカが東京都内に住んでいて、
母タカがエサを探そうにも、カラスが子供を狙っているので、
エサ探しがなかなかできなくて、力の強い一羽だけがエサにありつき
そのうち、力の弱い子供のタカの2,3羽は、地面にうずくまっている。

カラスが子供を狙っていた瞬間、地面で弱ってるタカの子供が、
いきなりカラスに襲い掛かる、
(それをたくさんのカメラマンが並んで撮影してるのが、異様なんだが、)
そのあとは「カラスもうかうかしてられない」
というコメントで終わっていた。

だから、ああいう夢を見たんだな。

あ、まだあった。
宮沢賢治の妹のしげさんの文章が本になっていて
2018年発刊の「屋根の上が好きな兄と私」。
その中に、屋根の上に上ってカラスと桜鳥(ムクドリ)の戦いを見ていた夕暮れが
描かれている。
兄賢治が何も言わなくなる時間。。。。

ああ、こういうことが、作品創作の動機や背景にあるんだな、と
実感させられる。
そういうのがいくつか、いきいきと描かれていて
何回も読んでしまうんだ。
私の原点に近いのかな。


多くの人が通り過ぎる、桜満開の界隈で、
子供のトンビに釘付けられていた私が見た夢。

やっぱり、弱肉強食は苦しいんだけど、自然はそうなんだから仕方ないね。
それが気になって、夢で見てしまうんだから、しょうがないね。

と思ってたら、久々にすぐ近くに
山バトが鳴いてる、
近くに降りてきた!













矢吹文敏さん(JCIL)お別れ [2021年02月06日(Sat)]


2月2日に、JCIL(日本自立生活センター)代表の矢吹さんが亡くなられた。

翌日の夕方に、短い時間だったけれど、最後にご挨拶をしに行った。

いつもと変わらない穏やかなお顔だった。

2月5日の今日は、告別式。オンラインで参加した。

障碍者の葬式は賑やかでないといけない、

普段からそのようにおっしゃっていたと、

出発の時に、妻の昭子さん(くろださん)が

話された。

小泉浩子さんも弔辞の中で、

なぜ、にぎやかでなければならないのか、
障碍者は隠れていてはいけない、と
その意味が今日わかったと、話された。


オンラインでは、70名以上が参加していたと思う、

実際に見ていた人はもっといただろう。

がんばって告別式に行けば良かったな、と少し後悔した。



東九条春祭りの実行委員会の場に参加していた時、

矢吹さんは実行委員長として参加されていた。

記憶に残っているお話はたくさんあるけど、

一番印象深いのは、

相模原やまゆり園障害者殺傷事件が起こった年の秋だったと思うが、

東九条ならこんな事件はなかっただろう、

こんな事件が起こらない町を創らないといけない

というよううなことを話された。

まちづくりにも、本当にすごく尽力されていたのだ。


それにしても、

告別式では、たくさんの若い頃から最近までの矢吹さんの写真が、

沢山の仲間達との活動の写真が、次々と映された。

若い頃は、ちょっと石田純一に似てた気がする。

本当に仕事されてきたんだ。

そこには、先に旅立たれた宮川さんや立林さんの姿も
あった。

オンラインでは、出棺の後、矢吹さんを乗せた車が、油小路十条のJCIL事務所前を

通る様子も動画で映された。

赤い花のついた花笠を持つメンバー(矢吹さんは山形出身)や、「矢吹さん、ありがとうございました!」という女性の声が響いていた。

たくさんのスタッフや関係者のそれぞれのエネルギーが合わさって溢れ、

胸がいっぱいになってしまった。

身内の方にしたら、悲しい辛いことばかりなのでしょうが、

私はからだの底から励まされ、

力を与えられたような一日でした。

自分が出来る事を一生懸命やろうと思う。

矢吹さん、ありがとうございました。

合掌


追伸)

2月2日、安置された矢吹さんの近くに佇んでいた時、

掛けられた白い絹布団の下から、びっくりするようなかわいらしい

パジャマなのだろうか?シャツなのか?

白地に赤青緑黄色の小模様が散った柄の衣類がのぞいていた。

矢吹さんは、骨形成不全症なので、おからだはとても小さい。

それに合うサイズだからなのか?

とにかく、目に焼き付いてしまった。

告別式の翌日は、一日中 雲一つない青空だった。

その下をリハビリのため、ゆっくり歩いていた時、急にそのかわいらしい

服のことを思い出した。

そうかー、あれは、お別れに来たみんなの気持ちをほぐすとか、

ちょっと笑わせてやろうと言う、矢吹さんのお茶目心の顕れだったんじゃないか?

連れ合いのくろださんが、選ばれたものだとしても、

ふだんの矢吹さんのおやじギャグ的なサービス精神というか、

(私はそれほど矢吹さんと親しく交流があったわけではないので、

あまりおやじギャグを知らないのだが)

そういうものに触れた気がした。

旅立ちの時にどんな服を着ておられたかは、わからないけれど、

私にとっては、最後にちょっと愉快な記憶をいただいた気分なのだ。

時を超えて、しかも、かなりぶっ飛びのインパクトで。

合掌 

IMG_0292 下から目線.jpg













韓氏意拳 初体験 [2020年09月02日(Wed)]


友人がやっている韓氏意拳の

初級ショートコースを初めて受講した。

講師は野中先生。

自然体、これがなかなか。

ただ、両手を、手に導かれて上にあげる、

下げて来る。

何かをやり遂げるためという目的の為ではなく、
「状態」そのもの。
命は生きているから、
その手を挙げている状態が生きていることそのもの、ということ。

と感じた。

後日すぐ光岡英稔氏の「身体の聲」を読む。

こんなに、すいすいと体と心に届いてくる本、
最近になかった。





目が痛かった!めくるめく「海辺の映画館」 [2020年08月25日(Tue)]


大林宣彦監督の「海辺の映画館」を観に行った。

長編。

監督の祈りと技術と時間と色んな物が、

凝縮され、しかも、死ぬまでにやんなきゃといわんばかりの

猛烈なスピードで、シーンが眩く展開していった。

途中で目が痛くて、何度も目を瞑っては開けての繰り返しだった。

中原中也の詩も、おおあわてで、出ては消えて行く。

そんななかでも、繰り返しが、違うゆっくりさも思い出させる。

しばし、頭の中で、閉じ込めておこう。
明朝、献花に行く [2020年08月25日(Tue)]


2020年7月16日

うちの近くで、高校2年のりゅう君が

お母さんの手によって死んでしまった。

殺されたそうだ。

お母さんは、その横で死のうとしたらしいが

近くのマンションで飛び降りようとしたところを

管理人におさえられた。

50年前「母よ!殺すな」という本になった事件があった。

二人の障害児を殺してしまった母親に

減刑請求の署名運動が起こったからだ。

当事者のいのちより、母親に意識が向かうことへの

青い芝の会の抗議だ。

そう、いつも、当事者のことが後回しになるんだ。

りょう君は、なぜ、死ななければならなかったのか?

ヘルパー制度も、まだまだ不備があるとはいえ、

整いつつあるれいわの時代にである。

母親の孤立?病気?地域からの孤立?

どうなっていたんだ?

そのしばらく後に,ALS殺人事件が起こり、

そちらのほうは、テレビでも新聞でも連日

取り上げられている。

でも、この事件は、このまま何事もなかったように

見過ごされるのか?

付近で、献花台も許されないと言う話を聞いた。

日本人でないから?

このままでは、あまりにも、りゅう君が

可哀そうだ。

彼は、どんな青年だったんだ?

彼の人生は、もっともっと続いたはずだ。

障害を持つ青年の人生が、

あったはずなのに、

誰が、何が、彼を殺してしまったのか?

痛すぎる、辛すぎるよ。

線路の向かい側から、静かに

黙祷を捧げに行くことにする。

花を捨てないでね。




#母よ!殺すな
絶滅危惧種が狭い檻に、嗚呼動物園 [2020年08月25日(Tue)]


数十年ぶりの京都市動物園。

ユーチューブでゴリラ家族の様子が楽しくて、

市内に住んでるんだから、と、仕事帰りに寄ってみた。


ジャガーは、狭い檻で、まるで猫のように

暑い中、ひっくり返って寝ていた。

夜行性なんだろ。

しかし、しかし、狭い檻。

アムールトラも、狭い檻!

京都市、こんなんでいいのか?

いいわけないだろ!

金持ち目当てのホテル立てる余裕あるんだったら、

こういう稀少な野生の生き物を狭い檻に入れて生きさせることを
なんとかしたらどうか?と、
怒りを感じてしまう。
虐待だこれは。

ゴリラの所は、一番広い感じがした(生物のからだの大きさに比べて)

観客用のトイレなどは、昔に比べたらすごくきれいにはなっているが、
しかし、京都市動物園は、狭さが決まってるんだが、
猛獣ゾーンの檻を
もっと何とかしろと言いたい。

職員さん達も、暑い中、必死で働いておられた。

ああ、、こういうことに対する予算の少なさを痛感した。



告祀(コサ) [2020年05月30日(Sat)]


2020,1,8

もうじき、正月から半年経ってしまう。

忘れないうちに、メモしておく。

シアターE9でのイベント。

金サジさんの写真展のオープニングイベント。

「告祀」


強風を受けながら、鴨川べりを南下したら、
E9のロビーには、告さのしつらえが出来ていて、儀式は始まりかけていた。


KIMG217420200108.JPG



KIMG2177.JPG


肉食しない私だが、こんな穏やかな豚の顔を見たことがない。

この場に居た人のほとんどが、お祈りに参加させてもらった。

お参りの仕方を習った後で、私も真似をしてたくさんの人の居る中で

させてもらった。

ひさびさの緊張の中で、いろんなことを感じた、いや、こんなことを祈ろう、
と思っていたことは、その時間は忘れてしまって

空っぽの不思議な時間だった、、

からだが何かを感じることが出来た。

貴重な記憶。