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故小沢俊郎氏の登場! 夢の中に [2021年10月09日(Sat)]


アトリエみつしま企画展「それはまなざしか」

そのトークイベントの中で、ゲストスピーカーの吉岡洋さんが
「まなざし」について話されたのだが、
梶井基次郎の、
「視ること、それはもうなにかなのだ」
(「ある心の風景」)を紹介されたのだ。

梶井基次郎!
吉岡さんのお話がきっかけで、私は40年くらい前の
国文科の頃を思い出した。
同級生に梶井研究をしていた人もいて、
まさに文学少女という風貌で、長い髪を真ん中分けにして、
時々、髪をかき上げながら、本のページをめくっていた姿を覚えている。
多作とは言えない梶井の作品研究で新しい論を展開していたようだが、その中身についても
私は、特に関心も持てなかった。
自分のことだけで一杯だったので。

ほとんど梶井文学に触れてなかったんだな、と思う。
おかげさまで、今、すごく新鮮に読める。

あの頃の私は、文学の演習にリアリティーを感じることが出来ないことが多く、
全く熱心ではなかった。
詩は割と面白かったが。
大した人生経験もなく、自分が空っぽな感じがして、その状況で
文学論を語ることが空しいような、資格がないような感じがしていたのだ。
もしかして、
だから、あとで、舞踏の方に行ったのだと思う。

とにかく、梶井の「まなざし」のせいだろう、
故小沢俊郎先生が、お元気な姿で、夢に登場された。
(小沢先生は、宮沢賢治研究の先駆者のおひとりなのだ。)

登場の現場はどんなところだったのか?だんだん忘れてしまっているが、
どこかで何かの集まりが終わって帰るという時に、
大きな船に乗船していたが、途中で降りなければいけない時に、
私がもたもたして降りるのをためらっていたので、
(めちゃめちゃ、停まってる時間が短かった)
かなり高い船上から、コンクリートの船着き場のようなところに向かって、
エイっと飛び降りたのだった。

そのあとは、小沢先生がどこに行かれたのかは
わからない感じだった。

私の持っている荷物が複雑だったことは覚えている。


見ることと作家について。

賢治作品の中で、
「ガドルフの百合」に惹かれる。
見るということで言うと、
自分の心象を風景の中に見ている。
風景は心象になっている。
それがすごくはっきりしている。


梶井の場合は、現実に見えていることが
自分の心象を変えていき、その見ているものと自身の関係を、
緻密にたどっているのだ。ある時は、ドラマチックですらある。
感覚することと、考察することの
行き来が、作品の重要な軸になっていることがある。


賢治の場合は、スケッチということばを使っていることでわかるように
心象のスケッチなのだ。
スケッチ。

わざわざ、副題に用いている作品とそうでないものもあるが。。。

(続く)

♯まなざし

シルヴァーノ・アゴスティ監督作品 メモ [2021年05月06日(Thu)]


連休中にアップリンク・クラウドで、アゴスティ―作品を観た。

6本。

72時間で1作品500円。

「快楽の園」
「ふっつめの影」
「カーネーションの卵」
「愛の渦」
「天の高みへ」
「人間大砲」


「快楽の園」

黒いオルフェが、だぶって来る。

モーリス・ロネ
この人は、悩み葛藤苦悩する役が
似合うんだろう。

そして、結婚したばかりの
若い妻、対照的な向かいの部屋の「奥さん」。
この、黒い髪と黒い眉、黒い瞳、そして少し褐色の肌(映画の中では、特に褐色感が強調されてるような気がした)、魔女的なイメージ。

ラストで、若妻は、死んでいるのか?
こめかみ辺りと、小鼻が少しひくひくしているのがわかったが、
死んでいる設定だったのだろうか?

死の伏線は、
結婚式での妻の母親のことば、
倒れた後で、棺桶の中の妻の姿のイメージ、
カルロのバスルームでの夢の中の
奥さんが若妻を抱いて、海に入っていくシーン。


アゴスティ―の作品には、朝日が昇る前の海と太陽、
夜の海と太陽がよく出てくる。
波、雲、不穏なイメージに結びついていくような波の表情。

そして、やはり、この監督は編集がすごい。

キリスト教の教会の白い服を着た少年たちが二列になって
海岸近くの丘の上の行列と、
感が言い沿いの平たい岩の上で踊る若者たち、
そして、若者たちは、モリコーネの音楽で、ロックというか、ゴーゴーみおたいな音楽に合わせて踊ってる。女性はみんなミニスカートで、このあたりが時代を感じさせる。
少年たちが近くを通り過ぎるとき、一旦踊りは止まるが
遠ざかると再び踊り始める。

TEMPO
確かそういう字幕の後。

ほかの作品もそうなのだが、
キリスト教会の権威への強烈な批判、
そして、現実と妄想が入れ代わり立ち代わり
現れてくる。
精神医療への関心度、
それらが、次々と映像になって出てくる。

(つづく)