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矢吹文敏さん(JCIL)お別れ [2021年02月06日(Sat)]


2月2日に、JCIL(日本自立生活センター)代表の矢吹さんが亡くなられた。

翌日の夕方に、短い時間だったけれど、最後にご挨拶をしに行った。

いつもと変わらない穏やかなお顔だった。

2月5日の今日は、告別式。オンラインで参加した。

障碍者の葬式は賑やかでないといけない、

普段からそのようにおっしゃっていたと、

出発の時に、妻の昭子さん(くろださん)が

話された。

小泉浩子さんも弔辞の中で、

なぜ、にぎやかでなければならないのか、
障碍者は隠れていてはいけない、と
その意味が今日わかったと、話された。


オンラインでは、70名以上が参加していたと思う、

実際に見ていた人はもっといただろう。

がんばって告別式に行けば良かったな、と少し後悔した。



東九条春祭りの実行委員会の場に参加していた時、

矢吹さんは実行委員長として参加されていた。

記憶に残っているお話はたくさんあるけど、

一番印象深いのは、

相模原やまゆり園障害者殺傷事件が起こった年の秋だったと思うが、

東九条ならこんな事件はなかっただろう、

こんな事件が起こらない町を創らないといけない

というよううなことを話された。

まちづくりにも、本当にすごく尽力されていたのだ。


それにしても、

告別式では、たくさんの若い頃から最近までの矢吹さんの写真が、

沢山の仲間達との活動の写真が、次々と映された。

若い頃は、ちょっと石田純一に似てた気がする。

本当に仕事されてきたんだ。

そこには、先に旅立たれた宮川さんや立林さんの姿も
あった。

オンラインでは、出棺の後、矢吹さんを乗せた車が、油小路十条のJCIL事務所前を

通る様子も動画で映された。

赤い花のついた花笠を持つメンバー(矢吹さんは山形出身)や、「矢吹さん、ありがとうございました!」という女性の声が響いていた。

たくさんのスタッフや関係者のそれぞれのエネルギーが合わさって溢れ、

胸がいっぱいになってしまった。

身内の方にしたら、悲しい辛いことばかりなのでしょうが、

私はからだの底から励まされ、

力を与えられたような一日でした。

自分が出来る事を一生懸命やろうと思う。

矢吹さん、ありがとうございました。

合掌


追伸)

2月2日、安置された矢吹さんの近くに佇んでいた時、

掛けられた白い絹布団の下から、びっくりするようなかわいらしい

パジャマなのだろうか?シャツなのか?

白地に赤青緑黄色の小模様が散った柄の衣類がのぞいていた。

矢吹さんは、骨形成不全症なので、おからだはとても小さい。

それに合うサイズだからなのか?

とにかく、目に焼き付いてしまった。

告別式の翌日は、一日中 雲一つない青空だった。

その下をリハビリのため、ゆっくり歩いていた時、急にそのかわいらしい

服のことを思い出した。

そうかー、あれは、お別れに来たみんなの気持ちをほぐすとか、

ちょっと笑わせてやろうと言う、矢吹さんのお茶目心の顕れだったんじゃないか?

連れ合いのくろださんが、選ばれたものだとしても、

ふだんの矢吹さんのおやじギャグ的なサービス精神というか、

(私はそれほど矢吹さんと親しく交流があったわけではないので、

あまりおやじギャグを知らないのだが)

そういうものに触れた気がした。

旅立ちの時にどんな服を着ておられたかは、わからないけれど、

私にとっては、最後にちょっと愉快な記憶をいただいた気分なのだ。

時を超えて、しかも、かなりぶっ飛びのインパクトで。

合掌 

IMG_0292 下から目線.jpg













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