

◤この世界の片隅に 上映会とコトリンゴすずさんとハナウタライブin長島
大ヒットとなったこの「世界の片隅に」
戦争映画でありながら、直接的にその悲惨さを描くのではなく、そんな中でも懸命に明るく生きたすずさんの日々を描いた作品を長島の皆さんと一緒に観ました。
平均年齢85才のこの島の皆さんは、戦争の体験者でもあります。
出会えた男性の方たちの中には、戦争の困窮から発症し、戦地から帰ったその足でこの島に来て隔離されたという方もいました。
出会えた男性の方たちの中には、戦争の困窮から発症し、戦地から帰ったその足でこの島に来て隔離されたという方もいました。
ハンセン病はごく弱い菌なので、健康状態が良ければ感染しても発症することはないのですが、戦争の困窮した時代には、栄養が足りず免疫力が落ち、発症した方が多くいたことは想像に固くありません。
厳しい現実の中で、日々の喜びや手の中の希望を抱いて生きたすずさん。
きっとこの島でもそうして生きた多くの方たちがいただろうと、この映画をこの島で、島外の人と一緒に観ることに意味があるのではないかと、企画しました。
厳しい現実の中で、日々の喜びや手の中の希望を抱いて生きたすずさん。
きっとこの島でもそうして生きた多くの方たちがいただろうと、この映画をこの島で、島外の人と一緒に観ることに意味があるのではないかと、企画しました。
映画をみた島の方たちは「なつかしいねぇ」と言われたり、「あんなハツラツとした高い声なんてみんな出なかったよ」と、当時のことを教えて下さいます。
「伝えていかなきゃとおもうけど、ほら、私たちはこどもが持てなかったでしょ。だから伝えられないの」と言うおばあちゃん。
さり気なく言われるこの言葉。
長島では、ハンセン病の方たちのこどもを残さないために、妊娠しても強制堕胎が行われ、結婚する時には男性に行われたパイプカットが行われていたという歴史が聞こえてきます。
休憩をはさみ、
コトリンゴさんのライブが美しく優しく、いきいきとはじまります。
ライブが終わるとロビーではサイン会が行われました。
ハンセン病の後遺症で目が見えないおじいちゃんが、コトリンゴさんのCDを買い求め、サインをしてもらいに来てくださいました。
「きれいな声やね、いつもそんな声なの」
と声をかけられ、
「あんまりにきれいな声だから、その声を氷砂糖に閉じ込めて持って帰りたい」と。
この島の人達の言葉は、静かだけれど強くて美しい。
だれと話しても、そんな言葉に出会えるのです。
その度に、おばあちゃんが言われたように、みなさんの言葉を伝える機会を作りたいと強く思います。