世界船:タンザニア[2006年11月30日(Thu)]
前回のブログ:南アフリカ共和国
南アフリカの次に止まった港はタンザニアでした。
タンザニアでは当時の大統領が直接出迎えてくれて、感激でした
。
タンザニアは東アフリカ最大の国です。面積は日本の約2.5倍で、雄大な自然と様々な野生動物が見られることで有名です。頂上を雪で覆われた、アフリカ最高峰のキリマンジャロ(5,895メートル)もあります。ヘミングウェイがその荘厳さにインスピレーションを得て小説を書いたあの山です。
タンザニアでは約126の言語が話されています。スワヒリ語と英語が公用語で、ビジネスにも使われています。国土の25%は動物・自然保護のためにそのままの姿で保存されており、まぎれもなく「サファリ」(スワヒリ語の「旅」)の本場です。
我々の滞在時間が短かったため、残念ながらサファリを楽しむことが出来ませんでした
。動物大好きな僕は結構楽しみにしていたのですが。。。
代わりにマコンデ・アート(木彫で自然界の物、動物、人などを彫ったもの)やティンガティンガ・アートが帰る民芸品マーケット、現地ラジオ局、新聞社、国立博物館と子供の養子施設に行きました。
タンザニアのダンスは本当に凄かった!!
激しく、明るいリズムは心を打つ力がありました。
印象に残っているのは子供たちの施設でした。ここでも世界の貧困を肌で感じることが出来ました。子供たちは本当に人懐っこく、明るい表情をしていました。。。彼らを見てたくさんのことを考えさせられました。
実は船に乗る数ヶ月前、両親の商売が倒産し、辛い時期が続いていました。。。通訳のアルバイトはやっていましたが、不安定で親を手伝えるほどの収入がありませんでした。貯めた少ないお金は、大学の学費に使うつもりでいました。世界船のペルー代表として選ばれたときは本当に嬉しかったですが、お金の心配がありました。。。親に相談したら「二度とないチャンスだよ、お金の心配しないでいいよ、何とかなるから。世界を見て人生についてたくさん学んでおいで」と喜んで、応援してくれました。
自分の家族には辛い時期が続いていると思っていましたが、南アフリカやタンザニアの子供たちに触れ合うことによって、自分が逆に恵まれていると思い知らされました。施設のある女の子の綺麗な目を見ていたら、応援してくれた両親の顔が心に思い浮かび、感謝の気持ちでいっぱいになりました。。。涙がこぼれるのを一生懸命こらえながら、「頑張る、何があっても頑張る。そしていつか人を助けられる立場につく」と心に決めました。
続く。。。
世界船:南アフリカ[2006年11月28日(Tue)]
前回のブログ(セイシェル)
セイシェルの次は南アフリカ共和国のケープタウンに止まりました。
初日はロベン島を見学しました。島の周囲は海流が強く、脱出が困難なところを見いだされ、17世紀の終わりから島の大部分は刑務所として使われました。当時のロベン島に収監された囚人はオランダの植民地のさまざまな政治的指導者で、南アフリカ出身者だけでなくインドネシア出身者もいたそうです。
ロベン島から見られる美しいケープタウンの景色
20世紀の後半、政治犯の強制収容所として使われ、ネルソン・マンデラが収監されました。ネルソン・マンデラは僕にとって思い出に残る人物であります。何故なら、ペルーの高校を卒業するとき、卒業生は自分たちのグループに名前をつける習慣があって、僕が卒業(95年)したとき「ネルソン・マンデラ」という名前が選ばれていました。実際に彼が収監された場所を見学できるとは夢にも思っていませんでした。
ネルソンマンデラが収監された部屋
南アフリカで一番心に残ったのは、貧富の差でした。ケープタウンの港は先進国とは変わらないショッピングモールや高級レストランなどが建ち並ぶ反面、バスで30分ぐらい離れている郊外の広大な黒人居住区であるスラム街があります。我々はそこの貧しい人々の生活を直接肌で感じ、一緒にスポーツ交流をしました。サッカーをやっていた青年たちは貧しさを感じさせない、美しい瞳をしていました。どんな厳しい状況の中でも、自分たちが生まれてきた環境の中で一生懸命行きようとしている姿勢が強く伝わりました。決して生きることを諦めない、希望に満ち溢れた目の輝きがありました。それを見て、「自分は今まで何をしてきたのだろう?凄く恵まれているのに、文句ばっかり言っているではないか。。。」と強く考えさせられました。
それから、海賊映画とかで聞いたことがあった「喜望峰」を見学することが出来ました。喜望峰は神秘的な力を感じさせる場所でした。大陸と海のコントラストは今でも自分の記憶の中に焼きついています。
続く。。。タンザニア
世界船:セイシェル[2006年11月27日(Mon)]
世界船:ナショナルプレゼンテーションA[2006年11月26日(Sun)]
前回ブログ:ナショナルプレゼンテーション@
エジプトの踊り。
バーレンの豪華な布を使った演技。
アラブ首長国連邦やカタールの砂漠のダンス。
(男性だけで構成されたデリゲーション)
残念ながら他の国やペルーのNPの写真が手元にありません。
ペルーのNPデリゲーションの女の子一人が足首を捻挫してしまい、延長しなければいけませんでした。みんなは早くNPの緊張を肩から下ろしたかったのですが、9人しかいない中、一人でも欠けるとプレゼンテーションをやるのが不可能でした。結局1ヶ月遅れてやることになりました。
去年、世界船で感じたことについて紹介をしたことがありますので、興味がある人は是非覗いてみて下さい。
第12回世界青年の船での体験1
第12回世界青年の船での体験2
続く。。。セイシェル
世界船:ナショナルプレゼンテーション[2006年11月25日(Sat)]
前回のブログ(シンガポール)
各国のナショナルプレゼンテーション(NP)には、踊り、ビデオ、パワーポイント、劇などを通じて、その国の文化、習慣などが伝わりました。一つ一つがユニークで、印象に残ることがたくさんありました。
セイシェルの華やかな衣装と元気の出る明るい踊り。
タンザニアの歴史を再現した演技とダンス。
インドならではの神秘的な踊り。
普段は大人しい女性たちが、舞台に立つとガラリと変身をして、全員を圧倒させる力がありました。
南アフリカのリズミカルな踊り。
中でもメキシコがたった9人で見事に「祭り・フェスティバル」を再現しました。
続く。。。ナショナルプレゼンテーションA
第12回世界青年の船A[2006年11月24日(Fri)]
第12回世界青年の船[2006年11月23日(Thu)]
想ってみると世界青年の船に参加をして、素晴らしい経験をしてから、もう7年近く経っています。。。今日、偶々CDの整理をしていたら、世界船の写真が見つかりました。ずっと見当たらなかったから、日本には持ってきていなかったと思っていました。当時、デジカメがなく、普通のコンパクトカメラしかなかったから、思うような写真が撮れなくて、少し残念です。
数年ぶりに世界船の写真を見ていたら、あの頃の想い出がよみがえり、懐かしい気持ちが心を満たしてくれました。
1999年9月、17カ国、270人の青年を乗せた「日本丸」が出港するシーンの写真がありました。あのとき、船員に紙のテープを渡され、「見送りに来た人にめがけて投げるように」と言われ、皆が一斉に投げました。彩りのテープが綺麗に空を舞い、今まで見たことのない光景が浮かび出ました。
船員が鐘を鳴らし、船がゆっくりと動き出す船と共に、自分の心の中が「期待、希望、嬉しさ」でいっぱいになったのを今でも覚えています。投げられた紙テープは少しずつ伸ばされ、切れていきました。
自分の人生を一生変える経験になるとは、このとき思ってもいませんでした。
続く。。。