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笑門「ヘルシー広場」
『めだたぬように、はしゃがぬように、にあわぬことは、むりをせず』
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出会えた[2024年08月13日(Tue)]
        

7月に出会えた方々

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 少し早い8月10日の夕方、盆の迎え火焚いて、ご先祖さんを迎えた。


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昭和20年7月1日17才で戦死した、親爺の弟。
ばあ〜様から聞いてはいたが特に気にかけることなくお盆を迎えていた。
遺骨は「石ころ一つ」だったと。

座敷には、招集時の写真と護国神社、額で奉られている。

 数年前に、呉市で毎年
慰霊祭行われてことを知りお参り出向いた。

DSC_0033.jpg

祭壇が飾られ10数人で執り行われていた。

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103歳のおばあちゃん
1921年生まれ呉空襲1945年、

想像するに24才、思いだしたくないだろう。

おばあちゃん、耳は多少遠いが、筆ペン使い綺麗な字を書かれ、
スマフォ片手に取り仕切られていた。

 始めたばかりの、写経を納めてもらった。


当日は悪天候、広島駅からの電車が不通
慣れないバスで乗り継ぎ、不思議ことに、慰霊祭の間に合った。


おいさんが導いてくれたと信じたい。
 

両親の眠るお墓
に79年ぶりに帰ってもらったと自分勝手信じてる。

ありがとう、おばあちゃん、いつまでもお元気で。

 今日12日、和尚さんが棚経に来て、拝んでもらった。

DSC_0108.jpg
送り火焚いて帰ってもらった。もう少し居たかっただろうに

DSC_0130.jpg
 なんと我儘な家人だろう。

「寂聴日めくり暦」より
どんな理由をつけても、戦争は権力者の利益のためしかありません。
一人一人が戦争反対の気持ちを強く持ち
いつか必ず戦争のない世の中を実現しましょう。
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