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立教大学院 21世紀社会デザイン研究科 ソーシャルデザイン・オープンゼミ「リスク社会とソーシャルデザイン」〜専門家による科学的な判断と社会による価値判断〜  [2016年02月27日(Sat)]
20日 は、立教大学院 21世紀社会デザイン研究科 ソーシャルデザイン・オープンゼミ「リスク社会とソーシャルデザイン」〜専門家による科学的な判断と社会による価値判断〜 でした。

議論の主なテーマは「福島の原発」「移民政策」「災害」。共通しているのは、専門家は「リスクの特定」はできても、「対策」は個人・社会の価値観に大きく左右されるという点。これまで専門家にゆだねていたリスク管理を、社会が取り戻すという社会的な価値判断の重要性が高まってきています。この背景には、科学的な未知性・不確実性と、個人の価値観やライフスタイルの多様化などが考えられます。

専門家はどこまでリスクを正しく評価できるのか?
また、「リスクを受容」するという点において、当事者がリスクを巡る議論や対策に関与することが十分に保障されているか?

当研究科においてのリスクを巡る議論は、科学や数値を中心に議論されるのではなく、当事者の視点・価値観から哲学的な視点までも入ってくる点が特徴です。そして、法律や弁護士との連携、専門家による科学的な視点、NPOとの連携など、あらゆる分野を横断的にプロデュースできるソーシャルデザイナーを育成する研究科です。

オープンゼミは、来年度も開催予定ですので、当研究科にご関心ある方は、ぜひご参加ください!
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テーマ:「リスク社会のソー シャルデザイン 〜専門家による科学的な判断と社会による価値判断〜 」

講 師:長坂俊成(21世紀社会デザイン研究科教授)
https://www.rikkyo.ac.jp/sindaiga…/…/lecture/excellence.html

長坂先生.jpg
創造力の無さ [2014年12月08日(Mon)]
日本全国を探すと、本当に素晴らしい社会的な取り組みや事業が多くある。でも、メリットが大きいのに、広まらないのはなぜか?

我々の創造力の無さに課題がある。そして、これは、私たちの弱さ・不得意な点と言えるのかもしれない。口で言うだけでは広まらない。それを見えるかたちにしてつくっていく、さらには「商品化」できるチカラが求められている。「商品になる」ということは、商品が売れていくと、それだけで「社会は変わる」ということになる。 「結局社会を変えているのは商人だ」という考えも、確かに一部そうだなぁと。
「社会的排除」 [2014年11月05日(Wed)]
このニュースを見て思ったこと
狙われる 軽度の知的障害の女性|特集まるごと|NHKニュース おはよう日(http://www.nhk.or.jp/ohayou/marugoto/2013/12/1217.html

大学院での私の研究テーマは、大きな枠でいうと「社会的排除」。なぜか?と言われると、「このテーマには突き動かされる何かがあるから」としか理由はありません。

3年前から、NPO法人 Gifter LABOで、発達障碍児の好きなことや強みを伸ばす支援をしていますが、今年の4月に立教の21世紀社会デザイン研究科に入学し、社会的排除の授業や、ホームレス支援をしている方のお話から、発達障碍が色々な社会問題につながっていることを知りました。

発達障碍や軽度の知的障碍をもった方が、引きこもり、路上生活、そして性産業や貧困ビジネスなど、表に出てこない社会の負の側面に巻き込まれている現状を知り、大きな憤りと感じると同時に、なぜこのような深刻な問題が顕在化してこないのか、なぜ人は'見ようとしない'のか、と疑問に感じています。

その中で、私は、本当に深刻な問題なのに、人が'見ようとしない'社会問題に取り組み、社会に発信していきたいと、最近思うようになりました。今取り組んでいる発達障碍児の強みを伸ばす支援というのは、一般的に理解されやすいし、批判されることは余りない。教育という点でも、企業とも親和性が高い。ボランティアも楽しくできるので集まりやすい。でも、困難を抱えた若者や路上生活者、風俗店で働く女性などには、まだまだ偏見や、「自己責任」の一言で片づけられてしまい適切な理解がされていないことが多く、それが、強烈な社会的排除になっている。その環境の中で支援活動をされている、支援者の方のご苦労もどれだけ大きいか、想像以上だと思います

後者の実態をちゃんと知ったうえで、子どもの支援を改めて考えてみようと。私たちが今支援している子どもたち、また全ての子どもたちにとっての将来の可能性は、良いものばかりではなく、むしろリスクの方が多いかもしれない。

真面目で不器用な人が、路上で生活したり、性風俗産業や貧困ビジネスに食い物にされるなど、あってはならないことです。そして、今、障碍を持った人が感じている生きづらさ・労働環境・生活環境は、一般の人と大きな壁はなく、障碍をもった人が一番社会のひずみの皺寄せに遭いやすいだけで、基本は繋がっているものだと思っています。

そして、それは、近い将来、私たちが置かれているかもしれない環境とも言えるのではないでしょうか。

経営戦略と社会デザイン〜プラスティックワードが「言葉」を消費させ、関係性の構築に壁をつくっているのかも〜 [2014年08月09日(Sat)]
今週も、日経bizアカデミーとのコラボ授業「ソーシャルデザイン集中講座」のTA(教員補佐)をさせていただきました。今回は、坂本文武先生で、テーマは「経営組織および事業の戦略と社会デザイン」。受講者の9割は営利企業勤務の社会人なので、今回はいろいろな意見がでてきて面白かったです。

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坂本先生のご専門はNPO経営。企業・行政・NPO、それぞれセクター毎の特性はあるけれども、違いは大きいわけではないとのこと。ただし、NPO経営には特殊なノウハウがあるので、先生はそこを研究され、NPOの専門性を活かして企業CSRなどのコンサルをされてきた方です。

冒頭に、「企業の経営がうまくいかないから、ソーシャルビジネスやCSR(CSV)に関心をもつのではなく、そもそもなぜうまくいっていないのか、という点に目を向けるべきではないか。そのうえで、ソーシャルビジネスを考えていく必要がある」という趣旨のお話をされており、その視点になるほど〜、と思いました。

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※今回の授業の命題


■そもそも社会とは何か

福沢諭吉は、Societyのことを「人間交際」と訳したそうです。人と人との関わりを大切にした訳ですよね。地域や会社というマスでとらえるのではなく、「個人」でとらえる。それが、本来の「社会」の意味なのかもしれない、と思いました。現在、日本で使われている「社会」は、新聞社が、Societyを「社会」と訳したことが、現在のSociety=社会となったようです。


■言葉を消費するプラスティックワード?

今回の授業で、プラスティックワードという言葉を初めて知りました。プラスティックワードとは、「人を従わせるくせに役に立たない言葉」だそうです。例えば、「アイデンティティー」「コミュニケーション」「消費」「近代化」「構造」「進歩」「成長」など。

これらの単語は、

▽話し手が定義できない
▽科学用語に似ている
▽同意語を排除する
▽その語を使うと皆を黙らせられる
▽響きが命令調である


といった特徴があるそうです。会社の会議でもよくでてきそうですね。「企業価値を最大化する」とか...。

そして、実は、この傾向は「社会貢献分野」にも多くないでしょうか。「ファンドレイジング」「ソーシャル○○」「CSR/CSV」。共通の定義がないものって、結構ありますよね。立教大学院 21世紀社会デザイン研究科を設立された北山先生は、「プラスティックワードが日本の言葉を消費させている」とおっしゃっていたそうです。ブームで出来た言葉は、一時期よく使われますが、いずれ陳腐化し、賞味期限を迎える。流行り言葉で終わらせないようにすることも、21世紀社会デザイン研究科のミッションなのかもしれません。


■なぜ、企業は利益の追求が必要なのか。

「なぜ、企業は利益の追求が必要なのか」という問いかけが先生からありました。営利組織を前提とし、非営利組織の特性と比較して、「なぜ、企業は利益の追求が必要」なのでしょうか。利益を追求する企業と社会課題を追求するNPO。でも、利益を(一番に)追求していないNPOも事業拡大し始めています。企業にとって、本当に利益の追求は一番重要なのか、という先生の問題提起でした。

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※夏休みシーズンのせいか、人数が少なかったので、ディスカッション形式に


■営利と非営利、どちらのガバナンスの方が強いか?

次の問いは、「営利と非営利、どちらのガバナンスの方が強いか」でした。
営利企業にありがちな「監視」を中心とした組織、非営利組織にありがちな「支援」中心の組織、どちらも、どちらか一つでは、組織として弱い。ガバナンスとは、「監視と支援のメカニズム」なんですね。

学生さんの中に、「不祥事を起こすのは営利企業の方が圧倒的に多い。それは、利益(お金)を一番に追求しているからではないか」という意見がありました。確かに、不祥事を起こしている大企業は、声高らかにCSRをアピールしていた企業が多いのに、大きなコンプライアンス違反を起こしてしまい、CSRどころじゃなくなってしまうという現実。「CSRをやっている=良い企業」という方程式は成り立ってないわけです。

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※営利企業とNPOのガバナンスの比較。NPOの理事は、原則無報酬であることが義務付けられています。


■非営利組織が使命やビジョンを体の一部として共有できているのはなぜか。企業だと表面的な共有になってしまうのはなぜか。

最後に、非営利組織が使命やビジョンを体の一部として共有できているのに、企業だと表面的な共有になってしまうのはなぜか、という議論。

みなさんからの意見は

使命を具体的な事業におきかえられていない。(置き換える努力が足りない)
・NPOと違って、働く人の目的が多様。
・入社・採用時の動機が薄い(学歴・経験重視)
・利益・効率化で手いっぱいで、そこまでいけない。
・「理念からするとこの仕事はおかしい」とかいうと、はじかれる


一方、NPOに対しては

想いを管理するのは大変。想いのすれ違い、行き違い。それが組織の弱さにもなる。
・性善説を前提とした組織・活動自体がもろいのでは
・数値化できないものが多いから、組織として弱いのでは
・目標設定のやり方はどうなっているのか。例えば、ホームレスの支援者数をスタッフ別に月別で目標設定し、達成できなかったらプレッシャーかけられるとかしないと思うが、そういう厳しさが足りない気がする


などのご意見も。

また、営利・非営利両方で働いたことがある方が、このような意見をされていました。
「NPOの理事は、著名で人間力のある方が無償でやってくれるケースが多い。その方の顔に泥はぬれないと思って仕事をしていた。でも、今営利企業にいるが、部長の顔に泥はぬれないと思ったことはない(笑)」

この心情の裏にあるものに、大変興味があります。





立教大学院 21世紀社会デザイン研究科、前期が終わりました!〜ソーシャルビジネスの授業を通じて〜 [2014年07月24日(Thu)]
■ソーシャルビジネスの授業のプレゼンを終えて

今日は、立教大学院 21世紀社会デザイン研究科、前期最後の授業でした!

最後の授業は、石川治江教授のソーシャルビジネス(問題の構造学)の授業。ビジネスデザイン科との合同授業で、今日は各チームで考えたソーシャルビジネスのプレゼン発表と先生からの批評。うちのチームは、ビジネスデザイン2名、21世紀社会デザイン2名の合計4名。テーマは「外国人技能実習生の経済的自立と制度の課題〜第三者検証組織 中間支援団体の設立〜」今日まで、みんな忙しい中、打ち合わせを重ねました。

その中で先生に指摘されたのは

「アイデアは良いけれど、話がぶつぎれになっていて、全体の絵が示せていない。矢をどこに射るのか?矢を一カ所に射るのではないでしょう」

と。つまり、問題の構造学の手順にとらわれていて、社会全体のデザインが示せていなかった。頭の中にはなんとなくあったんですけど、プレゼンとしては出せていなかったんですよね。また、見学の方からは、

「あなたたちが集めてきた日本企業の現場の声こそ貴重だし、説得力があった。なぜ、そちらも大事にしないのか。両方大事だと思う。」

というご意見も。
また、先生&見学の方から、他チームへのアドバイスで参考になったのは・・

「人の強みを見つけるといっても、相手がいないと活かせない。それを誰が求めているのか?」
「他エリアからも、その地域に遊びにきてもらえるような仕掛けとは?」
「アイデアは良いが、結論に至るまでの説得力がない。もっと、ゆるぎない信念を感じたかった」
「対策案がチーム内で合意がとれていないのか、途中で、肝心な問題意識が飛んでしまっている対策案になっている」
「対策が、自分の興味・関心におちてしまっている。それが、本当に現場から求められていることなのか?」
「チーム内で合意がとれていないことが多いように見えた」


改めて思ったのは、多様な人との間で合意をとることのむつかしさ。そこを曖昧にしてしまうと、ふわっとした対策、自分本位な対策になってしまう。とても、勉強になりました!!

■一生の師となる人を見つけなさい


そして、そのあと、先生と飲みに行って、先生に言われたこと。

「大学院に来たのであれば、一生の師となる人を見つけなさい。能力があって人生が上手くいっていない人は、その「師」に出逢えていないことが多い。でも、ぼーっとし過ごしていたら、師には出逢えない。常にアンテナを張り、探し続けなさい」

先生のおっしゃる「師を見つける意義」は、社会事業家としての技術的な面だけでなく、「内面」の要素が大きいと思いました。また、私は、最近その「師」らしき方(まだ出逢って期間は短いですが)を見つけることができたので、そのことを先生にお話したところ

「いいじゃない!あの先生は、人間的にとても素晴らしいわよ。私も自分と同じにおいがするのよ。でも、論文は厳しいわよ」

と(笑)。先生がそう言ってくださるのであれば、本当に安心!

また、帰りの電車の中での出来事。先生は、最近風邪気味ということもあり、体調がよくなく、電車で帰るのもしんどいとおっしゃっていたのですが、途中席が空いたので、先生に「お座りになってください」申し上げたら、「私よりも、あの子を座らせてあげた方がいいんじゃない」と、酔っぱらっていた若い女性に声をかけ、席に座らせてあげていました。

私も、こんな人になりたいなと。自分の体調がよくなくても、自然に、酔っぱらっている若者に席を譲る先生。こんな、素敵な方に出逢えただけで、21世紀社会デザイン研究科に入った意味がありました!

ちなみに、プレゼンと先生の批評は、動画に保存。週末にメンバーで、神宮球場で野球見ながらビアガーデンなので、反省会兼ねてかな〜。