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クリスマスの夜回りボランティア〜見識があるからこそもてる「無防備さ」〜 [2014年12月25日(Thu)]
昨日は、TENOHASHI(http://tenohasi.exblog.jp/)の夜回りボランティアに参加してきました。
クリスマスイブということもあり、ボランティアの数もいつもより少なかったそうです。今回も、石川ゼミの先輩と池袋東口をまわりました。昨日出逢ったホームレスの方は、21名。

今回は、コアメンバーであるTENOHASHIのスタッフさんが多かったので、池袋駅周辺をまわりながら、色々なお話を聞くことができました。

お話の中で印象的だったのは、支援団体によって、支援のこだわりが違うということでした。

■対話を大切にするNPOスープの会

TENOHASHIのスタッフさんから、「スープの会」というNPOがあることを教えていただきました。

新宿駅周辺を中心に、路上で生活するホームレスの方々を毎週訪問し、お味噌汁(スープ)や食料と電話相談のビラを配りながら、路上で生活する人々との「対話」の中から地域復帰につなぐことを目指されているそうです。

特徴的なのは、あえてスープ(冷めてしまうので、あたたかいスープを持っていくことは大変)を自分たちでつくって、路上をまわって渡すという点。そして、その時に、【個人との対話を大事にし、その人と向き合う】というこだわりをもっている団体だそうです。また、共同生活ができる施設運営もされているとのことで、夜回りで出逢った方をそこに紹介することもあるそうです。

家に帰ってから、スープの会のことを調べてみると、代表の後藤浩二さんは、なんと、私がホームレス問題に関心をもつようになったドキュメンタリー「あしがらさん」に出演していた方で、あしがらさんを最後までサポートされていた方でした。

見つけた記事の中で後藤さんがおっしゃっていたこと。

「どう働くか」は「どう社会とつながるか」
後藤さんは、「働く」ことの意味を、「社会とつながっていくためのあり様」だと表現する。

「例えば、お金だけなら、ホームレスのおっちゃんだって、景気さえ良ければ日雇い労働で稼げないわけではない。重要なのは、そこに自分の居場所が見い出せるかということなんです。どう働くかというのは、そのまま“どう社会とつながっていけるか”ということ。私の場合は、そのつながり方が今のフィールドだったということなんですね」


スープの会
http://www1.odn.ne.jp/soup1994/soup/supuno_hui_biao_zhi.html

「働く」ことは社会とつながること
「ホームレス問題」を通じて考えるまちづくり
NPOスープの会代表 後藤 浩二さん
http://www.waseda.jp/student/shinsho/html/73/7311.html

ドキュメンタリー「あしがらさん」
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%82%E3%81%97%E3%81%8C%E3%82%89%E3%81%95%E3%82%93-DVD-%E9%A3%AF%E7%94%B0%E5%9F%BA%E6%99%B4/dp/4811840089

■他のボランティアとの違い

夜回りのボランティア活動の内容自体は、1時間ほど路上を周りながら、おにぎり、カイロ、カロリーメイト、支援情報が記載されているチラシを配るというもので、私に何ができるとか、自分の力が活かせるとか、楽しみながらできるという種類のボランティアではありません。

ですが、うまく言葉では言えないのですが、今までやってきたボランティアの中で、もっとも、なにか深いものを心に感じ、考えさせられるボランティア活動だと思います。

昨日、公園をまわっていた時に、若い男性がベンチに座っていました。外見にも気をつかっていて、スマートフォンで音楽を聴いていたので、私はホームレスだとは思わず通りすぎてしまったのですが、一緒にまわっていた方が「あの人そうじゃないかな」と戻って声をかけたところ、彼も公園のベンチで夜を過ごしていたわけです。外見もコミュニケーションも、私の周りにいる友人と大きく違う点はありませんでした。こういう(ホームレスかどうかわからない)時、声をかけるのは、支援者も勇気がいると思います。でも、「そうかな」と心のどこかで思いながら、声をかけないで通りすぎてしまったら、もやもやした気持ちがずっと残りそうです。

■見識があるからこそもてる「無防備さ」

昨日の夜回りでは、クリスマスということもあり、石川ゼミの先輩はサンタの帽子をかぶって、一緒にまわった女性はチョコレートをもってきて、一緒に配っていました。こういうのって、すごくいいな、と思いました。

そして、コアメンバーとホームレスの方との、つながりを少し見ることができてました。それを見ていて感じたことなのですが、誰かをサポートしたり、ボランティアをするって、「無防備さ」が大事なような気がします。子どもの無防備さとはちょっと違って、見識があるからこそ、「無防備」になれるというか。そして、その「無防備」さが、時には頑固な人の心をも動かすのかもしれないと思いました。

夜回りボランティアって、このような地道な小さな思いやりや繋がりを積み重ねていくことに大きな意味があるのかもしれません。

ホームレス状態にある方への夜回り活動ボランティアの感想 [2014年11月30日(Sun)]
先週、初めて、ホームレス状態にある方への夜回り活動ボランティアをしました。一人では、なかなか行く勇気がなかったのですが、立教大学院 石川ゼミの先輩が毎週参加されているということを知って、一緒にまわらせていただきました。

◆活動日時 / 場所

11月26日(水) 21:30〜22:30 池袋駅前公園、池袋東口周辺
※当日の天候は雨

◆主催団体

・NPO法人TENOHASHI(http://tenohasi.org/
・池袋で、ホームレス状態の方々が安心できる生活を取り戻す支援をしている団体
・路上生活者の中でも、特に精神や発達に障害がある方の支援に力をいれているそうです

◆事前調査からわかったこと

・高齢者が多い。平均年齢59.3歳。60歳以上54.6%、70歳以上12.5%
(ホームレスの実態に関する全国調査 2012年 厚生労働省)

・ホームレスの3〜4割が障害者(発達障碍、軽度知的障碍、精神障害が多いそうです)

・ホームレスに追いやるものは何か
高齢者への虐待、リストラ・派遣切りの末に、認知症者の行く先、アルコール依存症、軽度知的障害・発達障害、統合失調症など
( 漂流老人 ホームレス社会(著者:TENOHASHI代表 森川すいめい)より)

◆当日の活動内容

・池袋駅前公園にて、温かいおにぎりを1人1個手渡し。

・その後、グループに分かれて夜回り。私のグループは、4名(てのはしスタッフ1名、ベテランボランティア1名、スポットボランティア1名、 新人ボランティア1名(私))で、池袋東口を回り、路上生活者におにぎり、カイロ、チラシを配る

・当日出逢った路上生活者は22名。(少ない方だそうです)

◆夜回りの心得

・写真などは絶対禁止
・寝ている人もいる時間帯なので、起こさないように気をつける(騒がしくしない)
・圧迫感を出さないために、みんなで囲まない。引率者の3歩後ろくらいにいるイメージ。

◆印象・気づいたこと

・外見だけではわからない。一般にイメージするようなホームレスは一部で、小ぎれいな格好をしている人が、22時を過ぎたくらいから、暗いビルの隅などで寝る準備を始める。
→ベテラン支援者になると、見た目だけでなく、ホームレスかわかるようになる。

・東京に来れば仕事があると思って来たら、仕事はなく途方にくれて、座りこむところからホームレスは始まることもある。

・本当に体調が悪い人を見つけたときに、自分は救急車を呼べるか?
→ホームレスに対して、病院は冷たいところが多いそうです。

・潜在的には支援が欲しい人が多いはずなのに、支援のニーズが顕在化していないところがむつかしい

・ホームレスになりたての人の方が、路上生活から抜け出しやすいのだと思う。そういう人をどうやって見つけ、サポートするか。

・段ボールの中にふみこまなくてもいいのか。本当に死にそうな人は、こちらから声をかけても返事をしないだろうし、その前を通りすぎることが心にひっかかる。

・また、「なんだ、おにぎり温かくないのか」とか、(私がもたついていたら)「一体何やってんだよ」とか、いやなこともありました。

当日、集合場所の池袋駅前公園に早く着いたので、並んでいるホームレスの方の列の最後尾に立ってみました。ここは、池袋パルコからすぐ近くの場所で、数メートル先は繁華街です。その場所から、ホームレスの方は繁華街をどう見ているのか。笑いながら電話している人、楽しそうに話しながら歩いている人など様々ですが、誰一人、こちらを見る人はいませんでした。ほんの2メートル先のことなのに、誰もこちらを見ないのです。そして、1か月前の私もその一人でした。

こういったことも含め、もっと知りたいなと。一回じゃわからないし、暫く続けてみたいと思います。特に、一年の中でも冬、年末年始は一番厳しい時期だと思うので。

【長坂ゼミ 被災地フィールドワークC:赤崎地区仮設住宅@大船渡〜仮設住宅の現場のニーズから出てくる取り組み〜】 [2014年08月14日(Thu)]
長坂ゼミ 被災地フィールドワークレポート。大船渡の赤崎地区仮設住宅を訪問し、こちらの仮設住宅を、情熱をもって管理されている市の職員の方のお話をお聞きしました。

■現場のニーズから出てくる取り組み事例および今後の案

仮設住宅内に宿泊施設(月〜金の営業)をつくる。独居高齢者対策。
→仮設住宅から出て行った高齢者が、仲間がいる仮設住宅に戻りたいという声。独居老人は13名。今まで、仮設住宅から出ていった4名が戻ってきてしまった。コミュニティが変わると、人と話さなくなり、さらに歩けなくなってしまうという高齢者が出てきたという背景。

若いボランティアを、仮設住宅内の空いた部屋と部屋の間に入れることで、見守り・活性化的な役割となる。

豪華なお花畑をつくる
高齢者の方々の生活の知恵は素晴らしい。その結果、素晴らしく豪華なお花畑ができた。カサブランカなど買ったら高いクオリティのお花が咲いている。次は、蘭も考えている。今は人にあげているが、お花畑もどんどん拡大してきたので、あげきれず、販売も考えている。
→こんな素晴らしいお花畑ができたきっかけは、「売る」ではなく「あげる」から始まったからなのではないか。

・タオルでぬいぐるみをつくり、売るのではなく、ボランティアさんへメッセージを添えての贈り物にする。高齢者のモチベーション、生きがいとなっている。贈り物だったら、少しくらいほつれてても良いという気楽さも大事。(以前、売ろうとしたら、ショップ側から完璧さを求められた経緯もある)

・寄付(オーナー制)による桜の木を植えるプロジェクトの企画
→将来を考えたまちづくり、産業ができるきっかけをつくりたい

・仮設住宅内での料理教室

・子どもが廃品回収などのボランティアをし、イベントのお菓子代などをねん出


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■地域が行う事業を計画

上記のようなアイデアをもとに、将来を考えたまちづくりや地域事業を検討されているようです。また、仮設住宅から出て高台に暮らすという選択できない人は、約2万円ほどのお金をかけて暮らさないといけないという現状があるとのこと。2万は大きいので、生活に密着した地域事業でねん出できるようにしたい、という思いも伝わってきました。

ただし、市の理解がなかなか得られない、という大きな課題があるそうです。そこで、先生が、以下のようにおっしゃっていました。

『自治会が使える予算が無いことのインパクトが大きい。新潟県柏崎市北条のように、地域が自分たちのNPOをつくり、予算をとりにいけるようにしてみてはどうか?自分も協力するし、地域協働推進機構などの中間支援組織の支援を得ながらやってみてはどうか。』

仮設住宅の高齢者が元気になることは、医療費の削減や地域の負担を減らすことでもあるので、市が反対するというのは、なかなか理解しがたいのですが、複雑な理由があるようです。一方、埼玉県鶴ヶ島市などは、このような提案を自治会がすると、市側は喜んでくれるそうです。地域によって、大分対応が違うのだということと、現場から出てくる素晴らしいアイデアが活かされていないことが、大変もったいないと思いました。

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■仮設住宅から災害公営住宅への移転の課題

・120件の募集に対して、200件の申し込み

・災害公営住宅は3年〜5年で出なくてはいけない。また、家賃も徐々に上がっていく。

・その後は(なんと)取り壊すことになっているのに、1室あたり、約3000万の費用をかけている。準マンションのようなもので、ライオンズマンションクラスより良いつくりになっている。(デザインもおしゃれ)

・優先的に入居できるのが、高齢者・障害者であるため、60代前半の方などが入居を辞退するケースも少なくない。自分たちが、70〜90代の高齢者や障害者を助けながら暮らすということが、精神的負担になる。
→「住宅にも多様性が必要」

災害公営住宅に関しては、私には、無駄な経費をつかっているように思えました。家賃も高く、且つ徐々に上がっていくこともあり、年金暮らしの高齢者には厳しい生活になると思います。なぜ、こんな短期的で無駄と思えるようなことをするのでしょうか。

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【長坂ゼミ 被災地フィールドワークレポートB:防災とは「地域づくり」だけでなく、「自分の家族と真剣に向き合う」ことでもある〜陸前高田被災地語り部 くぎこさんのお話を聞いて〜】 [2014年08月12日(Tue)]
■「陸前高田被災地語り部」くぎこ屋さん

「陸前高田被災地語り部」くぎこ屋さん(http://kataribe-kugikoya.com/)を訪問。語り部の釘子明さんは、今も仮設住宅で暮らしながら、陸前高田で、被災地の防災語り部をされています。震災前は30年間ホテル業一筋だったそうです。震災以降、遠野まごころネットでの「被災地の防災語り部」事業、また昨年3月からは、一般社団法人 陸前高田被災地語り部「くぎこ屋」を立ち上げ、6500名を超える方々に、講演及び語り部を行っているそうです。

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■「自分は災害に遭わないと」心のどこかで思っている

「皆さんは、ご自分の避難するべき避難所に、行った事が有りますか?」
「その避難所が、安全かどうか、真剣に考えた事が有りますか?」
「その避難所に、どういった備蓄があり、設備があるか知っていますか?」


釘子さんから私たちへ投げかけられた真剣な問いでした。そして、先生以外は、誰も、ひとつも「はい」と言えませんでした。大学院で防災・危機管理を勉強している私たちですらです。釘子さんのお話ですと、ボランティアでも避難所に行ったことがある人は10パーセント、一般人で5パーセントを切るそうです。これだけ、南海トラフ地震がくるとか、首都圏直下型地震が来るとか、さんざん言われているのに、なぜ、私たちは基本的な対策もできていないのか。それは、「自分は災害に遭わないと思っているからだ」と釘子さんに言われ、ぐさっと来たというか、自分が恥ずかしくなりました。私は本気で防災、家族の安全を考えられていなかったんだなと。

災害時、自分たちの命を守るために、避難する場所が「避難所」

それなのに、避難所が安全かどうかなど、ほとんどの方が考えた事がなく、行政任せで、避難所なんだから安全だと思い込んでいる。実際は、避難所によって備蓄や設備がかなり異なっており、生存率も大分変わってくるそうです。備蓄倉庫が無い避難所、外からの情報通信手段がない避難所。
支援が届くまでの時間、1週間を乗り切れるかどうかが、生存率に大きく関わってくるということを、改めて考えました。

『今の「自分は災害に遭わないだろう」という考えから、「自分の家族や大切な人を守るための行動に移す」ことが、一番の震災で命を落とされた方への供養ではないか』

阪神大震災の教訓も、なかなか生かされていないということがあるようです。私たちは、東日本大震災の教訓から、子どもたちや日本の将来を考えて、被災地から学んだまちづくりをしていかなくてはいけないのだと思いました。

また、災害は、地震・津波だけではなく、台風、ゲリラ豪雨、竜巻など、日本にも様々な災害リスクが増えてきています。他人事ではないことはわかっているのに、行動に出せていないことについて、考えさせられました。。

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■最後まで避難誘導をして命を落とされた消防団の方々

陸前高田の消防士の方1名と、消防団51名の方々が、お亡くなりになったそうです。亡くなられたほとんどの団員の方々が、避難誘導などをされていたこともあり、その教訓から、津波到達予想時刻の10分前には避難を完了するルール作りや、連絡の周知のために消防団員全員への、無線機配備などを導入されたそうです。こういった取り組みが、陸前高田だけではなく、他の地域にも広がって欲しいと思いました。

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■美談だけではなく、辛い事実も隠さず伝えていく

一方、震災時、避難所や被災地での美談をよく耳にしましたが、実際は、「最初にくるのは泥棒だ」という一面もあったそうです。やはり、普通の人が精神的におかしくなってしまい、泥棒がでてきたり、女性や子供が危険な目に遭うということもあったようでした。阪神大震災のときもそういうことがあったようだったのですが、みんなショックだったこともあり、こういう辛い事実を日本は隠す傾向があるようです。でも、本当のことを話して、中学生などに伝えていかないといけないというお話がありました。


■「防災」「地域づくり」とは自分の家族と真剣に向き合うことでもある。

最後に、「防災」とは「地域づくり」だけでなく、「自分の家族と真剣に向き合う」ことでもあるのだと思いました。震災時、自分の家族・身内を探すために、避難所を一カ所一カ所、まわらないといけなく、家族を探すことがとても大変だったそうです。確かに、コミュニティFMもなかったら、歩いて探すしか方法はなく、すれ違いなども考えたら、想像しただけで気が遠くなります。避難所を全てまわり、それでもいなかったら、最後に行くのが、行きたくない遺体安置所だそうです。

「災害のときに、自分の家族と会えないことほど辛いことはない。だから、災害時の家族間の約束ごとをちゃんと決めておいて欲しい。」


という釘子さんの言葉が心に残っています。
普段の生活をしていると、家族とこういう話をする機会ってないというか、避けてしまうんですよね。忙しくて後まわしにしたり、照れくさいこともあり、逃げてしまいがちです。

でも、まずは自分たちの家族と真剣に向き合うことから防災は始まるのであり、それが地域づくりにつながる。また、それが震災で命を落とされた方への本当の供養に繋がるのではと思いました。
【長坂ゼミ 被災地フィールドワークA:ありすボックス@気仙沼仮設住宅】 [2014年08月07日(Thu)]
■ありすボックス@気仙沼仮設住宅

ありすボックスさん(http://311archives.jp/group.php?gid=10592)は、気仙沼の仮設住宅への移動販売やコミュニティーづくりをされていて、当日は、代表の小野寺さんのお話をお聞きすることができました。震災から始まったご活動のお話や、今後の社会的事業として展開するにあたっての課題などを、先生のアドバイスを受けながらお話されていて、活動に対しての思い、そして思いを継続的な事業にすることの難しさなど、大変勉強になりました。

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※五右衛門が原仮設住宅

■仮設住宅への移動販売を通じたコミュニティづくり

ありすボックスさんの具体的な活動内容をネットで調べてみると、以下のリンクがわかりやすかったです。

赤い羽根「災害ボランティア・NPO活動サポート募金」活動報告
https://www.akaihane.or.jp/er/detail_st.php?id=a061000000ypJi4AAE&imgid=01510000000Kg9eAAC&s=%E7%94%9F%E6%B4%BB%E6%94%AF%E6%8F%B4%E6%B4%BB%E5%8B%95

気仙沼の仮設住宅に、被災した商店や地元の農家などから仕入れた商品を移動販売。50戸以下の小規模仮設住宅を中心に訪問し、1件1件声を掛け、見守りも含めて活動されているようです。訪問する際には、移動販売と併用して簡易的な椅子、机を設置し「小さなお茶会」としてコミュニティースペースを提供することで、仮設住宅内のコミュニティーづくりもされているとのこと。

移動販売だけでなく、「地域の流通」「仮設住宅内でのコミュニティ作り」「高齢者の見守り「買い物代行」など、付加価値の高いご活動だと思いました。

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■復興支援事業のビジネスモデル構築のむつかしさ

また、お話の中で、復興のために働きたいという思いを持っている人は結構いるが、その思いをビジネスモデルとして成り立たせることが難しく、そこが壁になっているという現状があるというお話がありました。助成金や補助金、ボランティア、NPOによる支援なども、3年で一旦区切りとなるケースが多いそうです。

3年前から、東北復興のために若者を中心とした多くの方が被災地に入っていますが、震災から3年が経過し、東北復興支援の活動が「自分のキャリア(仕事)に繋げる」「本業としてやっていく」ことが難しいため、自分の将来に不安を感じ、継続することに悩んでいる方も少なくないそうです。その気持ちはよくわかります。復興支援の活動ももちろん大切ですが、自分の人生も大事ですから。

3年間継続してきた思いや取り組みを、何とか繋げていかないと、3年目という節目で復興のスピードが減速してしまう気がしました。今後、被災地での志・意欲ある方々の支援のあり方や工夫が、問われてくるのだろうと感じます。

今回ご一緒させていただいた、地域協働推進機構様は、被災地での社会事業家の育成や支援もされているようで、今回のフィールドワークでは何名かの社会事業家の方にお会いすることができました。ゆっくりお話する時間が余りなかったのが残念でしたが、きっとまたお会いできるような気がします。
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【長坂ゼミ 被災地フィールドワーク:FMねまらいん、東海新報社@岩手県大船渡市】 [2014年08月05日(Tue)]
2014年8月1日〜2日で、立教大学院 21世紀社会デザイン研究科 長坂ゼミにて、気仙沼、大船渡、陸前高田へフィールドワークへ行ってきました。一つのブログでは書ききれないので、訪問別に書いていこうと思います。

■FMねまらいん、東海新報社 (岩手県大船渡市)

「FMねまらいん」(http://fm-nemaline.com/)は、NPO法人 防災・市民メディア推進協議会(http://bousai-shimin.com/)が運営している、岩手県大船渡市のコミュニティFM局。東海新報社の2階にあり、中を見学させていただきました。

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■唯一情報を得ることが出来たのはラジオ

震災時、唯一情報を得ることが出来たのはラジオだったそうです。ですが、当時大船渡にはコミュニティFM局が無かったため、県内全域に関する大きな情報しか入らず、一番知りたかった避難所や家族の安否に関する情報は入手できなかったという問題があり、「FMねまらいん」の立ち上げにつながったそうです。

しかし、コミュニティFMは、広告収入に依存するため、商圏の小さな沿岸部ではビジネスとして成り立たせるのは難しいという問題があるようですが、震災時に苦労した経験を地域のために活かせるよう、「公設民営方式」で運営していく新たなビジネスモデルに挑戦されているそうです。(大船渡市が防災情報通信基盤整備の一環でコミュニティFMを整備し、それをNPO法人 防災・市民メディア推進協議会が運営する形式)

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■コミュニティFMの必要性

私は、コミュニティFMというものがあることすら知りませんでした。確かに、震災時に一番知りたいことは、自分の周りの地域(町内会や学区規模)の避難所の情報や家族の安否であり、それは通常のメディアでは情報収集・発信できるわけないのですよね。「地域密着」「市民参加」「防災および災害時の放送」という特性があるメディアだからこそ出来る、重要な情報発信ツールだと思いました。ただ、ビジネスモデルとして成り立ちにくい特性もあるため、この日も今後の事業戦略について、先生たちと議論されていました。

こちらでは、臨時災害FMを経験したメインパーソナリティ3名を中心に、市民がボランティアでオリジナル番組を担当し、放送しているとのこと。今後、どのようなご活躍をされるのか、私も追っていきたいです。

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ダイアログ イン ザ ダークへ行ってきました [2014年07月22日(Tue)]
立教大学院 石川先生が理事をされている、ダイアログ イン ザ ダーク(http://www.dialoginthedark.com/)へ、先生と学生、先生のお知り合いとで行ってきました。

視覚障害をもった方と同じ体験、完全に光を遮断した空間の中へ、グループを組んで入り、暗闇のエキスパートであるアテンド(視覚障害者)のサポートのもと、中を探検し、様々な日常の生活シーンを体験します。

一番、びっくりしたのは、90分後に、チームが一体化していたこと。暗闇の中、声をかけあうしかない状況。手を取り合いながら、歩いたり、暗闇の喫茶店でラムネを飲んで失敗したり(笑)、人の家にあがる大変さを知ったり、、。最初は、触れあうことを避けていたけど、いつの間にか、とてもリラックスした気持ちに。何も見えないのに。

不思議な感覚でした。また、企業のチームビルディングにとても良いと思います!大きなプロジェクトが始まる前に、みんなで行きたいです。

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NPO法人東京シューレを訪問して感じたこと〜自分をしっかり持っている不登校の子どもたち〜 [2014年07月12日(Sat)]
先日、NPO法人東京シューレを訪問し、いろいろお話を聞いてきました。
東京シューレは、不登校の子ども向けのフリースクールの運営を通じて、さまざまな事情で学校に行かない・行けない子どもたちが、安心して学び育つ場をつくり、守り続ける活動をされています。

■自分をしっかり持っている子どもたち


訪問して一番驚いたこと、それは、不登校の子どもたちが、とてもしっかりしていること。しっかりしているというのは、自分の考え・意見をちゃんと持っていて、伝えることが出来るということです。だから、学校の画一的な評価や枠にぶつかり、不登校になる。彼らに問題があるわけではなく、今の仕組みに問題があるというお話には頷けました。

よく、子どもが不登校になると、子育てが失敗したと言われたりしますが、実際は反対というケースが多いということを知りました。子育てが成功したから、「自分(アイデンティティ)」がしっかり育っているのです。こういう子どもを伸ばすことが、子ども本人だけでなく、社会、国にとっても大事なことだと思いました。

スタッフの方が保護者の方に、「子どもが不登校になったら、子育てがうまくいった、くらいに思った方がいいですよ。誰にでも、どうしても合わないこと(もの)ってあるんです。でも、みんな、先ずは我慢して頑張っているんですよ。頑張れば合うこともあるけど、それはその段階ではわからない。でも、子どもたちは、頑張ってこれ以上無理だと思ったり、無理する意味がないと思ったら、不登校になるということなんです。不登校の子の本音は、ちゃんと聞くと正しいことが多いですよ。」とおっしゃっていたのが印象的でした。

■子どもたちにとっての居場所とは

子どもに限りませんが、「居場所」って何でしょうか。理事長の奥地さんがおっ
しゃっていたのは、

「場所があってそこにいけば居場所になるのではない。''自分が自分であること''、それができるところが居場所となる。」

自分のだめなところも受け入れられる場所、自分は自分でいいんだ、と思える場所が大切。コミュニティも、「さあ、コミュニティつくりますから集まりましょう」といって出来るものではないということなんですね。

■自己肯定感は、どうやって育まれているのか

「自分が自分である」ためには、自己肯定感が大事です。東京シューレでの取り組みは、自己肯定感を高めるための要素がたくさん盛り込まれていました。

・子どもがスタッフに意見を言える(反論できる)雰囲気がある
・東京シューレの外でも、自分の意見を言える場がある(議員との会合への参加や大手国際協力機関のイベントへの参加など)
・自分(子ども)の意見が反映される実感をもてる(新しい授業の企画やサークルの発足)
・スタッフが子どもの心を受け止めることができている
・違いを尊重できる雰囲気づくり

■スタッフ側に専門性は必要か

では、このような学校を運営するのに、実際に、子どもたちに対してコミュニケーションをとるスタッフさんは、専門性が必要なのでしょうか。お話をお聞きしたところ、みなさん、特に専門性が高いわけではないようです。一番必要なのは、『子どもの目線を持てる』こと、『自分の価値観を押し付けないこと』だとのこと。

また、理事長の奥地さんのご自身のお子様が、不登校から始まった拒食症を回復したきっかけが、まさに子どもの目線をもてるお医者さんとの出会いだったようです。

たった2時間の会話だったようですが、そのお医者さんは、普通に子どもと会話をしているだけ。でも、そのあとに、お子様が「久々にいい気分だよ、おにぎり食べたいな」と言って、おにぎりを二皿たいらげ、夜は普通食に戻ったそうです。
そして、奥地さんに「お母さん、僕は僕で良かったんだね」と言ったそうで、それから、奥地さんも、子どもの気持ちを受け止めることができるようになり、心から「(学校に)行きたくなかったら、行かなくっていいんだよ」と言えるようになったとおっしゃっていました。

それまでは、無意識のうちに「どうして学校に行ってくれないの」という無言の圧力をかけてしまっていたと。でも、当時教員だった奥地さんでも、子どもの心を受け止めることができていなかったという話を聞いて、親になるって、本当に難しいことなんだなと思いました。だからこそ、家族以外の第三者が必要なんだと思います。

子どもの気持ちにたてる大人との出会いが、子どもに本来のパワーを取り戻させ、そして親も変わっていく。こういう出会いが、お医者さんだけではなく、地域の中に自然とできていったらいいなと思いました。


<参考記事>
★『レポート:社会事業家100人インタビュー』
(特)東京シューレ 理事長 奥地圭子さん 事務局長 中村国生さん
http://socialbusiness-net.com/contents/news3152

★DVD「不登校なう」
子供たちがつくったDVD。子どもから見た家族・学校生活、傷ついたシーンなどを、良い意味で明るく表現している内容でした。また、東京シューレの歴史も最後にまとめられています。
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