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原発事故後の福島を正面から向き合い様々な問題を共有しながら
今を見つめ未来を考える活動をしています
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はっぴーあいらんど
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はぴ☆フェス〜ライブトークのご案内〜[2014年09月21日(Sun)]
はっぴーあいらんど☆フェスティバル

かわいいライブトークかわいい


 様々な地域、様々な立ち位置の垣根を越えて、この震災・原発事故を通して失った物、得た物を共有し、子どもたちにより良い未来を残すために、私たちが今すべき事は何か、出来る事は何かをゲストスピーカーの方を交えて皆さんで考える場を設けます。
 放射線に対する正しい知識や放射線防護についての情報も共有しましょう。


10月4日(土)12時30分(予定)〜(研修室ABC)

ゲストスピーカー
岩田渉氏、植木宏氏、今田かおる氏、千葉由美氏



10月5日(日)10時(予定)〜(研修室ABC)
      14時(予定)〜ステージ発表

ゲストスピーカー
植木宏氏、田中徳雲氏、種市靖行氏、千葉由美氏、武藤類子氏



ひらめきゲストスピーカープロフィールひらめき


岩田 渉氏
 2011年3月11日の大震災、津波に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故を受け、フランスのNGO 「CRIIRAD」と連携を取り、4月より空間線量測定を福島県内で開始。5月には千葉、茨城、福島、宮城県を共同調査。6月からは食品汚染の測定を中心に行い、7月に市民放射能測定所(CRMS)の立ち上げに参加。同年、10月より「ドイツ放射線防護協会」など複数のパートナー団体とともに、市民科学者国際会議(CSRP)を開催。 2012年猪苗代、2013年東京で行われた会議では、実行委員長を務める。現在、CSRP代表理事。


植木 宏氏
 1970年 福島県郡山市生まれ 高校卒業後、陸上自衛隊入隊。 その後、家業である紳士服業を目指すためにアパレル学校にて洋裁を学び、アパレル業界で活躍 NPO法人ネットワーク『地球村』の海外支援に参加し、アフガニスタン支援活動の現地責任者として緊急支援、学校建設、地雷除去、井戸掘り、自立支援などをおこなう。
  東日本大震災では岩手県、宮城県、福島県にて食糧品、日用品等を配り続けた。
 現在、長野県松本市に移住し、NPO法人まつもと子ども留学基金を立上げ、理事長として活動中。


今田 かおる氏
 猪苗代町の在宅支援診療所、緩和ケア医。
 震災後入院病棟を閉鎖して、福島県民の健康を守るにはどうしたら良いか模索中。 町内への短期休日保養のひとつマミーズタミー利用のぽかぽかプロジェクトを支援。 また、小学生の動く英語教室で、御殿場での宿泊学習活動も支援。震災後のボランティアとしては、二本松の浪江町民が住む仮設住宅に毎年12/30餅つきイベントをして猪苗代町と交流。
  一生福島県に残る医師として、県民の健康を見守り続けたい。


田中 徳雲氏
 昭和49年、福島県いわき市小名浜に生まれる。
 高校在学中、吉川英治氏の著作『宮本武蔵』の中の禅僧 沢庵さんと出会う。僧侶という生き方のスケールの大きさに感動する。
 翌年、いわき市平上荒川、医王寺の村上徳栄老師のもとで出家得度。
 花園大学(京都府)卒業後、福井県永平寺で修行生活に入る。
 凡事(日々のなんでもない行い)こそが大切であることを学ぶ。
 平成13年より旧小高町(現南相馬市)同慶寺副住職を務め、
 食の大切さを感じ帰農。
 なるべく自然な生き方(半農半僧)、なるべくモノを持たない生き方を目標に奮闘中。
 平成20年より住職となる。現在4児の父。
 好きな言葉は「グローバルに考え、ローカルに行動し、大地は一歩一歩踏みしめて歩くこと」。「あきらめない」。
【震災時以降の詳細】
 平成23年3月11日、原発から17キロの同慶寺で被災。
  午後4時、ツイッターで福島原発の「全電源喪失」の情報を知る。
  午後6時、幼い子ども3人を含む家族で避難開始。
 11日南相馬〜福島、12日会津若松、13日長野県美麻村、14日福井県永平寺町へと避難。避難行動を共にする仲間は増え、一時は30人を越える。
 しかしながら、自身は3月末より単身福島に戻る。母子を福井に残し、福島と福井を往復しながら活動を開始。相馬地方を中心に全国に離散した檀信徒の要請に応えながら、他地域に伝える活動も行う。
 平成25年春より母子共に2年間避難した福井から、いわき市に移動。
 現在はいわき市の避難先からお寺まで、国道6号線(原発に最近で2キロ)を通いながら、大地といのちの目線(地球目線)で復興活動中。


種市 靖行氏
 郡山市の太田総合病院にて約10年整形外科医として勤務後、郡山市内で整形外科医院を開業していたがH24年2月で閉院し、現在は須賀川市の池田記念病院にて整形外科医として勤務中。
 原発事故以降被災地の医師として、放射能の汚染状況とその危険性について周辺住民に伝える活動や市民主体の健康相談会に参加してきた。
 2012年7月より健康被害を心配する住民の方々からの要望により、自主検査として甲状腺エコーや血液検査を行っている。現在、県民健康調査センターの研修も終了し、県民健康調査のエコー出張検査にも参加している。
 また、長野県松本市の菅谷昭市長や松本市への自主避難者らと協力しNPO「まつもと子ども留学」を立ち上げ、避難を希望する福島の親子のために活動している。


千葉 由美氏
 3児の母。福島県福島市出身いわき市在住。
 震災後、まだまだ高線量の中、始業式が例年通りに行われたことから、保護者自らが声を挙げなければ子どもを守ることはできないことを痛感。2011年5月、不安に思っている保護者との出会いのため、自宅に線量を測りに行く、「測ってみっぺ!いわき」という測定活動をスタート。
 個人の判断に委ねられてしまった放射能の捉え方は、分断を恐れる人々を孤独に陥れているという現実に直面。泣きながら子どもを守る母親たちのメンタルに与えるダメージは深刻であることから、子どもを守るためにはまずお母さんが笑顔に!をコンセプトに、「いわき母笑みネットワーク」を立ち上げる。情報格差の解消、孤独な母親との出会いのため、楽しくつながるカフェ活動も展開し母親のコミュニティを拡大中。まずはつながること、そして現実を知ることから始まる子どもを守るための動きを、草の根の活動として行っている。現実に向き合う母親を応援したいという、全国からのサポートもこの活動を支えている。
 子どもを追加被曝から守るための対策は取られないままに、教育現場がどんどん事故前の状態に戻っていってしまう現実をなんとかしたい。初期被曝をしている子どもたちの被曝対策を求めるため「いわきの初期被曝を追及するママの会」を立ち上げ、市長に申し入れを行うなど、具体的な要望を行う。
 母親は感情でものを言うものだという先入観を打破し、子どもの環境改善を目指すため、「いわき放射能市民測定室たらちね」協力のもと、「TEAMママベク子どもの環境守り隊」を立ち上げ、子どもの環境の測定活動をスタート。具体的な数値をもとに行政と協議を重ね、教育委員会の許可を得て、いわき市内75校の小学校の土壌汚染も含めた測定を実施。これにより、もっとも深刻なホットスポットのあった学校の緊急除染が市の予算で行われた。これは前例のないことであり、国が定める基準に従っていては地域の子どもを守ることができないと、行政独自の対策を求めながら測定活動を続けている。
 


武藤 類子氏
 福島県三春町に生まれる。版下職人、養護学校教員を経て、2003年より、喫茶店「燦(きらら)」を営んでいたが、2011年の福島第一原子力発電所の過酷事故によって休業を余儀なくされた(後、正式に廃業)。
 1980年代末より、反原発運動にかかわり、六ヶ所村に通ったほか、福島県内の二つの原発を巡る様々な問題にコミットしてきた。福島脱原発ネットワーク、ハイロアクション福島原発40年のメンバーであった。
 2012年以後、福島原発告訴団の団長を務め、またフクシマアクションプロジェクト共同代表でもある。
 2012年、平和共同ジャーナリスト奨励賞、2013年には、日隅一雄・情報流通促進基金奨励賞および女性人権活動奨励賞「やより賞」を受賞した。著書に「福島からあなたへ」(2012年、大月書店)


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