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2012年02月14日

応急仮設住宅栄養相談会

おばんです。
すっかりご無沙汰をしてしまいました。
12月から、南三陸町の仮設住宅で宮城県の補助事業として栄養相談会を実施しています。<画像:http://>
3回を1クールと考えています。

第1回目は、食の大切さと電気釜や電気ポットを使ったパッククッキングです。
第2回目は、かむことの大切さと電子レンジクッキングでした。
     仮設住宅の電子レンジをお借りしての教室です。貸していただいた事に感謝いたします。先日3回目を南三陸町の南方イオン跡地と津山町で行いました。

みなさんの笑顔が私達の喜びです。
posted by 千島優子 at 21:35| Comment(0) | 事業

2012年01月14日

ハッピィート通信第6号

ハッピィート通信第6号 が公開されました。

季刊誌です。




成果物詳細ページへ(ファイルダウンロード)
posted by 千島優子 at 00:28| Comment(0) | 成果物

2011年12月02日

明日は、発酵サミットに参加します

お久しぶりです。皆様方お変わりありませんか?
当会は、現在石巻市と南三陸町の栄養相談会に向けて準備中です。
たくさんの方々に参加していただきたいと思っています。
明日は大崎市岩出山で発酵サミットが行われます。
発酵食品を使った料理コンクールが行われ、当会から麻柄副理事長が特別賞ということです。
どんなサミットになるか楽しみです。
当会からは、5人参加します。
posted by 千島優子 at 17:53| Comment(0) | 交流会

ハッピィート通信第5号

ハッピィート通信第5号 が公開されました。

季刊紙です。



成果物詳細ページへ(ファイルダウンロード)
posted by 千島優子 at 17:52| Comment(0) | 成果物

2011年10月26日

旬を味わう会終了

すっかりご無沙汰しました。
今、ハッピィート大崎は東日本大震災の支援の一つである宮城県健康支援事業の申請に向け準備中です。

25日は石巻市で打ち合わせをしてきました。
26日は南三陸町で打ち合わせです。
これまで、それぞれ何回か出かけています。
石巻では蛇田地区の仮設住宅で栄養相談会・戸別訪問の事業を申請しようと思っています。
具体的になっていくことで、緊張します。

ところで、16日は第3回旬を味わう会でした。
大崎市三本木の菅原農園で管理していただいたサツマイモを掘りました。
当日は夜半から早朝まで大雨でした。

午前6時前に菅原農園と打ち合わせを行い、当初サツマイモ畑集合としていましたが、
菅原農園の作業場を集合場所と変更し、芋煮の準備をしながら晴れるのを待つことにしました。

みごと晴れました太陽

気仙沼から参加いただいた武山さんとお母様、お友達・・

雄勝で被災されたSさんのお母様・・・少しずつお元気になって行くようでした。

みんなでサツマイモを掘り、ハックルベリーをたくさん摘みました。

武山さんの持ってきていただいたサンマの佃煮・・美味しかった
菅原農園で準備いただいた焼き芋美味しかった

たくさんの幸せをいただいた日でした。


posted by 千島優子 at 00:15| Comment(0) | 事業

2011年09月12日

ハッピィート通信

ハッピィート通信 が公開されました。

第4号です。主題は大震災から5ヶ月新たな旅立ちとしました。



成果物詳細ページへ(ファイルダウンロード)
posted by 千島優子 at 21:49| Comment(0) | 成果物

2011年07月11日

エコクッキング

またまたお久しぶりです。
皆様方いかがお過ごしでしょうか。

先週から、被災地南三陸町にお手伝いに行っています。
本日も行ってきました。

気仙沼線の戸倉駅から志津川駅にかけてそして歌津駅から見える海が大好きでした。
今日の海も深い濃いめのコバルトブルーで美しかったです。

約30年前気仙沼保健所で隣課の課長さんご夫妻が行方不明であることをお聞きしました。
志津川が大好きで大好きな方でした。
ご冥福をお祈りいたします。

ところで東日本大震災後エコクッキングを継続中ですが、
今日は、味付けもつと酒を沸騰から約3分煮て保温鍋に入れ出かけました。

保温鍋:シャトルシェフは、火にかける中鍋と外側の保温鍋からできており、
涼しい朝方に煮込んでおきました。

帰宅後、玉葱大2個をたて半分に切り、さらに1/8に切り、もつが煮てある鍋に入れて3分煮て保温鍋に戻す。

茹でたさやインゲンと一緒に盛りつけ家族の帰宅を待ち一緒に食べました。


今日は東北地方も梅雨明けです。

暑いときにお鍋も台所にあると発熱体でまたまた部屋温度が上がってしまいます。

保温鍋は、発熱体にならないので暑い夏もおすすめです。

地震でエアコンが2台も壊れてしまった我が家にとっては暑さ対策として
便利な鍋です。 

これから完熟梅で夜間電力を使い梅ジュースを作ります。
posted by 千島優子 at 23:01| Comment(0) | 保温鍋の中

2011年06月04日

明日は旬を味わう会〜タケノコ掘りです〜

すっかりご無沙汰していました。
皆様方お変わりありませんか?

明日は、三本木菅原農園さんとお隣の結城さんのご好意によって第2回目の旬を味わうかいです。久しぶりの自主事業になります。

大震災から約3ヶ月長いようであっという間だったような気がします。

5月の前半は、加美町の2次避難所に管理栄養士としてのお仕事をさせていただきました。

避難所に来て3日間位は消化器症状等が出る人が多かったです。
お粥等で消化の良い物を提供し、加美町の新鮮な野菜とお米を中心とした物を食べるに従い体調を回復させていく様子は感慨深い物がありました。

数日経つと回復され、頭の先から足の先まで血液がきれいになっていくようだとお話ししてくれます。
ある人は、大震災前は、血液がどろどろで薬をたくさん飲んでいたが改善しなかった。
震災で食べる物が無い状態を体験し、加美町でしっかり野菜を食べて受診検査したら、
何の異常もなかった。いかに食べ過ぎていたかを気づかれた方もいました。
ハッピィート大崎では加美町で長のり巻き作りをしました。
12mのりまきをみんなで作ることにより、一体感と充実感を味わうことができました。
その時の様子です。


また、中旬には気仙沼市に再度日本栄養士会からの災害派遣ボランティアとして行ってきました。まだまだ、エネルギー・たんぱく質・ビタミン・ミネラルが不足しています。
100人以上の避難所では、自衛隊の炊き出し部隊の協力により温かい給食が提供されるようになっていました。今後、自主組織が調理できるようにプレハブ調理室が作られる予定となっていなした。しかし、6000人もの避難民がまだ居ることに驚かされいます。

5月末から、一般高齢者栄養教室が始まりました。
大崎市の入札に参加しましたが、価格が安すぎて入札の失敗となりました。来年に向けて準備調整が必要です。

震災から約3ヶ月、
明日はみんなで楽しみたいと思っています。

posted by 千島優子 at 22:10| Comment(0) | 特定非営利活動

2011年04月14日

震災の気仙沼での活動

すっかりご無沙汰してしまいました。皆様方いかがお過ごしでしょうか。

地震と津波の大震災から1ヶ月が過ぎました。

日本栄養士会の一員として3月末から4日間被災地の栄養対策検討と対策のために気仙沼に行ってきました。
唐桑の欠浜漁港です。通常、船が10隻以上、海岸には作業小屋が有ったそうです。何もなくきれいな海と空がありました。

若い頃生活していただけに、変わり果てた気仙沼を見ました。
唐桑地区には看護師・保健師さん達と訪問しました。
大島には、避難所と乳児と幼児の栄養介入・支援を行いました。

高齢者や糖尿病をお持ちの患者さん、幼児共に日常の変化から
栄養状態が悪くなっていました。
食べない子に、食べないからとお菓子や飲物を与えることにより
ますます食べられなくなります。
避難所という環境も動きが少なくますます食欲を落としてしまいます。
傾聴しながらどうしたら?お母様に考えていただくことによりわかっていただいたと思っています。あれから2週間が過ぎました。
ちょっと食欲出てきたかしら。
高齢の方々は、やはり食べられずに、床ずれ・・褥瘡が発生していました。

避難所では、高校生のボランティアの方々とお会いしました。

調理担当の婦人会の方が、朝・昼・晩食事の時間になると
中学生・高校生がどこからともなくお手伝いに来てくれると言っていました。

二人も気仙沼向陽高校の1年生になるそうです。

今もお手伝いはしているかしら・・・?

震災で大変な体験をして、あなた達はおおきくなるのですね。

大島の避難所は、学校給食施設を使っての炊き出しでした。
支援物資だけでなく、地元の食べ物を使っての食事でした。
支援物資だけでなく、作れる施設、つくる人、そして配る人、盛りつける人・・・
何より、必要なものを要求・仕切る人がいることが大切であると思いました。

そして、20数年会えなかったお友達にお会いできたことも収穫でした。

大島が外海からの津波と内海からくる津波で3つの島になったそうです。
また、地震・津波に加え3日3晩亀山が燃えたそうです。

お亡くなりになったたくさんの方々のご冥福をお祈りしつつ、
大変な災害にも負けないで頑張っている方々にエールを送ります。

現在、加美町の避難所で南三陸町・女川町・南相馬市の方々の食事支援を行っております。




posted by 千島優子 at 23:29| Comment(0) | 特定非営利活動

2011年03月23日

福島原発事故と食品放射能汚染について

お変わりありませんか。久しぶりにパソコンを開くことができました。

東北地方は、これまで体験したことのない地震と津波、そして東京電力原発の放射線汚染と大変な状況です。

三陸沿岸は、私が20才代から30才代にかけて勤務したところでもあります。
気仙沼・南三陸町、石巻、女川、東松島市、塩竃市・・たくさんの方々との思い出がたっぷりある所です。

この津波でたくさんの方々がお亡くなりになりました。ご冥福をお祈り申し上げます。

ハッピィート大崎の支援者から標記について投稿がありました。

○食品に対する基準値の考え方
 食品に含まれる毒物(たとえば水銀)に、これ以上含まれると望ましくないという値があるのと同じで,放射能にもその値があります。したがって,食べて急に吐き気などの症状が出るものではなく、将来に備えて食べ続けないことという意味をもちます。この場合放射能の量はベクレルで測ります。1秒間に1個の放射線を出すとき1ベクレルといいます。測定は専用の機器で行政が行うので、その測定結果の指示に従うことになります。

○指定された地域以外の作物でも洗って食べること 今問題になっている汚染は空気中に散った放射能(主としてヨウ素)が雨や雪で降下して作物に付着したものなので、作物は洗って汚染を除去することです。散った放射能の大気中への広がりは風しだいとなりますから、風下になる場所では指定された地域以外の作物でもよく洗って食べることです。

○子どもたちの食品に特に注意する 
今回牛乳が汚染されたのは,牛が汚染された草を食べてそれが乳の中に出たものです。ヨウ素は昆布などに含まれ,環境にあまり存在しない有用な元素なので,食べてすぐ吸収され子どもに必要な乳を作るために使われたのです。薬のように放射能の基準値に大人子どもの区別がありませんので,子どもたちの食品にできるだけ汚染の少ないものをという配慮が必要です。

○ヨウ素131とセシウム137 
放射性ヨウ素131の放射能は8日で半分になります。爆発のあった時にたくさん放出されたと考えられますが,原発が安定し原発から出る放射能が収まっていくなら、日が経つととともに減っていきます。が、同時に放出されたセシウム137の放射能は30年で半分にしかなりません。土壌に浸み込んだセシウム137は,そこで育つ作物に取り込まれることになります。今後、行政機関の発表する数値に注意していかねばなりませんが,測定が適切に正確に行われることが求められます。

○大気中の放射線について 
放射線を出すものを放射性物質(放射能がある)と言います。放射線には、1年間に浴びてもやむを得ない基準値がきめられています。この場合はシーベルトで測ります。放射線にはいくつかの種類があってその性質が異なるので,放射線をあびた時に人体がうける効果で測ります。1年間にあびてもやむを得ない放射線の基準値は1ミリシーベルト程度です。
1000マイクロシーベルトが1ミリシーベルトです。発表される大気中の放射線の値は1時間そこにいたときにあびる量で発表されます。

○できるだけ体内に取り込まない 
放射能を体内に取りこんだ場合には、細胞が中から直接放射線に曝されます。これを体内被曝といいます。体内に取り込まれた放射能,たとえばヨウ素はその性質にしたがって甲状腺に蓄積されますので,甲状腺が集中的に放射線をあびることになり甲状腺がんになる確率が高くなります。放射能は体内に入れないことが肝要です。30キロ以外の地域の人でも風下にあった地域はマスクをするとよいでしょう。

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そして思うこと・・・
地震の時も思いましたが、正しい情報がほしい。
今回もそれを痛切に感じています。

大崎地方の放射線汚染はどうなんだろうかと。
良いことも悪いことも暗闇の中では何が何だかわかりません。

行政のみなさん。私たちに正しい情報を下さい。お願いいたします。
posted by 千島優子 at 21:45| Comment(0) | 食品・環境