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「南風ん風」日記

ひと・学び支援センター熊本が運営を行う、「南風ん風」(はえんかぜ)は、国の地域再生計画に認定された廃校を活用した多機能型複合施設です。
このブログでは、ひと・学び支援センターの事業実施までの取組みと、その後の、多機能型複合施設「南風ん風」の運営をご紹介していきます。


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烏帽子坑跡 [2011年04月12日(Tue)]
今日は天気も良く澄み渡った海を見る事ができました。近くの方に聞くと温暖化の影響でワカメやコンブ等も少なくなったので魚が減ったと言われていました。海は透き通ったマリンブルー。潮風にあたりながらのんびりするのも良いのかもしれません。

下の写真は烏帽子坑を撮影したものです。
烏帽子坑は明治30年、天草練炭株式会社が創業を始め、数年間採炭されたそうです。下須島西岸の海を隔てた「烏帽子瀬」に構築され、今も当時の姿をそのまま残している珍しい海底炭鉱跡です。牛深を中心とした天草南部炭田は、俗に「キラ炭」と呼ばれる無煙炭でカロリーが高く、配分は少なく揮発性が多かったので、当時の海軍省などの天草炭への期待は大きいものがあり、海底掘進という危険性を押して露頭する炭層の採炭に着手し出炭したそうですが、湧水等により数年間ほどで創業を中止したそうです。それ以降約110年の間、何十回もの台風が来襲し大波を受けたにも関わらず、赤土と松ヤニを混ぜて接着したとされるアーチ型の赤レンガの坑口もしっかりしており、今もその姿を見る事ができます。是非、牛深にお越しの際は見ていただきたいスポットの一つです。
また、ここでみる夕日は「日本夕日百選」にも選ばれており、秋から冬にかけての眺めは最高です。


牛深海中マラソン大会 [2009年11月30日(Mon)]
12月6日(日)「漁業の町・牛深を走りましょう!」をテーマに牛深海中マラソン大会が開催されます。当日はあかね市もあるので、盛り上がると思います。各地のマラソンランナーが参加し、町もにぎあうのではと思います。

会場は、牛深グラウンド・牛深中グラウンドです。スタートは、「5q男子は午前10時40分〜」、「5q女子は午前10時45分〜」、「10qは午前10時50分〜」です。


牛深ハイヤ祭り [2009年04月17日(Fri)]
ハイヤ大橋には大漁旗がたくさん、なびいています。
いよいよ、本日から牛深ハイヤ祭りが始まりました。19:00〜「輝けハイヤの競演」ところ:牛深総合センター文化ホールで行われています。明日、19:00〜はハイヤ通り、岡一二商店街通りでハイヤ総踊りが行われます。日曜日は13:00〜船津通り、岡一二商店街でハイヤ総踊りが行われます。町はハイヤ祭り一色です。その他にもいろんなイベントがもりだくさん!
漁船団海上パレードは壮大な海上パレードが見られますし、水産フェアでは300円で、刺身・あら煮・おあさ汁・おにぎりが振る舞われますので、楽しみです。

日曜日は利用者の方々とハイヤ総踊りを見学に行きたいと思います。
井出ん口 [2009年01月09日(Fri)]
南風ん風から砂月海水浴場に向かう途中に井出ん口という地区があります。正式な名称は、出の串というそうですが地元の人はみな井出ん口(いでんくち)と呼んでます。実は、この井出ん口には先の戦争の時日本海軍の特攻基地がありました。特攻といえば航空機による神風特攻隊が有名ですがモーターボートによる特攻も実施されており牛深地区にもここ井出ん口地区と茂串地区に基地がありました。この特攻艇が震洋(しんよう)と呼ばれておりトヨタ製の中古のトラックのエンジンを積んだベニヤ製の高速ボートだったそうです。当施設に入所されている地元出身のHさんもこの事を覚えておられました。終戦近くこの秘密基地にもアメリカ軍の空襲があり責任者だった宮大佐という方が亡くなったそうです。私達は、悲惨な戦争の事をほとんど知りませんがこんな田舎にも戦争の影があったのです。井出ん口地区は、今静かな漁港になっておりここに日本海軍の秘密基地があった事さえほとんどの人は、知らないと思います。地域の歴史を地元の子供達に語り継ぐのも地元に残り暮らしている私達の使命と考えます。
水戸黄門 [2008年12月25日(Thu)]
先日の水戸黄門は、天草に黄門様一行がお出でになりました。当所のKケアマネ出身の福連木というところの官山が舞台で例のごとく悪代官が年貢をごまかしてというお話でした。途中で変なハイヤ踊りとかもでてきました。
台詞の中に牛深、本渡と言う地名も入ってました。先日ティービーエスのかたがロケに来ていたので番組の最後に小森地区の夕日が出るぞ、出るぞと期待してたのですがとうとう映りませんでした.しかし小森地区の夕日は、本当に感動するぐらいきれいです・小森海岸のすぐ手前にはテレビの「珍百景」にもでた大正時代の炭鉱の跡烏帽子鉱もあります。南風ん風を見学にこられる方是非こちらにもいかれてみたらどうでしょうか。
紙芝居 [2008年12月04日(Thu)]
先日我が南風ん風のより右側にある堤防付近に「おくん瀬」とよばれる瀬の話を書きました。
その「おくん瀬」の欲深いおくん婆さんの伝説を紙芝居でやってみたいとつねずね思っていたんですが、小生悲しいくらい全っく絵心がない。
知り合いにあちこち声をかけていたら友人のYさんが、久玉のM田さんという油絵が好きでしょっちゅう絵を描いている人がいるとの事で、さっそくお願いに行ってみたら、心良く引き受けてくださいました。
先日出来上ったと連絡をいただき、御自宅に行ってみた。
水彩画は、ほとんど描かないとおっしゃりながら素晴らしい出来ばえに感動,感動。
紙芝居師としてのデビューはまだ未定ですが、近所の天附小学校から3学期に、「またむかしあそびの第2弾をやって下さい。」と依頼があっていたので、その時にやろうと考えてます。ちなみにこの話は、テレビの「まんがにほんむかしばなし」でもあったので、むかしばなしと思っていたら、おくん婆さんの話は言い伝えだそうです。
むかしばなしはだいたいハッピーエンドで終わるのが多いが、「おくん婆さん」の話は、最後は悲惨でまた元下須の白瀬地区のおくんと具体的に名前迄でてくるのでこれは言い伝えだと地元の民謡語りの方が教えてくれました。
鬢掃除の由来? [2008年11月26日(Wed)]
南風ん風から2キロ程南に行った所に鬢掃除(びんそうじ)という地名があります。鬢ってわかります?辞書によると耳際の髪の毛の事と書いてありました。そもそもむかし、むかし(室町時代と聞きました)この地区の下の倉,上の倉地区は牧場(まきば)であり戦(いくさ)で使う馬を放牧していたそうです。そこに馬を連れて行くときこの鬢掃除地区にある湧き水の水場で馬の鬢を洗ってあげてたそうです。いまでもこの湧き水は、どんな日照りの時でも枯れる事がなく湧き続けています。
おくん瀬 [2008年11月20日(Thu)]
我が南風ん風すぐそばの沖合いにおくん瀬とよばれている瀬があります。むかしは、烏賊網
の好漁場だったそうです。近年は、防波堤ができおくん瀬の一部は消滅していますが。
このおくん瀬に「おくん」という欲深い老婆の民話が伝わっています。ずいぶん前にはテレビの
「まんが日本むかし話」でもこのおくん瀬の老婆の話が放映がされました。しかしいま天附小学校に通う児童に聞いてもほとんどの児童がこの民話を知りません。むかしは、この牛深地区にもさまざまの瀬にもそれぞれ地名があったそうですが埋め立てなどの地域の開発の名のもとに消滅してしまいました。機会があればこのおくん瀬の老婆の話を紙芝居にしてこの地区の子供達に受け継いで欲しいと思っています。
上の倉、下の倉の由来? [2008年11月13日(Thu)]
南風ん風がある元下須からずっ〜と南に行った所に上の倉、その先に下の倉という地区があります。

むかし貿易船がこの下須島の脇を通過するさい通行料として荷のなかからいくらかの品物を徴収しそれをこの地にある倉に保管してあったそうです。

そしてその品物があるていど集まると向かいにある長島の蔵の元(現在もフェリーの発着港になっています)に運んでいたそうです。

考えてみると長島もいまでこそ鹿児島県ですが16世紀の末ごろに島津氏に占領されるまでは天草だったそうです。
牛深って? [2008年10月28日(Tue)]
先日K新聞社のH支局長よりわたしあてに電話がありました。

「Yさん(私の事です)来年の干支は、丑(うし)ですよね。うしぶかも牛深っていう位だから牛にまつわるエピソードがいろいろあるとおもいますがご存知でしたらいくつか教えてください。」と。

わたくしは「牛深の牛の字は、当て字ですよ。もともと牛深というのは潮(うしお)が深いから変化したもので動物の牛にはまったく関係ありませんよ」って。

そういえばむかし嘉門達夫が熊本にコンサートに来たとき熊本でもっとも田舎だなあーという地名で牛深をあげてました。

牛深って字だけみてのイメージでもやっぱいなかーですもんネ。
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