藤井です!
この度島根大学では、10月7・8日に学祭が催されました。
行政学ゼミは、「研究室公開」として、毎年出店をしております。

研究室公開、というと博物館のように研究成果を展示しているところが普通だと思います。
行政学ゼミでも、研究を模造紙にまとめ、展示しています。
しかし他とは一味違い、私たちは研究発表に加えて商品販売も並行して行っています。

この、商品販売ですが、テキトーに商品を選んで販売、というものではございません。
あくまで研究室公開ですから、研究に関するものでなければなりません。
研究発表と、商品販売を並行させて行うわけですから、当然準備も多くなります。
模造紙の下書きは何度も書き直し、商品選びはなかなか理想に近い物が見つからず難航し・・・
と言った具合です。
「こんなことで本番に間に合うのか!?」という苛立ちにも似た不安を感じながら、なんとか本番を無事に(?)終えたのでした。
概要はゼミFBをご覧ください。(https://www.facebook.com/shimadaigyouseigakuzemi/)
めでたしめでたし・・・
では終わらないのが行政学ゼミの研究室公開でございます。
以下で、若輩者が考えたことをつらつらと書いていこうと思います。
お付き合いいただければ幸いです。
上に書いた通り、少なくとも私にとって、学祭準備はとても大変なものでした。
準備が深夜に及ぶこともあり、体力的にも当然しんどかったのですが、それはまだ良いのです。
問題は、精神的にしんどい方です。
原案(発表の下書きや商品案)を、真剣に考え、準備し、「これならいけるだろう!」とドヤ顔でゼミ全体に提出するのですが、これが面白いように(気分的には全く面白くない)通らないのです。
その理由に関して全く反論の余地はなく、ただただ「その通りです・・・」となるばかり。
自分はなんて無能なんだ、、、と自己嫌悪。
自己嫌悪に陥る理由は案の提出にとどまりません。
スケジュール管理能力、文章力、感情のコントロール、論理的思考力などなど。
準備を進めていくうちにボロボロと根拠のない自信が剝がれ落ち、無能という肉がさらけ出され、自尊心がだらだらと流れ出ていく感じです。(ちょっと詩的っぽい?笑)
盛大に落ち込み、やる気も底をつきました。
周りの方々に引きずられるようにしてなんとか学祭完了へとこぎつけたわけですが、今になって考えてみると、非常に申し訳ない気持ちと同時に、不謹慎かもですが良い経験をしたなと思うのです。
落ち込み期間中に、私は活路を求めて、アドラー心理学の某ベストセラー本を購入しました。
それを読むことで、自分は問題から逃げるために、「落ち込んでいる」と理由付けて立ち止まっているのだ、と考えるようになりました。
失敗したから落ち込んでいるのではなく、
問題から目を背けることを目的として、その言い訳として落ち込んでいる、と言う考え方です。
もっと良くするにはどうすれば良いか、と成長するために考えることや、指摘を素直に受けることは時として痛みを伴います。
反省を伴う行為ですから、傷口をえぐるような苦しみがあります。
苦しんで得た「策」を実行に移してみて、直せるところを見つけ、再び実行。
というサイクルを回していく行為が成長へとつながるのだなと今では思えます。
この度の学祭では嫌という程失敗し、人に迷惑をかけまくったわけですが、この失敗を失敗で終わらせず、もっと良くするにはどうすれば良いか考え、次に活かしてこそ成長できるのだと思います。
今回の経験で学んだことが、「自分の無能さ」ではあまりにお粗末で無意味ですよね。
このブログ更新も成長の一環とさせていただいています。
学祭準備で学んだことは上に書ききれるものではありません。
たかが学祭準備、されど学祭準備です。
私はこんなに大変だとは思わなかったし、これだけ学びのあるものだとも思っていませんでした。
また、今まで知ることができなかった学友の嫌な一面・すごい一面・優しい一面・成長の瞬間や、怖くて話しかけられなかった先輩の意外な一面など、かけがえのないものをたくさん知ることができました。
なぜ知れたかと言うと、学祭の準備が私一人の手に負えるものではなかったからです。
学祭は私にとって素晴らしい経験となりました。
まだまだ書きてぇ・・!と思う気持ちをぐっと堪えここら辺で終えておきます。
お付き合いいただきありがとうございました!
