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2021年03月13日

絵本の読み聞かせボランティア

以前、小学校の子どもたちに絵本を読み聞かせるボランティア活動に参加しました。数人でグループを組み、絵本の読み聞かせをしたい旨、小学校に申し出て活動をさせてもらいました。

子どもたちの年齢に合わせて絵本を選び、昼休みや朝学習の時間など、学級の都合の良い時間に出かけます。一人で読むこともありますし、絵本の内容によっては二人でかけあいのようにして読むことも。

声色を変えてみたり、ちょっとした演出も時には加えます。子どもたちは目をきらきらさせて、語りを聞いてくれます。なかには興味なさそうな感じの子もいましたが、「ちゃんと聞きなさい」などとは言いません。あくまでたんたんと、こちらのペースで進めます。

子どもによって興味のある分野も違いますから、前の時は全然のってこなかった子が、違う絵本ではかぶりつきになったこともありました。

帰るときには「面白かった」「また来てね」と子どもたちが声をかけてくれます。それがうれしくて、また「次はどんな本を読もうか」と楽しみになります。

後ろまでちゃんと声が届くよう、大きな声を出せるようにトレーニングをしたりもします。仲間と打ち合わせをしたりして、より良いパフォーマンスができるようにと工夫もします。

回を重ねるうち、子どもたちのためにと思いつつ、自分自身が、この活動によって張り合いをもらっていることに気づかされました。貴重な体験だったと思います。

2020年02月18日

小さな子猫の飼い主探し

数年前、家の前でみゃーみゃーという子猫の大きな鳴き声がしていました。初冬のことです。車もそれなりに通る道、そして冷たい風の吹く日でした。見ると、やせ細って片目が開かない子猫でした。

迷いました。迷いましたが気づいたらその猫を抱きかかえてしました。その時我が家には、買い始めて2か月の柴犬の子犬と、1年生になったばかりの男の子がいました。

手がかかる一人と一匹。息子には猫のアレルギーがあり、うちで飼うことはできません。どうするのか。私は無責任なことをしてしまったのか。だけどあのままじゃ死んでしまう。

その時、ネットで、県内の犬や猫を保護するボランティア団体を見つけたんです。さっそく電話してみました。

すぐに預かることはできない。とくに目が開かないのなら病気の可能性もあるから早急に動物病院へ連れて行ってほしい。とにかくしばらくは自宅で面倒を見るしかない、など教えて頂きました。

職場で猫好きな方がいるので、その方ににも相談し病院へ。風邪をひいていて目ヤニで目が開かないということでお薬を出してもらい、痩せすぎているので栄養をとアドバイスをもらいました。

子猫は日に日に元気になり、目もきれいに開くようになりました。真っ白で目が青いきれいな猫でした。ボランティア団体の方がかわいらしく写真を撮ってくださり、その団体の里親募集ページに写真が掲載されました。

写真には息子がつけた仮の名前「にゃーみー」も一緒に掲載されました。なんとか年内に里親が見つかってほしい。そう思っていました。

そして、年末。他県の方がお試しで1週間引き取ってみたいと申し出があり、にゃーみーはそのお宅へ行くことに。

お試しの結果、前からいる猫との相性もよさそうだということで、無事、そのお宅に引き取られていきました。動物愛護ボランティアの皆さんによって、やせ細った子猫は新しい飼い主さんの下で幸せに暮らしています。

飼い主さんがブログをしているので、時々拝見しているのですが、丸々と太ったきれいな猫が、あの時の汚い痩せた猫だとは思えません。

にゃーみーを譲渡するとき、心ばかりですが寄付金をお渡ししました。こういう活動をしている方がいること。多くの動物たちを救っていること。

私自身、子どもが大きくなったら動物に関わるボランティアのお手伝いをしたいと思っています。あの時は本当に助けられたと、今でも感謝しています。

2016年03月18日

常総市の災害ボランティアに参加して

記憶に新しいと思いますが、昨年の9月に茨城県の常総市は大雨により河川が決壊し水害に見舞われました。

たまたま、私の住んでいるところからそう遠くない地域であったため、ボランティア活動を行いに現地に行ってきました。

私が行ったことといえば、敷地内に流入した土砂を掻き出すといった単純な作業でしたが、土砂の多さに水害の被害の大きさを目の当たりにしました。

メディアなどで報道された場所の近くだったのですが、それぞれの家屋の敷地自体が広くとてもその家の人だけでできるものではなかったのです。

まして、そこに暮らしている方々は若い人ばかりではなく高齢の方もいますし、家族に若い年代の方がいれば違うのかもしれませんが高齢の方々だけでの復興はとても大変なものだと思います。

ボランティア10名単位で一軒の家の土砂を1日かけて行うことでどうにか終わるといった具合です。

まして、私たちボランティアはその日だけ活動をすればいいだけですが、そこに住んでいる人はその生活が継続していくわけですから、なんとも申し訳ない気持ちになりました。

機会があればまたうかがおうとは思うのですが、仕事もあるためなかなか現地に行くには至らないのが現状です。

そして、書くのに前後してしまったのですが、現地に直接自家用車等で行くのではなくボランティアを支援する企業の駐車場に停めて、そこからバスで移動したのですが最初の案内でボランティアに行った方の中にはSNSで書き込むために作業中に写真を撮ったりする人がいると聞きました。

確かに、SNSで情報を発信していくにはいい方法ではあると思いますが、現地の家の前でピースサインや楽しそうにその場に居合わせたグループで笑顔でそのような写真を撮るのはどうかと思いました。

ボランティアは無償で行うものですが、被害に遭われた方々はボランティアに来た人に飲み物などを提供してくれる人もいらっしゃいます。

ボランティアを受ける方々がそのような気を遣ってくれているのに、ボランティアをしにいく側が気を配れないのはいかがなものなんでしょうか?

写真を載せる以外にも活動を普及していく方法はいくらでもあると思います。

ボランティアをする精神は素敵ですが、どうか自分たちの行動に責任をもって欲しいものです。

2016年01月29日

不登校支援は家族の支援でもある

私は、大学生の頃、不登校の支援をする団体で、ボランティアをしていました。

身近に不登校の友達がいたので、何か力になれる方法は無いかと考えて、そのボランティアを始めました。

不登校を支援する団体では、定期的なセミナーや講習会を開催しており、ボランティアとして受付等を手伝いながら、不登校について勉強させてもらいました。

普通だったら、不登校のセミナーなので、不登校の人が来ると思いますよね。

ですが、この団体が開催する不登校のセミナーに参加するのは、本人ではなく、お母さんでした。土日の開催であっても、自宅でできる仕事以外のお父さんはほとんど来ることが無い状態でした。

参加者の話を聞いていると、同級生からの暴力や、いじめ等、学校に行かなくなっても仕方が無いと思うような状況もありました。

共通しているのは、お母さんが、子どものことを、本気で心配しているということでした。

どうしたら良いのか分からないし、困っているけれども、嫌いになることは無いのだろうなと感じました。

それから、このセミナーでは、子どもを元気にする他に、親も元気にすることを目的にしているのだと分かりました。

お父さんは他人事のように見て見ぬふりをする、全部お母さんの育て方が悪いのだと責められる等、お母さん同士にしか分からない不安を共有して、安心しているようでした。

泣きながら参加したかたが、最後には笑顔で、すっきりした表情で帰っていくことが多く、それが印象的でした。

私は、不登校を支援するボランティアに参加して、母の愛について考えました。

喧嘩ばかりで、迷惑もかけてしまいましたが、どんなに怒っていても、母が私を嫌いになることは無いのだと知りました。

また、私は不登校の友達に何かしてあげなければいけないと思っていましたが、本人が動き出そうとするまで、まわりの人間には待つことしかできないのだなと気づきました。

2015年09月06日

伊勢神宮での電動車椅子普及ボランティア

大学二年の時に私は、ガイドヘルパーという資格に興味を持ち資格取得を目指しましたが、時間とお金の都合がつかず諦めたことがありました。

しかし、障害者の方々など、体の融通が利かない方々の旅行や外出のサポートをしたいと思い、あるボランティアを大学から紹介していただきました。

それは、足の不自由な方でも伊勢神宮を車椅子で参拝できるように考えられた、電動車椅子を参拝者の方々に体験してもらうというボランティアでした。

伊勢神宮に限らず神社や寺などには、玉砂利が敷き詰められていて、普通の車椅子ではなかなか行きづらい場所です。カフェ開業

しかしその車椅子は、玉砂利の上でもスムーズに走行でき、介助者も必要ないという画期的なものでした。

私は、伊勢神宮を実際にその車椅子で参拝しながら、車椅子の体験を呼びかけました。

最初はスムーズな動きで周りの参拝客からも、びっくりしたような目で見られたり、数人の方々に車椅子の試乗をしてもらったりと順調でした。

しかし途中でバッテリーが切れてしまい電動で動かなくなってしまいました。

その100キロほどある車椅子は女の私では動かすことはできず、助けを呼び男性が3、4人がかりで持ち上げて運んでくださいました。

まだまだ開発段階の車椅子だったらしく、改良が必要だと、開発された方はおっしゃっていました。

しかし、私は少しの方にしか乗ってもらえなかったけれど、その方々に、その車椅子の存在を知ってもらえて良かったと思いました。