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出荷先をJAから大手商社に乗り換えるコメ農家が続出[2025年10月31日(Fri)]
 マネーポストWEB2025年6月9日付け「【コメ流通ルートに異変】秋田で出荷先をJAから大手商社に乗り換えるコメ農家が続出 買取価格に大きな差が出るカラクリ」から、令和のコメ騒動は、いよいよ新たな局面に突入した。価格の乱高下と流通の混乱が続くなか、ついに大手商社が農家に直接コンタクトを取り、現地での買い付けに乗り出したという。既存の流通網を無視した“異常事態”に、コメ業界の関係者たちは騒然──この国の主食に今、何が起きているのか。窪田新之助氏が緊急レポートする。
資金力が違う
 秋田で大手商社が農家からの直接買付を実現できたのはなぜか。秋田県横手市にある水田75ヘクタールで稲作をしている農業法人の代表・鈴木眞一さん(仮名)に加え、別の農家からも「商社は資金力が違う」とする声が聞こえてくる。  
JA全農あきたは3月下旬、今秋に収穫される2025年産の「あきたこまち」の概算金を、前年産から7200円増の1俵2万4000円と大幅に上げる方針を関係者に示した。概算金は毎年8月から9月に提示されており、この時期に協議するのは異例だ。  
だが、商社が提示する金額には遠く及ばない。商社は年明け早々に再び産地に入り、1俵3万円程度で「青田買い」したという。  
それにしても、買取価格にここまで開きが生じるのはなぜか。JA秋田ふるさとで改革派として知られた元組合長の小田嶋契氏(現秋田県立大学生物資源科学部客員研究員)は、「販売力の違い」と言い切る。
「コメの販売において、商社は出口が決まっているため高値を示せる。販売先の需要を受けて買い取っている、ということですね。かたやJAは集荷したコメを右から左に流すだけですから」  
大規模農家が商社を選ぶ理由は他にもある。商社が一括払いしてくれるメリットがあることだ。  
JAの場合、初年度にまず概算金を支払う。さらに、その年のコメを販売していくなかで、実績に応じておおむね2年かけて追加払いするという仕組みになっている。要は農家がJAに出荷した時点では、最終精算額が分からないのだ。横手市の別の農業法人である佐藤雄一さん(仮名)は、こうしたJAの支払方法は大規模農家の経営には合わなくなっていると指摘する。
「規模拡大をするなかで設備や人材への投資がかさんでいるので、キャッシュフローがいい商社のほうが助かります。JAの支払いは不確定要素が多いので、農業経営にとってはリスクでしかありません」
商社には、コメをすぐに集荷してくれる利点もあるという。佐藤さんが続ける。
「連絡すれば、次の日には取りに来てくれます。だから、自社で倉庫を持つ必要がないんです。  
一方でJAのカントリーエレベーター(乾燥や貯蔵・調製・出荷をする共同利用施設)に出荷する場合だと、順番があって何日も待たされることがあります。これだと経営規模を拡大すればするほど、コメを置いておく倉庫が必要になってしまい、農家には負担になるんです」  
以上のような理由から、商社や卸との直接取引を望む農家が増えている。  
そこで佐藤さんは、2024年度から卸売業も始めた。地域の農家からコメを集荷し、商社に販売する。佐藤さんは「うちを通せばJAよりも高い価格で買ってもらえると聞きつけて、農家からの申し込みが増えています」と話した。DSC00655.JPG

 令和のコメ騒動は、いよいよ新たな局面に突入した。価格の乱高下と流通の混乱が続くなか、ついに大手商社が農家に直接コンタクトを取り、現地での買い付けに乗り出したという。既存の流通網を無視した“異常事態”に、コメ業界の関係者たちは騒然──この国の主食に今、何が起きているのか。JAにとっては厳しい局面が訪れるのでしょうか。JA全農あきたは3月下旬、今秋に収穫される2025年産の「あきたこまち」の概算金を、前年産から7200円増の1俵2万4000円と大幅に上げる方針を関係者に示した。概算金は毎年8月から9月に提示されており、この時期に協議するのは異例だ。だが、商社が提示する金額には遠く及ばない。商社は年明け早々に再び産地に入り、1俵3万円程度で「青田買い」したという。それにしても、買取価格にここまで開きが生じるのはなぜか。「コメの販売において、商社は出口が決まっているため高値を示せる。販売先の需要を受けて買い取っている、ということですね。かたやJAは集荷したコメを右から左に流すだけですから」大規模農家が商社を選ぶ理由は他にもある。商社が一括払いしてくれるメリットがあることだ。JAの場合、初年度にまず概算金を支払う。さらに、その年のコメを販売していくなかで、実績に応じておおむね2年かけて追加払いするという仕組みになっている。要は農家がJAに出荷した時点では、最終精算額が分からないのだ。国民にとって不透明でわかりづらかったことが解明されるとJAは厳しいのでしょうか。「規模拡大をするなかで設備や人材への投資がかさんでいるので、キャッシュフローがいい商社のほうが助かります。JAの支払いは不確定要素が多いので、農業経営にとってはリスクでしかありません」商社には、コメをすぐに集荷してくれる利点もあるという。「連絡すれば、次の日には取りに来てくれます。だから、自社で倉庫を持つ必要がないんです。JAのカントリーエレベーター(乾燥や貯蔵・調製・出荷をする共同利用施設)に出荷する場合だと、順番があって何日も待たされることがあります。これだと経営規模を拡大すればするほど、コメを置いておく倉庫が必要になってしまい、農家には負担になるんです」農家にとってはメリットのある方を選ぶでしょう。佐藤さんは、2024年度から卸売業も始めた。地域の農家からコメを集荷し、商社に販売する。佐藤さんは「うちを通せばJAよりも高い価格で買ってもらえると聞きつけて、農家からの申し込みが増えています」JAは商社には太刀打ちできないとすれば厳しい状況に陥ってしまう可能性があるのではないでしょうか。大きな変革になるかもしれません。DSC00654.JPG
前例を当たり前として受け止めず話し合って[2025年10月30日(Thu)]
 東洋経済education×ICT2025年6月8日付け「学校という「巨大組織」を変えるのに必要な視点 前例を当たり前として受け止めず話し合って」から、学校現場はかなり改善されてきているが…
「もし学校が、文部科学省を本社とし、都道府県、市町村教育委員会が支社、学校が地域の事業所と考えると、かなり巨大な企業といえる」。こう話すのは、学校の業務改善に詳しい三菱UFJリサーチ&コンサルティングの善積康子氏だ。こうした複数の組織から多くの指示が来て対応しなければならない学校には高い運営力が求められる。にもかかわらず、人手不足なうえに経験の浅い教職員が増えるなど負担は増すばかりだ。業務全体の見直しや方法の工夫は避けて通れないはずなのに、あまり見直すことなく運営されている学校もあるという。
15年ほど前に、ある県の教育委員会から時間外勤務の縮減についてのコンサルティング依頼があり、初めて学校現場に入り、実態を知ることとなった。当時はICTの環境も十分ではなく、職員室は雑然とし、物を探し回る、個人のペースで物事を進める人が多いなど、組織としてみると統率が取れていない状況があり、正直驚いた。
そもそも勤務時間の管理がされていないに等しく、勤務実態の把握、退勤時間が遅くなる要因の分析、それに基づく業務の見直しなどができていない、つまり改善が進まない状況であった。
その当時から見れば、今の学校現場はかなり改善されてきている。環境も改善され、働き手の意識も変わってきている。それでも働き方が変わっていない、仕事の負担感が大きい状況にある学校や教職員はいまだに多い。
制度については、学校や教職員をサポートする人材の配置、事務処理・情報共有でのICT活用促進、部活動の地域移行など、国も相当力を入れて改革に取り組んでいる。時間を意識することだけでなく、働きがいについても意識を向け、「教職員は高度な専門職である」と明確化し、業務量の管理と健康・福祉を確保するための計画策定を教育委員会に義務づけた。
ただし、人材の確保や環境整備は、国の補助があっても結局自治体が予算を確保できるかどうかで実現性が変わってくるので、自治体の理解、教育委員会の動き方はかなり重要である。
国・教委など複数の組織から指示が来る学校の大変さ
私が学校現場の課題を考察する際にしばしば思う例えだが、もし学校が、文部科学省を本社とし、都道府県、市町村教育委員会が支社、学校が地域の事業所と考えると、かなり巨大な企業といえる。同じように支社などが多い構造の企業は、地域の独自性はありつつ、事業所はグループ共通のルールに基づくことを求められ、よくも悪くも裁量の幅はそれほどないかもしれない。
とくにコンプライアンスの厳しい昨今はさまざまなチェック機能が入ってくる。つまり、事業所が同じ方向で仕事をするよう、また社員満足度を下げないよう、組織が効率的に持続的に運営されるノウハウが必要となる。もちろん、企業がうまく運営できているかというとそうではないところもあるのだが、事業所は予算や人の確保、トラブル予防や何かあったときの対応などは大きな仕組みの中で対処され守られることが基本となる。
そういった視点で見ると、学校の大変さがよくわかる。トラブルへの対応も基本的には学校が行い、学校運営に必要な人材が十分に配置されていないという声はよく聞く。国、都道府県・市町村教育委員会など複数の指示組織があり、各々の機関の各々の担当部署から多くの指示等の連絡が来る。
サポート人材などは、学校現場が探してくることを求められる場合があり、結構なハードルになっている。人材には適正があると思うが、まずは人を、という状況にあるのだ。
またICT支援員が配置されていても、ICTに詳しい教職員がその学校にいるかどうかでICTの使い方やトラブル対応に差が出る。また保護者や地域は基本的には学校に対して協力的で、学校を大切で必要な存在として接しているが、時に学校が対応に困る存在にもなる。
児童生徒を教育する使命感をもって、その職に当たる教職員がほとんどであることは言うまでもない。子どものことを思い、どうしたらうまく教えられるのか教職員同士で話し合い、教材の工夫をし、心に残る行事の企画を考えている姿を、この仕事を通して学校に入る機会を得て目の当たりにした。
だからこそ、働きがいのある、続けていける職場となるよう変えていく必要がある。しかし学校個々の運営力が高くないと、多くの依頼等文書への対応、児童生徒の校内外問わず生じる問題、多様な校務分掌、外部との折衝・調整に追われ、教材研究、教職員としての学びの時間の確保や個人としての生活などとのバランスがうまく取れない状況が生じてしまう。
まずは実態把握から、改善活動は教職員の話し合いで決める
私(会社)が学校に支援に入る場合は実態把握に時間をかける。管理職の方々から学校の状況について伺い、教職員にはアンケートをお願いする。手間を増やすと言われるかもしれないが、教職員の仕事に対する意識や言葉にされにくい悩みなどがよく表れ、学校としての課題を把握することに役立つ。また勤務時間のデータによる実態把握や教職員の話も聞きながら学校の現場観察などを行う。
それらを総合的に見た当該校の課題を当社にて整理し、管理職も含めた教職員によるワークショップを行って、まずその内容を伝える。それを聞いたうえで、何を改善するか話し合いをしていただくのだが、自分だけが感じていたことではなく、ほかの教職員も感じていたことに気づき、変えていきたいことをみんなで共有するこのプロセスが最も重要である。改善活動は、教職員自らが取り組むものであり、話し合って決めたことであれば納得感を持って取り組めるからである。
このとき、事務職員もぜひ意見を言っていただきたい。実は改善のカギを事務職員が握っていることがあり、ある意味客観的に学校を見ていて、その学校に合った対策を提案してもらえることが多いうえ、実践の中心として活躍していただけることも多いからだ。
これまで当たり前のようにしてきたことが子どものことを考えても本当に必要なのか、時間投入の実態も考慮して、もし必要なら方法も同じでよいのか、工夫の余地はないのかなど改善策が話し合いの中で出てくる中で、自分は無駄なことだと思っていたが、実はこんな意味があったのかと気づかれる場面もある。学校の中でそうした意味を伝え合うことがあまりないからだろう。
学校は転任者が年度当初にたくさんいる職場なので、実施する取り組みについて、その意味を伝え必要性を話し合うことは、それまで毎年実施してきたことであっても必要である。その年度に所属している教職員により学校は運営され、また子ども自身も変わっていくので、前例踏襲が必ずしも正解ではない。
働き方改革を進めるポイントは「管理職」
運営力が必要と前述しているが、学校運営の要となる管理職の役割は重要である。昨今、経験年数が浅い教職員が増え、若手の育成を意識した学校運営が求められているにもかかわらず、中堅以上の教職員も人数がぎりぎりで学年や教科、分掌の中核となって動くことでの負担感が高まっている。
その中で、業務全体の見直しや方法の工夫は避けて通れないはずなのだが、実はあまり見直すことなく運営されている学校も少なからずあり、管理職のリーダーシップが問われる。校長が代わっただけで職場の風通しが改善され、職員がのびのび働くようになった学校をいくつも見てきた。
働き方改革がうまく進む学校は、前例を当たり前として受け止めず、教職員がよく話し合い、工夫をする学校である。こうした学校は教職員の校長等管理職への信頼が高く、校長は教職員に日頃からよく声をかけ、改善に向けてモチベーションを高め、教職員間で誰が何をするのか話し合いの場を持ち、自分の意思で取り組みに参加していけるよう働きかける。現状では難しいと感じるところは段階的に進めるなど、見通しを持っている。
逆に改革が進みにくい学校は、学校での教職員の一体感が弱く、意見が言いにくい空気や連携した動きが取りにくい状況が目立つ。メンタルに影響するような発言が教職員間であったり、保護者や子どもへの説明が人によって違いがあったりしてトラブルの要因になっているケースもあるなどチーム力に課題がある。
必ずしも管理職に問題があるわけではないが、校長はじめ管理職が改善に向けて動かないと変わっていくことは難しい。うまく改革が進む学校のように管理職等が働きかけることでチーム力が高まることは期待できる。
当社が実施したアンケート結果を参考に紹介する。グラフにあるA小学校は職場内で職員間の不協和音がある学校で、B小学校は地域が少し大変な状況にある学校だが、教職員が一枚岩で連帯感が強い小規模校、C小学校はいわゆる普通の学校ととらえてほしい。
A小学校は自由に意見が言えないという人、連携がうまくできていないと思う人、職場の雰囲気がよくないと思う人の割合が他校に比べて高いことがわかる。また管理職への信頼もやや低くなっている(このA小学校は調査時点で校長が代わったばかりだったので、このあと校長の尽力で改善されたと聞いている)。A小学校のように、学校のチーム力が弱いと改善が進みにくい。
働き方改革として予算を立て、制度変更などを検討することは今後も必要だが、環境が改善されてもそれを活用できるかどうかはやはり人次第である。また改革は一度実施すれば終わりではなく、継続し続けるものである。人の入れ替わりが多い職場であることも踏まえ、何のために取り組んでいるのかということを折に触れて確認されることをお勧めする。DSC00657.JPG

 「もし学校が、文部科学省を本社とし、都道府県、市町村教育委員会が支社、学校が地域の事業所と考えると、かなり巨大な企業といえる」。こうした複数の組織から多くの指示が来て対応しなければならない学校には高い運営力が求められる。にもかかわらず、人手不足なうえに経験の浅い教職員が増えるなど負担は増すばかりだ。業務全体の見直しや方法の工夫は避けて通れないはずなのに、あまり見直すことなく運営されている学校もあるという。たとえばいいですね。わかりやすいです。そもそも勤務時間の管理がされていないに等しく、勤務実態の把握、退勤時間が遅くなる要因の分析、それに基づく業務の見直しなどができていない、つまり改善が進まない状況であった。「教職員は高度な専門職である」と明確化し、業務量の管理と健康・福祉を確保するための計画策定を教育委員会に義務づけた。ただし、人材の確保や環境整備は、国の補助があっても結局自治体が予算を確保できるかどうかで実現性が変わってくるので、自治体の理解、教育委員会の動き方はかなり重要である。確かにそうですね。企業がうまく運営できているかというとそうではないところもあるのだが、事業所は予算や人の確保、トラブル予防や何かあったときの対応などは大きな仕組みの中で対処され守られることが基本となる。そういった視点で見ると、学校の大変さがよくわかる。トラブルへの対応も基本的には学校が行い、学校運営に必要な人材が十分に配置されていないという声はよく聞く。国、都道府県・市町村教育委員会など複数の指示組織があり、各々の機関の各々の担当部署から多くの指示等の連絡が来る。各々機関、組織から指示を受けて対応しなければならない教員は大変でしょう。働きがいのある、続けていける職場となるよう変えていく必要がある。しかし学校個々の運営力が高くないと、多くの依頼等文書への対応、児童生徒の校内外問わず生じる問題、多様な校務分掌、外部との折衝・調整に追われ、教材研究、教職員としての学びの時間の確保や個人としての生活などとのバランスがうまく取れない状況が生じてしまう。教員の仕事内容について多くの国民に理解してもらう必要があるでしょう。管理職も含めた教職員によるワークショップを行って、まずその内容を伝える。それを聞いたうえで、何を改善するか話し合いをしていただくのだが、自分だけが感じていたことではなく、ほかの教職員も感じていたことに気づき、変えていきたいことをみんなで共有するこのプロセスが最も重要である。改善活動は、教職員自らが取り組むものであり、話し合って決めたことであれば納得感を持って取り組めるからである。学校は転任者が年度当初にたくさんいる職場なので、実施する取り組みについて、その意味を伝え必要性を話し合うことは、それまで毎年実施してきたことであっても必要である。その年度に所属している教職員により学校は運営され、また子ども自身も変わっていくので、前例踏襲が必ずしも正解ではない。その通りだと思います。働き方改革がうまく進む学校は、前例を当たり前として受け止めず、教職員がよく話し合い、工夫をする学校である。こうした学校は教職員の校長等管理職への信頼が高く、校長は教職員に日頃からよく声をかけ、改善に向けてモチベーションを高め、教職員間で誰が何をするのか話し合いの場を持ち、自分の意思で取り組みに参加していけるよう働きかける。現状では難しいと感じるところは段階的に進めるなど、見通しを持っている。このような学校が増えることが望ましいですね。DSC00656.JPG
「国が「日本学術会議」を狙い撃ちする理由を探る」なぜでしょうか[2025年10月29日(Wed)]
 JBpress2025年6月8日付け「【学者が猛反対】菅政権の任命拒否から5年、今度は法人化ゴリ押し、国が「日本学術会議」を狙い撃ちする理由を探る」から、ノーベル物理学賞受賞者で日本学術会議の前会長、梶田隆章・東京大卓越教授が今年2月に記者会見で述べた懸念が、今、現実味を帯びつつある。
強行採決が目前  
学術会議を国の特別機関から特殊法人へと改編する法案の審議が、参議院で大詰めを迎えた。  
近日中にも所管の内閣委員会で強行採決されるかもしれないという緊迫した状況の中、国会前では連日のように、法案に反対する学者や市民による座り込みや集会が行われている。  
梶田氏をはじめ学術会議の歴代の会長6人は国会に廃案を求める声明を出しており、学術会議も4月の総会で修正を求める決議をした。学会や学協会からは法案の廃案や修正を求める声明が続々と発表され、その数は5月末までに100を超えた。  
市民からも約6万8000筆のオンライン署名が集まっている(しかし内閣府は3日、職員の多忙を理由に、最近集まった約4万2000筆の面会による受け取りを拒否した)。  
法案の内容や提出までの経緯には、極めて深刻な、かつ多くの問題がある。会員選考や活動に政府がさまざまな形で関与できる仕組みを盛り込んだ現行の法案による法人化がなされれば、ナショナルアカデミーとしての機能は強まるどころか、むしろ弱体化していくに違いない。  
日本の科学研究や科学技術政策を取材してきた1人として、強い危機感を抱いている。
法案の問題点  
筆者がなぜそれほどの危機感を持っているのか、その理由を説明する前に、すでに指摘されている問題点を簡単に整理しておきたい。  
ナショナルアカデミー、すなわち国の科学者コミュニティを代表して政策提言をする学術団体は主要各国にあり、日本でその役割を担っているのが学術会議だ。  
自然科学から人文・社会科学まで幅広い分野から選出された会員210人が検討や議論を重ね、政府や社会に対する科学的助言として、年間数十件の提言や報告、勧告などをまとめている。40を超える国際学術団体に加入し、国際会議を共同主催するなど、海外の科学者コミュニティとの交流も盛んだ。  
現在の学術会議は政府から独立した国の特別機関という位置付けだが、今回の法案では、国から独立させ、特殊法人として再編するとしている。  
法案で最も問題視されているのは、会員の選考や日々の活動への政府の介入を可能にする、新たな仕組みが盛り込まれていることだ。  
まず選考についてみてみよう。  
現在は現会員が自分たちで次の会員候補者を推薦する方法(コ・オプテーション)で、これは各国の多くのナショナルアカデミーが採用する標準的な会員選考方式として知られる。  
一方、2026年10月の新法人発足時とその3年後の会員選定では、特別に設置された選考委員会が候補者を選ぶ。この委員会のメンバーは、会長が首相の指定する学識経験者と協議して決めなければならない。  
その後は会員で構成された委員会が候補者を選ぶが、その際、会員以外で構成される「選定助言委員会」に意見を聞くことが半ば義務付けられている。  
活動に関しても外部から目を光らせる仕組みができる。いずれも会員以外で構成される「運営助言委員会」、「監事」、「評価委員会」が新たに設置されるのだ。監事と評価委員会のメンバーは首相が任命する。  
幾重にも張り巡らされた管理システム。これでは新法人が現在のような独立性や自律性を保てなくなるのは必至だ。
財政基盤の脆弱性も心配される。現在の年間予算はおよそ9億〜10億円。全額国費で賄われているが、これは米国や英国、ドイツのナショナルアカデミーが受けている公的資金とは比較にならないほど少ない額で、実質、手弁当の活動も多いと聞く。  
法案では、政府が必要な金額を「補助することができる」としているが、2004年に法人化された国立大学が、翌年から運営費交付金を年1%ずつ減らされていった事実に照らしても、将来にわたり同規模の補助金が確保される保証はない。当然、外部の委員会の評価結果もその額に反映されていくだろう。  
個々の会員の学問の自由や思想・信条の自由が直接、脅かされる危険性すらある。坂井学・内閣府特命担当大臣は5月9日の衆議院内閣委員会で「特定のイデオロギーや党派的主張を繰り返す会員は今度の法案で解任できる」と答弁した。かつての思想統制をほうふつとさせる発言だ。  
「学術会議が政府従属的な疑似ナショナルアカデミー、似非(えせ)ナショナルアカデミーに変貌してしまう」  
6月3日の参議院内閣委員会で、参考人の川嶋四郎・同志社大法学部教授がそう訴えたのも当然だろう。主要国のナショナルアカデミーでは、中国とロシアで会員選考に政府の介入の仕組みがあるが、英米仏には存在しないという。
経緯の問題  
法案提出の経緯にまつわる問題にも触れておきたい。  
そもそもの発端は、2020年10月に起きた、当時の菅義偉首相による新会員6人の任命拒否だった。  
日本学術会議法では、首相による任命はあくまで形式的なものとされ、1983年の国会答弁で政府自身がそれを認めている。任命拒否の違法性が指摘され、批判が高まる中、菅氏は具体的な理由の説明を拒んだ。  
問題を棚上げする一方で、政府は「活動が見えない」などとして学術会議への圧力を強め、与党の自民党は学術会議の「改革」に向けたプロジェクトチーム(PT)を設置した。今回の法案は、20年12月に自民党PTがまとめた提言に近い内容になっている。  
任命拒否を巡っては、2018年に政府が法解釈を密かに変更していたことも明らかになっている。変更の経緯が分かる文書の全面的な開示を求めた裁判で、東京地裁は5月16日、「公益性が極めて大きい」として開示を命じる判決を出した。政府は控訴し、係争中を理由に開示を拒否している。  
参議院内閣委員会では、委員から「法案ができてから公開されても遅い。法案審議をいったん止めて判決が出るまで待つべきだ」という意見も出ている。
政府の真の狙いは?   
いわば究極の「論点ずらし」によって始まった学術会議の「改革」だが、政府の狙いは任命拒否問題をうやむやにし、会員選考への間接的介入を合法化することだけではないだろう。  
それが透けて見えるのが、法案の中で現行法から消えた文言だ。「科学が文化国家の基礎」「わが国の平和的復興」といった従来の理念を示す前文が削除された一方で、「学術に関する知見が(中略)経済社会の健全な発展の基盤となる」が盛り込まれた。  
「独立して職務を行う」という表現もなくなった。国が運営上の「自主性及び自立性」に「配慮」すべきとしているものの、独立性を担保する言葉は見られない。一方、「内閣総理大臣」が登場する箇所は、現行法の7回から44回に増えた。  
「平和」が消えた背景には、おそらく「デュアルユース(軍民両用)研究」を推進したいという政府の思惑もあるだろう。  
学術会議は、先の大戦で科学者が戦争に協力したことへの深い反省に基づき、1959年と1967年の2回にわたり軍事研究は行わないと宣言し、2017年の声明でも軍事的安全保障研究への懸念を表明したが、それらに対し、これまで複数の閣僚や自民党幹部が苛立ちや疑問を呈してきたからだ。  
例えば下村博文・自民党政調会長(当時)は、任命拒否から間もない2020年11月の毎日新聞によるインタビューで「そこまでこだわるのであれば、行政機関から外れてやるべきではないか」と述べている。
 内閣委員会で学術会議を批判した参考人  
前述のような問題点から、筆者は現行の法案がもし通れば、学術会議が大きく変質し、弱体化することは避けられないと考えてきた。  
しかし、6月3日の内閣委員会をインターネット中継で傍聴し、参考人の上山隆大・政策研究大学院大学客員教授が学術会議への批判をとうとうと述べるのを耳にしながら、ふと、想定される未来はそれより深刻かもしれない、という思いが浮かんだ。  
その思いは、翌日の夕方に国会前で行われた座り込みで、任命拒否に遭った当事者の1人である加藤陽子・東京大教授が、「学術会議がなくなってもいいという覚悟で(法案を)書いているのではないか」と述べたときにより強まった。  
上山氏は、「総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)」で2025年3月上旬までの9年間、3期にわたり常勤議員を務めた人物だ。CSTIは、内閣府に設置された「重要政策に関する会議」の一つで、首相が議長を務め、閣僚や有識者、学術会議会長の計14人で構成される。上山氏は有識者の中で唯一の常勤議員だった。  
学術会議が政府とは独立の立場で科学者の意見を集約するボトムアップ型の政策提言をするのに対し、CSTIは政府とともにトップダウン型で科学技術政策の形成に携わる。  「学者の代表機関」である学術会議と、「科学技術の司令塔」であるCSTI。両機関はよく日本の科学技術政策にとっての「車の両輪」にたとえられてきた。  
上山氏は、今回の法案提出に先立ち内閣府が設置し、学術会議の法人化について議論した有識者懇談会のメンバーでもある。  
座り込みの際の演説で加藤氏は、「車の両輪」の片方の機関の中心メンバーが、役割の相反するもう片方の機関の再編に向けた議論に深く関わるいびつさを指摘したうえで、次のような見解を示した。  「
有識者懇談会の最終報告書は、本来の学術会議が果たすべき役割についての過去の実績を評価するものではなく、(トップダウン型の組織に求める)全く別の尺度からの評価軸を当てはめて、問題が多い組織だと認定した。内閣府はトップダウン型のCSTIの一方的な評価によって、ボトムアップ型の学術会議の改革を目指している。トップダウン型とボトムアップ型の2つは不要だと考えたのではないか」  そのうえで、加藤氏はこうも述べた。  
「本来トップダウンとボトムアップがあることによって正しい科学技術政策が導かれるが、CSTIは学術会議がボロボロになってなくなってもいいと思っているのだと、私は思います」  
加藤氏の言葉通り、内閣委員会で上山氏は、「(各国のアカデミーのような助言活動が)今の学術会議にできるとは思わない。各国のアカデミーとの対話は真摯な形では成立しないであろうと思うほどの彼我の差がある」「諸外国のアカデミーと比較したときの最大の残念な点は、わが国のアカデミー(学術会議)にそこまでの権威がないこと」と、学術会議のこれまでの実績を根底から否定するような発言を繰り返した。  
上山氏はさらに、それらの原因の一つとして学術会議の年間予算の少なさに言及し、その状況を改善するためにも法人化し、政府の助成金や民間からの寄付を自らの努力で募ることが必要だと力説した。  
筆者自身、こうした見解を聞きながら大きな違和感を覚えずにはいられなかった。なぜならCSTI自身は、国が1950億円を投じて最長で10年間支援するムーンショット型研究開発制度などさまざまな大型研究開発事業を林立させ、国の潤沢な予算を使って運営しているからだ。  
いずれの事業も「出口志向」と「選択と集中」という近年の日本の科学技術政策の特徴を象徴するようなプロジェクトだが、巨額の投資に見合った成果が得られたのか、各課題への資金配分や研究の進め方が適切だったかを検証し、公表する仕組みは十分とは言い難い。  
例えば現在第3期目が進められている「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」は、第1期の実績が全く検証されないまま第2期の実施が決まっていたことが、以前筆者も携わった毎日新聞の連載「幻の科学技術立国」取材班によって報じられている。
さらに言えば、CSTIの有識者議員の人選も不透明だ。内閣府設置法で有識者議員は「科学または技術に関して優れた識見を有する者」と定められているが、その具体的な選考方法は公表されていない。  
任命拒否をした菅氏は2020年当時、学術会議について「閉鎖的で既得権益のようになっている」と繰り返したが、予算や人材などの資源配分に直接的な発言権を持つCSTIこそ、透明性を高めるべきだろう。
トップダウンだけではイノベーションは生まれない  
日本の研究力は相対的に低下しつつあるが、私はこれまでの取材から、その大きな要因は、国立大学の運営費交付金の削減と、過度な選択と集中、さらにボトムアップ型の基礎研究の軽視だと考えている。  
長期的な視野に立ってボトムアップ型で科学者の意見を集約し、時には政府やCSTIにとって耳の痛い内容も提言する学術会議の役割は大きい。学術会議が法人化によって弱体化し、仮にも「なくなって」しまったら、もはやCSTIの方針に口をはさむ機関はなくなる。
科学技術政策における「出口志向」と「選択と集中」の傾向はますます強まり、研究力のさらなる低下を招くのではないだろうか。  
それは、政府やCSTIが追い求めるイノベーションの芽も生まれてこなくなることを意味する。  
車は片輪だけでは走れない。多くの反対や懸念の声を無視してこの法案を成立させることは、梶田氏が憂慮するように、まさに“終わりの始まり”になるだろう。日本の学術は今、大きな分岐点に立っている。DSC00659.JPG

 梶田氏をはじめ学術会議の歴代の会長6人は国会に廃案を求める声明を出しており、学術会議も4月の総会で修正を求める決議をした。学会や学協会からは法案の廃案や修正を求める声明が続々と発表され、その数は5月末までに100を超えた。市民からも約6万8000筆のオンライン署名が集まっている(しかし内閣府は3日、職員の多忙を理由に、最近集まった約4万2000筆の面会による受け取りを拒否した)。法案の内容や提出までの経緯には、極めて深刻な、かつ多くの問題がある。会員選考や活動に政府がさまざまな形で関与できる仕組みを盛り込んだ現行の法案による法人化がなされれば、ナショナルアカデミーとしての機能は強まるどころか、むしろ弱体化していくに違いない。なぜ対立が深まるのでしょう。国は真摯に話し合うことができないのでしょうか。ナショナルアカデミー、すなわち国の科学者コミュニティを代表して政策提言をする学術団体は主要各国にあり、日本でその役割を担っているのが学術会議だ。自然科学から人文・社会科学まで幅広い分野から選出された会員210人が検討や議論を重ね、政府や社会に対する科学的助言として、年間数十件の提言や報告、勧告などをまとめている。40を超える国際学術団体に加入し、国際会議を共同主催するなど、海外の科学者コミュニティとの交流も盛んだ。現在の学術会議は政府から独立した国の特別機関という位置付けだが、今回の法案では、国から独立させ、特殊法人として再編するとしている。法案で最も問題視されているのは、会員の選考や日々の活動への政府の介入を可能にする、新たな仕組みが盛り込まれていることだ。2026年10月の新法人発足時とその3年後の会員選定では、特別に設置された選考委員会が候補者を選ぶ。この委員会のメンバーは、会長が首相の指定する学識経験者と協議して決めなければならない。その後は会員で構成された委員会が候補者を選ぶが、その際、会員以外で構成される「選定助言委員会」に意見を聞くことが半ば義務付けられている。活動に関しても外部から目を光らせる仕組みができる。いずれも会員以外で構成される「運営助言委員会」、「監事」、「評価委員会」が新たに設置されるのだ。監事と評価委員会のメンバーは首相が任命する。幾重にも張り巡らされた管理システム。これでは新法人が現在のような独立性や自律性を保てなくなるのは必至だ。なぜ国は固執な態度で拘り通づけるのでしょうか。個々の会員の学問の自由や思想・信条の自由が直接、脅かされる危険性すらある。坂井学・内閣府特命担当大臣は5月9日の衆議院内閣委員会で「特定のイデオロギーや党派的主張を繰り返す会員は今度の法案で解任できる」と答弁した。かつての思想統制をほうふつとさせる発言だ。「学術会議が政府従属的な疑似ナショナルアカデミー、似非(えせ)ナショナルアカデミーに変貌してしまう」「科学が文化国家の基礎」「わが国の平和的復興」といった従来の理念を示す前文が削除された一方で、「学術に関する知見が(中略)経済社会の健全な発展の基盤となる」が盛り込まれた。「独立して職務を行う」という表現もなくなった。国が運営上の「自主性及び自立性」に「配慮」すべきとしているものの、独立性を担保する言葉は見られない。一方、「内閣総理大臣」が登場する箇所は、現行法の7回から44回に増えた。独立性を担保させないのはなぜでしょう。長期的な視野に立ってボトムアップ型で科学者の意見を集約し、時には政府やCSTIにとって耳の痛い内容も提言する学術会議の役割は大きい。学術会議が法人化によって弱体化し、仮にも「なくなって」しまったら、もはやCSTIの方針に口をはさむ機関はなくなる。科学技術政策における「出口志向」と「選択と集中」の傾向はますます強まり、研究力のさらなる低下を招くのではないだろうか。それは、政府やCSTIが追い求めるイノベーションの芽も生まれてこなくなることを意味する。車は片輪だけでは走れない。多くの反対や懸念の声を無視してこの法案を成立させることは、梶田氏が憂慮するように、まさに“終わりの始まり”になるだろう。日本の学術は今、大きな分岐点に立っている。国は寛容な姿勢で真摯に向き合って議論をして納得できる法案にできないものでしょうか。DSC00658.JPG
相撲界は保守的で、排他的なのでしょうか[2025年10月28日(Tue)]
 DIAMOND online2025年6月8日付け「「白鵬いじめが酷すぎる」耳を疑った“誓約書への署名”…白鵬に直撃取材した記者が語る“知られざる姿”」から、宮城野親方(元横綱・白鵬)が6月9日付で日本相撲協会を退職する。これを受けて「白鵬いじめが酷すぎる」「宮城野親方(白鵬)を退職まで追い込んだ相撲協会はおかしい」など相撲協会への批判が噴出している。なぜ宮城野親方への風当たりは厳しいのか。雑誌「相撲」の元編集者・記者で、現役時代の白鵬へのインタビュー経験もある須藤靖貴氏が明かした。
白鵬の角界への貢献ぶりは 誰もが認めるところ  
宮城野親方(元横綱・白鵬)が6月9日付で日本相撲協会を退職する。  
幕内最高優勝45回、通算1187勝はともに史上最多、傑出した記録である。その大横綱が40歳で角界を去ることになった。  
親方が師匠を務めた宮城野部屋は、北青鵬(元幕内)による弟弟子への暴力事件のペナルティーで昨年4月から閉鎖。宮城野親方は2階級降格と3カ月の20%報酬減額処分を受けた。  
そして師匠を含め全員が伊勢ケ浜部屋へ移籍したものの、1年たっても部屋の再開のめどがつかず、11月の九州場所後に再開という案もあったものの、退職を決断したという。伊勢ケ浜親方(元横綱・旭富士)からは「もう少し辛抱してみてはどうか」と何度も説得されたが、首を縦に振ることはなかった。  
モンゴルでは40歳は特別な年齢とされている。この3月11日にその誕生日を迎え、四半世紀に及び闘ってきた土俵を降りることになったのだった。  
これで、平成以降に誕生した横綱11人(現役の豊昇龍、大の里を除く)のうち6人が角界を離れることになる。  
曙、貴乃花、若乃花、朝青龍、日馬富士、そして白鵬。  
こうして書き連ねると事の重大さが分かる。相撲協会の看板を背負った主役が次々と消える。寂しいことではないか。  
土俵での大記録にとどまらず、白鵬の角界への貢献ぶりは誰もが認めるところだろう。
校則破り常習の高校生相手でもあるまいに… 白鵬への協会の仕打ちに耳を疑った  
野球賭博問題、八百長疑惑、時津風部屋の17歳力士暴行死、ドーピング問題、相撲協会元顧問の裏金疑惑等々で角界が揺れたときにも一人横綱として土俵を引っ張ってきた。東日本大震災(自身の誕生日に発生)の後には、復興支援の旗振り役を務めた。  
にもかかわらず協会から冷遇されている。そんな意識が強かったという。弟子の不祥事の件でも、同じようなケースでの他の親方の処分は軽かった。これを人種差別と眉をひそめる向きもあるようだが、それは違うと思う。白鵬をモンゴル人親方だと見下す人間は協会にもいない(ちなみに、大相撲ほど公平な競技はない。レギュラー枠などなく、誰でも土俵に上がれ、勝ち越せば必ず番付が上がる)。  
日本国籍を取得して年寄を襲名するときにも「誓約書」に署名させられた。その異例の報に私は耳を疑った。いったい誰がそんな案をぶちあげたのか。校則破り常習の高校生相手でもあるまいに。  
とはいえ、さまざまな風当たりの強さは故なきことではない。
許容範囲ではないかと思う行為でも ものすごい剣幕で怒鳴りつけられた  
現役時代の立ち居振る舞いは「問題行動」とまで言われた。行司の軍配に自ら物言いをつける。千秋楽の優勝インタビューで三本締めや万歳三唱を強行する。このへんまでは許容範囲ではないか。  
三本締めについては「平成最後の場所だったし、良いことだと思って、ついサービス精神でやってしまった」と語っている。場所がすべて終わったときに、新弟子や若い力士たちが締めるというしきたりを白鵬は知らなかった。その後、理事長室に呼び出され、理事全員が集う中で八角理事長(元横綱・北勝海)からものすごい剣幕で怒鳴りつけられたという。
「問題行動」の中で、私が眉をひそめたのはエルボー打ちだ。  
かちあげ(腕や肩で相手の上半身を突き上げて相手の上体を起こす技)とは似て非なるもので、どう考えても反則である。本来、相撲には相手を痛めつける技などない。かちあげも突っ張りも、相手の重心を上げるための手段だ。相撲は相手の重心を先に上げたほうが勝つ。  顔面を痛打するだけのエルボー打ちは、相手の重心を上げる技ではない。しかもサポーターをしている腕でのエルボー。奇妙である。サポーターは弱点をかばうためのもので、それを積極的に使うのはいかがなものか、と首をかしげたものだ。
取材では圧を感じさせない、
柔らかな応対が印象的だった  
白鵬に取材することができた幸運に感謝したい。圧を感じさせない、柔らかな応対が印象的だった。  
忘れられない逸話が二つある。いずれも食がらみのエピソードだ。  
まず、入門時。  
15歳の白鵬少年はひょろりと背は高いものの痩せていた。これでは稽古に耐えられないと、当時の宮城野親方(元幕内・竹葉山)は、
「腹いっぱい食べて、稽古を見て、あとは昼寝してなさい」  
と指導した。  
これがしみじみありがたかったと白鵬は笑った。  
故郷を離れて来日し、わけのわからない未知の世界に飛び込んだ。周囲は巨漢ばかりで髪形も独特だ。言葉も通じない。待っているのは死ぬほどの猛稽古だと震えていた。心細いことこのうえなかっただろう。しかし決してくじけないぞと、少年なりに覚悟を決めたのだ。それが「食って、見て、寝ろ」である。相撲界はほんとうに良いところだと思った。  
当時の宮城野部屋はありていに言って厳しい部屋ではなかった。「かわいがり(いじめ)」はなく、弟子たちは和気あいあいとしていた。やわらかな空気の中で白鵬少年は伸び伸びと体を大きくしていったのである。
年に一度、3日間の断食で 決まって13キロ減る  
もう一つは日本国籍を取得した34歳のとき。プレジデント誌上でのインタビューである。「日本人になってほんとうにうれしい」  
満面の笑みを浮かべる横綱。国籍取得によって年寄名跡が取得でき、部屋を開くことができる。長身痩躯のモンゴル人少年が、日本の「国技」の頂点に君臨し、ついには国籍を変えてその地に骨を埋める決意をした。そのときの表情の晴れやかさといったら……。  
その際、現役横綱としての体調管理について聞いた。食事に十全に気を配っている。肉や魚をバランスよく食べる。抗酸化作用に優れている色の濃い野菜を欠かさず取る。  
そして、年に一度の断食。  
私は思わず声をあげてしまった。力士が断食なんて聞いたことがない。食べることも稽古のうちなのだ。  
3日間、水しか取らない。内臓を休ませ、たまっていた毒素を排出するのだという。  
「決まって13キロ減ります。気持ち良いですよ。細胞が若返ります」  
まさに気持ち良さげに話す。私は三度のメシよりも飲食が好きなので、断食のなにがいいのか、理解するつもりはなかった。だが天下の横綱の穏やかな顔を目の当たりにして、これもなにかの縁だと人生初の3日間断食を試みたのである。ひもじかったが達成感はあった。95キロの体重が90キロまで落ちた。その後も「白鵬流断食」を数回行い、今は74キロ。横綱のおかげで心身軽やかだ。
男四十の英断が なんだかうらやましい  
さらに、絵に描いた餅となってしまったが、相撲部屋を銀座に開設すると言って話題になったこともあった。稽古場の壁をガラス張りにして、外国人観光客にアピールしたい、と。こういうところも調子づいていると批判されてしまうのだろう。  
「あれは、そう言ったわけではないんです。どこに部屋を開くか、という話のときに、フランスならパリ、アメリカならニューヨークだから、日本なら銀座かなって言っただけ。それが独り歩きしてしまった」  
こうして書きつづっていくと、序盤に触れたネガティブな出来事はどっかへ吹き飛んでしまうようだ。  
彼が角界を去るのは寂しいし、協会への恨み言の一つも言いたくなるわけだが、男四十の英断がなんだかうらやましい。  
「協会の外の立場から、その発展に貢献していく」  
そう語っている。  
角通が万歳して飛び上がるようなデカイことを、きっとやってくれる。私たちの想像を超えるようなことを。そう信じる。DSC00663.JPG

 親方が師匠を務めた宮城野部屋は、北青鵬(元幕内)による弟弟子への暴力事件のペナルティーで昨年4月から閉鎖。宮城野親方は2階級降格と3カ月の20%報酬減額処分を受けた。そして師匠を含め全員が伊勢ケ浜部屋へ移籍したものの、1年たっても部屋の再開のめどがつかず、11月の九州場所後に再開という案もあったものの、退職を決断したという。平成以降に誕生した横綱11人(現役の豊昇龍、大の里を除く)のうち6人が角界を離れることになる。曙、貴乃花、若乃花、朝青龍、日馬富士、そして白鵬。こうして書き連ねると事の重大さが分かる。相撲協会の看板を背負った主役が次々と消える。寂しいことではないか。なぜ海外から来て入門して横綱になった人たちが角界を離れるのでしょうか。野球賭博問題、八百長疑惑、時津風部屋の17歳力士暴行死、ドーピング問題、相撲協会元顧問の裏金疑惑等々で角界が揺れたときにも一人横綱として土俵を引っ張ってきた。東日本大震災の後には、復興支援の旗振り役を務めた。にもかかわらず協会から冷遇されている。そんな意識が強かったという。弟子の不祥事の件でも、同じようなケースでの他の親方の処分は軽かった。これを人種差別と眉をひそめる向きもあるようだが、それは違うと思う。白鵬をモンゴル人親方だと見下す人間は協会にもいない。日本国籍を取得して年寄を襲名するときにも「誓約書」に署名させられた。その異例の報に私は耳を疑った。いったい誰がそんな案をぶちあげたのか。校則破り常習の高校生相手でもあるまいに。人種差別と思われるとすれば大きな問題でしょう。「日本人になってほんとうにうれしい」満面の笑みを浮かべる横綱。国籍取得によって年寄名跡が取得でき、部屋を開くことができる。長身痩躯のモンゴル人少年が、日本の「国技」の頂点に君臨し、ついには国籍を変えてその地に骨を埋める決意をした。そのときの表情の晴れやかさといったら。その際、現役横綱としての体調管理について聞いた。食事に十全に気を配っている。肉や魚をバランスよく食べる。抗酸化作用に優れている色の濃い野菜を欠かさず取る。体調管理、食事に万全を期していたのですね。「協会の外の立場から、その発展に貢献していく」角通が万歳して飛び上がるようなデカイことを、きっとやってくれる。私たちの想像を超えるようなことを。そう信じる。保守的で排他的な相撲界というのであれば協会の外から発展するために貢献できればオープンで開かれ海外の人たちからも好感を持って見られるようになるのではないでしょうか。DSC00662.JPG
夏休みに痩せる子どもたちをどうするのか[2025年10月27日(Mon)]
 FNNプライムオンライン2025年6月8日付け「「公教育の限界」を超える挑戦 − 夏休みに痩せる子どもたちのため、元校長が富山で始めた愛情たっぷりの食堂」から、子どもたちがどんぶりを前に笑顔で食事をする光景が広がる。富山県氷見市の諏訪野地区にある「サーブ子ども食堂」は、元小学校長の澤武俊一さん(64)が今年4月に開設した。親子丼、牛丼、そぼろ丼と3種類のメニューから子どもたちは好きなものを選ぶ。
「おいしいし、愛情がたくさん入っています」と目を輝かせる子どもの言葉に、澤武さんも満足そうな表情を浮かべる。
教員時代に見た「夏休みに痩せてくる子ども」
澤武さんが子ども食堂を始めたきっかけは、38年の教員生活で目にした子どもたちの姿だった。
「見るからに食べられていないなって子に会いました。学校では給食をたくさん食べさせて、ルール違反だけど持ち帰りもさせてカバーしたんです。でも、夏休みに痩せてくるんですよ」
経済的に恵まれなかったり、DVやネグレクトを受けたりする子どもたちが、学校から離れる長期休暇中に困窮する実態を目の当たりにしてきた。
「公教育の限界というか、これ以上入っていけない部分があるので、何か自分でできることはないかと考えていました」と澤武さん。長年温めてきた思いを定年退職後に実現させた。
定年後に調理師免許取得、家族や地域も協力
子ども食堂のため、澤武さんは雄峰高校専攻科で2年間学び、調理師免許を取得。メニューは自らが考案し、家族や地域の人たちも調理を手伝う。
「子どもたちに選択してもらおうと思って、いつも複数のメニューを用意しています。好き嫌いがあるものですから」
食堂で提供するご飯は、澤武さん自身が育てた米を使用している。震災で自身の水田の一部が被害を受けたため、今は別の田んぼを借りて米作りを続けている。
子どもたちと地域をつなぐ居場所に
月に一度のオープン日には、近所の人や教え子たちであっという間に満席になる。先月は約60人の親子が訪れたという。
「子供たちに無料で提供してもらえて、親も助かります。食の楽しみを味わわせてもらえるので、すごく感謝しています」と訪れた親は話す。
元教え子は「いろんなことに挑戦してみようということを教えてくれる先生だったので、子どものためにと一生懸命考えられたのはすごく伝わってきます」と澤武さんの姿勢を評価する。
夏休みは週に一度開催へ
「教員時代に困っている子どもが夏休みに痩せてくるのが現実にありました。だから夏休みは毎週やります」と澤武さん。食事を提供するだけでなく、元教員の経験を生かし、勉強や科学作品などの相談にも応じる予定だ。
澤武さんは「誰でも気軽に立ち寄れる場所」を目指していて、次回の子ども食堂は今月28日に開かれる予定だ。
夏休みなどに困窮する子どもたちの姿が浮かび上がるという現実は、地域社会全体で共有し、支えていくべき課題なのかもしれない。DSC00665.JPG

 教員時代に見た「夏休みに痩せてくる子ども」澤武さんが子ども食堂を始めたきっかけは、38年の教員生活で目にした子どもたちの姿だった。「見るからに食べられていないなって子に会いました。学校では給食をたくさん食べさせて、ルール違反だけど持ち帰りもさせてカバーしたんです。でも、夏休みに痩せてくるんですよ」経済的に恵まれなかったり、DVやネグレクトを受けたりする子どもたちが、学校から離れる長期休暇中に困窮する実態を目の当たりにしてきた。「公教育の限界というか、これ以上入っていけない部分があるので、何か自分でできることはないかと考えていました」長期休業は残酷でもあるのですね。給食がなくなれば満足な食事を摂ることができなくなる子どもたちがいるし、増えているのではないでしょうか。放置していいはずがないでしょう。保護者に対して自己責任と言ってしまうような社会であってはならないでしょう。夏休みなどの長期休業中も希望する子どもたちが給食を食べることができるようにならないものでしょうか。「教員時代に困っている子どもが夏休みに痩せてくるのが現実にありました。だから夏休みは毎週やります」食事を提供するだけでなく、元教員の経験を生かし、勉強や科学作品などの相談にも応じる予定だ。「誰でも気軽に立ち寄れる場所」を目指していて、次回の子ども食堂は今月28日に開かれる予定だ。夏休みなどに困窮する子どもたちの姿が浮かび上がるという現実は、地域社会全体で共有し、支えていくべき課題なのかもしれない。誰かに頼るだけでは限界があるでしょう。制度、仕組みとして困窮する子どもたちに手を差し伸べることが必要でしょう。自助、自己責任と片付けてしまう社会では国民が安心して安全に生活することができないでしょう。DSC00664.JPG
大規模農業と中山間地の農業を考えた農政が必要なのでしょう[2025年10月26日(Sun)]
 ABEMA TIMES2025年6月7日付け「「評価が意欲に」直売で輸出に成功したコメ農家の訴え「国が増産しろと言っても、現場は増産できない状況に」から、「令和の米騒動」と呼ばれる状況で浮き彫りになった日本の農業政策の脆弱性。そんな中、30年前から集荷業者に頼らずに直売に舵を切り、輸出でも成功している農家に話を聞いた。
国による抜本的な改革が進められようとする中、独自の路線で顧客にコメを供給し、農家としても納得の価格設定を実現しているのが山形県の農業法人、黒澤ファームである。 「父が農協の理事をしていて、私が農業を始めた時には全量農協に出荷でコメ作りがスタートしたが、一生懸命作ってこだわっているコメでも、普通に作ったコメでも、同じ倉庫に入って同じ評価を受けることに関しては疑問に思っていた。自分のコメの評価を、食べた人に評価してもらえるようにするには直接売るしかないということで、約32年になるが『直売しよう』と」(黒澤ファーム 黒澤信彦代表取締役、以下同)  
460年以上続くコメ農家で、現在は、法人から個人まで幅広く販売。ホームページを見ると、「sold out」の文字がずらっと並んでいる。  
業界全体が逆境の中での“勝ち組”に見える黒澤氏だが、独自の販売ルートを築くため、最初に始めたのが東京での訪問営業という地道な取り組みだった。
「ドアに鍵がかかっていて、『セールスお断り』『猛犬に注意』。自分が作ったコメ1合の袋を『食べてください』と伝えることもできなくて、阿佐ヶ谷の駅前でティッシュを配るようにお米を配っていた」  
一度食べてくれれば分かってもらえると意気込んだが、思うようにはいかなかったと振り返る。徐々に口コミが広がるなか出会ったのが、現在販売している「夢ごこち」につながる品種だった。
「2000年に初めてお米のコンクールに出品した時に、うちのコメが最優秀賞になってから『買ってください』から『売ってください』に変わった」  
新潟や秋田のブランド米ばかりが脚光を浴びる中、山形県の美味しいコメを印象付けた黒澤氏。いまでは、香港やシンガポール、ハワイに輸出するなど海外でも食べられるコメになっている。
「最優秀を取ったことで、『黒澤のコメが最優秀だったら、隣で作っている俺のコメだって最優秀になる可能性がある』と広がってきたことで、美味しいコメを作る意識が上がった。農協ではないところに出荷するのは不安だったと思うが、生産してもらった。しかも評価を受けることができた。稲刈りをした時、来年の春また田植えをしたいという意欲が湧くか湧かないかが、コメ作りには非常に重要だ」
黒澤氏は政府の動きをどう見る?
続いてきた家業を攻めの姿勢で守ってきた黒澤氏は、いまの政府の動きをどう見ているのだろうか。
「国が『多いから減反をしなさい』、少なくなったから『増産しなさい』、でも現場は無理だと思う。今までは農家が自分の農地を守ってきたから、コメを赤字でも出荷していた。赤字でも出荷してきた兼業農家の人たちが、団塊の世代を含めて、これから激減する。小さい(規模の)人たちも兼業農家として生き延びられる。そういう国の制度政策を早く出してもらわないと、国が勝手に増産しろと言っても、現場は増産できない状況になっている」  
ニュース番組『ABEMAヒルズ』のコメンテーターで、慶應義塾大学教授、教育経済学者の中室牧子氏は、日本のコメが輸出で成功するためには様々な課題解決も必要と指摘する。
「輸出用に作ったコメを国内用に転換できない規制があるので、そこは改善する必要がある。需給調整をするのに備蓄米を使っているが長くは続かない。政府が持っている需給調整の手段が備蓄米だけというのは危険なこと。輸出を増やしていくことがすごく大事」  
「増産も簡単にはできない」という現場の意見に、中室氏は次のように述べる。
「日本の地形の問題。棚田などが多いので簡単に大規模化できない。一方で、大規模化していくのは非常に重要。農水省が出している統計をみると、大規模化した事業者は後継者の不足に困っている比率が低い。小規模農家の場合は、団塊の世代であって後継者がいない人たちが非常に多い。大規模の方が、コストが低くて利益も大きいので若い人たちも参入してくる。持続的に儲かる形にして、若い人たちに参入、継承してもらい、持続可能にしていくことが王道だと思う」DSC00667.JPG

 農業を始めた時には全量農協に出荷でコメ作りがスタートしたが、一生懸命作ってこだわっているコメでも、普通に作ったコメでも、同じ倉庫に入って同じ評価を受けることに関しては疑問に思っていた。自分のコメの評価を、食べた人に評価してもらえるようにするには直接売るしかないということで、約32年になるが『直売しよう』と」その通りですね。一生懸命作っている人もそうでない人も同じコメとして出荷されるのはどうでしょうか。「2000年に初めてお米のコンクールに出品した時に、うちのコメが最優秀賞になってから『買ってください』から『売ってください』に変わった」新潟や秋田のブランド米ばかりが脚光を浴びる中、山形県の美味しいコメを印象付けた黒澤氏。いまでは、香港やシンガポール、ハワイに輸出するなど海外でも食べられるコメになっている。評価され価格に反映することには納得するでしょう。「最優秀を取ったことで、『黒澤のコメが最優秀だったら、隣で作っている俺のコメだって最優秀になる可能性がある』と広がってきたことで、美味しいコメを作る意識が上がった。農協ではないところに出荷するのは不安だったと思うが、生産してもらった。しかも評価を受けることができた。稲刈りをした時、来年の春また田植えをしたいという意欲が湧くか湧かないかが、コメ作りには非常に重要だ」自分で作ったものは自分で価格をきめることができるようになればいいのでしょう。「国が『多いから減反をしなさい』、少なくなったから『増産しなさい』、でも現場は無理だと思う。今までは農家が自分の農地を守ってきたから、コメを赤字でも出荷していた。赤字でも出荷してきた兼業農家の人たちが、団塊の世代を含めて、これから激減する。小さい(規模の)人たちも兼業農家として生き延びられる。そういう国の制度政策を早く出してもらわないと、国が勝手に増産しろと言っても、現場は増産できない状況になっている」兼業農家だから農業で多少赤字でも補って生活することができているのでしょう。農業従事者数が減少すればこれからの農業をどうするのでしょうか。日本のコメが輸出で成功するためには様々な課題解決も必要と指摘する。「輸出用に作ったコメを国内用に転換できない規制があるので、そこは改善する必要がある。需給調整をするのに備蓄米を使っているが長くは続かない。政府が持っている需給調整の手段が備蓄米だけというのは危険なこと。輸出を増やしていくことがすごく大事」「日本の地形の問題。棚田などが多いので簡単に大規模化できない。一方で、大規模化していくのは非常に重要。農水省が出している統計をみると、大規模化した事業者は後継者の不足に困っている比率が低い。小規模農家の場合は、団塊の世代であって後継者がいない人たちが非常に多い。大規模の方が、コストが低くて利益も大きいので若い人たちも参入してくる。持続的に儲かる形にして、若い人たちに参入、継承してもらい、持続可能にしていくことが王道だと思う」大規模化する方が効率的であることは間違いありませんが、中山間地が多い日本の場合は、両立を目指さなければならないでしょう。若い人たちにも希望を持って取り組むことができるような仕組みをすることは大事でしょう。農業を重要な産業として盛り上げていくことが求められるのではないでしょうか。DSC00666.JPG
「日本では献身的に働く女性が追い詰められる」[2025年10月25日(Sat)]
 COURRiER2025年6月6日付け「米研究者が選択的夫婦別姓の意義を解説「日本では献身的に働く女性が追い詰められる」」から、選択的夫婦別姓を導入するための法案が28年ぶりに衆議院法務委員会で審議入りしたものの、「伝統的な家族観」を重んじる慎重派の根強い反対もあり、実現の見通しは立っていない。そうしたなか、日本の家族法などを研究する米大学教授は、夫婦別姓を認めることは日本が男女平等な社会になるうえでの大きな転換点になるだろうと指摘している。
日本人女性は数百年間、「嫁入り」した家のために犠牲を強いられる儒教的通念に縛られてきた。それは、姓にまで及ぶ。
性差別を助長するダブルスタンダードと男性中心社会のせいで、ほとんどの日本人女性が結婚の誓いとともに慣れ親しんだ自分の姓を捨てている。
1947年に改正された民法には、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と規定されている。つまり法律ではどちらの姓を名乗ってもかまわないが、慣習的にほぼ夫の姓を名乗ることになる。日本の夫婦の95%が夫の姓で入籍している。 だが、変化の兆しがまったくないわけではない。
時事通信社が2025年3月の「国際女性デー」に合わせて国会議員を対象に実施したアンケートでは、夫婦別姓を支持すると回答した議員は44%と以前より増えている。石破茂首相も、選択的夫婦別姓の導入に対していったんは前向きな姿勢を表明した。日本では、結婚後も自分の姓を名乗れるようになると期待する声が、再び高まっている。
ジェンダー、家族制度に関する日本の法律を研究する者として言わせてもらえば、こうした変化はきっと多くの日本国民に歓迎されるはずだ。日本人女性を対象にした聞き取り調査を15年間してきたが、生まれ持った姓を結婚後も名乗り続けたいと強く思っていると、多くの人が回答している。
日本人女性のキャリアを傷つける結婚
共同通信社が2025年1月に実施した世論調査では、約6割が選択的夫婦別姓の導入に賛成すると回答している。
にもかかわらず、日本政府は男女の平等を保障した憲法と矛盾する民法を改正していない。改正を阻む主な障壁は、戦後ほぼ一貫して政権与党の座にいる保守政党の自民党だ。
法改正して夫婦別姓を認めれば、「伝統的な家族」の形態が壊れると考える自民党議員は、法改正案を再三にわたり握りつぶしてきた。
2015年、最高裁判所は「夫婦同姓を義務づける民法規定は合憲」との判断を下し、夫婦別姓の是非をめぐる問題を国会に差し戻した。以来、自民党は法制化をめぐる国会審議を阻止してきた。
だが男性議員が多い保守的な日本の政界においても、夫婦別姓を認めるべきだと主張する野党側の圧力は日増しに高まっており、政府もこうした声に向き合わざるを得なくなっている。
日本において姓名は、個人の重要なアイデンティティの一部だ。男性でも女性でも姓名からきょうだいや親、祖父母、さらには先祖がどこで暮らし、働いていたかまで連想できる。聞き取り調査に応じたある既婚女性は、「銀行の窓口で夫の姓で呼ばれると、他の人のことかなと思ってしまいます。自分の名前だという感じがしないんです」と語る。
だが姓名の変更がもたらす影響は、アイデンティティだけでなく職場にも及ぶ。日本では通常、職場ではお互いをファーストネームではなく姓で呼び合う。
厚生労働省の2022年の調査によれば、日本の平均結婚年齢は女性が29.7歳、男性が31歳だ。つまり日本女性の多くは結婚までに、旧姓で10年近いキャリアを築いている。
また別の聞き取り調査の協力者は、結婚後も夫のように自分の名前で気兼ねなく仕事を続けたいと話す。顧客、同僚、直属の上司などに姓名が変わったと報告すると、業務上必ずしも必要のないプライベートな事柄にまで関心を持たれるのが嫌だと彼女は言う。
筆者が聞き取り調査をした女性のなかには、結婚の報告をした後に上司や同僚の態度が変わったという人もいた。彼女は、独身時代と変わらず仕事を頑張ったとしても、正当に評価されないのではないかと懸念していた。
こうした話から、日本では結婚が女性のキャリアを傷つけるケースが多々あることがわかる。それを避けるため、自身の変化を同僚や顧客に伝えずに済ませたいと考える女性もいる。DSC00669.JPG

 選択的夫婦別姓を導入するための法案が28年ぶりに衆議院法務委員会で審議入りしたものの、「伝統的な家族観」を重んじる慎重派の根強い反対もあり、実現の見通しは立っていない。伝統的な家族観を持つ政党と国会議員のための法案ではなく国民のための法案として考えなければならないでしょう。日本人女性は数百年間、「嫁入り」した家のために犠牲を強いられる儒教的通念に縛られてきた。それは、姓にまで及ぶ。儒教的な考え方を肯定するだけでなく客観的な判断が必要なのではないでしょうか。1947年に改正された民法には、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と規定されている。つまり法律ではどちらの姓を名乗ってもかまわないが、慣習的にほぼ夫の姓を名乗ることになる。日本の夫婦の95%が夫の姓で入籍している。 だが、変化の兆しがまったくないわけではない。日本では、結婚後も自分の姓を名乗れるようになると期待する声が、再び高まっている。ジェンダー、家族制度に関する日本の法律を研究する者として言わせてもらえば、こうした変化はきっと多くの日本国民に歓迎されるはずだ。日本人女性を対象にした聞き取り調査を15年間してきたが、生まれ持った姓を結婚後も名乗り続けたいと強く思っていると、多くの人が回答している。別姓を希望する人は別姓を選べることは大事でしょう。日本政府は男女の平等を保障した憲法と矛盾する民法を改正していない。改正を阻む主な障壁は、戦後ほぼ一貫して政権与党の座にいる保守政党の自民党だ。法改正して夫婦別姓を認めれば、「伝統的な家族」の形態が壊れると考える自民党議員は、法改正案を再三にわたり握りつぶしてきた。2015年、最高裁判所は「夫婦同姓を義務づける民法規定は合憲」との判断を下し、夫婦別姓の是非をめぐる問題を国会に差し戻した。以来、自民党は法制化をめぐる国会審議を阻止してきた。自民党の責任は重いでしょう。男性議員が多い保守的な日本の政界においても、夫婦別姓を認めるべきだと主張する野党側の圧力は日増しに高まっており、政府もこうした声に向き合わざるを得なくなっている。政党というか議員の数で決定するのではなく、国民が何を望んでいるか真剣に受け止め判断しなければならないでしょう。日本の平均結婚年齢は女性が29.7歳、男性が31歳だ。つまり日本女性の多くは結婚までに、旧姓で10年近いキャリアを築いている。 また別の聞き取り調査の協力者は、結婚後も夫のように自分の名前で気兼ねなく仕事を続けたいと話す。顧客、同僚、直属の上司などに姓名が変わったと報告すると、業務上必ずしも必要のないプライベートな事柄にまで関心を持たれるのが嫌だと彼女は言う。結婚の報告をした後に上司や同僚の態度が変わったという人もいた。彼女は、独身時代と変わらず仕事を頑張ったとしても、正当に評価されないのではないかと懸念していた。こうした話から、日本では結婚が女性のキャリアを傷つけるケースが多々あることがわかる。それを避けるため、自身の変化を同僚や顧客に伝えずに済ませたいと考える女性もいる。結婚に関係がなく女性のキャリアを評価することが大事でしょう。結婚して出産してキャリアに傷つき評価が下がることがあってはならないのではないでしょうか。DSC00668.JPG
離婚しても家族? 日本とドイツの家族観の違い[2025年10月24日(Fri)]
 PHPonline2025年6月5日付け「離婚しても家族? 日本とドイツの家族観の違い...元配偶者の親戚とのクリスマス」から、日本とドイツの家族観には、どのような違いがあるのでしょうか。
ミュンヘン出身で、現在は日本で暮らすサンドラ・ヘフェリンさんは、日本人の方がドイツ人に比べて家族との関係はドライだと話します。
日本の親子関係は世界のなかでもドライ?
日本とドイツを比較して私が感じるのは「親子関係」は日本のほうがドライだということです。
たとえば成人した息子や娘が東京で働き、親が地方都市に住んでいる場合、子どもが帰省して親に会うのはお正月ぐらいだったりします。電話も週に何度もするという日本人はむしろ少なく、「たまにする程度」という人がほとんどのようです。
もっとも、都会で働いている人は忙しいことが多いのでそう頻繁に電話はできないし、親から連絡を受けても、折り返しをうっかり放置してしまったとしても責められることではないでしょう。
いっぽう、ベルギー、フランス、ドイツなどの私の知り合いや友達を見ていると、「親子関係が濃い」と感じます。毎日のように親と連絡を取ると語るベルギー人女性は、「週に一度だけしか親と話さないなんて、本当に信じられない!」と言います。
個人的には「連絡しないのは愛情がない」とは思いません。もしかしたら、家族であっても愛情や気持ちを「言葉」で表すことを重視している「欧米流のコミュニケーション」vs.「家族間の阿吽(あ・うん)の呼吸」を信じる日本人、という違いなのかもしれません。
「ヨーロッパ的な嫁・姑関係」とは?
ヨーロッパ人のほうが、親との付き合いが濃い――これは実の親に限らず、義両親に対しても同じです。日本はかつて「結婚すると女性は『嫁』となり、姑や舅にいいように使われて酷い目に遭う」なんて話がザラでしたが、現在も改善したとは言い難いようです。
匿名で悩みごとについて相談したり、意見を書き込んだりできる読売新聞の掲示板サイト「発言小町」でも、「義両親とはあまりかかわりたくない」という意識が感じられます。
その点、ヨーロッパの女性は、だいぶ様子が違います。
関東在住のノルウェー人女性は夫(日本人)がいなくても、地方都市に住む義両親(日本人)にマメに会いに行って、交流を深めています。また都内在住のあるドイツ人女性は「クリスマスの雰囲気を味わってもらいたい」と家をクリスマス風に飾り付け、手の込んだ料理を用意し、義母を東京駅まで迎えに行って、いろいろともてなしていました。
そこには「嫁としてやらなくては」という義務感よりも、「家族になった人なのだから交流をしたい」という意欲が強いように感じます。もっとも、日本人の義両親も、嫁が外国人だと良い意味であきらめがつくのか、「日本の嫁になら求めそうなことを求めない」ために、良い距離感が保てている点は否定できません。
私自身も、亡くなったロシア人の義母の服を譲り受けて着ていたりします。この感覚は、もしかしたらヨーロッパ的なのかもしれません。
日本では男性が母親と仲良くすると、即「マザコン」だと決めつける傾向がありますが、ヨーロッパではそれはむしろ普通のことです。「母親の誕生日に妻と入籍したよ」というドイツ人男性の話を聞いて、私は素敵だなと思いました。
「元家族」も「今の家族」も一緒に過ごす
クリスマスに集まるメンバーを見ていると、日本とドイツでは「家族観」がだいぶ違うことがわかります。日本では夫婦が離婚をすると、元配偶者はもちろん、元配偶者の親きょうだい、親戚とも縁を切る、または交流をしないという考え方が一般的かと思います。
配偶者と死別の場合も、その後再婚をしたら、再婚相手やその家族の手前もあり「元配偶者の親戚とともにお正月を過ごす」というのはあまりないでしょう。ところがドイツでは、こうした関係性の人たちとクリスマスを一緒に過ごすのは「アリ」です。
たとえば、日本旅行にやってきたドイツ人女性アンナさんは、死別を経て再婚しています。元夫ハインツ(Heinz)さんは58歳の時に、多発性硬化症で亡くなりました。
ハインツさんの死後、アンナさんは大学の同級生で、同じく小児科医のシュテファンさんと再婚。その後も、元夫ハインツさんの親戚と交流をしています。
2023年のクリスマスにアンナさんとシュテファンさん夫妻の家に集まったのは、アンナさんと亡きハインツさんの間に生まれた成人した子どもたちと、彼らのパートナー。そして、シュテファンさんと元配偶者との間の成人した3人の子どもたちとそのパートナー。
さらに......亡きハインツさんの高齢の父親、叔母とその娘とその配偶者でした。離婚・死別・再婚などで、家族は拡大していくのです! アンナさんは楽しそうに話します。
「ハインツの父親秘伝のヴァイナハツプンシュ(Weihnachtspunsch)〔註:クリスマスに飲むベリー系の温かい飲み物。オレンジジュース、フルーツやラム酒を入れる〕を作ってみんなで飲んで、楽しかったわ。おじいちゃんの秘伝はね、『ラム酒をとにかくたくさん入れること!』よ」
ヨーロッパでも家族や親戚付き合いには様々なかたちがあります。でも「配偶者と別れたら、それに関連する親戚付き合いを一切断ち切る」という日本人のような感覚をもつ人は少数派です。
縁あって一度家族になった人、縁あって親戚になった人とは、よほどのことがない限り「交流を続ける」ドイツ人。アンナさんのようにそういった「つながり」を大事にしていくのも、人との縁が豊かな老後につながる気がします。IMG_1767.JPG

 「嫁としてやらなくては」という義務感よりも、「家族になった人なのだから交流をしたい」という意欲が強いように感じます。もっとも、日本人の義両親も、嫁が外国人だと良い意味であきらめがつくのか、「日本の嫁になら求めそうなことを求めない」ために、良い距離感が保てている点は否定できません。亡くなったロシア人の義母の服を譲り受けて着ていたりします。この感覚は、もしかしたらヨーロッパ的なのかもしれません。日本では男性が母親と仲良くすると、即「マザコン」だと決めつける傾向がありますが、ヨーロッパではそれはむしろ普通のことです。「母親の誕生日に妻と入籍したよ」というドイツ人男性の話を聞いて、私は素敵だなと思いました。クリスマスに集まるメンバーを見ていると、日本とドイツでは「家族観」がだいぶ違うことがわかります。日本では夫婦が離婚をすると、元配偶者はもちろん、元配偶者の親きょうだい、親戚とも縁を切る、または交流をしないという考え方が一般的かと思います。配偶者と死別の場合も、その後再婚をしたら、再婚相手やその家族の手前もあり「元配偶者の親戚とともにお正月を過ごす」というのはあまりないでしょう。ところがドイツでは、こうした関係性の人たちとクリスマスを一緒に過ごすのは「アリ」です。寛容さの違いでしょうか。ヨーロッパでも家族や親戚付き合いには様々なかたちがあります。でも「配偶者と別れたら、それに関連する親戚付き合いを一切断ち切る」という日本人のような感覚をもつ人は少数派です。 縁あって一度家族になった人、縁あって親戚になった人とは、よほどのことがない限り「交流を続ける」ドイツ人。アンナさんのようにそういった「つながり」を大事にしていくのも、人との縁が豊かな老後につながる気がします。家族のあり方も多様であっていいでしょうか。それに比べて日本の方は頑なかもしれません。日本人も家族や結婚に関する多様な考え方に寛容であれば暮らしやすくなるのかもしれません。@南白神B.JPG
「地方女子の流出」は誰のせい?最大の原因は仕事[2025年10月23日(Thu)]
 日テレNEWS2025年6月4日付け「「地方女子の流出」は誰のせい? 地方女子100人にインタビューした女性が語る…最大の原因は仕事」から、地方から消えていく若い女性
「東京が令和だったら、地方は江戸時代って思ってて。家のことは女の人がやって、外のことは男の人がやるみたいな。男だから女だからっていうのをやめてほしい」
これは、ある山形県出身の19歳の女子大学生がインタビューで答えた言葉。この女子学生は現在、大学がある北海道で暮らしていますが、将来的にも地元の山形を出たい気持ちが強いといいます。
地方出身の女性が地元を離れて暮らす。こうした動きは、いま全国で加速化。総務省の調査などでは、首都圏・大阪・愛知・福岡を除く、すべての道府県で若年層の女性(15〜39歳)の転出人口が転入を上回っていることがわかりました。地方を離れる傾向は男性より女性に強く、特に就職期の20〜24歳の転出が著しくなっています。
「地方女子」100人にインタビュー
人口減少や少子化にもつながるとされる「地方女子の流出」。こうした事態に危機感を持つ政府は今年4月、地方における魅力ある環境づくりを進めるための会議を新たに立ち上げました。
学者や県知事などで構成される会議の委員には一人、山梨県出身の25歳の女性がいます。
「地方女子プロジェクト」の代表、山本蓮さんです。
山本さんはこれまで、自身と同じ「地方女子」100人を対象に、地元を離れた理由や地元に残って日頃感じることなどについてインタビューを実施。「東京が令和だったら、地方は江戸時代」と答えた女子大生のような声を拾い、それをSNS等で発信する「地方女子プロジェクト」という活動を続けています。
山本さん「結婚して子どもを産む女性が、どう戻ってくるかみたいなのは、ずっと議論されていて。でも、そこに当事者の声がないと思って、まずはそこを可視化させたいと思って始めました」
「地方女子の流出」を“食い止める”ことに、国が本腰で取り組み始めた一方で、それを議論しているのは、ほとんどが中年以上の男性、つまり“おじさん”たち。その議論の中に、当事者の声を届けたいとして始めたのが「地方女子プロジェクト」でした。
山本さん「まず『食い止める』みたいな言葉の使い方に、主題が女性たちにないというか。
女性たちが、いろんな地域でどう生きたいか、どう過ごしていきたいかみたいな目線ではないというのが、すごく気になります。女性たちの意見が反映されたような環境が、地域としてまず整う、変わっていくということをしないと、問題は解決できないかなと思っています」
まず、てこ入れすべきは「仕事」
山本さんが気づいたのは、「地方女子」たちが、みな「どうしても地元を出たい」といった確固たる意志があって地元を離れるわけではないということ。ではそれでも地元を離れる決断をする最大の理由は何か? 
それは「仕事」だといいます。
山本さん「地元の仕事についてインタビューしてみると、看護師や介護士、保育士かパート、または銀行員とかもありますけど、自分が主体的ではなくて、誰かのお世話や補佐をするみたいな役割みたいな感じで。男性にとっても地方の仕事の選択肢は都市に比べて減ってしまうかもしれないけど、女性だと性別役割分業で、もっと少なくなる印象です」 山本さんは自身の就活中にも、女性が選べる選択肢に違和感を覚えました。
山本さん「一番ショックだったのは、同じ大学の先輩が勤めている地元企業に、OB訪問に行ったときです。海外留学もして英語が話せる先輩が、海外出張のある営業として採用されたはずなのに、男性が営業、女性がその補佐の事務という体制で。(女性の)先輩が『やりたい仕事ができていない』と言っていて」
社会全体で共働きが当たり前になってきている今でも、まだ性別役割にとらわれた配置の仕事が多い傾向にある地方。「地方でも女性が自立して当たり前という環境が整わないと、地方は選ばれない」と山本さんは指摘します。
実際、政府の会議で示された首都圏在住の20〜30代への調査でも、「地方に居住するための条件」を聞くと「希望する仕事がある」「納得できる給与水準の仕事がある」とした条件を選ぶ若者が、群を抜いて多い結果となりました。
「結婚はいつ?」「そろそろ子どもは?」
山本さん「仕事以外でも、帰省するたびに家族とか近所の人から『結婚はいつ?』『そろそろ子どもは?』みたいなことを干渉されるのが、すごく嫌だっていう声は多いです。
あとは地域のお祭りとか、お盆とか正月に親戚で集まるときに、女の人が料理の準備をして、男の人が座ってお酒を飲んでみたいなのをずっと見てきた若い女性は、自分はもう、そんなのやりたくないという声がとても多いです」
仕事以外の「地方女子の流出」の要因として挙げるのは、「結婚・出産の圧」と「地域の女性役割が息苦しさ」。山本さんは、そうした“押しつけ”は決して悪意のもと行われているわけではないと強調する一方で、こうした“刷り込み”は断ち切る機会がなく、違和感を覚えても声を上げにくい実態が「地方女子」を苦しめていると指摘します。
山本さん「『地方女子プロジェクト』をやっていて、よく感じるのが、皆さん本当に意見を言うことをすごく怖いと感じていること。基本的には顔を隠して発信しているんですけど、中には『声を変えてください』とか『姿も、ちょっとわかるようなところを出さないでください』という方もいます。『こんなことを言っているのが、家族とか近所の人にバレたら、地元でなんて言われるかわかりません。それがすごく怖い』と」
おかしいことを言っていなくても、後ろ指をさされる恐怖。初めから顔を出して活動している山本さんは、むしろ声を上げることで、社会が変わるという成功体験を多くの人にしてもらいたいと話します。
“意識を変えるために制度を変える”
去年、山本さんが一人で始めた「地方女子プロジェクト」は、今ではこの活動に賛同する全国の「地方女子」が集まり、現在は15人で活動しています。地方での魅力づくりとして最初に手をつけるべきもの、それは、やはり「働く環境」だと山本さんは考えます。
山本さん「働き方を見直そうというのが始まると、男女で家庭にいる時間が変わり、家庭での役割も変わっていく。そうすると地域でも、女性に対する目線とか、他のコミュニティーの空気も変わっていくかなと思っています。意識だけを、偏見を変えようというのは一番難しくて。やっぱり制度が変わって、システムが変わってから、意識も変わっていくものだと思っています」 すでに行った100人へのインタビューは、今後も数を増やしていくほか、都道府県ごとに課題も違うとの気づきから、今後は集めたヒアリングの結果分析もする方針だといいます。
山本さん「集めた声を政治の場だったり、地域のステークホルダー、企業や自治体に届けて、一緒に考えていくという活動にして、“女性が選びたくなる”地方に、どうしたらなるか一緒に考えていく活動にしたいです」IMG_4013.JPG

 地方出身の女性が地元を離れて暮らす。こうした動きは、いま全国で加速化。総務省の調査などでは、首都圏・大阪・愛知・福岡を除く、すべての道府県で若年層の女性(15〜39歳)の転出人口が転入を上回っていることがわかりました。地方を離れる傾向は男性より女性に強く、特に就職期の20〜24歳の転出が著しくなっています。「結婚して子どもを産む女性が、どう戻ってくるかみたいなのは、ずっと議論されていて。でも、そこに当事者の声がないと思って、まずはそこを可視化させたいと思って始めました」女性を子どもを産むこととしか考えていないのでしょうか。「まず『食い止める』みたいな言葉の使い方に、主題が女性たちにないというか。女性たちが、いろんな地域でどう生きたいか、どう過ごしていきたいかみたいな目線ではないというのが、すごく気になります。女性たちの意見が反映されたような環境が、地域としてまず整う、変わっていくということをしないと、問題は解決できないかなと思っています」その通りかもしれません。「地元の仕事についてインタビューしてみると、看護師や介護士、保育士かパート、または銀行員とかもありますけど、自分が主体的ではなくて、誰かのお世話や補佐をするみたいな役割みたいな感じで。男性にとっても地方の仕事の選択肢は都市に比べて減ってしまうかもしれないけど、女性だと性別役割分業で、もっと少なくなる印象です」女性が選ぶ職業の幅が狭く、多様な職種が揃っていませんね。「一番ショックだったのは、同じ大学の先輩が勤めている地元企業に、OB訪問に行ったときです。海外留学もして英語が話せる先輩が、海外出張のある営業として採用されたはずなのに、男性が営業、女性がその補佐の事務という体制で。(女性の)先輩が『やりたい仕事ができていない』と言っていて」社会全体で共働きが当たり前になってきている今でも、まだ性別役割にとらわれた配置の仕事が多い傾向にある地方。「地方でも女性が自立して当たり前という環境が整わないと、地方は選ばれない」「地方に居住するための条件」を聞くと「希望する仕事がある」「納得できる給与水準の仕事がある」とした条件を選ぶ若者が、群を抜いて多い結果となりました。「仕事以外でも、帰省するたびに家族とか近所の人から『結婚はいつ?』『そろそろ子どもは?』みたいなことを干渉されるのが、すごく嫌だっていう声は多いです。あとは地域のお祭りとか、お盆とか正月に親戚で集まるときに、女の人が料理の準備をして、男の人が座ってお酒を飲んでみたいなのをずっと見てきた若い女性は、自分はもう、そんなのやりたくないという声がとても多いです」仕事以外の「地方女子の流出」の要因として挙げるのは、「結婚・出産の圧」と「地域の女性役割が息苦しさ」。そうした“押しつけ”は決して悪意のもと行われているわけではないと強調する一方で、こうした“刷り込み”は断ち切る機会がなく、違和感を覚えても声を上げにくい実態が「地方女子」を苦しめていると指摘します。なる程と頷くし、納得できますね。「『地方女子プロジェクト』をやっていて、よく感じるのが、皆さん本当に意見を言うことをすごく怖いと感じていること。基本的には顔を隠して発信しているんですけど、中には『声を変えてください』とか『姿も、ちょっとわかるようなところを出さないでください』という方もいます。『こんなことを言っているのが、家族とか近所の人にバレたら、地元でなんて言われるかわかりません。それがすごく怖い』と」おかしいことを言っていなくても、後ろ指をさされる恐怖。初めから顔を出して活動している山本さんは、むしろ声を上げることで、社会が変わるという成功体験を多くの人にしてもらいたいと話します。声を上げないとどのようなことに苦しんでいるかわかってもらえないかもしれません、「働き方を見直そうというのが始まると、男女で家庭にいる時間が変わり、家庭での役割も変わっていく。そうすると地域でも、女性に対する目線とか、他のコミュニティーの空気も変わっていくかなと思っています。意識だけを、偏見を変えようというのは一番難しくて。やっぱり制度が変わって、システムが変わってから、意識も変わっていくものだと思っています」確かに制度、システムを変えることは必要でしょう。「集めた声を政治の場だったり、地域のステークホルダー、企業や自治体に届けて、一緒に考えていくという活動にして、“女性が選びたくなる”地方に、どうしたらなるか一緒に考えていく活動にしたいです」声を上げ続ける人が増えてくれば社会的に影響力を強めることができるでしょう。女性が苦しんでいることに対して社会の理解が進み解決に向けて共感の輪が広がっていかなければならないでしょう。IMG_1781.JPG
「土壌福祉」と「緊急事態菜園」の思想は日本でも理解されないでしょうか[2025年10月22日(Wed)]
 Yahooニュース2025年6月4日付け「ノルウェーで広がる「土壌福祉」と「緊急事態菜園」の思想」から、ノルウェーの首都オスロで開かれた環境イベント「オスロ・ヴェゲタールフェスティバル」で、筆者にカルチャーショックを与えたのが「都市農場とBeredskapshager(緊急事態菜園/備えの菜園)」に関するセミナーだった。
キーワードは「jordvelferd(土壌福祉)」
直訳すれば「土の福祉」。日本では聞き慣れない言葉だが、ノルウェーでは近年、土を単なる資源や物質としてではなく、さまざまな生物が集う「エコシステム」であり、「土は生きている」と捉える考え方が静かに広まりつつあるようだ。
「福祉」という言葉はそもそも北欧ではより幅広い意味で使用されており、無償の教育や医療に限らず、子ども・若者も含めて、人間やその他あらゆるもののウェルビーイングや幸福に関するものすべてが「福祉」の意味合いで使用される。ノルウェーでは「魚の福祉」という言葉もあるが、「土の福祉」は初めて聞いたので、びっくりしてしまった。
登壇した講師はこう語った。
「土はミミズや菌、アメーバ、水や空気など、無数の生命で成り立っています。生き物である以上、適切な世話と配慮が必要です。ペットを育てるように」
この視点は、自然との共生を尊ぶ北欧思想に根ざしているといえるだろう。
緊急事態に「庭」が命を救う
さらに注目されたのが、「緊急事態菜園(beredskapshage)」という概念だ。
単なる趣味の園芸ではない。パンデミックや供給網の断絶といった「もしも」に備え、都市部でも小さな菜園を持ち、少しでも自給率を高めるという、生活インフラとしての菜園だ。
ヴルガリスさんによると、ノルウェーの食料自給率は35〜40%とされ、スウェーデン(50%)、フィンランド(70〜80%)に比べて低い。その背景には厳しい気候や地形もあるが、「だからこそ準備が必要だ」と語る。
「都市のラウンドアバウト(交差点)や校庭、公園にも菜園は作ることは可能です。トランポリンサイズでも意味があるのです」
この取り組みの根底には、「samberging(サムベルギング)=共に責任を負い、協力し合い、互いに支え合って自立を目指すこと」がある。自己完結的なサバイバル思想ではなく、地域で支え合う。ノルウェー語で2024年の注目語として選ばれた「beredskapsvenn(備えの仲間)」という言葉も象徴的だ。
自己責任の備蓄よりも、共に菜園を
セミナーでは「自己自給(sjølberging)よりも、samberging(サムベルギング)による緊急時菜園(beredskapshager)を」というメッセージが繰り返された。
保存食を倉庫に積むより、食べられる植物を育てるほうが持続的で、地域にもつながりを生むという。
また、ノルウェーでは1940年代に「Mor Norges matbok(母ノルウェーの食卓)」という冊子が配布され、国内産品を使った食生活の重要性が啓発された歴史がある。
 この新版が必要なのでは。そんな提起もなされた。
「緑の肺」としての都市
緊急時菜園は、単に野菜を得るだけでなく、子どもたちの食育、生物多様性の保全、「都市の緑の肺」としての機能も担う。
土に触れると、情報過多の社会の中で、人は深呼吸できるようになる。
持続可能性とは技術革新だけではない。自然とつながり直す文化的回復でもある。
「土壌福祉」というユニークな発想は、ノルウェー社会が大切にしている価値の輪郭を表現しているかのようだ。IMG_1790.JPG

 「土の福祉」。日本では聞き慣れない言葉だが、ノルウェーでは近年、土を単なる資源や物質としてではなく、さまざまな生物が集う「エコシステム」であり、「土は生きている」と捉える考え方が静かに広まりつつあるようだ。「土はミミズや菌、アメーバ、水や空気など、無数の生命で成り立っています。生き物である以上、適切な世話と配慮が必要です。ペットを育てるように」この視点は、自然との共生を尊ぶ北欧思想に根ざしているといえるだろう。共感できる考え方ですね。「緊急事態菜園(beredskapshage)」という概念だ。単なる趣味の園芸ではない。パンデミックや供給網の断絶といった「もしも」に備え、都市部でも小さな菜園を持ち、少しでも自給率を高めるという、生活インフラとしての菜園だ。この取り組みの根底には、「samberging(サムベルギング)=共に責任を負い、協力し合い、互いに支え合って自立を目指すこと」がある。自己完結的なサバイバル思想ではなく、地域で支え合う。ノルウェー語で2024年の注目語として選ばれた「beredskapsvenn(備えの仲間)」という言葉も象徴的だ。「自己自給(sjølberging)よりも、samberging(サムベルギング)による緊急時菜園(beredskapshager)を」というメッセージが繰り返された。保存食を倉庫に積むより、食べられる植物を育てるほうが持続的で、地域にもつながりを生むという。確かにそうですね。緊急時菜園は、単に野菜を得るだけでなく、子どもたちの食育、生物多様性の保全、「都市の緑の肺」としての機能も担う。土に触れると、情報過多の社会の中で、人は深呼吸できるようになる。持続可能性とは技術革新だけではない。自然とつながり直す文化的回復でもある。「土壌福祉」というユニークな発想は、ノルウェー社会が大切にしている価値の輪郭を表現しているかのようだ。大変勉強になるし、参考になる考え方であり取り組みですね。日本でも理解され広く浸透しないでしょうか。IMG_1783.JPG
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