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東京に拘らずに日本各地で活躍できる女性が増えているのか[2025年02月28日(Fri)]
 telling,2025年1月5日付け「東京にこだわらない女たち 「ここには余白がない」から、情報爆発時代の中で、私たちはさまざまな「HAVE TO:しなければならないこと」に囲まれている。でもそれって本当にやらなきゃいけないこと? 
働く女性たちを研究している博報堂キャリジョ研プラスによる連載「XXしない女たち」。今回は「東京にこだわらない女たち」。「東京」という場所から離れて、日本各地、様々な場所で自由に活躍する女性たちに話を聞きました。
「上りのエスカレーター」を降りたかった
教育事業に携わるYさん(34)は神奈川県出身。28歳のタイミングで島根県に移住した。
当時、名前を知られた大手企業に勤めていたYさんは、企業のブランドで自分の実力以上の評価をされているように感じていた。神奈川県に生まれ、東京の中高一貫校に進学し、一流大学を卒業し、大手企業に就職。いわゆる“エリート”だったYさんは、社会人6年目、そろそろ転職をと考えてみた際、「全然違う土地に行って、等身大の自分を見つめてみたい」と思った。
「上りのエスカレーターを一度降りたかったのかもしれません。島根だったら、私のことをみんな全然知らない状況だったし、そうした素の自分に興味がありました」。親も都会育ちで、価値観が偏っているな、と幼少期からうっすら思っていたので、違う土地に住んでみたかったという。「せっかくなら、自分のやりたいことをやれる場所で、と思い、大学時代から興味のあった教育事業に、島根で携わり始めることにしました」
移住してからも、Yさんは「とても楽しい毎日」と語る。正直、最初は島根という土地が合わなかったら東京にいつでも帰ろう、くらいの気持ちだったという。でも、行ってみたら1か月で楽しさを実感した。
「東京は人が多いけど、おもしろい人に会える確率はそんなに高くない。島根では、本気で人生をかけておもしろいことをやろうとしている人たちに出会える確率が高くて、こういう人たちと働いていた方が心地よいなと感じました。私が住んでいる場所は島根の中では都会なので、車がなくても自転車で生活もできて、心地よい。島根の人たちには『よそから島根に来てくれてありがとう』という雰囲気があり、思ったよりも早くなじむことができました」
「どこでも生きていける」選択肢を持っていたい
Yさんは、なぜ東京にこだわらないのか。
「東京でしか働けない、暮らしていけない、っていう縛りより、どこでも生きていけるという選択肢を持っていたいというのがありました。どうしても東京に住むには、お金の問題が付きまとう。私は、東京でしか生きていけないというこだわりを手放したかったのです」
「東京には余白がないと思います。ぎゅっと詰まっている中で、みんなが必死に生きている。一方で、地方は足りないことがたくさんある。例えば、電車の本数、買い物できる施設の数、スーパーの数など。不便がたくさんあるからこそ、その中で新しく創り出す方が、自分の生き方として心地よいのです」
「中高の同級生たちが東京でキャリアに邁進している姿を見ていると、もしかしたら私は違う道を捨ててしまったのかな、と思ったりすることも時々あります。でも、戻りたくなったらいつでも戻れるし、今はこの選択が合っているなと思っています」
東京で生まれているからこそ、こだわりがない
Kさん(33)は、東京都出身で2021年に北海道に移住した。Kさんはもともと都内でコンサル会社に勤めていたが、移住をきっかけに独立。いまは北海道で学校を経営している。転勤族の家庭で育ち、東京だけでなく海外在住も経験した。そんなKさんは、東京で生まれているからこそ、東京にこだわりがない、と語る。
「そもそも『東京だ〜!』って思って生きてこなかったし、そんなに意識していなかったですね。小さいときから東京以外で生活した経験が長く、この先もずっと東京にいるっていう感じではないです。ただ、たまたま今実家がある場所が東京で、自分が長い時間育った場所、という感覚ですかね。これからどうなるかわからない時代に、『東京が絶対居心地よい』と決めつけるのが嫌でした。自分は変化する人間で、フレキシブルさを大事にしたいと思っています」
そんなKさんは、いつかは自然の多い場所に移住したいなと漠然と思っていたものの、自分とパートナーの仕事の都合もあり、最初は東京都と北海道の2拠点生活から始めたという。そして、コロナ禍でのリモートワークの浸透が後押しになり、完全に移住した。
「小さいときから転勤族だったので移住することに抵抗はなかったです。パートナーも私も温泉が好きだったので、温泉が多くて、水がきれいな場所に移住したいね、という会話をよくしていました。また、当時は会社員でしたが、私の夢は学校づくりだったので、それができる場所に移り住みたいというのもありました」
そんなときに北海道に移住した夫婦と出会うきっかけがあり、自分も移住して事業を起こしてみたいと思うようになった。北海道と東京の2拠点生活、当初は1-2年やってみて、無理だったら東京に帰ろうと思っていたという。自分の親からも批判をあびたが、とにかくその場所で事業をやってみたかったので、体力を削りながらもどうにか1年半は続けた。
体力も気力も限界だったころ、コロナ禍がきっかけで東京の家を手放した。「緊急事態宣言で移動が難しくなり、コロナ禍が終わらないから、東京には戻らないのに家賃払うのがもったいないね、と。パートナーの仕事の都合がオンラインOKという変化もあり、完全に2人で移住することができました。いまは事業も軌道に乗り始め、北海道にマイホームも建てました。街の人とのつながりも増え、とても楽しく過ごせています。移住してよかったです」
完全移住したKさんだが、実は2ー3か月に1度は東京に“帰る”ようにしているという。
「東京には文化を享受できる場所が数多くあります。美術館、展覧会、週末どこかにいけば、何かしらやっているのが東京。定期的に東京に行くと、自分の感覚が研ぎ澄まされる感じがします。また、ちゃんとおしゃれしようっていう美意識も芽生えますね。1日に見える人の量が多い分、東京を歩いていると、おもしろい。あんな髪型もいいな!こんな服可愛い!と刺激がある。一方で、刺激があるから、モヤモヤする気持ちも多い。東京にいると、社会の制度に対する違和感、時には理不尽さを感じることもあります。毎日刺激はいらないけど、たまにはこういう刺激もあった方が、バランスがとれているなと思います」
ほどよい距離感が心地よい
ウエディングプランナーのAさん(38)は、福岡県出身。就職して東京に住んだ後、現在は大阪に住んでいる。Kさんが大阪に住む一番の理由は、地理的に大阪が「日本の真ん中」で、「遊び心がある街だから」だという。
福岡でも東京でも働いたことがあるが、大阪がとても居心地がいいという。「大阪は、福岡にも帰りやすい、東京にも行きやすい。交通の便で大阪を日本の真ん中だと思っています。程よい街の距離感もいい。大阪市内に住めば、自転車である程度行きたい場所に行けることも便利です。私にとって東京は住む場所ではなく、刺激をもらいにいく場所で、福岡は帰る場所っていう感覚ですね。東京に住んでみたものの、結果的に今は『東京にこだわらない』というこだわりを持っている気がします」
Aさんのウエディングプランナーという仕事は、0から交渉して結婚式の場所を探していく。東京ではお金さえ出せば場所を貸してもらえる場合が多いが、大阪では「それ、おもろい」って思ったら貸してもらえる感覚だという。「どちらが合っているかは人それぞれですが、自分にとっては大阪の方が居心地良くて、チャレンジしがいがある、そう感じました」
東京にこだわらない層は6割
博報堂キャリジョ研プラスは2024年8月、20-59才の女性150人を対象に「居住地に関する調査」を行った。
グラフ1は東京在住経験の有無と東京にこだわりをもっているかどうかの設問である。回答者150人のうち、東京に在住経験のある46人の結果をグラフ化している。グラフ1をみると、「現在東京に住んでいるが、東京にこだわりはない」、もしくは「過去東京に住んでいたが、東京にこだわりはない」を合わせると63%(29名)おり、東京在住経験のある人の中で、過半数の女性が東京にこだわりをもっていないことがわかった。
「東京にこだわりがない」と答えた女性たちに、その理由を聞いたところ、最も多かったのは「人が多すぎるから」62%、次いで「家が狭いから、高いから」46%、「通勤が大変だから」23%という結果となった。
また、調査対象者全員に、住む町に求めることを聞いたところ、最も多かったのは「アクセスの良さ・利便性」59%、次いで「買い物のしやすさ」57%、「病院・学校など公共施設が充実」43%という結果となった。
インタビューの結果、東京にこだわらない女たちは、衝動的に移住した人もいれば、長い期間をかけて少しずつ移住に踏み切った人もいる。いずれも共通しているのは、自分にとっての優先順位をそれまで長い時間をかけて整理してきて、「自分の意思で」移住を決めていることだった。東京のことを嫌いになったというより、「住む場所ではない」と判断した人が多いようだった。
周囲の友人やコミュニティに流されるのではなく、自身がどう生きたいのか、この先何をしたいのかを考えた結果が「東京にこだわらない」理由ともいえる。また、はじめから完全に移住できなかったとしても、長い期間をかけて自分自身も、そして家族や周囲に理解してもらうという選択肢も見られた。
リモートワークが浸透し、暮らしの選択肢が増えている今だからこそ、自分の感覚を研ぎ澄ませ、「私はどこで生きたいのか」をもう一度、自身に問いかけてみてもよいのかもしれない。007.JPG

 「上りのエスカレーターを一度降りたかったのかもしれません。島根だったら、私のことをみんな全然知らない状況だったし、そうした素の自分に興味がありました」移住してからも、Yさんは「とても楽しい毎日」と語る。正直、最初は島根という土地が合わなかったら東京にいつでも帰ろう、くらいの気持ちだったという。でも、行ってみたら1か月で楽しさを実感した。「東京は人が多いけど、おもしろい人に会える確率はそんなに高くない。島根では、本気で人生をかけておもしろいことをやろうとしている人たちに出会える確率が高くて、こういう人たちと働いていた方が心地よいなと感じました。私が住んでいる場所は島根の中では都会なので、車がなくても自転車で生活もできて、心地よい。島根の人たちには『よそから島根に来てくれてありがとう』という雰囲気があり、思ったよりも早くなじむことができました」型にはまらずに思い切って飛び出す勇気も必要なのでしょう。「東京でしか働けない、暮らしていけない、っていう縛りより、どこでも生きていけるという選択肢を持っていたいというのがありました。どうしても東京に住むには、お金の問題が付きまとう。私は、東京でしか生きていけないというこだわりを手放したかったのです」「東京には余白がないと思います。ぎゅっと詰まっている中で、みんなが必死に生きている。一方で、地方は足りないことがたくさんある。例えば、電車の本数、買い物できる施設の数、スーパーの数など。不便がたくさんあるからこそ、その中で新しく創り出す方が、自分の生き方として心地よいのです」地方の足りないところをどのように補うのか考えることができれば住み易くなるかもしれません。いつかは自然の多い場所に移住したいなと漠然と思っていたものの、自分とパートナーの仕事の都合もあり、最初は東京都と北海道の2拠点生活から始めたという。そして、コロナ禍でのリモートワークの浸透が後押しになり、完全に移住した。「小さいときから転勤族だったので移住することに抵抗はなかったです。パートナーも私も温泉が好きだったので、温泉が多くて、水がきれいな場所に移住したいね、という会話をよくしていました。また、当時は会社員でしたが、私の夢は学校づくりだったので、それができる場所に移り住みたいというのもありました」2拠点生活から始めるのはいい選択肢ではないでしょうか。完全移住したKさんだが、実は2ー3か月に1度は東京に“帰る”ようにしているという。「東京には文化を享受できる場所が数多くあります。美術館、展覧会、週末どこかにいけば、何かしらやっているのが東京。定期的に東京に行くと、自分の感覚が研ぎ澄まされる感じがします。また、ちゃんとおしゃれしようっていう美意識も芽生えますね。1日に見える人の量が多い分、東京を歩いていると、おもしろい。あんな髪型もいいな!こんな服可愛い!と刺激がある。移住しても時々東京に出かけて刺激を受けるのはいいのではないでしょうか。「東京にこだわりがない」と答えた女性たちに、その理由を聞いたところ、最も多かったのは「人が多すぎるから」62%、次いで「家が狭いから、高いから」46%、「通勤が大変だから」23%という結果となった。また、調査対象者全員に、住む町に求めることを聞いたところ、最も多かったのは「アクセスの良さ・利便性」59%、次いで「買い物のしやすさ」57%、「病院・学校など公共施設が充実」43%という結果となった。納得ですね。周囲の友人やコミュニティに流されるのではなく、自身がどう生きたいのか、この先何をしたいのかを考えた結果が「東京にこだわらない」理由ともいえる。また、はじめから完全に移住できなかったとしても、長い期間をかけて自分自身も、そして家族や周囲に理解してもらうという選択肢も見られた。リモートワークが浸透し、暮らしの選択肢が増えている今だからこそ、自分の感覚を研ぎ澄ませ、「私はどこで生きたいのか」をもう一度、自身に問いかけてみてもよいのかもしれない。どこでどのように行きたいのかじっくり考えるのはいいでしょう。013.JPG
日本はなぜ検証をして責任を明確にして前に進まないのか[2025年02月27日(Thu)]
 東洋経済オンライン2025年1月5日付け「2025年、日本がもっと「後進国になる」根本理由、世界は動いているのに10年間、時計の針が止まった日本の末路」から、世界はこの10年間に大きく変わった。しかし、日本ではこの10年間、時計の針が止まったように、何も変わらなかった。日本の地位が大きく低下したのは、当然のことだ。昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する。
10年前、日本は世界第3位の経済大国だったが、2025年には第5位に  
今年は終戦80年になる。私は2015年に、『戦後経済史』という本を東洋経済新報社から刊行した。この時は、戦後70年だった。
 いま改めて読み返してみると、この10年間に、世界が大きく変化したことに驚く。
2015年には、GDPの規模で、日本は、アメリカと中国についで、世界第3位だった。
中国のGDPは、2010年に日本のGDPより大きくなっていたのだが、差はそれほど大きくなかった。私は、2014年に刊行した 『数字は武器になる』(新潮社)で、国の面積をGDPに比例した図を描いて、「実際の国土面積では取るに足らない日本が、中国と同じくらい」と書いた。しかし、いまや中国のGDPは日本の4.5倍だ。GDP比例の世界地図を描き直して見れば、日本は、中国の陰に隠れてしまいそうだ。
 そして日本は、GDPの規模でドイツに抜かれ、世界第4位になった。IMFの予測によると、2025年にインドに抜かれて、世界第5位になる。近い将来に、イギリスやフランスに抜かれる可能性もある。  
GDPの規模より重要なのは、1人当たりGDPで表される国の豊かさだ。G7諸国の1人当たりGDPを見ると、2015年においては、日本はG7中で第6位だった。2000年には日本はG7諸国中のトップだったので、2015年時点ですでに日本の凋落ぶりは顕在化していたのだが、さらに驚くのは、2015年と2024年との比較だ。
 この間に、日本以外の国の1人当たりGDPは、大きく増加している。アメリカの場合には、実に50%の増加だ。ヨーロッパ諸国も、イタリア以外は、20%台後半から40%台の増加になっている。  
ところが、日本の1人当たりGDPは、この間に約5%減少している。つまり、この10年間、日本経済は歩みを止めてしまったのだ。
世界各国が変わる中で、「止まったままだった日本」  
成長しているのは、G7諸国だけではない。アジア諸国の成長はもっと顕著だ。日本は、2024年に一人当たりGDPで韓国や台湾に抜かれた。こんな事態になるとは、10年前には考えたこともなかった。
この10年の間に、世界の多くの国々が成長を遂げたのだ。そして、日本は変わらなかった。だから日本の相対的な地位が低下したのだ。  
「同じ場所にとどまるには、一所懸命に走らねばならぬ。もし別の場所に行きたいのなら、その倍の速さで走らねばな!」  
これは、ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』で、赤の女王が発した言葉だ。私はこれを「赤の女王の相対性原理」と呼んでいたのだが、最近では、キャロルが21世紀の日本を予測して、日本人に向けて発した警告ではないのかと思えてきた。
 この間に世界経済に起きた大きな変化の1つは、中国経済の成長だ。しかし、2015年版『戦後経済史』では、中国について、中国が工業化に成功したことを、わずか数ページ書いたに過ぎない。   
その当時の私は、中国の経済成長の影響を軽視していたわけではない。実際、2012年には、東洋経済新報社から『日本式モノづくりの敗戦』という書籍を刊行し、中国企業の重要性について述べた。その本のサブタイトルを「なぜ米中企業に勝てなくなったのか」としたのだから、中国経済の成長は重視していたつもりだ。しかし、実際に生じた変化は、予想を遥かに超えた。
日本人の思考法と基準・尺度が変わらなかった  
このように、世界はこの10年間に驚くほど変わった。それにもかかわらず、日本は変わらなかった。日本国内では、この10年間、時間の進行が止まったようだった。そして、10年前の思考法と基準・尺度から脱却することができなかった。  
最近、それを痛感させられるニュースが3つあった。  
1つは、日産とホンダの提携を伝える新聞記事だ。仮に提携が成立すれば、世界で販売台数がトヨタとフォルクスワーゲンに次ぐ世界第3位のグループが登場すると報道されている。これは、自動車の販売台数だけにとらわれた発想だ。
 しかし、時価総額で見れば、テスラは1.483兆ドルで世界第8位(2024年12月25日現在)。それに対してフォルクスワーゲンは、463.5億ドルで世界第425位。まるで比較にならない。  
両社の時価総額の差が示しているのは、自動車がEVと自動運転車へ大きく変化しつつある事実だ。それを考えれば、販売台数が世界第3位という尺度が意味を失っていることは明らかだ。  
もう1つは、シャープ関連のニュースだ。シャープは2016年に債務超過に陥り、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下に入った。その後、シャープについてのニュースを聞くことがなかったのだが、2024年5月に、テレビ向け液晶パネルを生産する堺工場を停止し、大型液晶パネルの生産から撤退するとのニュースが伝えられた。
すると、この8年間、液晶パネルの生産は、変わりなく続けられていたわけだ。この記事の見出しは、「遅すぎた撤退」というものだった。シャープの社内では、8年間、時計が止まったままだったのだろうか? 
なお、2024年12月には、堺工場の一部がソフトバンクに売却されたと報道された。
日本が変わらないことを痛感した3番目のニュースは、日本銀行が、12月19日、過去25年間の金融緩和策を検証する「多角的レビュー」を公表したことだ。2013年に導入された異次元金融緩和政策について、「導入当初に想定していたほどの効果は発揮しなかった」とした。
 しかし、これは、いま初めて明らかになったことではない。導入して2年後の2015年に、すでに明らかになっていたことだ。  
異次元金融緩和政策は、2年間で政策目標を達成するとしていたのだから、失敗であることは、2015年の時点で明らかになっていた。だから、2015年で「多角的レビュー」を実施し、その時点で終了とすべきだった。  
しかし、実際にレビューが行われたのは、その約10年後だった。この間の約10年間の歳月は、失敗した金融政策に固執しただけだったと言わざるをえない。
 物価上昇率は、2021年まで2%を超えなかった。仮に超えたとしても、日本経済を活性化することはなかっただろう。  
2022年以降の物価上昇率2%を超えたが、それは異次元金融政策のためではなく、世界的なインフレが輸入されたためだ。しかも、低金利に固執したため、異常な円安が生じ、物価高騰で日本の消費者の生活は貧しくなった。  
日本銀行の行内では、10年間、時計が止まったままだったのだろうか? 
日本は「ますます、ますます不思議になる」
 『不思議の国のアリス』で、不思議の国に迷い込んだアリスは、curiouser and curiouser(ますます不思議になる)という有名な言葉を発している。日本経済の過去10年間を振り返ると、この言葉は、日本が抱える諸問題に対する日本政府や日本銀行の対応ぶり(あるいは、不対応ぶり)と、政権が次々に打ち出す奇妙な標語(例えば「新しい資本主義」)を予見し、それを形容する言葉としてキャロルが創作したものではないかと思えてくる。013.JPG

 GDPの規模より重要なのは、1人当たりGDPで表される国の豊かさだ。G7諸国の1人当たりGDPを見ると、2015年においては、日本はG7中で第6位だった。2000年には日本はG7諸国中のトップだったので、2015年時点ですでに日本の凋落ぶりは顕在化していたのだが、さらに驚くのは、2015年と2024年との比較だ。この間に、日本以外の国の1人当たりGDPは、大きく増加している。アメリカの場合には、実に50%の増加だ。ヨーロッパ諸国も、イタリア以外は、20%台後半から40%台の増加になっている。ところが、日本の1人当たりGDPは、この間に約5%減少している。つまり、この10年間、日本経済は歩みを止めてしまったのだ。政治だけの責任ではないでしょうが、政治の責任が大きいでしょう。どうして実行した政策に対して検証をして責任を明確にして前に進もうとしないのでしょうか。世界はこの10年間に驚くほど変わった。それにもかかわらず、日本は変わらなかった。日本国内では、この10年間、時間の進行が止まったようだった。そして、10年前の思考法と基準・尺度から脱却することができなかった。日産とホンダの提携を伝える新聞記事だ。仮に提携が成立すれば、世界で販売台数がトヨタとフォルクスワーゲンに次ぐ世界第3位のグループが登場すると報道されている。これは、自動車の販売台数だけにとらわれた発想だ。しかし、時価総額で見れば、テスラは1.483兆ドルで世界第8位(2024年12月25日現在)。それに対してフォルクスワーゲンは、463.5億ドルで世界第425位。まるで比較にならない。両社の時価総額の差が示しているのは、自動車がEVと自動運転車へ大きく変化しつつある事実だ。それを考えれば、販売台数が世界第3位という尺度が意味を失っていることは明らかだ。2013年に導入された異次元金融緩和政策について、「導入当初に想定していたほどの効果は発揮しなかった」とした。しかし、これは、いま初めて明らかになったことではない。導入して2年後の2015年に、すでに明らかになっていたことだ。異次元金融緩和政策は、2年間で政策目標を達成するとしていたのだから、失敗であることは、2015年の時点で明らかになっていた。だから、2015年で「多角的レビュー」を実施し、その時点で終了とすべきだった。しかし、実際にレビューが行われたのは、その約10年後だった。この間の約10年間の歳月は、失敗した金融政策に固執しただけだったと言わざるをえない。物価上昇率は、2021年まで2%を超えなかった。仮に超えたとしても、日本経済を活性化することはなかっただろう。2022年以降の物価上昇率2%を超えたが、それは異次元金融政策のためではなく、世界的なインフレが輸入されたためだ。しかも、低金利に固執したため、異常な円安が生じ、物価高騰で日本の消費者の生活は貧しくなった。どうして政策を検証しないでやり続けるのでしょうか。責任を明確にすることを避けたいからでしょう。国民は政権の政策を厳しい目でチェックする必要があるでしょう。必要なときには大きな声を上げなければより良い方向に変わっていくことはないでしょう。012.JPG
レスポンシブル・ツーリズムを推進すべきでは[2025年02月26日(Wed)]
 COURRiER JAPAN2025年1月4日付け「白川郷に押し寄せる人口比1000倍の観光客 それでも「観光客嫌い」が起きない理由とは?」から、ますます拡大するインバウンド市場。外国人観光客の目的地は、日本旅行の定番である東京・京都から地方へと移りつつある。なかでも、世界遺産・白川郷の合掌造りで知られる岐阜県白川村には、年間100万人を超える外国人観光客が押し寄せるという。現地では今、何が起きているのか。白川村役場観光振興課、小瀬智之課長補佐より話を聞いた。
人口の1000倍の観光客が訪れる村
外国人観光客は、いつごろから増加しましたか?
小瀬 大きなきっかけは世界遺産に登録された1995年ですが、ここ10年ほどで飛躍的に増加しました。2013年の外国人観光客の年間訪問者数は15万人で、全訪問者の1割程度。しかし、2019年には100万人を超えました。
外国人観光客の国籍も多様化しています。以前は台湾やタイなどアジア圏の方が多くを占めていましたが、現在は欧州や南米など多種多様な地域からいらっしゃっています。
白川村の人口は約1400人。外国人だけでなく日本人観光客も含めると、人口の1000倍以上の観光客が訪れている計算になります。すさまじい状況ですね。
小瀬 はい。東京都の国分寺市に日本国民全員が来る状況をイメージしていただければ、その賑わいがお分かりになるかと思います。
村人の「生きる姿」が付加価値に
どんな要素が、外国人観光客を引き付けているのでしょうか?
小瀬 一番は、白川郷に広がる日本の原風景だと思います。雪が積もる時期には特に神秘的になりますので、東南アジアをはじめとする雪に触れたことのない国の方には非常に魅力的に映るようです。
ですが、真の要因は、白川郷の「生きた世界遺産」としての希少性にあるのではないかと思います。
私は趣味で海外の数多くの世界遺産に訪れた経験がありますが、多くの地が観光地化しています。どんなに荘厳な景色や遺跡があっても、それがコマーシャライズされきったのを見た瞬間、「げんなり」してしまうものです。
一方、白川郷には合掌造りの家に住む人々がいて、そのなかでは実際の生活が営まれています。そうした状況は世界的にたいへん珍しく、商業化しきってしまった他の有名観光地とは大きく異なります。
村人が守り育てた価値
かつては日本に数多く存在した景色が白川村だけに残り、観光資源として成功し得た理由は何でしょうか?
小瀬 「村人が早い段階から価値に気付いたこと」および「村人が主体的に動いたこと」が大きな要因として挙げられます。
白川郷の景観維持に欠かせないのが、「守る会」の存在です。
この会は1971年という高度経済成長期のなかで結成され、景観を含めた周辺環境を守るために集落を「売らない・貸さない・壊さない」と定めました。
日本の伝統的風景は、高度経済成長期とバブル期に大きく変わりました。純日本風の家屋は取り壊され、団地や幹線道路、大型商業施設や商業ビルが各地で建設されました。そんな時代の潮流に流されることなく、いち早くこの合掌集落が持つ価値に気付いた先人たちは、非常に優れた先見の明があったと言えます。
また、こうした構想が国や村役場ではなく、村人主導で発せられていたことにも注目すべきでしょう。
「自分たちの村を、自分たちで守り育てる」という先人たちの姿勢は現在にも受け継がれていて、住宅の修繕や看板の取り付けなど村に関わるあらゆる物事が月1回の「守る会」会合で決定されます。
村人は白川村に生まれた瞬間から「守る会」の会員です。そう聞くと排他的に感じるかもしれませんが、実際はとてもオープンです。
日本有数の豪雪地帯であり、厳しい自然環境下にある白川村は、観光業なしには存続不可能です。結束が固い一方で外部の人を歓迎する傾向もあり、私のような移住者に対しても非常に友好的です。
観光をコントロールする仕組みとは
どのようにして、観光と村の暮らしを両立させているのでしょうか?
小瀬 いくつかの条件を設定しながら、観光客数をコントロールしています。 まず、私たちは夕方以降の日帰り客の入村を受け入れていません。白川村へのアクセスはバスか車しかありませんが、駐車場の開放時間を朝8時から夕方5時までに限定しています。さらに、駐車場を集落の入り口手前である川の対岸に設置することで、観光客の車を侵入させないようにしています。
また、ドローン撮影や過剰な撮影行為を防ぐため、商業利用・編集可能な動画素材をYoutube上で計215本提供しています。
それでも、村の入り口に駐車場待ちの長い渋滞ができてしまったり、合掌造りの家に無断で入って撮影しようとしたり、ゴミや衣類などを放置する観光客がいたりと、村人と観光客との摩擦が絶えません。
渋滞については訪問前に渋滞状況が把握できるサイトを構築中で、マナーに関しては漫画を作ったりガイドブックを配ったりして対策を講じています。
白川村役場の人数は約60人、観光関連の担当者はたった4人です。継続は可能でしょうか?
小瀬 一般的な自治体において、観光対応者が4人という状況は珍しくありません。しかし、白川村は自治体の規模に対してあまりにも多くの方がいらっしゃっているので、私たちも「何とか」対応している状態が続いています。
限られた人数ですが、渋滞対策やマナー啓発は、地道に強く取り組むしかないと思っています。
ただ、伝え方を工夫することで現状よりも高い効果を得られるとも考えています。
それが、白川村が昨年から実施している「レスポンシブル・ツーリズム」という考え方の普及です。
この概念はオーバーツーリズムや観光業の拡大による自然環境や地域文化の破壊を防ぐため、観光客に「責任ある観光」「自然環境や地域経済に貢献する観光」などを求める倫理規範です。
言語も文化も異なる外国人観光客に多くのことを要求したり、禁止事項だけを提示するような方法は有効とは言えません。「レスポンシブル・ツーリズム」という、外国人にとってイメージしやすい言葉で、理由の提示と共に最低限の事柄だけを守ってもらうように働きかけています。
村の負担は非常に大きい気がしますが、パリや京都で発生しているような、地元民による「観光客嫌い」は起きていませんか?
小瀬 敷地内に侵入されたり農地を荒らされた村人もいるため、不満がまったくないとは言えません。
しかし、村人の約7割が飲食店やお土産物屋など観光客向け事業に従事しており、年間5000万ほどかかる村の景観保全が観光収益によって賄われている現状のせいか、村全体としてオーバーツーリズムに大きな不満が渦巻いている、といった状況は生まれていません。
何より、村が現状維持できているのは「自分たちの大切な村を、他の人にも好きになってもらいたい」という村人の願いがあってこそだと思います。015.JPG

 大きなきっかけは世界遺産に登録された1995年ですが、ここ10年ほどで飛躍的に増加しました。2013年の外国人観光客の年間訪問者数は15万人で、全訪問者の1割程度。しかし、2019年には100万人を超えました。外国人観光客の国籍も多様化しています。以前は台湾やタイなどアジア圏の方が多くを占めていましたが、現在は欧州や南米など多種多様な地域からいらっしゃっています。白川村の人口は約1400人。外国人だけでなく日本人観光客も含めると、人口の1000倍以上の観光客が訪れている計算になります。すさまじい状況ですね。数字を見ると本当にすごいことですね。白川郷には合掌造りの家に住む人々がいて、そのなかでは実際の生活が営まれています。そうした状況は世界的にたいへん珍しく、商業化しきってしまった他の有名観光地とは大きく異なります。「村人が早い段階から価値に気付いたこと」および「村人が主体的に動いたこと」が大きな要因として挙げられます。白川郷の景観維持に欠かせないのが、「守る会」の存在です。この会は1971年という高度経済成長期のなかで結成され、景観を含めた周辺環境を守るために集落を「売らない・貸さない・壊さない」と定めました。日本の伝統的風景は、高度経済成長期とバブル期に大きく変わりました。純日本風の家屋は取り壊され、団地や幹線道路、大型商業施設や商業ビルが各地で建設されました。そんな時代の潮流に流されることなく、いち早くこの合掌集落が持つ価値に気付いた先人たちは、非常に優れた先見の明があったと言えます。また、こうした構想が国や村役場ではなく、村人主導で発せられていたことにも注目すべきでしょう。「自分たちの村を、自分たちで守り育てる」という先人たちの姿勢は現在にも受け継がれていて、住宅の修繕や看板の取り付けなど村に関わるあらゆる物事が月1回の「守る会」会合で決定されます。村人は白川村に生まれた瞬間から「守る会」の会員です。そう聞くと排他的に感じるかもしれませんが、実際はとてもオープンです。村人が主導的に動き、守る会がルールを決めて守り続けていることが大事なのでしょう。白川村が昨年から実施している「レスポンシブル・ツーリズム」という考え方の普及です。この概念はオーバーツーリズムや観光業の拡大による自然環境や地域文化の破壊を防ぐため、観光客に「責任ある観光」「自然環境や地域経済に貢献する観光」などを求める倫理規範です。言語も文化も異なる外国人観光客に多くのことを要求したり、禁止事項だけを提示するような方法は有効とは言えません。「レスポンシブル・ツーリズム」という、外国人にとってイメージしやすい言葉で、理由の提示と共に最低限の事柄だけを守ってもらうように働きかけています。素晴らしいですね。国が推進して広まっていってほしいです。村人の約7割が飲食店やお土産物屋など観光客向け事業に従事しており、年間5000万ほどかかる村の景観保全が観光収益によって賄われている現状のせいか、村全体としてオーバーツーリズムに大きな不満が渦巻いている、といった状況は生まれていません。何より、村が現状維持できているのは「自分たちの大切な村を、他の人にも好きになってもらいたい」という村人の願いがあってこそだと思います。白川郷の取り組みが国内の過疎に苦しんでいる自治体にも浸透してほしいですね。014.JPG
自国主義、保護主義が広まっているのか[2025年02月25日(Tue)]
 Reuters2025年1月4日付け「焦点:深刻化する世界の飢餓、支援責任果たさぬ大国に不満も」から、これは単純だが残酷な方程式だ。世界中で飢餓などに苦しむ人々の数が増加している一方で、最も富裕な国々が人道支援のために拠出する金額は減少している。
結果として、2025年は人道支援を必要とする3億700万人のうち、60%程度を支援できる資金しか調達できないと国連は予想している。つまり少なくとも1億1700万人が食糧その他の支援を受けられないということだ。
国連は24年、全世界の人道支援のために調達を目指している496億jの内、約46%しか集められそうにないとの見通しを示している。達成率が半分以下にとどまるのは2年連続だ。人道支援機関は苦渋の決断を迫られ、飢餓に苦しむ人々への配給を削減したり、支援の受給資格者を減らしたりしている。
例えばシリアで国連世界食糧計画(WFP)は、かつて600万人に食糧を供給していたが、24年初めの寄付額予測を踏まえて支援対象者を約100万人にまで削減した。WFPのパートナーシップおよび資源動員担当副事務局長であるラニア・ダガッシュカマラ氏が明らかにした。
一部の富裕国は財政逼迫と政治情勢の変化を背景に、支援の規模と対象を見直している。国連への寄付額が最大規模のドイツは既に、財政緊縮の一環として23年から24年にかけて人道支援を5億j削減。内閣は25年について、さらに10億jの削減を勧告している。
人道支援組織は、トランプ次期米大統領が人道支援についてどのような提案を行うかも注視している。トランプ氏は1期目に米国の資金援助を大幅に削減しようとしていた。
米国は、世界中で飢餓の防止と対策において主導的な役割を果たしており、過去5年間で645億jの人道支援を提供した。これは、国連が記録した同種の拠出総額の少なくとも38%に相当する。
<分担に大きな差> 人道支援資金の大半は、米国とドイツ、欧州連合(EU)欧州委員会という富裕な国と組織が拠出している。国連の記録では、20年から24年の危機支援額1700億ドルの58%を、これら3主体が占めた。 ロイターが国連の拠出金データを調査したところ、やはり大国である中国、ロシア、インドによる拠出額は、同期間の人道支援額の1%にも満たない。
この差が縮まらないことが、世界的な飢餓支援制度が窮状にある主因の一つだ。23年には59の国と地域において、約2億8200万人が深刻な食糧不足に直面した。
トランプ氏は、主要な国々が応分の負担を引き受けていないとの不満を繰り返し訴えてきた。トランプ氏の支持者らが2期目に向けてまとめた政策提言「プロジェクト2025」は、人道支援機関に対して他の国々からの資金調達に一層努力するよう求め、それを米国による追加支援の条件にすべきだとしている。
プロジェクト2025はまた、ほとんどの飢餓危機の原因である紛争について特別な言及を行っている。いわく「人道支援は戦争経済を支え、戦闘を続けるための財政的インセンティブを生み出し、政府の改革を妨げ、悪政を支えている」。そして「悪の勢力」が支配する地域で支援プログラムを中止し、国際的な支援を大幅に削減するよう求めている。
トランプ氏が新組織「政府効率化省」のトップに指名した実業家イーロン・マスク氏は今月Xで、同省が海外援助を検証すると表明した。
<五輪と宇宙船> 多くの地域で大規模な飢餓が長引くにつれ、寄付国の間に支援疲れが広がっていると人道支援機関は指摘している。
自国が支援できる額には限界があるだけに、十分な責任を担っていないとみられる大国に対する不満が募っているという。
ノルウェー難民評議会の代表であるヤン・エーゲランド氏は、ノルウェーのような小国が人道支援の拠出国上位に位置するのは「異常」だと話す。ロイターが国連の支援データを調査したところ、23年の国民総所得(GNI)が米国の2%にも満たないノルウェーは同年、国連に10億j余りを拠出し、世界7位の寄付国だった。
これに対し、GNI世界2位の中国による人道支援は1150万ドルで32位、GNI世界5位のインドは640万jで35位にとどまった。
エーゲランド氏は、中国とインドは世界的な注目を集める取り組みにはるかに多くの投資を行っていると指摘する。中国は22年の冬季五輪開催に数十億ドルを費やし、インドは23年に7500万jを投じて月面に無人探査機を着陸させた。
「世界の飢えに苦しむ子どもたちを助けることに、なぜこれほど関心が薄いのか」とエーゲランド氏。「これら(の国々)はもはや発展途上国ではない。五輪を開催し、他の多くの支援国が夢にも思わない宇宙船を所有しているのだ」と憤る。 駐米中国大使館の報道官は、中国は常にWFPを支援してきたと主張。また、中国国内で14億人に食糧を供給していると指摘した上で「それ自体が世界の食糧安全保障に対する大きな貢献だ」と述べた。
インドの国連大使および外務省は質問に回答しなかった。
14年当時、国連難民高等弁務官だったグテレス現国連事務総長は、国連加盟国による人道支援資金の拠出方式を抜本的に変え、加盟国に手数料を課す制度にするよう提言した。国連の報告書によると、翌年に国連はグテレス氏の案を検討したが、支援側の加盟国が、ケースバイケースで拠出を決める現行制度の継続を選択した。
国連人道問題調整事務所の報道官、レンズ・ラーケ氏は、国連は寄付ベースの多様化に取り組んでいると説明。「お馴染みの寄付国クラブに頼るだけではいけない」と認めた。030.JPG

 世界中で飢餓などに苦しむ人々の数が増加している一方で、最も富裕な国々が人道支援のために拠出する金額は減少している。結果として、2025年は人道支援を必要とする3億700万人のうち、60%程度を支援できる資金しか調達できないと国連は予想している。つまり少なくとも1億1700万人が食糧その他の支援を受けられないということだ。国連は24年、全世界の人道支援のために調達を目指している496億jの内、約46%しか集められそうにないとの見通しを示している。達成率が半分以下にとどまるのは2年連続だ。人道支援機関は苦渋の決断を迫られ、飢餓に苦しむ人々への配給を削減したり、支援の受給資格者を減らしたりしている。自国至上主義になってしまいお互いさま、助け合いの精神がなくなってしまったのでしょうか。一部の富裕国は財政逼迫と政治情勢の変化を背景に、支援の規模と対象を見直している。国連への寄付額が最大規模のドイツは既に、財政緊縮の一環として23年から24年にかけて人道支援を5億j削減。内閣は25年について、さらに10億jの削減を勧告している。人道支援組織は、トランプ次期米大統領が人道支援についてどのような提案を行うかも注視している。トランプ氏は1期目に米国の資金援助を大幅に削減しようとしていた。世界の人たちが平和に暮らすためには富裕国からの支援が必要不可欠でしょう。人道支援資金の大半は、米国とドイツ、欧州連合(EU)欧州委員会という富裕な国と組織が拠出している。国連の記録では、20年から24年の危機支援額1700億ドルの58%を、これら3主体が占めた。やはり大国である中国、ロシア、インドによる拠出額は、同期間の人道支援額の1%にも満たない。23年の国民総所得(GNI)が米国の2%にも満たないノルウェーは同年、国連に10億j余りを拠出し、世界7位の寄付国だった。これに対し、GNI世界2位の中国による人道支援は1150万ドルで32位、GNI世界5位のインドは640万jで35位にとどまった。中国、ロシア、インドは責任を果たす必要があるでしょう。プロジェクト2025はまた、ほとんどの飢餓危機の原因である紛争について特別な言及を行っている。いわく「人道支援は戦争経済を支え、戦闘を続けるための財政的インセンティブを生み出し、政府の改革を妨げ、悪政を支えている」。そして「悪の勢力」が支配する地域で支援プログラムを中止し、国際的な支援を大幅に削減するよう求めている。納得できるでしょう。国連難民高等弁務官だったグテレス現国連事務総長は、国連加盟国による人道支援資金の拠出方式を抜本的に変え、加盟国に手数料を課す制度にするよう提言した。世界の人たちが平和で幸せに暮らすことができるようにより効果的なアイデアを出し合っていくべきでしょう。016.JPG
旧態依然の考え方がいつまで残り続けるのでしょう[2025年02月24日(Mon)]
 47NEWS2025年1月3日付け「女子に学歴は必要ない?いまだに残る地域格差。女性の進学を阻む偏見と教育環境」から、東京大4年の川崎莉音さんは「なぜ女子より男子が保護者に難関大合格を期待されるのか」と疑問を抱いてきた。川崎さんは、地方に住む女子生徒の進学の選択肢を広げる「#Your Choice Project」代表を務めている。
2024年度の東大の女子学生比率は約2割。地方出身者はより少ない。「女子は周囲から浪人を反対されたり、地元に残ることを期待されたりしている。自己評価が低い傾向もあり、自分なんかが大学に行けるのかと考える人もいる」  
日本社会にはいまだに「女子に学歴は必要ない」との考えが強く残る。共同通信は10月、「地域からジェンダー平等を2024 都道府県版ジェンダー・ギャップ指数をてこに」と題したシンポジウムを開いた。有識者や現役学生が女性の直面する地域格差、男女格差について議論を交わした。
東北と九州では大学に行く女性が少ない  
ジェンダー研究の第一人者、上智大の三浦まり教授はシンポジウムに寄せたビデオメッセージで「格差は自己責任で放置すべきものではない」と強調した。  
三浦教授らでつくる「地域からジェンダー平等研究会」のデータからは、明らかな地域格差が読み取れる。  
昨春時点での都道府県別の女子の四年制大学進学率は、東京が最も高い76・5%。京都70・1%、山梨62・3%と続く。一方、東北や九州の8県では30%台で、女子が男子より上回ったのは徳島県だけだった。
 ほぼ全ての都道府県で男子より女子の進学率が低い状況となっている。  
地域間の「選択の格差」  
教育をジェンダー視点で分析する九州大の河野銀子教授は「戦後、女子の進学率は上昇してきたが、現在も男子より約6%低く、大学在学者に占める割合も半数に満たない」と現状を説明した。進学は個人の自由意思によると考えがちだが、「地域の産業構造や教育環境が大きく関係している」と話す。  
例えば、1次や2次産業の従事者が多い地域では、農業、工業など専門高校の比率が都市部より高いが、大学入試には不利になるケースがある。「普通科に進もうと思っても近くになければ下宿をしないといけない。地域間でこうした『選択の格差』が生まれている」と訴える。  
その上でこう強調した。「自分が住んでいる地域にある男女格差などに当事者が気がつくのは難しい」  
ジェンダー平等の基盤は自己決定権  
シンポジウムでは参加者から「教育は人生の選択肢を広げ、自己決定に不可欠なものだ」との声が上がった。
NPO法人「Gender Action Platform」理事の大崎麻子さんは「ジェンダー平等とは、男女が等しく権利と機会を得て、責任を分かち合い、意思決定に参画できる状態」と説明した。  
その基盤は女性が自己決定しながら生きる力だという。大崎さんは「性と生殖に関する健康や男女対等な人間関係などを人権の観点から学ぶ包括的性教育が必要。日本でも導入するべきだ」と教育の重要性に言及した。  
東京でのキャリア、地元では浮く?  
食品製造「デリカウイング」(広島県廿日市市)の細川志織さんは、自らの学びの選択がキャリアに生きたと話す。  
3歳から広島で育ち、中学生で英語のスピーチコンテストと出会い上智大学に進んだ。卒業後、より英語実務を通じてマネジメントを学びたいと外資系金融大手のJPモルガン証券に入社した。  
リーダー職から部長職に至るまで、マネジメント経験を10年以上積み、同郷の夫と結婚。広島へUターンした。夫の家業の製造業で社員研修を担当したことをきっかけに、現在は大学での非常勤講師や女性起業家支援に携わる。女性社員が長期的に働けるよう、キャリア形成のワークショップや、関心が高い子育てや介護などをテーマとしたお茶会を開催している。
 地元に戻った当初は「もしかしたら私、浮いてしまうかも」という怖さもあった。しかし「諦めずに活動していると、どんどん仲間が増えていった」。東京での学びや経験が地元に戻って生きているという。  
女子生徒の選択肢、広がる  
理系分野の女子学生比率を上げようと取り組む山田進太郎D&I財団では、理系を選択した女子高校生への奨学金の支給や、中高生が理系の大学や職場で活躍する女性を訪問する事業を行う。  
財団の石倉秀明さんは「ジェンダードイノベーション」に期待を寄せる。大学に女子学生が増えれば、「女子トイレが少ない」「徹夜でやるような実験は体力的に厳しい」といった、新たな視点が生まれるという。どれも男子中心の環境では気づかないことだ。
この考えは企業にも当てはまる。例えば自動車事故。女性の負傷者が多いが、長年メーカーの耐久テストでは男性のマネキンが使われていた。そこに女性技術者が加わると、大きな変化があった。「女性サイズでやらないのか」との疑問を投げかけられた。それをきっかけにテストの方法は改善された。
石倉さんは「日本は15歳女子の科学の成績は高いのに、理系分野の大学進学は低いという特殊な国だ」と指摘する。「理系を選ぶ選択を応援している人がいることや、勉強がどう仕事に結びつくか知ってもらう必要がある。理系分野に進む女性を増やしていきたい」と力を込めた。  
ギャップを可視化、考えるきっかけに  
シンポジウムのタイトルにもある「都道府県版ジェンダー・ギャップ指数(GGI)」は、都道府県ごとの男女平等の度合いを政治、行政、教育、経済の4分野で算出したもの。2024年のグッドデザイン賞を受賞。「都道府県版ジェンダー・ギャップ指数」のサイトで見ることができる。019.JPG

 2024年度の東大の女子学生比率は約2割。地方出身者はより少ない。「女子は周囲から浪人を反対されたり、地元に残ることを期待されたりしている。自己評価が低い傾向もあり、自分なんかが大学に行けるのかと考える人もいる」日本社会にはいまだに「女子に学歴は必要ない」との考えが強く残る。共同通信は10月、「地域からジェンダー平等を2024都道府県版ジェンダー・ギャップ指数をてこに」と題したシンポジウムを開いた。有識者や現役学生が女性の直面する地域格差、男女格差について議論を交わした。日本の社会はいつまでジェンダーギャップが残り続けるのでしょうか。都道府県別の女子の四年制大学進学率は、東京が最も高い76・5%。京都70・1%、山梨62・3%と続く。一方、東北や九州の8県では30%台で、女子が男子より上回ったのは徳島県だけだった。「戦後、女子の進学率は上昇してきたが、現在も男子より約6%低く、大学在学者に占める割合も半数に満たない」と現状を説明した。進学は個人の自由意思によると考えがちだが、「地域の産業構造や教育環境が大きく関係している地域的な問題ということはあるでしょうが、それで片付けてはいけないのでしょう。「教育は人生の選択肢を広げ、自己決定に不可欠なものだ」その通りですね。大学に女子学生が増えれば、「女子トイレが少ない」「徹夜でやるような実験は体力的に厳しい」といった、新たな視点が生まれるという。どれも男子中心の環境では気づかないことだ。この考えは企業にも当てはまる。例えば自動車事故。女性の負傷者が多いが、長年メーカーの耐久テストでは男性のマネキンが使われていた。そこに女性技術者が加わると、大きな変化があった。「女性サイズでやらないのか」との疑問を投げかけられた。それをきっかけにテストの方法は改善された。女性の活躍の場が増えれば変わっていくでしょう。「日本は15歳女子の科学の成績は高いのに、理系分野の大学進学は低いという特殊な国だ」「理系を選ぶ選択を応援している人がいることや、勉強がどう仕事に結びつくか知ってもらう必要がある。理系分野に進む女性を増やしていきたい」文系でも理系でも女性の選択肢が増えればいいですね。特に理系女子が増えると変わることが多いでしょう。女性が社会で普通に活躍できる社会にするべきでしょう。そのためには男性の働き方を真剣に考えるべきでしょう。029.JPG
高齢者が元気に生きがいを持って生活する社会に[2025年02月23日(Sun)]
 毎日新聞2025年1月1日付け「「喪え喪えきゅん」でおいしく 65歳超の「冥土喫茶」が話題 群馬」から、団塊世代が「後期高齢者」になる2025年問題。800万人もの高齢者が75歳以上を迎える中、課題ばかりが語られがちだが、そこには新たな可能性も潜んでいる。健康寿命が延びる中で、生涯現役を掲げ、地域や社会のために挑戦し続ける高齢者は少なくない。群馬県両毛地域では、サービス業や農業、スポーツなどのさまざまな分野で活躍している。「年齢を重ねること」の価値を見直せば、新たな高齢化社会の在り方のヒントが見えてくる。
メイドたちは全員65歳以上  
JR両毛線の桐生駅から徒歩10分。空き店舗をリノベーションしたビルの1階に、月に一度、朝の2時間だけオープンするカフェがある。ドアを開けると、出迎えてくれるのは白いフリルのエプロンをまとったメイドたち。クラシカルな制服は憧れの的となり「私もなりたい」と希望者が続々と集まってくる。ただしメイドになるには条件がある。65歳以上であることだ。  
カフェの名前は「冥土喫茶しゃんぐりら」(桐生市本町5)。第1土曜日午前8〜10時にオープンする。客がコーヒーなどを注文すると、65歳以上のメイドたちが静々とお盆を運び、目の前で「おいしくなーれ、喪え喪えきゅん」と呪文を唱える。愛嬌(あいきょう)たっぷりのもてなしが売りだ。  
コンセプトは「高齢者を元気にする居場所作り」。市内で子育て支援や地域活性化に取り組んできたNPO法人キッズバレイ(星野麻実代表理事)の事業として始まった。  
市内の繁華街には数年前まで喫茶店やファミリーレストランがあり、年配の人がおしゃべりしたり、気ままに過ごしたりできた。しかし、人口減少や新型コロナウイルスの流行で閉店が相次ぎ、居場所も少なくなった。この危機感を元に、コピーライターの横倉佑樹店長が「メイド」と「冥土」をかけあわせるアイデアを発案した。  
店内に「三途の川」 
トイレは極楽浄土  
カフェの入り口には青いビニールひもで「三途(さんず)の川」をしつらえ、トイレは「極楽浄土」と命名。帰りは「この世に疲れましたら、またお越しください」と言って見送り、接客に工夫を凝らす。年を重ねることについて気軽に話せる雰囲気を作りつつ、認知症予防の紙芝居や金沢市の葬祭用品メーカー「三和物産」の協力で棺桶に入る体験などのイベントを開いた。  
勇気出して接客 今はやりがいも  
だが、一番の目玉となっているのは、生き生きと働くメイドの姿だ。初代のメイドはNPOに関わってきた2人で、普段は学習塾講師も務めるデコちゃん(66)と孫のいるココちゃん(65)。「若い人がやるものと思っていた」との戸惑いもあったが、前橋市のメイドカフェを訪れ、接客を研究した。  
勇気を出して店に出ると「かわいい」「癒やされる」と声をかけられ、やりがいを感じるように。知人に「きれいになった」と言われ、「また来たよ」というリピーターもいた。2人の姿にひかれ、昨年12月、新たに5人がメイドに加わった。  
横倉店長は「高齢者の方がお客さんとして来るだけでなく、自らメイドとして接客するという新たな居場所ができた」と語る。2人は「私たちもお客さんにパワーをもらう」と次回の開催を楽しみにしている。 
2025年問題とは  
2025年問題は、戦後の第一次ベビーブーム(1947〜49年)に生まれた「団塊の世代」が75歳の後期高齢者になるとして、厚生労働省が2006年に提起。06年の推計では、25年の認知症患者数を320万人とし、医療費や介護費の増大について警鐘を鳴らした。後の再推計で472万人とされ、1.5倍の規模となった。  
群馬・栃木は健康、就業とも上位  
75歳以上は、90年には人口の5%だったが、25年には18%となり、5人に1人に迫る見通しだ。一方で、健康上の問題がなく日常生活を送れる期間を示す「健康寿命」は延伸傾向にある。厚労省の22年の推計値によると、男性72.57歳、女性75.45歳で、調査を始めた01年から男性は3.17歳、女性は2.8歳延びた。健康寿命と平均寿命との差である「日常生活に支障がある期間」が短いほど、健康に過ごせる期間が長いとされ、栃木・群馬両県は全国でも上位。都道府県別にみると、男性は群馬が2位(7.38年)、栃木が3位(7.43年)。女性は栃木・群馬とも5位(10.76年)だった。  
また、65歳以上の就業者数は増加傾向にあり、13年に128万人だった75歳以上の就業者数は、23年は228万人と約1.8倍に増えた。22年10月時点の65歳以上の有業率は25.3%で、栃木と群馬は男女とも全国平均より高い傾向にある。005.JPG

 最近は高齢者を邪魔にする風潮がありますが、現在の日本の社会があるのは高齢者の努力のおかげということもあるでしょう。800万人もの高齢者が75歳以上を迎える中、課題ばかりが語られがちだが、そこには新たな可能性も潜んでいる。健康寿命が延びる中で、生涯現役を掲げ、地域や社会のために挑戦し続ける高齢者は少なくない。群馬県両毛地域では、サービス業や農業、スポーツなどのさまざまな分野で活躍している。空き店舗をリノベーションしたビルの1階に、月に一度、朝の2時間だけオープンするカフェがある。ドアを開けると、出迎えてくれるのは白いフリルのエプロンをまとったメイドたち。クラシカルな制服は憧れの的となり「私もなりたい」と希望者が続々と集まってくる。ただしメイドになるには条件がある。65歳以上であることだ。カフェの名前は「冥土喫茶しゃんぐりら」(桐生市本町5)。第1土曜日午前8〜10時にオープンする。客がコーヒーなどを注文すると、65歳以上のメイドたちが静々とお盆を運び、目の前で「おいしくなーれ、喪え喪えきゅん」と呪文を唱える。愛嬌(あいきょう)たっぷりのもてなしが売りだ。コンセプトは「高齢者を元気にする居場所作り」。市内で子育て支援や地域活性化に取り組んできたNPO法人キッズバレイ(星野麻実代表理事)の事業として始まった。素晴らしいですね。アイデアを生かして高齢者がやりがいを持って働くことができる場づくりですね。一番の目玉となっているのは、生き生きと働くメイドの姿だ。初代のメイドはNPOに関わってきた2人で、普段は学習塾講師も務めるデコちゃん(66)と孫のいるココちゃん(65)。「若い人がやるものと思っていた」との戸惑いもあったが、前橋市のメイドカフェを訪れ、接客を研究した。勇気を出して店に出ると「かわいい」「癒やされる」と声をかけられ、やりがいを感じるように。知人に「きれいになった」と言われ、「また来たよ」というリピーターもいた。2人の姿にひかれ、昨年12月、新たに5人がメイドに加わった。「高齢者の方がお客さんとして来るだけでなく、自らメイドとして接客するという新たな居場所ができた」と語る。2人は「私たちもお客さんにパワーをもらう」と次回の開催を楽しみにしている。素晴らしい試みだし、働く人もやりがいを持って生き生きして働くことができるでしょう。004.JPG
二地域居住の促進は大事ではないか[2025年02月22日(Sat)]
 朝日新聞2025年1月1日付け「関係人口 地域再興の交わり方 観光より深く 移住よりは緩く」から、国のめざすべき姿を示す「国土形成計画」では、東京一極集中の是正や地域の担い手の確保のため、関係人口の拡大や二地域居住の促進を打ち出し、昨年11月にう「2025年問題」に象徴される超高齢化社会をどう乗り切れば良いのでしょうか。外国人労働者の受け入れ強化をはじめ、地方経済の活性化、女性のさらなる社会進出などを起爆剤にすべきだとの意見はありますが、個別の政策によって解決に向かう段階は過ぎ去ったようにも思えます。「改正広域的地域活性化法(二地域居住促進法)」を施行した。
 地方創生策を議論する有識者会議の高橋博之さん(50)は、関係人口の拡大のため、居住地以外にも住民登録できる「ふるさと住民登録制度」の創設を提案した。ふるさと住民は地方で住民サービスを受ける一方、住民税の分割納付をできるようにして、自治体の財源確保につなげる仕組みだ。「東京への人口集中は国策として進められた。再び国が前面に立ち、社会を再構成するほどの取り組みをしないと、流れを変えられない」
 都市と地方の関係はどうあるべきなのか。
 国土審議会の移住・二地域居住等促進専門委員会で委員長を務める明治大の小田切徳美教授(農政学)は「都市に住むか農村に住むか、一人ひとり価値観が違い、同じ一人の中でもライフステージによって変わる。都市に住むよう求める考えは、多様な価値観を否定することになる」と言う。
 都市には利便性、農村には自然があり、時には都市に住む人が自然を享受し、農村に住む人が買い物に行くなど、両方体験できるようにすることが大切とする。「『農村を守れ』ということではなく、都市にも農村にも住み続けられる社会を、どうつくるかが問われている」と述べた。004.JPG

 国は二地域居住促進に舵取りをしてくるようですが、よいことではないでしょうか。移住を決断するのはそれぞれの人の人生がかかっているので容易ではありません。二地域居住となれば、経済的には多少苦労するかもしれませんが、考慮して実行に移す人が増える可能性はあるでしょう。関係人口の拡大のため、居住地以外にも住民登録できる「ふるさと住民登録制度」は興味深いのではないでしょうか。「都市に住むか農村に住むか、一人ひとり価値観が違い、同じ一人の中でもライフステージによって変わる。都市に住むよう求める考えは、多様な価値観を否定することになる」都市には利便性、農村には自然があり、時には都市に住む人が自然を享受し、農村に住む人が買い物に行くなど、両方体験できるようにすることが大切とする。「『農村を守れ』ということではなく、都市にも農村にも住み続けられる社会を、どうつくるかが問われている」これからの日本のあり方を考える上でも実現できるように知恵とアイデアを出し合って創り上げていくべきではないでしょうか。003.JPG
日本のこれからの課題をどのように解決して前に進むのか[2025年02月21日(Fri)]
 JBpress2025年1月1日付け「「2025年問題」がトリガーを引く日本の危機、社会保障も介護も破綻寸前だが石破政権は関心薄」から、日本は2025年、ついに超高齢化社会に入ります。人口の5人に1人が75歳以上の後期高齢者、3人に1人が65歳以上の高齢者になるのです。介護の人手不足が深刻になる、中小企業の事業継続が困難になる、外国人を招き入れなければ産業が成り立たない。何年も前から懸念されていた少子高齢化の歪み。「2025年問題」と総称される社会はどんな姿になるのでしょうか。やさしく解説します。
すべての「団塊の世代」が後期高齢者に  
日本の総人口は2010年を境に減少を続けています。総務省統計局によると、2023年10月1日時点の総人口は1億2435万2千人で、前年同月比で59万5千人の減少となりました。0.48%のマイナスで、減少は13年連続です。こうしたなか、約800万人いる「団塊の世代」(1947〜1949年生まれ)が2025年にはすべて75歳以上の「後期高齢者」となるのです。  
内閣府の高齢社会白書(2024年版)によると、2025年には75歳以上が2180万人に達し、国民の5人に1人が後期高齢者になります。また、65〜74歳の前期高齢者も1497万人に到達。年々上昇していた高齢化率(総人口に占める65歳以上の割合)はついに30%台に乗ると試算されています。  
国民の3人に1人が高齢者になるわけで、社会の「老い」はいよいよ顕著になりそうです。  
一方で少子化は止まりません。総務省の資料によると、総人口に占める15歳未満の子どもは2023年4月1日時点で11.5%。実に49年連続で減少しました。そうした結果、日本社会の歪みは一段と鮮明になってくるものと思われます。わかりやすい物差しは、高齢者1人を何人の現役世代(15〜64歳)が支えているかという数値です。
高齢者を何人の現役が支えるか  
戦後間もない1950年は高齢者1人に対し、現役世代は12.1人でした。12人で1人の高齢者を支える社会構造だったわけです。その後、1970年には9.8人、1990年には5.8人と低減。高齢世代を支える働き盛りの世代は年々少なくなっていきました。  
そして2025年にはついに2.0人を割り込み、1.9人になると予測されています。現役世代の数値には学生や主婦、無職者なども含まれていますから、実際には高齢者を支える現役世代はさらに少ないはずです。  
若者世代に不安はないのでしょうか。  
日本財団が全国の17〜19歳1000人を対象として2023年1月に実施した「第52回価値観・ライフデザイン」調査によると、少子高齢化に関して「非常に危機感がある」は37.3%、「危機感がある」は36.8%となりました。  
7割を超す若者が危機を感じているわけです。他方、こうした問題に対する政府の対応については「不十分」「どちらかと言えば不十分」が82.0%にも達しました。次の世代を担う若者の多くが、2025年問題に象徴される日本の将来に強い不安を感じているのです。  2025年問題は、具体的には社会のどの分野にどんな影響を及ぼすのでしょうか。具体的な見通しをチェックしていきましょう。
社会保障も介護も破綻寸前  
まずは社会保障支出の膨張です。  
内閣官房の資料によると、2021年度の社会保障給付費(予算ベース)は、年金58.5兆円、医療40.7兆円、福祉その他30.5兆円で、総額129.6兆円でした。それが3年後の2024年度には総額137.8兆円に増加。対GDP比も20%を超すことが常態化してきました。2025年度には149.8兆円、さらに2040年度には169兆円になると見込まれています。  
こうした給付の増大を現役世代による保険料、さらには税収や借金(国債)で賄う形になっています。「保険料のみでは負担が現役世代に集中してしまうため、税金や借金も充てています。このうちの多くは借金に頼っており、私たちの子や孫の世代に負担を先送りしている状況」(財務省)が、今後さらに深刻化することは間違いありません。  
介護分野も深刻です。  
経済産業省の資料によると、2020年に725万人だった要介護・要支援の認定者は、2025年には815万人になる見通しとなりました。5年間で90万人も増加する計算です。認定者はさらに増え続け、2040年の予測は988万人。ほぼ1000万人が要介護者になる見込みです。また、認知症患者も2025年には675万〜730万人に達すると予測されています。  
これに対し、介護職員の数は圧倒的に足りません。厚生労働省の介護保険事業計画によると、2025年に必要とされる介護職員は約243万人で、不足は約32万人。2040年には必要な職員は約280万人にまで増える一方、約69万人が不足する見通しです。  
介護サービスの中でも、とくに人手不足が深刻なのは訪問介護の職員です。  
厚労省のまとめでは、2023年度の有効求人倍率は14.14倍で、全職種平均の1.31倍を大きく上回りました。事業者が必要とする人員14人に対し、求職者が1人しかいない状況です。  
不人気の理由は明確で、責任や労働の重さに比べて賃金が低いこと。平均給与月額は約26万円(就労2年未満)で、全産業の平均より8万円前後も低くなっています。しかも介護職員そのものの高齢化も進んでおり、全体の3割近くが65歳以上の高齢者という状態です。
深刻な人手不足に  
超高齢化社会は、言うまでもなく、深刻な人手不足を招きます。  
パーソル総合研究所のレポートによれば、2025年には全産業で505万人の労働者が不足し、2030年には不足が644万人に拡大します。すでに人手不足の影響は社会のあらゆる分野で深刻になっていますが、この状況が続けば、企業は生産性の低下や業務の効率化の遅れ、コスト増加などに見舞われ、事業の継続すら困難になる可能性もあります。  
とくに、従業員が比較的少ない中小・零細企業は、人手不足の影響を受けやすく、人手不足倒産が深刻化しかねません。そうした結果、日本全体で経済活動が停滞し、国際競争力のさらなる低下や、社会保障費の急増などが避けられなくなるでしょう。  
「2025年問題」に象徴される超高齢化社会をどう乗り切れば良いのでしょうか。外国人労働者の受け入れ強化をはじめ、地方経済の活性化、女性のさらなる社会進出などを起爆剤にすべきだとの意見はありますが、個別の政策によって解決に向かう段階は過ぎ去ったようにも思えます。  
石破茂首相は首相に就任して初の所信表明演説(2024年10月)でも、衆院選後の所信表明演説(同11月)でも、超高齢化社会をどう乗り切るかについては言及しませんでした。国際的にも飛び抜けて高齢化率の高い日本はこの先、どこに向かっていくのでしょうか。007.JPG

 日本は2025年、ついに超高齢化社会に入ります。人口の5人に1人が75歳以上の後期高齢者、3人に1人が65歳以上の高齢者になるのです。介護の人手不足が深刻になる、中小企業の事業継続が困難になる、外国人を招き入れなければ産業が成り立たない。外国人を招き入れなければ社会が成り立たなくなる状況にありますが、日本の政策では海外から日本来てくれるでしょうか。2025年には75歳以上が2180万人に達し、国民の5人に1人が後期高齢者になります。また、65〜74歳の前期高齢者も1497万人に到達。年々上昇していた高齢化率(総人口に占める65歳以上の割合)はついに30%台に乗ると試算されています。国民の3人に1人が高齢者になるわけで、社会の「老い」はいよいよ顕著になりそうです。高齢者が増え続けるとは言っても悪者扱いするような社会はどうでしょうか。少子化は止まりません。総務省の資料によると、総人口に占める15歳未満の子どもは2023年4月1日時点で11.5%。実に49年連続で減少しました。そうした結果、日本社会の歪みは一段と鮮明になってくるものと思われます。わかりやすい物差しは、高齢者1人を何人の現役世代(15〜64歳)が支えているかという数値です。「第52回価値観・ライフデザイン」調査によると、少子高齢化に関して「非常に危機感がある」は37.3%、「危機感がある」は36.8%となりました。7割を超す若者が危機を感じているわけです。他方、こうした問題に対する政府の対応については「不十分」「どちらかと言えば不十分」が82.0%にも達しました。次の世代を担う若者の多くが、2025年問題に象徴される日本の将来に強い不安を感じているのです。少子化、高齢化が急激に進む社会の未来展望をどのように描くのでしょうか。2021年度の社会保障給付費(予算ベース)は、年金58.5兆円、医療40.7兆円、福祉その他30.5兆円で、総額129.6兆円でした。それが3年後の2024年度には総額137.8兆円に増加。対GDP比も20%を超すことが常態化してきました。2025年度には149.8兆円、さらに2040年度には169兆円になると見込まれています。こうした給付の増大を現役世代による保険料、さらには税収や借金(国債)で賄う形になっています。「保険料のみでは負担が現役世代に集中してしまうため、税金や借金も充てています。このうちの多くは借金に頼っており、私たちの子や孫の世代に負担を先送りしている状況」(財務省)が、今後さらに深刻化することは間違いありません。厳しい状況がわかっていても先送りするのはどうしてでしょうか。これからの政策について真剣に議論すべきでしょう。2020年に725万人だった要介護・要支援の認定者は、2025年には815万人になる見通しとなりました。5年間で90万人も増加する計算です。認定者はさらに増え続け、2040年の予測は988万人。ほぼ1000万人が要介護者になる見込みです。また、認知症患者も2025年には675万〜730万人に達すると予測されています。これに対し、介護職員の数は圧倒的に足りません。厚生労働省の介護保険事業計画によると、2025年に必要とされる介護職員は約243万人で、不足は約32万人。2040年には必要な職員は約280万人にまで増える一方、約69万人が不足する見通しです。社会保障は維持できるのでしょうか。「2025年問題」に象徴される超高齢化社会をどう乗り切れば良いのでしょうか。外国人労働者の受け入れ強化をはじめ、地方経済の活性化、女性のさらなる社会進出などを起爆剤にすべきだとの意見はありますが、個別の政策によって解決に向かう段階は過ぎ去ったようにも思えます。政治家、官僚だけでなく国民を交えて短期的に考えなければならないことと中長期的に考えなければならないことを区別して政策を進めるべきでしょう。005.JPG
若者たちは環境問題、人権問題を真剣に考えている[2025年02月20日(Thu)]
 DIAMOND Online2025年1月1日付け「環境問題や人権侵害に「突っ走る」Z世代が、大人世代とどうしても相容れない理由」から、環境問題や人権侵害に声を上げ、大人社会の矛盾を鋭く批判するZ世代。しかし、一部の抗議行動が単純すぎる「正義」に傾倒しており視野が狭い点も課題だという。日米ハーフの国際ジャーナリストであるモーリー・ロバートソンが、独自の視点で国際問題に取り組むZ世代の活動を分析する。
大人社会に対して 強く抗議するZ世代  
スウェーデンの若き環境活動家であるグレタ・エルンマン・トゥーンベリさんは世界的に有名ですが、彼女と同世代の欧米の若者たちは、「環境問題」「労働問題」「基本的人権」を蔑ろにしている大人社会へ強い抗議の声をあげていることで知られています。  
特に先進国では若い人たちの社会的・経済的なチャンスがギグ(ネットで見つけた仕事を請け負う働き方や、その働き方によって回っている経済活動)化したことで、搾取の構造がより深刻なものとなって、彼らの選択肢が著しく制限されてしまっているという現実があります。没落していく中産階級だけではなく、貧困が世代間で世襲される「下層階級」とも言える人たちに依存する仕組みで、現在の私たちのQOL(クオリティ・オブ・ライフ)は成り立っています。まず、そこから目を逸らさないで、とグレタさんたちは訴えています。
この問題は国境も容易に越えます。世界中が中国の安い人件費や資源に依存していることによって、香港や新疆ウイグル自治区の人権問題について日本はもちろん、アメリカやEUもが表立って文句を言えずにきたダブルスタンダードにも繋がっています。  
トランプ政権になって中国をスケープゴートにするべく、アメリカはやっと中国の諸問題をあげつらうようになり、バイデン政権に代替わりしても中国の軍事拡大や人権抑圧と対決する姿勢が超党派で堅持されています。しかし、時すでに遅しという側面もあり、グローバル化で推進された過剰な中国依存は日本国内やアメリカ国内の搾取の構造に跳ね返り、かえって格差を加速しています。つまり中国人の安い労働力を便利使いしてきたつもりだったのに、日本人が自分たちの賃金を下げてしまった、というブーメランです。  
さらには、ロシアのウクライナ侵攻に対して西側諸国は団結し、強い経済制裁を課すことができましたが、中国が例えば台湾侵攻をした場合、足並みが揃わない可能性があります。中国に一度投資して、その果実に依存してしまったことには、各国が頭を悩ませています。
目の前で起きていることだけに 過敏に反応してしまうZ世代  
グレタさんと同世代の欧米の若者たちが「環境問題」「労働問題」「基本的人権」を第一に考えて行動しているという話をしました。そして、現在起きているさまざまな紛争や侵略についても親たちの世代とは感覚が違います。  
ロシアがウクライナを攻撃するのは許せないけれど、イスラエルのガザに対する攻撃に関してはハマスとの戦争なのだから、無辜の市民が大勢巻き添えになっても「付帯的な損害」として認めざるを得ないという捻れみたいなものが、冷戦期を覚えている世代には受け継がれてきました。  
しかし、グレタさんたちをはじめ、かなり多くのZ世代にとって、ハマスのテロに対してイスラエルがガザ市民を集団的懲罰の対象とすることはけして正当化できない。  
イスラエルは植民地時代の末期、先進国の都合で建国されたアパルトヘイト国家である。ユダヤ人は歴史的に迫害され続けた民であり、ホロコーストでは人類史上最悪の虐殺を受けたのは事実。  
そうではあるが今現在、人種差別の暴虐を行っているのはイスラエルである。イスラエル政府のパレスチナ人に対する圧迫と虐待を批判することは「反ユダヤ主義」とは呼べない。
むしろイスラエルがパレスチナで行っていることの構造は、アメリカで「BLM(ブラック・ライヴズ・マター/アフリカ系アメリカ人のコミュニティーで生まれた、黒人に対する暴力や構造的な人種差別の撤廃を訴える、国際的な積極行動主義の運動の総称)」が起きたきっかけとなった、白人警官による黒人への暴行と極めて似ている。  
だからこそ「中東におけるアメリカの同盟国だから」とイスラエルを特別扱いして、差別と圧政、殺戮から目を背けることはできない。  
こういった姿勢です。すべての差別とジェノサイドに終止符を、とまっすぐに考える傾向がZ世代に見られます。  
また、その人権意識が「環境問題」にも同一線上で繋がっています。環境問題はZ世代にとって待ったなしで解決する必要がある課題なのです。同じ逼迫感で「パレスチナ人の命を守り、差別待遇をなくす」こと、アメリカの黒人への差別をなくすことが望まれています。「個別の微調整を加えた、おおむね現状維持」はオプションにありません。
ガザの平和のために イスラエルは消滅せよ!?  ガザでの停戦を求めてアメリカ中の大学でテントやバリケードが設営されています。警察がより強圧的に排除するようになり、それが抗議行動をより先鋭化させてもいます。この流れの中で「インティファーダ」や「川から海まで(from the river to the sea)」といったスローガンも度々叫ばれています。しかしこれらのスローガンには大きな問題があります。  
まず「インティファーダ」とはパレスチナ民衆のイスラエルに対する抵抗運動を指しています。2024年5月11日、東京・渋谷でも「インティファーダ・マーチ」が開催されました。問題はアラビア語で「振り落とす」ことを意味する「インティファーダ」という語句です。  
1980年代に起きた「第1次インティファーダ」には欧米の知識人も数多く賛同しましたが、2000年以降の「第2次インティファーダ」ではハマスなど過激派組織によるイスラエル市民を狙った自爆テロが頻発し、2001年のニューヨークなどへの「9・11同時多発テロ」とも重なりました。広義のパレスチナ解放を主張するスローガンとして「インティファーダ」はあまりにも据わりが悪い。  
次に「川から海まで」ですが、これは「ヨルダン川から地中海まで」を意味し、ユダヤ人が入植する以前のパレスチナに戻すという意味合いを帯びています。つまりイスラエル国家の消滅、1948年に遡った歴史のやり直しです。  
イスラエル人や多くのユダヤ系アメリカ人にとって、このスローガンはテロ容認に聞こえます。叫んでいる側のデモ参加者の中にはさまざまな考えの持ち主がおり、「パレスチナ全土から抑圧がなくなること、すなわちユダヤ人とパレスチナ人が共存すること」という意味合いで捉えている人もいれば、「植民地主義によって人工的に作り出されたユダヤ国家、イスラエルは存続が許されない」という人もいます。このスローガンも中東情勢そのもののねじれた複雑さを無視したものです。
ねじれた歴史のドミノの前に 上っ面だけの正義は無力  
大学のキャンパスを占拠し、警察に強制的に排除されるまで立ち退かないという実力行使に及んでいる人たちは、おそらく一途に「私たちにできるあらゆる手段でガザ市民の虐殺を阻止する」という決意で抗議活動に参加している。そこまではわかります。
また、イスラエルに武器を提供し続けてきたアメリカ、そもそも中東全域の不安定化の要因を作った帝国主義時代のイギリスやフランスに歴史的責任を問う姿勢もある程度理解できます。ただ、どうしても「ガザを守れ」の思いだけで突っ走っているように見える。  
ガザで新生児が飢え死にしているさまが映像でネットに流れていることも非常に大きいと思います。ただし、ガザだけではない。ハマスと連携し、イランが支援する「フーシ派」の軍勢が戦っているイエメンの内戦では、今なお新生児を含む市民が飢餓で次々と死んでいるのです。  
ハマスを植民地主義、占領と戦う解放の戦士とみなすのはどう考えても無理です。ガザの赤ちゃんもイエメンの赤ちゃんも飢え死にしてはならない。  
しかし中東全域で紛争は繰り返され、人権侵害、抑圧と支配は常態化している。さらに紛争と紛争が相互に関連もしている。赤ちゃんが餓死する事態になるまでに長く、ねじれた歴史のドミノが連鎖してきているのです。今すぐガザだけで赤ちゃんを助けることができるのでしょうか?はっきり言って、大人の世代は「もう助けられない」と諦めています。
チベットやウイグルでの民族迫害に 彼らは目をつむっている  
大学生たちには諦めてほしくない。場合によっては行きすぎた抗議行動があってもいいでしょう。ただ、「ハマスは見方によっては解放の戦士」「イスラエルがそもそも存在してはならない」という単純すぎる「正義」に飛びつくのはもったいないと思います。  
その「正義」の先には反ユダヤ主義に対する「一定の理解」が待ち受けています。反ユダヤ主義が再燃するとそこにはさまざまな陰謀論が便乗するので、もう制御ができなくなります。  
もう1つ、欧米の学生たちの抗議行動に難点があると思うのは、中国に対する認識へと広がっていないことです。本気で占領政策やジェノサイドを止めるのであれば、中国政府による新疆ウイグル自治区やチベットでの民族迫害も併せて糾弾しなくてはならないはずです。  
イスラエルがパレスチナを占領し、圧迫しているのと同様に中国がチベット、ウイグルを迫害しているのです。いや、むしろ中国ではチベットとウイグルの人口激減を試みる「民族浄化」さえ進んでいます。ガザ、イエメン、チベット、ウイグルを連結し、「抑圧を止めよ」と学生たちが自分ごととして捉え、イスラエルへの抗議行動のみならず、ファストファッションやサプライチェーンに中国による強制労働を含むブランドのボイコットを進めるのであれば、大いに賛同できます。010.JPG

 スウェーデンの若き環境活動家であるグレタ・エルンマン・トゥーンベリさんは世界的に有名ですが、彼女と同世代の欧米の若者たちは、「環境問題」「労働問題」「基本的人権」を蔑ろにしている大人社会へ強い抗議の声をあげていることで知られています。特に先進国では若い人たちの社会的・経済的なチャンスがギグ(ネットで見つけた仕事を請け負う働き方や、その働き方によって回っている経済活動)化したことで、搾取の構造がより深刻なものとなって、彼らの選択肢が著しく制限されてしまっているという現実があります。没落していく中産階級だけではなく、貧困が世代間で世襲される「下層階級」とも言える人たちに依存する仕組みで、現在の私たちのQOL(クオリティ・オブ・ライフ)は成り立っています。まず、そこから目を逸らさないで、とグレタさんたちは訴えています。確かに大人社会は環境問題、労働問題、基本的人権を蔑ろにしているでしょう。グローバル化で推進された過剰な中国依存は日本国内やアメリカ国内の搾取の構造に跳ね返り、かえって格差を加速しています。つまり中国人の安い労働力を便利使いしてきたつもりだったのに、日本人が自分たちの賃金を下げてしまった、というブーメランです。さらには、ロシアのウクライナ侵攻に対して西側諸国は団結し、強い経済制裁を課すことができましたが、中国が例えば台湾侵攻をした場合、足並みが揃わない可能性があります。中国に一度投資して、その果実に依存してしまったことには、各国が頭を悩ませています。その通りでしょう。ロシアがウクライナを攻撃するのは許せないけれど、イスラエルのガザに対する攻撃に関してはハマスとの戦争なのだから、無辜の市民が大勢巻き添えになっても「付帯的な損害」として認めざるを得ないという捻れみたいなものが、冷戦期を覚えている世代には受け継がれてきました。しかし、グレタさんたちをはじめ、かなり多くのZ世代にとって、ハマスのテロに対してイスラエルがガザ市民を集団的懲罰の対象とすることはけして正当化できない。イスラエルは植民地時代の末期、先進国の都合で建国されたアパルトヘイト国家である。ユダヤ人は歴史的に迫害され続けた民であり、ホロコーストでは人類史上最悪の虐殺を受けたのは事実。そうではあるが今現在、人種差別の暴虐を行っているのはイスラエルである。イスラエル政府のパレスチナ人に対する圧迫と虐待を批判することは「反ユダヤ主義」とは呼べない。むしろイスラエルがパレスチナで行っていることの構造は、アメリカで「BLM(ブラック・ライヴズ・マター/アフリカ系アメリカ人のコミュニティーで生まれた、黒人に対する暴力や構造的な人種差別の撤廃を訴える、国際的な積極行動主義の運動の総称)」が起きたきっかけとなった、白人警官による黒人への暴行と極めて似ている。だからこそ「中東におけるアメリカの同盟国だから」とイスラエルを特別扱いして、差別と圧政、殺戮から目を背けることはできない。こういった姿勢です。すべての差別とジェノサイドに終止符を、とまっすぐに考える傾向がZ世代に見られます。Z世代の考えに真剣に耳を傾けなければならないでしょう。Z世代はこれからの世界を担って行くことを考えれば今までの世界のあり方が変わってくる可能性があるのではないでしょうか。008.JPG
地方創生を推進しても地方で働く若者が少なければどうするのか[2025年02月19日(Wed)]
 現代ビジネス2024年12月31日付け「地方で「若者の採用」がますます厳しくなっている…いま日本が直面する「深刻な現実」から、この国にはとにかく人が足りない!なぜ給料は上がり始めたのか、人手不足の最先端をゆく地方の実態、人件費高騰がインフレを引き起こす、「失われた30年」からの大転換、高齢者も女性もみんな働く時代に
ベストセラー『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く。
人口減少・人手不足が進んでいる日本の地方都市で何が起きているのか。
一つの深刻な現実として、採用の苦戦が挙げられる。
若者を含め、なかなか人材の確保ができなくなっているということだ。 地方企業の声から見えてくるものとは。
〈「このご時世、地元の高校に求人票をだすと休日数は非常にシビアに比べられます。私たちの時代は学生は初任給だけを見ていましたが、いまの若い人は休日の数を非常に気にしています。少ないと真っ先に就職先の候補から外されてしまいますよ。人員確保のためにも、休みは増やさざるを得ません」〉(『ほんとうの日本経済』) 〈「求人をかけていますが、いまでは若い人が応募してくることはほとんどありません。この十数年間は新卒の求人はかけても採れないので募集をかけること自体をやめています」〉(『ほんとうの日本経済』) 警備業界ではこんなことが起きている。
〈「警備業界も今まで以上に高い給与水準や福利厚生がないと他業界に従業員が流れていきます。いまは募集をかけても、安い報酬では見向きもされません。逆に言えば、やっと警備員の方に仕事に見合うだけの報酬を支払うことができる業界になりつつあるのだとも言えます」〉(『ほんとうの日本経済』) 衣料品事業と介護事業を営む企業でもやはり採用が厳しいという。
〈「新卒採用は昔はやっていたのですが、今はもう採れないので中途採用だけです。ただ、その中途採用も近年では厳しくなってきました。ユニフォーム事業では募集をかけても応募者が集まりません。仮に採用できても長く続かないケースも多くなってきました。
営業という仕事はそもそも必要としていない人に対して買ってもらうように需要を作り出すという側面があるのですが、現在は商品をほしい人がほしいときに必要な分だけ買うというような時代ですから。時代と逆行している部分も否めません。特に若い人はこういった仕事の仕方にあまり良い印象を抱いていないように感じます」〉(『ほんとうの日本経済』) 若者が応募してくることはほとんどない、中途採用も厳しい……地方の中小企業ではそうした現実が顕著になっている。
〈地域の良さをPRするだけの取り組みでは若者を引き留めることはもはや困難になっている。安い賃金で長時間働かされるような仕事しか見つからないのであれば、労働者は大都市圏に活躍する場を移すだけだ。企業における労働条件の抜本的な改善なくして若者をその地域に引き留めることは到底不可能である。
過去、デフレーションが進行したバブル経済崩壊以降の局面においては、企業は安い労働力を活用することで生じた余剰を企業の利益として計上することができた。このような過去を振り返ってみれば、経済の局面は過去の局面と明らかに異なる状況にあることを理解することができるのである。〉(『ほんとうの日本経済』) つづく「多くの人が意外と知らない、ここへきて日本経済に起きていた「大変化」の正体」では、失われた30年を経て日本経済はどう激変したのか、人手不足が何をもたらしているのか、深く掘り下げる。012.JPG

 人口減少・人手不足が進んでいる日本の地方都市で何が起きているのか。一つの深刻な現実として、採用の苦戦が挙げられる。若者を含め、なかなか人材の確保ができなくなっているということだ。 地方企業の声から見えてくるものとは。地方創生を推進しても地方で働く若者たちが少ないのでは容易に達成できないでしょう。営業という仕事はそもそも必要としていない人に対して買ってもらうように需要を作り出すという側面があるのですが、現在は商品をほしい人がほしいときに必要な分だけ買うというような時代ですから。時代と逆行している部分も否めません。特に若い人はこういった仕事の仕方にあまり良い印象を抱いていないように感じます」〉(『ほんとうの日本経済』) 若者が応募してくることはほとんどない、中途採用も厳しい……地方の中小企業ではそうした現実が顕著になっている。確かにそうでしょう。魅力的な仕事でやりがいがなければ応募してこないでしょう。地域の良さをPRするだけの取り組みでは若者を引き留めることはもはや困難になっている。安い賃金で長時間働かされるような仕事しか見つからないのであれば、労働者は大都市圏に活躍する場を移すだけだ。企業における労働条件の抜本的な改善なくして若者をその地域に引き留めることは到底不可能である。地域の良さをPRするだけの取り組みでは若者を引き留めることはできないですね。地域に貢献をして人のためになっていると思われれば頑張ろうと思う人はいるかもしれませんが、待遇が改善されなければ首都圏に行く人が増えるかもしれません。011.JPG
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