
服役者の社会復帰、更生を進める対応策が必要なのでは[2023年04月30日(Sun)]
文春オンライン2023年3月19日付け「「あんた、過去がひどすぎるよ」10代で暴走族総長、薬物売買で2度服役したことも…社会復帰した女性を苦しめた「日本の不寛容」」から、前科や前歴がある人を従業員として雇い入れるため、「協力雇用主」に登録しようとした経営者の廣瀬伸恵(ひろせ・のぶえ)さん。ところが、いざ地元の就労支援担当者を訪問すると、暴走族総長、売人で2度の服役、ヤクザとの付き合いなど“過去の自分”が大きな壁として立ちはだかる……。
この新しい試練を、彼女はどう乗り越えたのか? 北尾トロ氏による新刊『 人生上等! 未来なら変えられる 』より一部抜粋して紹介する。(全2回の2回目/ 前編 を読む)
「過去がひどすぎるよ」
正規のルートで出所者を雇い入れることができ、国から支援まで受けられるなんて、まさに廣瀬のためにあるような仕組みではないか。
が、登録すれば自動的に人が来るわけではない。協力雇用主になった当初、廣瀬は地元の就労支援担当者にこう言われた。
「オレは悪いけど、廣瀬さんのこと、半分しか信用してないかんな。過去がひどすぎるよ。どこにいっても、あんたのことは悪い話しか聞かないんだよ」
また新しい試練だ。廣瀬は裏で暴力団とつながっている、あいつは女ヤクザだという風評。何かしようとすると必ず過去を云々されて“とおせんぼう”され、起業してからやってきたことは評価されない。あまりの悔しさに感情的になり、泣いて抗議したが相手にされなかった。結果はやはり、待てど暮らせど応募者ゼロ。
それでも廣瀬はあきらめず、誰かの知り合いが刑務所にいると聞けば手紙を書き、そこを出たら働かないかと呼びかけたりしていた。
出所後、社会にはじかれて挫折を経験
「だって私は本当にそういう人が欲しいと思ってる。私は自分が出所者だし、そういう友だちや知人がたくさんいるじゃない。いい会社だという評価を得たいがために形だけ登録している会社とは違うんだよ」
協力雇用主には数万社が登録しているものの、実際に受け入れ実績のある会社は1割に満たないのが現状だ。
「今度こそちゃんとやろうと意気込んで出所しても、社会全体がそういう人をはじく傾向があるじゃないですか。私もそれで挫折してきました。だからこそ受け入れたい。
うちの従業員は過去のある人ばかりだから大丈夫だよ、隠し事なしのオープンでいいんだよ。そういう環境で、毎日おいしいご飯が出てくるとなったら、きっと違うんじゃないかなと思う。それに、私自身にもそういう人に囲まれていることで自分らしくいられる実感があった」
冷たくあしらわれても、協力雇用主としての活動が自分と会社の将来を照らす光になるという確信は揺らがなかった。
受け入れ開始
怒ったり笑ったり、くるくる表情を変えつつ喋る廣瀬を前に、僕とカンゴローは感慨深い気分になっていた。この人はついに、困っている人を助けることが自分を助けることにもなる、という境地に達したのだ。
「考え方の問題かもしれないけど、自分にフィットすることをしようとするとき、何かが逆転して、過去が生かされる感じがします。私は昔ヤンチャをしていた。捕まって刑務所に入った。獄中出産で我が子と数分しか一緒にいられなかった。みんな事実で、取り返しがつかない。曲がりなりにもそこから立ち上がっても、あんたは信用できないと言われる。だけど、過去が全部無駄で無意味かといえば、そんなことはないと思う。
協力雇用主になったら、いいも悪いも含めた経験を生かして、私にしかできない更生のお手伝いができるんじゃないかと思ったの。こっちは真剣なんだよ。くそー、なんとかならねえかなと悶々としてました」
いい意味であきらめの悪い廣瀬に耳寄りな話が舞い込んだのは2018年の春。地元の暴走族からヤクザになり覚せい剤で逮捕され、現在は薬物依存者のサポートに人生を捧げている先輩の遊佐学(ゆさ・まなぶ)から、刑務所や少年院などにいる受刑者のための就職雑誌を作った人がいると聞かされたのだ。
「学とは売人時代に、どっちがいいブツを扱っているとか競ったりしてたんですが、いまでは『オレはまじめに生きてるから』『私も更生保護とかやってるんだよ』みたいな関係になっています。彼の紹介なら間違いないとお会いしたのが『Chance!!』を創刊したばかりの、私の人生を決定的に変えてくれた三宅晶子さんだったんです」
マイナーな求人雑誌に可能性を感じ、求人掲載を申し出る
廣瀬には出所後、建設業との出合いや会社の分裂騒動など何度かの節目があるが、最重要人物は誰かと問われたら、この人以外にはいないという。『Chance!!』創刊号を見た廣瀬は衝撃を受け、初対面で意気投合。すぐに募集広告掲載を申し出た。
募集方法に飢えていたとはいえ、金を払って広告を出すのは冒険だ。創刊されたばかりで海のものとも山のものともつかない『Chance!!』には“「絶対にやり直す」という覚悟のある人と、それを応援する企業のための求人誌”というキャッチフレーズがついていた。 いまでこそ季刊誌として号を重ね、募集企業も増えて知名度も上がってきた同誌だが、創刊号は薄く、情報量も少なかった。少年院や刑務所にいて出所後の仕事を探したい受刑者に向けて、協力雇用主が人材募集広告を出す無料の雑誌で、発行部数はわずか150部。一般の目には触れないマイナー雑誌のどこに、廣瀬は可能性を感じたのだろう。
「発想もいいと思ったけど、三宅さん自身かな。商売人の匂いがしなかった。かといって、自己犠牲の精神で作っているわけではなく、ビジネスとして考えている。ニーズがあるのに、出所者が仕事を探せる媒体がない。だったら私が作ってみようと思うのは簡単でも、実際にやるのがいかに大変かは想像できました。でも、やったでしょ。この女はガッツがある、大したもんだと思って」
大伸ワークサポートの募集広告が掲載された第2号が発刊されると、ポツポツと反響が届き始めた。僕はこの雑誌を実質的にひとりで作っている三宅に会ったとき、当時の印象を尋ねてみた。
「わずか2ページの募集広告なのに、大伸ワークサポートの魅力が伝わってくる内容で、応募者たちへの熱意を感じました。たとえば写真にしても、現場で働いているところと併せて社員旅行やバーベキューなど楽しそうな場面が載せられている。その後わかってくるのですが、出所後の職を探そうとする受刑者たちは、給与や仕事内容だけではなく、職場の雰囲気を気にしているんです。とくに家庭的な温かさに飢えていますから効果絶大だったと思います。もうひとつは廣瀬さんからのメッセージですよね。あれは素晴らしかった」
「私は決して見捨てたり見放したりしません!」
そこには、社長自身が元暴走族総長で逮捕歴、刑務所の入所歴があることが記され、文末は出所後の生活に不安を抱く受刑者たちが「ほぉ」と感嘆の息を漏らしてしまいそうな一節で締めくくられていた。
〈私は決して見捨てたり見放したりしません! 私自身もやり直すことができたのだから、人は誰かの支えで必ずやり直すことができるのです。その支えになることができたら、こんなに嬉しいことはありません〉
つたないなりに雇用主としての覚悟と気合を伝えたかったと廣瀬は照れるが、僕が受刑者としてこの文章に触れたら信じてみたいと思うだろう。
「三宅さんからもいいと言われて、その後もずっと使っているんですが、受刑者から届く手紙にも『この文章で社長の人柄がわかりました』とか『ここに行こうと思いました』と書かれていることが多いですね」
見下されても警戒されても、へこたれずにやってきた。大きな家族みたいな小さな会社を作り、男たちの胃袋をがっちりつかんで、みんなの母ちゃんになろうとしてきた。敷地にプレハブを建て、新しい仲間を受け入れる準備をしてきた。
「彼女に会わなかったら、いまの私には絶対なれてない」
足りないのは、「私があなたを待っている」と呼びかけるツールだけだった。過去は変えることができないけれど、未来は変えられる。その手伝いをしたいと伝える手段がなかった。
そんなとき、困っている廣瀬に手を差し伸べるように『Chance!!』が創刊された。これは運命だ。チャンス到来だ。
ほしくてたまらなかったのに、手に入れることが叶わなかった最後のピースが、カチッと音を立てて埋まり、パズルが完成した。
「たくさんの反響をいただいて、軸足が定まったというのかな。私は見捨てませんと宣言したんだから、あとはやるだけでした。三宅さんには感謝しかありません。奇跡が起きたんだと思う。彼女に会わなかったら、いまの私には絶対なれてない」 絶妙のタイミングで出会ったふたりの友情は雑誌編集長とクライアントの垣根を超えて深まっていった。僕が「親友ですね」と言ったら「そうじゃなくて戦友」と訂正されるくらいに。
やられたらやり返すのではなく、いずれ来る別れをどう迎えるか
『Chance!!』の評判は協力雇用主と受刑者に口コミで広がり、最新号が出るたびに厚みを増しながら継続。編集未経験でおぼつかなかった技術も向上し、エンタメ要素まで備えた雑誌になった。媒体としてのユニークさもさることながら、公的機関がなしえなかった方法で受刑者の社会復帰を支援する三宅自身も注目の存在となっている。
「私ね、どうしたらいいかわからなくなると相談するんですよ。夜中に電話して泣きながら愚痴ったり、迷惑かけてばかりなの。でも、彼女は私が喋り疲れるまで、納得するまで、電話を切らずに何時間でも聞いてくれる」
廣瀬は、よほどのことがないかぎりは社員の前で涙を見せないようにしている。でも、タフな社長にも泣きたい夜はある。弱い部分をさらけ出し、救いを求めたいときがある。 「たとえばね……、私は社員に期待しすぎて、一緒にずっと会社を盛り上げていけるんじゃないかと錯覚を起こしがちだった。それで急にやめたり、裏切られたりすると、心が病んでしまう。そういう話をしたときに、なぐさめてくれるだけでも嬉しいですよね。
でも、三宅さんは『がんばって』なんて言わないのよ。それは違う、やられたらやり返すんじゃなくて、いずれはくる別れをどう迎えるかが問題だよと言うのよ。
『別れるとき、どんなに理不尽なことをされても、笑顔で見送ることを私は徹底している。それがカッコいい女だ』と。実際、見てると実践しているからね。そういうひと言が胸に響くことが多くて真似させてもらってます」
包丁振りまわしたら、私は刃を握る
『Chance!!』の応募者には、廣瀬が自ら面会に出向き、問題がないと思えれば出所後の雇用について仮契約を結ぶ。出所のタイミングは受刑者ごとに違うので、いつからでも受け入れられるのが、建設業などかぎられた業種に協力雇用主が集中する理由だ。
しかし当初は、出所者雇い入れ実績がない大伸には、保護観察所などから待ったがかかった。ちゃんと面倒を見られるのか、身元引受人として適切なのか。会社の状況をチェックするためにきた保護観察官にダメ出しをされ、採用不可にされてしまったのである。
保護観察所は、犯罪をした人や非行のある少年が社会の中で更生するように、指導(指導監督)と支援(補導援護)を行う機関。地方裁判所の管轄区域ごとに置かれ、全国に50カ所(各都府県一カ所・北海道は4カ所)ある。
保護観察官は全国に約1000人いるが、それだけでは間に合わないので、民間ボランティアである全国約4万8000人の保護司と協働して、少年院仮出所者と成人の仮釈放者の立ち直りを助けるのだ。雇い入れる企業が、仮出所者や仮釈放者にふさわしいところかどうかを見極めることも彼らの役割のひとつである。
採用不可にされたときは、どういうことかと尋ねても教えてもらえずいら立ったが、いまとなっては実績のない会社に慎重な対応をするのはいいことだと考え方が変わった。甘い考えで協力雇用主となり、すぐ解雇してしまうなど責任を放棄する企業が後を絶たないからである。
ようやく受け入れることを許されたのは、乳児院と養護施設で育つ間に数多くの問題を起こし、出所しても、どこの更生保護施設からも受け入れ拒否され、行く当てのない高野(仮名)という10代の男性。応募を受けて受け入れの意思を示すと、保護観察所の係員は廣瀬が女だからか、やや見下した態度で皮肉を言った。 「廣瀬さん、あの子は今回、包丁を振りまわして捕まっているんだけど、そういうことをしたらあなたはどうしますか」
係員は、目の前にいるのがどんな女かわかっていなかったのだ。
「こういうことをしてはいけない」というのを教えていきたい
「包丁ですか、私、そんなの(刃を)握っちゃいますよ。ケガしてもいいんで、振りまわすと危ないんだとわからせないと。私が握って血が出れば『ね、痛そうでしょ』と言えるじゃないですか」 「え? じゃあ大丈夫……なんですね」
これで係員を突破し、2度の面接を経て雇い入れにこぎつけた。面接でも、高野に告げたそうだ。
「あんたがもし包丁振りまわしたら、私は握るからね。私はその包丁を握って、人を傷つけたら痛いこと、手から血が出ることを証明する。私はあんたのことを自分の子どもみたいに思って受け入れるつもりだ。警察呼ぶとかじゃなくて、こういうことをしてはいけないというのを教えていきたいんだ」
高野からは、そんなことを言う人には会ったことがないと驚かれたらしい。廣瀬の強みはマニュアルには載っていない自分のことばを相手にぶつけられることだと僕は思う。その方法は、目ヂカラに物を言わせ心と心をぶつけ合う正攻法。何かのはずみで自分が包丁を手にしたら本当に握る人だ、と感じたから高野は信用したのだ。
あの高野を立ち直らせた社長なら…
入社した高野は周囲の心配をよそに、包丁を振りまわすことなくまじめに働き始めた。高野の抱えている闇が孤独であることをいち早く見極めた廣瀬が、社員たちになじませることに力を注いだことが功を奏したのだ。すると、高野の行いが品行方正とまではいかなかったが許容範囲に収まっていたことで、保護観察所の廣瀬を見る目が変わってくる。
「保護観察所の地区担当者から信用されたことが大きかった。“あの高野を立ち直らせた社長”ってことになってスムーズに受け入れができるようになりました」
『Chance!!』が発行されるたびに応募者がたくさん現れ、2年もすると毎月のように出所者を迎えに行くようになってきた。長続きしない人もいるけれど、大伸は地元を代表する協力雇用主になっていく。実績ができてくると、あれほど冷たくされたハローワークまで「なんとかそちらで引き受けてもらえないか」とていねいに頼んでくるようになった。 「ほかでは受け入れてもらえそうにない人も、大伸なら雇ってくれるだろう、みたいになっていきました。ダメな子はどこへ行ってもダメなんで、過大評価されても困るんだけどね」
そう言いつつも、頼まれると断れない姉御肌。2020年代に入ると、採用内定者の出所ラッシュも起きてきて、号によっては『Chance!!』への広告掲載を見合わせなければならないほどの人気企業になっている。
「いまでは(採用の)一般募集はしなくなり、社員の出所者率が高いことが会社の特色になっちゃいましたね。そうそう、うちの社員旅行っておもしろくて、必ずホテルを借り切りにするんです。なぜかわかります?」
酔っぱらってケンカが起きるからだろうか。
「そんなの、うちでは日常です。そうじゃなくて入れ墨やタトゥーが入った従業員がたくさんいるから、宿ごと借り切らないと温泉に入れないの」
10代で暴走族総長、薬物売買で2度服役したことも…社会復帰した女性を苦しめた「日本の不寛容」」から、前科や前歴がある人を従業員として雇い入れるため、「協力雇用主」に登録しようとした経営者の廣瀬伸恵(ひろせ・のぶえ)さん。ところが、いざ地元の就労支援担当者を訪問すると、暴走族総長、売人で2度の服役、ヤクザとの付き合いなど“過去の自分”が大きな壁として立ちはだかる。服役した人たちにとって更生できる社会にしなければならないでしょう。協力雇用主には数万社が登録しているものの、実際に受け入れ実績のある会社は1割に満たないのが現状だ。 更生を進める上で高い壁がありますね。「今度こそちゃんとやろうと意気込んで出所しても、社会全体がそういう人をはじく傾向があるじゃないですか。私もそれで挫折してきました。だからこそ受け入れたい。うちの従業員は過去のある人ばかりだから大丈夫だよ、隠し事なしのオープンでいいんだよ。そういう環境で、毎日おいしいご飯が出てくるとなったら、きっと違うんじゃないかなと思う。それに、私自身にもそういう人に囲まれていることで自分らしくいられる実感があった」受け入れに理解を示す人がいなければ更生できないでしょう。罰則だけは強調されて更生して社会復帰することができなければ息苦しいだけでしょう。〈私は決して見捨てたり見放したりしません! 私自身もやり直すことができたのだから、人は誰かの支えで必ずやり直すことができるのです。その支えになることができたら、こんなに嬉しいことはありません〉更生を助ける企業や人が増えなければ、服役後に社会復帰をしようと努力してもできないでしょう。社会、国民の理解が必要でしょう。保護観察官は全国に約1000人いるが、それだけでは間に合わないので、民間ボランティアである全国約4万8000人の保護司と協働して、少年院仮出所者と成人の仮釈放者の立ち直りを助けるのだ。雇い入れる企業が、仮出所者や仮釈放者にふさわしいところかどうかを見極めることも彼らの役割のひとつである。採用不可にされたときは、どういうことかと尋ねても教えてもらえずいら立ったが、いまとなっては実績のない会社に慎重な対応をするのはいいことだと考え方が変わった。甘い考えで協力雇用主となり、すぐ解雇してしまうなど責任を放棄する企業が後を絶たないからである。責任を持って雇用主になる覚悟が必要ですが、国の政策や更生を促進するシステムが機能するようにすべきではないでしょうか。実績ができてくると、あれほど冷たくされたハローワークまで「なんとかそちらで引き受けてもらえないか」とていねいに頼んでくるようになった。「ほかでは受け入れてもらえそうにない人も、大伸なら雇ってくれるだろう、みたいになっていきました。ダメな子はどこへ行ってもダメなんで、過大評価されても困るんだけどね」そう言いつつも、頼まれると断れない姉御肌。2020年代に入ると、採用内定者の出所ラッシュも起きてきて、号によって『Chance!!』への広告掲載を見合わせなければならないほどの人気企業になっている。更生する人たちを受け入れ成功する企業が増えればそのような企業が増えてプラスの循環が生まれ社会になることを期待します。
この新しい試練を、彼女はどう乗り越えたのか? 北尾トロ氏による新刊『 人生上等! 未来なら変えられる 』より一部抜粋して紹介する。(全2回の2回目/ 前編 を読む)
「過去がひどすぎるよ」
正規のルートで出所者を雇い入れることができ、国から支援まで受けられるなんて、まさに廣瀬のためにあるような仕組みではないか。
が、登録すれば自動的に人が来るわけではない。協力雇用主になった当初、廣瀬は地元の就労支援担当者にこう言われた。
「オレは悪いけど、廣瀬さんのこと、半分しか信用してないかんな。過去がひどすぎるよ。どこにいっても、あんたのことは悪い話しか聞かないんだよ」
また新しい試練だ。廣瀬は裏で暴力団とつながっている、あいつは女ヤクザだという風評。何かしようとすると必ず過去を云々されて“とおせんぼう”され、起業してからやってきたことは評価されない。あまりの悔しさに感情的になり、泣いて抗議したが相手にされなかった。結果はやはり、待てど暮らせど応募者ゼロ。
それでも廣瀬はあきらめず、誰かの知り合いが刑務所にいると聞けば手紙を書き、そこを出たら働かないかと呼びかけたりしていた。
出所後、社会にはじかれて挫折を経験
「だって私は本当にそういう人が欲しいと思ってる。私は自分が出所者だし、そういう友だちや知人がたくさんいるじゃない。いい会社だという評価を得たいがために形だけ登録している会社とは違うんだよ」
協力雇用主には数万社が登録しているものの、実際に受け入れ実績のある会社は1割に満たないのが現状だ。
「今度こそちゃんとやろうと意気込んで出所しても、社会全体がそういう人をはじく傾向があるじゃないですか。私もそれで挫折してきました。だからこそ受け入れたい。
うちの従業員は過去のある人ばかりだから大丈夫だよ、隠し事なしのオープンでいいんだよ。そういう環境で、毎日おいしいご飯が出てくるとなったら、きっと違うんじゃないかなと思う。それに、私自身にもそういう人に囲まれていることで自分らしくいられる実感があった」
冷たくあしらわれても、協力雇用主としての活動が自分と会社の将来を照らす光になるという確信は揺らがなかった。
受け入れ開始
怒ったり笑ったり、くるくる表情を変えつつ喋る廣瀬を前に、僕とカンゴローは感慨深い気分になっていた。この人はついに、困っている人を助けることが自分を助けることにもなる、という境地に達したのだ。
「考え方の問題かもしれないけど、自分にフィットすることをしようとするとき、何かが逆転して、過去が生かされる感じがします。私は昔ヤンチャをしていた。捕まって刑務所に入った。獄中出産で我が子と数分しか一緒にいられなかった。みんな事実で、取り返しがつかない。曲がりなりにもそこから立ち上がっても、あんたは信用できないと言われる。だけど、過去が全部無駄で無意味かといえば、そんなことはないと思う。
協力雇用主になったら、いいも悪いも含めた経験を生かして、私にしかできない更生のお手伝いができるんじゃないかと思ったの。こっちは真剣なんだよ。くそー、なんとかならねえかなと悶々としてました」
いい意味であきらめの悪い廣瀬に耳寄りな話が舞い込んだのは2018年の春。地元の暴走族からヤクザになり覚せい剤で逮捕され、現在は薬物依存者のサポートに人生を捧げている先輩の遊佐学(ゆさ・まなぶ)から、刑務所や少年院などにいる受刑者のための就職雑誌を作った人がいると聞かされたのだ。
「学とは売人時代に、どっちがいいブツを扱っているとか競ったりしてたんですが、いまでは『オレはまじめに生きてるから』『私も更生保護とかやってるんだよ』みたいな関係になっています。彼の紹介なら間違いないとお会いしたのが『Chance!!』を創刊したばかりの、私の人生を決定的に変えてくれた三宅晶子さんだったんです」
マイナーな求人雑誌に可能性を感じ、求人掲載を申し出る
廣瀬には出所後、建設業との出合いや会社の分裂騒動など何度かの節目があるが、最重要人物は誰かと問われたら、この人以外にはいないという。『Chance!!』創刊号を見た廣瀬は衝撃を受け、初対面で意気投合。すぐに募集広告掲載を申し出た。
募集方法に飢えていたとはいえ、金を払って広告を出すのは冒険だ。創刊されたばかりで海のものとも山のものともつかない『Chance!!』には“「絶対にやり直す」という覚悟のある人と、それを応援する企業のための求人誌”というキャッチフレーズがついていた。 いまでこそ季刊誌として号を重ね、募集企業も増えて知名度も上がってきた同誌だが、創刊号は薄く、情報量も少なかった。少年院や刑務所にいて出所後の仕事を探したい受刑者に向けて、協力雇用主が人材募集広告を出す無料の雑誌で、発行部数はわずか150部。一般の目には触れないマイナー雑誌のどこに、廣瀬は可能性を感じたのだろう。
「発想もいいと思ったけど、三宅さん自身かな。商売人の匂いがしなかった。かといって、自己犠牲の精神で作っているわけではなく、ビジネスとして考えている。ニーズがあるのに、出所者が仕事を探せる媒体がない。だったら私が作ってみようと思うのは簡単でも、実際にやるのがいかに大変かは想像できました。でも、やったでしょ。この女はガッツがある、大したもんだと思って」
大伸ワークサポートの募集広告が掲載された第2号が発刊されると、ポツポツと反響が届き始めた。僕はこの雑誌を実質的にひとりで作っている三宅に会ったとき、当時の印象を尋ねてみた。
「わずか2ページの募集広告なのに、大伸ワークサポートの魅力が伝わってくる内容で、応募者たちへの熱意を感じました。たとえば写真にしても、現場で働いているところと併せて社員旅行やバーベキューなど楽しそうな場面が載せられている。その後わかってくるのですが、出所後の職を探そうとする受刑者たちは、給与や仕事内容だけではなく、職場の雰囲気を気にしているんです。とくに家庭的な温かさに飢えていますから効果絶大だったと思います。もうひとつは廣瀬さんからのメッセージですよね。あれは素晴らしかった」
「私は決して見捨てたり見放したりしません!」
そこには、社長自身が元暴走族総長で逮捕歴、刑務所の入所歴があることが記され、文末は出所後の生活に不安を抱く受刑者たちが「ほぉ」と感嘆の息を漏らしてしまいそうな一節で締めくくられていた。
〈私は決して見捨てたり見放したりしません! 私自身もやり直すことができたのだから、人は誰かの支えで必ずやり直すことができるのです。その支えになることができたら、こんなに嬉しいことはありません〉
つたないなりに雇用主としての覚悟と気合を伝えたかったと廣瀬は照れるが、僕が受刑者としてこの文章に触れたら信じてみたいと思うだろう。
「三宅さんからもいいと言われて、その後もずっと使っているんですが、受刑者から届く手紙にも『この文章で社長の人柄がわかりました』とか『ここに行こうと思いました』と書かれていることが多いですね」
見下されても警戒されても、へこたれずにやってきた。大きな家族みたいな小さな会社を作り、男たちの胃袋をがっちりつかんで、みんなの母ちゃんになろうとしてきた。敷地にプレハブを建て、新しい仲間を受け入れる準備をしてきた。
「彼女に会わなかったら、いまの私には絶対なれてない」
足りないのは、「私があなたを待っている」と呼びかけるツールだけだった。過去は変えることができないけれど、未来は変えられる。その手伝いをしたいと伝える手段がなかった。
そんなとき、困っている廣瀬に手を差し伸べるように『Chance!!』が創刊された。これは運命だ。チャンス到来だ。
ほしくてたまらなかったのに、手に入れることが叶わなかった最後のピースが、カチッと音を立てて埋まり、パズルが完成した。
「たくさんの反響をいただいて、軸足が定まったというのかな。私は見捨てませんと宣言したんだから、あとはやるだけでした。三宅さんには感謝しかありません。奇跡が起きたんだと思う。彼女に会わなかったら、いまの私には絶対なれてない」 絶妙のタイミングで出会ったふたりの友情は雑誌編集長とクライアントの垣根を超えて深まっていった。僕が「親友ですね」と言ったら「そうじゃなくて戦友」と訂正されるくらいに。
やられたらやり返すのではなく、いずれ来る別れをどう迎えるか
『Chance!!』の評判は協力雇用主と受刑者に口コミで広がり、最新号が出るたびに厚みを増しながら継続。編集未経験でおぼつかなかった技術も向上し、エンタメ要素まで備えた雑誌になった。媒体としてのユニークさもさることながら、公的機関がなしえなかった方法で受刑者の社会復帰を支援する三宅自身も注目の存在となっている。
「私ね、どうしたらいいかわからなくなると相談するんですよ。夜中に電話して泣きながら愚痴ったり、迷惑かけてばかりなの。でも、彼女は私が喋り疲れるまで、納得するまで、電話を切らずに何時間でも聞いてくれる」
廣瀬は、よほどのことがないかぎりは社員の前で涙を見せないようにしている。でも、タフな社長にも泣きたい夜はある。弱い部分をさらけ出し、救いを求めたいときがある。 「たとえばね……、私は社員に期待しすぎて、一緒にずっと会社を盛り上げていけるんじゃないかと錯覚を起こしがちだった。それで急にやめたり、裏切られたりすると、心が病んでしまう。そういう話をしたときに、なぐさめてくれるだけでも嬉しいですよね。
でも、三宅さんは『がんばって』なんて言わないのよ。それは違う、やられたらやり返すんじゃなくて、いずれはくる別れをどう迎えるかが問題だよと言うのよ。
『別れるとき、どんなに理不尽なことをされても、笑顔で見送ることを私は徹底している。それがカッコいい女だ』と。実際、見てると実践しているからね。そういうひと言が胸に響くことが多くて真似させてもらってます」
包丁振りまわしたら、私は刃を握る
『Chance!!』の応募者には、廣瀬が自ら面会に出向き、問題がないと思えれば出所後の雇用について仮契約を結ぶ。出所のタイミングは受刑者ごとに違うので、いつからでも受け入れられるのが、建設業などかぎられた業種に協力雇用主が集中する理由だ。
しかし当初は、出所者雇い入れ実績がない大伸には、保護観察所などから待ったがかかった。ちゃんと面倒を見られるのか、身元引受人として適切なのか。会社の状況をチェックするためにきた保護観察官にダメ出しをされ、採用不可にされてしまったのである。
保護観察所は、犯罪をした人や非行のある少年が社会の中で更生するように、指導(指導監督)と支援(補導援護)を行う機関。地方裁判所の管轄区域ごとに置かれ、全国に50カ所(各都府県一カ所・北海道は4カ所)ある。
保護観察官は全国に約1000人いるが、それだけでは間に合わないので、民間ボランティアである全国約4万8000人の保護司と協働して、少年院仮出所者と成人の仮釈放者の立ち直りを助けるのだ。雇い入れる企業が、仮出所者や仮釈放者にふさわしいところかどうかを見極めることも彼らの役割のひとつである。
採用不可にされたときは、どういうことかと尋ねても教えてもらえずいら立ったが、いまとなっては実績のない会社に慎重な対応をするのはいいことだと考え方が変わった。甘い考えで協力雇用主となり、すぐ解雇してしまうなど責任を放棄する企業が後を絶たないからである。
ようやく受け入れることを許されたのは、乳児院と養護施設で育つ間に数多くの問題を起こし、出所しても、どこの更生保護施設からも受け入れ拒否され、行く当てのない高野(仮名)という10代の男性。応募を受けて受け入れの意思を示すと、保護観察所の係員は廣瀬が女だからか、やや見下した態度で皮肉を言った。 「廣瀬さん、あの子は今回、包丁を振りまわして捕まっているんだけど、そういうことをしたらあなたはどうしますか」
係員は、目の前にいるのがどんな女かわかっていなかったのだ。
「こういうことをしてはいけない」というのを教えていきたい
「包丁ですか、私、そんなの(刃を)握っちゃいますよ。ケガしてもいいんで、振りまわすと危ないんだとわからせないと。私が握って血が出れば『ね、痛そうでしょ』と言えるじゃないですか」 「え? じゃあ大丈夫……なんですね」
これで係員を突破し、2度の面接を経て雇い入れにこぎつけた。面接でも、高野に告げたそうだ。
「あんたがもし包丁振りまわしたら、私は握るからね。私はその包丁を握って、人を傷つけたら痛いこと、手から血が出ることを証明する。私はあんたのことを自分の子どもみたいに思って受け入れるつもりだ。警察呼ぶとかじゃなくて、こういうことをしてはいけないというのを教えていきたいんだ」
高野からは、そんなことを言う人には会ったことがないと驚かれたらしい。廣瀬の強みはマニュアルには載っていない自分のことばを相手にぶつけられることだと僕は思う。その方法は、目ヂカラに物を言わせ心と心をぶつけ合う正攻法。何かのはずみで自分が包丁を手にしたら本当に握る人だ、と感じたから高野は信用したのだ。
あの高野を立ち直らせた社長なら…
入社した高野は周囲の心配をよそに、包丁を振りまわすことなくまじめに働き始めた。高野の抱えている闇が孤独であることをいち早く見極めた廣瀬が、社員たちになじませることに力を注いだことが功を奏したのだ。すると、高野の行いが品行方正とまではいかなかったが許容範囲に収まっていたことで、保護観察所の廣瀬を見る目が変わってくる。
「保護観察所の地区担当者から信用されたことが大きかった。“あの高野を立ち直らせた社長”ってことになってスムーズに受け入れができるようになりました」
『Chance!!』が発行されるたびに応募者がたくさん現れ、2年もすると毎月のように出所者を迎えに行くようになってきた。長続きしない人もいるけれど、大伸は地元を代表する協力雇用主になっていく。実績ができてくると、あれほど冷たくされたハローワークまで「なんとかそちらで引き受けてもらえないか」とていねいに頼んでくるようになった。 「ほかでは受け入れてもらえそうにない人も、大伸なら雇ってくれるだろう、みたいになっていきました。ダメな子はどこへ行ってもダメなんで、過大評価されても困るんだけどね」
そう言いつつも、頼まれると断れない姉御肌。2020年代に入ると、採用内定者の出所ラッシュも起きてきて、号によっては『Chance!!』への広告掲載を見合わせなければならないほどの人気企業になっている。
「いまでは(採用の)一般募集はしなくなり、社員の出所者率が高いことが会社の特色になっちゃいましたね。そうそう、うちの社員旅行っておもしろくて、必ずホテルを借り切りにするんです。なぜかわかります?」
酔っぱらってケンカが起きるからだろうか。
「そんなの、うちでは日常です。そうじゃなくて入れ墨やタトゥーが入った従業員がたくさんいるから、宿ごと借り切らないと温泉に入れないの」
10代で暴走族総長、薬物売買で2度服役したことも…社会復帰した女性を苦しめた「日本の不寛容」」から、前科や前歴がある人を従業員として雇い入れるため、「協力雇用主」に登録しようとした経営者の廣瀬伸恵(ひろせ・のぶえ)さん。ところが、いざ地元の就労支援担当者を訪問すると、暴走族総長、売人で2度の服役、ヤクザとの付き合いなど“過去の自分”が大きな壁として立ちはだかる。服役した人たちにとって更生できる社会にしなければならないでしょう。協力雇用主には数万社が登録しているものの、実際に受け入れ実績のある会社は1割に満たないのが現状だ。 更生を進める上で高い壁がありますね。「今度こそちゃんとやろうと意気込んで出所しても、社会全体がそういう人をはじく傾向があるじゃないですか。私もそれで挫折してきました。だからこそ受け入れたい。うちの従業員は過去のある人ばかりだから大丈夫だよ、隠し事なしのオープンでいいんだよ。そういう環境で、毎日おいしいご飯が出てくるとなったら、きっと違うんじゃないかなと思う。それに、私自身にもそういう人に囲まれていることで自分らしくいられる実感があった」受け入れに理解を示す人がいなければ更生できないでしょう。罰則だけは強調されて更生して社会復帰することができなければ息苦しいだけでしょう。〈私は決して見捨てたり見放したりしません! 私自身もやり直すことができたのだから、人は誰かの支えで必ずやり直すことができるのです。その支えになることができたら、こんなに嬉しいことはありません〉更生を助ける企業や人が増えなければ、服役後に社会復帰をしようと努力してもできないでしょう。社会、国民の理解が必要でしょう。保護観察官は全国に約1000人いるが、それだけでは間に合わないので、民間ボランティアである全国約4万8000人の保護司と協働して、少年院仮出所者と成人の仮釈放者の立ち直りを助けるのだ。雇い入れる企業が、仮出所者や仮釈放者にふさわしいところかどうかを見極めることも彼らの役割のひとつである。採用不可にされたときは、どういうことかと尋ねても教えてもらえずいら立ったが、いまとなっては実績のない会社に慎重な対応をするのはいいことだと考え方が変わった。甘い考えで協力雇用主となり、すぐ解雇してしまうなど責任を放棄する企業が後を絶たないからである。責任を持って雇用主になる覚悟が必要ですが、国の政策や更生を促進するシステムが機能するようにすべきではないでしょうか。実績ができてくると、あれほど冷たくされたハローワークまで「なんとかそちらで引き受けてもらえないか」とていねいに頼んでくるようになった。「ほかでは受け入れてもらえそうにない人も、大伸なら雇ってくれるだろう、みたいになっていきました。ダメな子はどこへ行ってもダメなんで、過大評価されても困るんだけどね」そう言いつつも、頼まれると断れない姉御肌。2020年代に入ると、採用内定者の出所ラッシュも起きてきて、号によって『Chance!!』への広告掲載を見合わせなければならないほどの人気企業になっている。更生する人たちを受け入れ成功する企業が増えればそのような企業が増えてプラスの循環が生まれ社会になることを期待します。