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キャッシュレス化で見えてくるメリットとデメリットをどう受け止めるか[2020年03月31日(Tue)]
 DIAMOND ONLINE2019年10月23日付け「上島珈琲とプロントの「完全キャッシュレス店舗」、売上で明暗が分かれたワケ」から、PRONTO二重橋スクエア店では閉店後のレジ締めの時間が不要となっただけでなく、人件費の削減にも直結した。同規模の店舗の運営には通常は4人の従業員が必要だったが、3人での運営を実現したという。また、現金を扱わなくなったことで店舗スタッフの心理的な軽減にもつながった。
 反面、完全キャッシュレス化のデメリットも見えてきた。「人件費の削減分は、カード会社等に払う決済手数料で消えてしまった」(冨田部長)。
 日本では現金への信頼性が高いことの裏返しとして、海外と比較してカードの決済手数料が高い。この手数料の高さが、外食産業がキャッシュレス化に乗り気でなかった要因の1つになっている。
 人件費コストの削減という完全キャッシュレス化による効果は2店舗で共通している。 ところが、売り上げに目を向けると明暗が分かれた。
 「完全キャッシュレスにしたことで増収増益となった」とにこやかに語るのは、上島珈琲店の橋本吉紀営業本部長だ。鍵となったのが「既存顧客の取り込み」だという。
 上島珈琲店大手町フィナンシャルシティ店では、今年の2月から完全キャッシュレス化へと舵を切った。金融機関が周りにあることや、駅が近く交通系電子マネーが普及しており、もともとキャッシュレス決済比率が5割程度と高かったという。
 大手町フィナンシャルシティ店は、土日はもともと休み。平日の既存顧客に対して認知を徹底したことで、完全キャッシュレス化への移行後も、客数は横ばいで推移した。キャッシュレス決済のほうが、手持ちの現金を気にしなくていいため、現金払いより客単価が高くなる傾向があったという。
 この客単価の上昇が、結果として増収増益につながったのだ。「お店が好きであれば、継続して来店してもらえる。ファンを徹底的に囲い込んだ」と橋本部長は成功の秘訣を明かす。
 一方、プロント側は売り上げに対して話が及ぶと険しい表情を見せ、言及を避けた。実態は明らかにされなかったが「計画に対して売り上げが厳しく、課題感しかないはず」と業界関係者はプロントの苦悩を代弁する。
 PRONTO二重橋スクエア店は、昨年11月のオープン当初からの完全キャッシュレスで注目を集めた。このため店舗にとって全てが新規の顧客で、既存顧客は存在しなかった。平日はビルインのため入居するビジネスパーソンが多く利用するものの、皇居が近い立地ということもあり、土日は“一見さん”の高齢者が多い。
 キャッシュレスに馴染みが浅い層も店舗の前を通りかかり、「現金は使えないのか」という声も多数あったという。このような微妙なミスマッチが、上島珈琲店との明暗を分けたと推測される。
 キャッシュレス化の効率面ばかりに目を向けるのではなく、「既存顧客の取り込み」 という王道を模索し続けることが成功への早道なのだろう。032.JPG

 キャッシュレスが進んで行くのは間違いないでしょうが、現金への信頼度が高く、高齢者が多く、スマフォなどを持ち歩かず現金に依存する人が多い状況を踏まえて考える必要もあるのでしょう。さらに地方の方ではますます浸透しづらい状態になっているので今後どのように進めるのか検討する必要があるでしょう。企業の経営的観点から考えれば立地条件とまわりの環境はもちろんですが、顧客の取り込みという本来優先的に考えなければならない視点を重視する必要があるのでしょう。世界的にはキャッシュレスがどんどん進んで行き、海外から訪れる人たちが増え続けると想定すれば、キャッシュレス化に対応できる仕組みづくりをしなければならないでしょう。高齢者と地方への対応をどのようにするか真剣に検討しなければならないでしょう。029.JPG
海外からの留学生が日本に住み続けやすい社会にすべきでは[2020年03月30日(Mon)]
 共同通信2019年10月23日付け「外国人留学生、就職過去最多 18年2万5千人、人手不足」から、出入国在留管理庁は23日、日本の大学や専門学校を卒業後、国内で就職するために在留資格を変更した外国人留学生が2018年に2万5942人に上ったと発表した。前年を3523人上回り過去最多を更新。留学生の総数が増えていることに加え、人手不足で外国人労働者に対する企業の需要が高まっていることが要因とみられる。
 留学生が日本で働くには在留資格を「留学」などから就労目的の資格に変更する必要がある。18年に変更した人は5年前の13年と比べると、2倍以上となった。
 変更後の在留資格別に見ると、企業でエンジニアや経理担当などとして働く際の資格が全体の93.2%を占めた。002.JPG

 人手不足を解消するためというのではなく、海外から訪れ日本の大学で学んだ留学生が日本企業などに就職して住み続けてくれることは望ましいことではないでしょうか。制度を変えることで可能になれば国をはじめ自治体などの公務員になることができれば多様な人材が働くことで多様性が容認されて多様な考え方が反映されることになるのではないでしょうか。人手不足の解消という視点だけで海外からの留学生の受け入れを考えることはどうでしょうか。日本の社会に欠けている多様性を認め寛容な社会を築くために留学生が増えていることを好意的に捉えるべきではないでしょうか。留学生が日本に住み続けることを可能にするための法整備を急ぐ必要があるでしょう。さらに留学生ならびに海外から訪れ住み続ける人たちが住みやすい社会になるために日本語学習や住民との交流を促進する必要もあるでしょう。単なる交流から普通に近所付き合いができるような付き合える関係を築くことが大事なのではないでしょうか。001.JPG
責任問題とは別に教員の採用と管理職の登用のあり方を考えるべきでは[2020年03月29日(Sun)]
 神戸新聞NEXT2019年10月22日付け「加害教員の自主退職認めず「厳正に処分」 神戸・教員暴行」から、神戸市立東須磨小学校(同市須磨区)の教員間暴行・暴言問題で、市教育委員会は21日までに、加害教員4人が処分前に自主退職を申し出た場合、認めない方針を決めた。「自主退職で身分がなくなれば、処分を下せなくなる」として事前に手を打った形だ。
 市教委によると、処分を受ける前に退職した場合は退職金が支給される上、神戸市以外の自治体で教員採用試験を受ける際、志願書に懲罰歴が載らないという。市教委は「厳正に処分しなければ、市民の理解は得られない」としている。
 一方、4月に東須磨小から異動した前校長が、現在勤務する小学校の児童の保護者らに「12月末まで療養が必要と医療機関に診断された」と説明する文書を配布していたことが、市教委への取材で分かった。前校長は問題発覚後、体調不良を理由に休んでおり、教頭が職務を代行している。
 前校長は東須磨小教頭だった2017年、採用1年目の男性教員に飲み会参加を強要したほか、その後の加害教員による度重なる嫌がらせ行為を市教委に報告していなかった。市教委が設けた調査委員会は前校長にも聞き取りをし、管理責任を検証する考えを示している。003.JPG

 教員の採用に関しては能力はもちろんですが、人間性を見極めるために教育委員会、教員、PTAなど教育関係者ばかりでなく住民や会社経営者などいろいろな人たちが選考委員になって面接を行うことが必要なのではないでしょうか。さらに管理職への登用に関しても校長や教育委員会との人間関係を上手に築き上げることができる人が登用されるのではなく、ある程度客観性を重視するためにも第3者の視点が入る仕組みづくりをする必要があるのではないでしょうか。多くの人が出世を望む公務員の世界では競争心理が働くのは仕方がないことですが、それだけになってしまったら子どもたちの教育にとってはあまりいいとは言えないのではないでしょうか。校長の説明責任を放棄して療養休暇を取っているのは許せないのではないでしょうか。管理職として事実関係を被害教員とその家族、保護者、子どもたちにしっかり説明する必要があるでしょう。教育に携わる人たちの心構えは大事なのではないでしょうか。同じように採用や管理職への登用に関しては不祥事が比較的多い警察も研修のあり方を含めて考える必要があるのではないでしょうか。002.JPG
重度障害者が働きやすく、生活しやすい仕組みづくりを考えるべきでは[2020年03月28日(Sat)]
 鈴木悠平さん2019年10月21日付け「「介護」と「働く」が併存する時代へ。重度障害者への就労中の支援拡充に期待」から、厚生労働省が、日常生活で常時介護が必要な、いわゆる「重度障害者」への支援拡充の検討を進めています。重度障害のある人が、食事や排せつ、移動といった普段の生活のための介護を継続して受けるための「重度訪問介護サービス」は、これまで「個人の経済活動」である通勤時や職場での支援を対象外としてきました。
先の参議院選挙で、重度の障害のある当事者である舩後靖彦氏と木村英子氏が当選したこともきっかけに、制度改正を求める声が高まっています。
厚労省は、職場で過ごす時間や通勤時の介護も公的支援の対象とする制度改正を行い、障害者の就労機会の拡大を目指す方針で、遅くとも来夏までに、場合によっては前倒しも含めて、具体策を取りまとめる予定とのことです。
 この記事では、そもそも「重度訪問介護」とはどういったサービスなのかをおさらいしつつ、制度改正が求められるようになった背景、重度障害のある人の就労可能性拡大についてお話します。
 重度訪問介護とは、障害者総合支援法に基づき、障害者が利用できるサービスの一つです。常時介護が必要な重度の身体、知的、精神障害のある人がサービスの利用対象で、自宅にヘルパーが訪れ、排せつや入浴、食事など長時間の訪問介護サービスを提供します。利用者の自己負担は1割(月額の自己負担上限は3万7200円)で、残りは公費で賄われます。
重度訪問介護サービスは、重度の障害のある当事者の方々の運動と、行政との粘り強い交渉の上に成立したサービスです。介護保険の訪問介護サービスと違い、長時間連続して利用でき、利用者が寝入った後の夜勤の見守りも含めて、1日24時間365日途切れることなく支援を受けることができます。また、自宅での介護だけでなく、「移動介護(外出支援)」も認められています。一人のヘルパーが車椅子を押しながら、もう一人のヘルパーが言葉の読み取りをしたり、身体の調整をしたり、痰の吸引をしたりして、身体のケアを受けながら外出の用事を済ませることができます。
 自力での食事や排せつができなかったり、定期的に痰の吸引等が必要な重度の障害のある人でも、重度訪問介護があることで、家族に負担をかけずに自宅での自立した生活を送ることができます。日本の重度訪問介護は世界でも珍しい、非常に個別性の高い介護サービスだと言えます。
しかし、そんな重度訪問介護でも支援の対象外とされる領域がありました。それが、通勤時や職場での支援です。
これまでの厚労省障害福祉課の見解は、就労は「個人の経済活動」にあたり、その支援は、障害者差別解消法で求められる「合理的配慮」として職場の事業主が行うべきだというものでした。公費を財源とする重度訪問介護で通勤等の支援を行うと、事業主の支援が後退するおそれがある、というロジックです。
先日当選した舩後靖彦氏と木村英子氏の議員活動についても、当面の間、彼らがその一員として活動をする組織である参議院が、介護費用を負担することになりました。(「合理的配慮」については別の記事で詳しく解説したので、参考にしてください。)
 しかし、職場による「合理的配慮」の範疇で重度障害のある人の介護をまかなうことの問題も同時に指摘されてきました。
「合理的配慮」は、職場や学校等、障害のある人が活動する組織や事業主にとって「過重な負担」でない範囲で調整や支援を行いましょう、というものです。そのため、職場や議会が負担することを当たり前としてしまうと、資金に余裕がある職場でしか重度障害者が働けなくなる懸念があります。
車椅子で移動する人のためのスロープを用意するとか、聴覚過敏のある人のために座席配置を工夫するとかいった合理的配慮は、比較的安価に実現可能でしょう。しかし、継続して介護が必要な重度障害のある方の介護費用を、職場が継続してまかない続けることは、かなりの金銭的負担となります。
実際、2018年度の厚労省の障害者雇用実態調査では、身体障害者を雇う事業所の中で、配慮事項で「通勤」を挙げたのはわずか22%に留まるとの結果でした。
どこまでを公費負担とするかは確かに難しい問題ではありますが、こうした課題に対応するための制度改正の検討が必要な時期に来ていることは間違いないでしょう。
 制度改正を巡る議論が活発化したのは、舩後氏・木村氏の当選をきっかけにした参議院での対応や、それに応じた世論の高まりが大きなきっかけでしょう。ただ、彼らの当選以前から、制度改正に至る社会的な変化はすでに進んできていたとも言えます。
医療やテクノロジーの発達に伴い、現実として「重度障害」かつ「働ける」人たちの数が増えてきたこと、またそうした人たちにスポットが当たるようになってきたことが、近年の大きな変化でしょう。
現在注目されている事例のひとつが、オリィ研究所が開発した分身ロボット「Orihime」による、自宅にいながらにしての就労です。先日も、障害のあるスタッフが自宅にいながらにしてロボットを操作し、カフェでお客さんにドリンクを提供する公開実験イベント、「分身ロボットカフェDAWN」が期間限定で開かれました。
 もちろん、ロボット以外にも、チャットやビデオ通話など、すでに一般に普及したインターネットサービスを活用することでも、障害のある方の就労可能性は格段に広がってきています。
現状ではこうしたテレワークであっても、給与を受け取る「就労」という形態になれば、重度訪問介護サービスの利用対象外となります。重度障害のある方は、たとえテクノロジーによって物理的に「働ける」ようになっても、謝金を受け取らずボランティアとして働くか、働いている間は介護ヘルパーを断り、トイレや水分摂取などを我慢したり、ヘルパーの代わりに家族に介護してもらったりといった対応を余儀なくされるのです。
こうした事例から示唆されることは、「介護を受ける」ことと「働く」が重なる、併存可能な時代がやってきたということです。
これまでは、重度障害のある人たちのほとんどは、働きたいと思っても働けない状況にありました。そうした時代においては、重度障害のある人たちの支援については、就労はスコープに入れず、日常生活のケアだけで十分である、というような発想、逆にいうと、自力で働けるような人たちには重度訪問介護は必要ないという発想が、暗黙の前提となっていたのかもしれません。つまり、「介護」と「就労」の分離です。
ですが、「支援を受けながら働く」ということが、実態として可能になってきた現在、「介護」と「就労」の重なりを、法律論としてもしっかり捉えていくべき時が来ているのだと思います。
厚労省による支援策の検討では、高収入の重度障害者にどの程度自己負担を求めるか、雇用主のいないフリーランスへの支援はどうするか、個別企業の経済活動への支援に税金を使うことへの理解をどう得るかといった、さまざまな論点が挙がっているとのことです。
障害のある方の就労可能性を広げる上で、制度改正は大きなインパクトをもたらします。実際の制度設計を検討される方々は、難しい課題に取り組まれていることと思いますが、今後の展開を期待しています。005.JPG

 重度障害者とは、在宅時はもちろんですが、外出時の方が介護が必要になるのではないでしょうか。重度障害者が働くために支える仕組みを考えるべきなのに、「個人の経済活動」である通勤時や職場での支援を対象外とするのは矛盾しているのではないでしょうか。重度身障者を雇用している企業の負担が増えてしまうというのであれば、それこそ国や自治体が知恵を出し合ってよりよい方法を考えるべきなのではないでしょうか。重度訪問介護があることで、家族に負担をかけずに自宅での自立した生活を送ることができます。日本の重度訪問介護は世界でも珍しい、非常に個別性の高い介護サービスだと言える以上、世界に誇りさらによりよい状態に高めることがいいのではないでしょうか。すべてを税金で賄うことが難しいのであれば民間資金を集める方法を模索することも考えるべきではないでしょうか。テレワークであっても、給与を受け取る「就労」という形態になれば、重度訪問介護サービスの利用対象外となります。重度障害のある方は、たとえテクノロジーによって物理的に「働ける」ようになっても、謝金を受け取らずボランティアとして働くか、働いている間は介護ヘルパーを断り、トイレや水分摂取などを我慢したり、ヘルパーの代わりに家族に介護してもらったりといった対応を余儀なくされるということが理解に苦しみます。働くことができ収入を得ることは重度障害者にとっても生きがいを感じるし、収入を得ることで経済的に社会に貢献するだけでなく、自分のために使う喜びを感じ、地域貢献、社会貢献することもできるのではないでしょうか。根本的には誰でも安心して気持ちよく生活できるような社会にすることが大事なのかもしれません。004.JPG
教育シンカ論を通して新たな教育のあり方が見つかれば[2020年03月27日(Fri)]
 秋田さきがけ2020年8月20日付け「教育シンカ論 コロナから問う 絵本作家・五味太郎さん」から、生きるために必要なのは、考えるべき時に自分で考えられる「丈夫な頭」と、何か嫌だ、ここにはいたくない自分状態に反応できる「賢い体」だよね。
 本来この「丈夫な頭」と「賢い体」を育むはずの子どもたちが、今の初等教育の中で対応型の頭と体になるのは当たり前。何の必要もなく考えさせられ、たまたま興味を持っても、時間が来たらはい終わり、次は理科、歴史、音楽で、帰ったら宿題。次々与えられるものに一生懸命対応し続ければ、それが考えることだと思ってしまうよね。
 さまざまな知見や意見を得て、納得や反論をしながら自分のフィルターにかけて、己の血肉にするのが学ぶということ。ただ読んで聞いて対応する勉強は、試験が終われば必要ない。その場しのぎの知識に過ぎないよ。
 自分の発想と工夫で生きていくしかない。手段はいろいろあるはずだ。自分が考え、自分で工夫する。古い価値観を一方的に押し付けるなんて、基本的人権の侵害だよ。
 平時から違和感には敏感であってほしいな。人間ってさ、強い目的を持って生まれてきたわけでもないし、生きながら試行錯誤する生物なんだ。不安定、不安心なんて当たり前だよね。免疫力は体だけじゃなく、精神にも大事なんだって、頭に入れておいてほしいなあ。012.JPG

 知識を詰め込む教育、1つだけの答えを求める教育から、考える教育、議論する教育が求められているのではないでしょうか。現在の初等教育で子どもたちは何の必要もなく考えさせられ、たまたま興味を持っても、時間が来たらはい終わり、次は理科、歴史、音楽で、帰ったら宿題。次々与えられるものに一生懸命対応し続ければ、それが考えることだと思ってしまうあり方はいいのでしょうか。子どもの持っている才能を引き出すことが教育の大きな目的であることを考えれば、興味関心を持ったことを深堀して学ぶことができるようにすべきではないでしょうか。学習指導要領で教えることを固定化して教員の教え方まで強制するようなあり方がいいのでしょうか。教師の個性が生かされることも大変重要だと思います。子どもたちは教師の熱意や情熱を感じて学ぶことが好きになることもあるでしょう。知識詰込みの画一的な教育から生まれてくるものは少ないのではないでしょうか。やる気をもって子どもたちと一緒に学びながら教育している教員が多い学校が理想とすべきなのではないでしょうか。子どもたちはこの国の未来を担っていくことを考えれば教育予算をどんどん増やす必要があるでしょう。教育にお金をかけない国の未来は危ないのではないでしょうか。011.JPG
いじめの対応に関して教育委員会と学校のあり方が問われているのではないか[2020年03月27日(Fri)]
 テレビ朝日ニュース2019年10月21日付け「児童の深刻ないじめ“3年間”放置 隠ぺい行為も?」から、千葉県流山市で、児童への深刻ないじめが3年間放置されていたことが分かりました。市の第三者委員会の元会長は学校などが児童の訴えに向き合わず、異変を隠蔽するような行為もあったと批判しています。
 流山市の中間報告書によりますと、2014年、当時小学6年の男子児童は複数の同級生から暴行されて鼻から出血するなどの悪質ないじめを受けました。児童は30日以上学校を欠席し、家族はいじめの被害を学校に訴えました。いじめでけがをしたり30日程度の欠席があれば、「重大事態」として調査委員会の設置が決められていますが、委員会が設置されたのは3年後でした。
 流山市いじめ対策調査会・藤川大祐元会長:「(児童に対するいじめが)3年ほど放置されていた。(その間)調査会に対しても何の報告もありませんでした。(教育委員会などが)組織としていじめ問題にきちんと向き合う姿勢が一切みられなかった。教育行政を預かる方々として許されるのか非常に強い疑問を覚える」
 児童は中学校でも30日以上、欠席しましたが、学校側は一部を出席扱いにしていました。市の教育委員会は「精一杯努力をしてきた」「保護者に理解して頂けず、非常に残念です」などとコメントしています。007.JPG

 学校や教育委員会現場が保守的なのはわかりますが、隠蔽体質まで疑われるようになると問題ではないでしょうか。いじめの問題はすぐに適切な対応を模索して対処しなければなりませんが、問題の深刻さを理解しないで3年間放置されていたとすれば大変な事態ではないでしょうか。調査会元会長が「(児童に対するいじめが)3年ほど放置されていた。(その間)調査会に対しても何の報告もありませんでした。(教育委員会などが)組織としていじめ問題にきちんと向き合う姿勢が一切みられなかった。教育行政を預かる方々として許されるのか非常に強い疑問を覚える」と強く抗議しているにも関わらず、教育委員会の「精一杯努力をしてきた」「保護者に理解して頂けず、非常に残念です」というコメントも開き直っているように感じる人もいるのではないでしょうか。残念ながら子どもたちの教育を学校教育だけに任せるのは限界になっているのではないでしょうか。いじめ、不登校、ハラスメントなど対処することが困難な問題が多くなってきていることを考えれば、子どもたちが学校教育に縛られなくとも教育を受ける機会が尊重されるようにしなければならないのではないでしょうか。いじめ、不登校、体罰などで苦しんでいる子どもたちが減ってゼロに近づき安心して教育を受けることがシステムを構築することが必要なのではないでしょうか。008.JPG
格差が広がる社会でいいのでしょうか[2020年03月26日(Thu)]
 SPA2019年10月21日付け「マクドナルド難民になった40代、年収は頑張って110万円。求人はブラック企業ばかり」から、ますます広がる日本社会の格差。その日暮らしを強いられる年収100万円程度の人たちは、過酷な環境下でどのように過ごしているのか。今回は年齢とともに過酷さが増す中高年に注目。社会から見捨てられた漂流者たちのリアルを取材した。
 世の中に報われない努力があるのは事実だ。しかし、貧しい生活を強いられる状況は「努力不足による自己責任」と言い切れるのだろうか。日雇い労働などの不安定な雇用と低賃金を理由に、本来なら寝泊まりが禁止される貸倉庫やゴミ屋敷化したネットカフェに住む人々の存在を報じ、読者から「貧困は自己責任」、「役所を頼れ」といった厳しい声が多数寄せられるなど、多くの反響を呼んだ。
 貧困問題について年間500件の相談を受ける社会福祉士の藤田孝典氏は、雇用の質の低下が漂流に繫がっているとも話す。
 「中高年の貧困者の多くは、職を失う恐怖があることから仕事に対してまじめな人が多い。しかし、有効な求人票はブラック企業ばかりなので、職場環境に耐えきれず、うつ病を発症したことで難民化するケースは数え切れません」
 大ヒット映画「天気の子」でも、主人公がネットカフェやマクドナルドを漂流するシーンが描かれていた。平田正治さん(仮名・43歳)は、運命の女性と出会わなかった場合の主人公の20年後か……。平田さんは専門学校卒業後、契約社員として複数のブラック企業を渡り歩いた。4年前、ついにうつ病を発症。現在、昼は派遣バイトで働き、夜はマクドナルドで寝泊まりしている。
 マクドナルド難民といえば、’06年頃にコーヒー1杯で24時間営業の店で朝まで過ごす生活困窮者が増えたことで社会問題化したが、まだ根深い問題として残り続けているのだ。
 「年収は頑張って110万円ぐらい。深夜の日雇い仕事を入れたいけど、ない場合は24時間営業の店で100円バーガーと水だけで過ごす。初めの頃は渋谷センター街にいたんだけど、早朝に『大丈夫ですか?』と声をかけてくるボランティアが苦手で……」
 そこで下北沢のマクドナルドを“定宿”にしたが、店内で寝泊まりする難民客が増え、深夜は着席できないシステムに変更されてしまった。ほかの店舗も続々と24時間営業を中止しており、平田さんはまたすみかを失いかけている。
 「朝までいられる店があっても、横になると店員に起こされる。だから座ったまま寝ないといけないんで、首も肩もボロボロ。頼れる人もいないから、この生活を続けるしかない」
 貧困に苦しみながらも貯金もなく民間の賃貸住宅を借りられない中高年。そんな彼らが公営住宅などに入ることはできないのだろうか? 藤田氏はこう語る。
 「公営住宅が住宅全体の3%にとどまり、低所得者への家賃補助もないのがこの国の実情です。社会的な構造が貧困を生み出しているのは否めません。セーフティネットが著しく弱い社会にもかかわらず、転落のきっかけが無限に存在するのです」
 また藤田氏は、中高年の漂流者たちの“孤立化”についても指摘する。
「難民化する人の多くは、実家・親族と折り合いの悪い人が多く、人間関係も貧困。友人もなく、身近に救いの手を差し伸べてくれる人がいないんです」振り返れば断崖絶壁という絶体絶命のサバイバル生活を、中高年の漂流者たちは今日も
目隠しのまま歩み続けている。
【社会福祉士・藤田孝典氏】
 NPO法人ほっとプラス代表理事、反貧困ネットワーク埼玉代表、ブラック企業対策プロジェクト共同代表。著書に『下流老人』など多数013.JPG

 その日暮らしを強いられる年収100万円程度の人たちは、過酷な環境下でどのように過ごしている人が増え続けているとすればそのような社会でいいのでしょうか。貧富の差とか格差というと自己責任だという言われ方をする社会が当たり前なのでしょうか。そんなに切り捨てるような冷たい人たちばかりなのですか。日雇い労働などの不安定な雇用と低賃金を理由に、本来なら寝泊まりが禁止される貸倉庫やゴミ屋敷化したネットカフェに住む人々の存在がわかっていても自己責任だから何もできないのでしょうか。「中高年の貧困者の多くは、職を失う恐怖があることから仕事に対してまじめな人が多い。しかし、有効な求人票はブラック企業ばかりなので、職場環境に耐えきれず、うつ病を発症したことで難民化するケースは数え切れません」日本の社会はどこまで病んでしまっているのでしょうか。閉塞感が漂って息苦しくなってしまっているのでしょうか。まったくそのような状況に関係のない人たちには見えないし、見ようともしないのでしょうか。貧困に苦しみながらも貯金もなく民間の賃貸住宅を借りられない中高年。そんな彼らが公営住宅などに入ることはできないのだろうか?国民一人ひとりが基本的な生活が保障されるためには住居は最低限必要なのではないでしょうか。人間の命の軽重があってはならないのではないでしょうか。一人ひとりを大事にする社会になってほしいと思います。012.JPG
島根県が知恵とアイデアで生き残り戦術を練っている[2020年03月25日(Wed)]
 Yahooニュース2019年10月18日付き「多様な人が交わる「普通じゃない」魅力――全国から生徒呼ぶ「しまね留学」とは」から、地元以外から生徒を募集する公立高校が各地で増えている。その先駆けは島根県が推進する「しまね留学」だ。現在は島根県の22の高校で募集があり、今年は195人の県外生が「留学」している。この9年間で「留学生」は3.5倍になった。なぜ公立高校が全国から生徒を呼ぼうとするのか。留学している生徒の思いとは。現地の高校をルポした。
 「どうですか、お話聞いていかれませんか?」「ご質問があれば遠慮なく!」
そろいのTシャツを着た男女が、威勢よく声をかける。背後には、大きく高校名を記したのぼりが立っている。2019年6月、都内で開かれた「地方留学」の説明会、地域みらい留学フェスタでのひとコマだ。
声の主は、島根県をはじめとする全国54の公立高校の関係者たち。説明会は地元以外の高校への進学を検討する中学生とその保護者が対象だ。東京、大阪、名古屋、福岡の4カ所で開かれ、来場者数は2093人。前年よりも1000人近く増えた。
 各高校は個別のブースで、来場者にアピールする。学校紹介のビデオを流したり、資料を投影してプレゼンしたり。学校職員だけでなく、留学中の生徒やその保護者が経験談を語る高校もある。
54校のうち、14校は島根県の高校だ。もともと2年前までは、島根県単体で都市圏での説明会を開催していた。
 島根県は「しまね留学」と銘打ち、県全体で県外生を積極的に受け入れている。
その始まりは、隠岐諸島の島根県海士(あま)町にある県立隠岐島前(どうぜん)高校。2008年に生徒数が89人まで減り廃校寸前に陥ったため、島前地域の3町村が学校改革に乗り出した。施策の柱が「県外生の募集」だった。
公立高校が全国から生徒を募集することは、各教育委員会の判断で可能になっている。島根県教委は、2003年度から各校4人程度まで県外中学出身者の入学を許可してきた。そこで海士町の関係者が県教委に枠の拡大を提案。県教委が同校の県外枠を撤廃した。
学校と地域の魅力向上に取り組んだ結果、隠岐島前高校の生徒数は増加に転じ、各学年1クラスだけだったのが2クラスになった。さらに地域に魅力を感じたIターンによる移住者も増加。島外からの視察や観光客も増えている。
県外生の募集が、ひいては地域を活性化させることにもつながる――。隠岐島前高校の成功で、島根県全体が「県外生徒」の募集に舵を切ることになった。県教委は2011年度に「しまね留学」として、予算化。各校の県外枠を順次撤廃し、現在では実施校が22校まで拡大している。
隠岐島前高校の生徒数は、2019年5月現在で157人。そのうち留学生は72人だ。
 しまね留学を熱心に進めている学校のひとつが、県立津和野高校。津和野町民から「ツコウ」の愛称で親しまれる、全校生徒182人の小規模校だ。県外からの入学者は東京、大阪など16都府県にまたがり、全校生徒の約3分の1にあたる53人が県外生となっている。
津和野は島根県西部、鹿足郡の山あいにあり、人口7300ほどの小さな町だ。旧津和野藩の城下町で今も武家屋敷が残り、その気品と自然が一体となった町並みが特徴で、「山陰の小京都」とも呼ばれる。
 毎朝、校舎の正面玄関前で生徒の登校を待ち受け、「おはよう」と声をかける校長の熊谷修山(おさま)さん(57)に、「しまね留学」導入の背景を尋ねた。008.JPG

地元以外から生徒を募集する公立高校が各地で増えている。その先駆けは島根県が推進する「しまね留学」だ。現在は島根県の22の高校で募集があり、今年は195人の県外生が「留学」している。この9年間で「留学生」は3.5倍になったという事実からわかるのは、地方では人口減少の影響を受け、少子化も進んでいる状況では地域から子どもたちの声が聞こえなくなってしまい可能性が否定できないということでしょう。子どもが少なくなっていけば地域の元気がなくなってしまいます。「しまね留学」はそのような懸念を払しょくしようという知恵とアイデアの結晶だったのではないでしょうか。島根県での取り組みの先進例は、その始まりは、隠岐諸島の島根県海士(あま)町にある県立隠岐島前(どうぜん)高校。2008年に生徒数が89人まで減り廃校寸前に陥ったため、島前地域の3町村が学校改革に乗り出した。施策の柱が「県外生の募集」だった。高校がなくなってしまえば島内の子どもたちは島外の高校に進学しなければなりません。そのようなときに学校と地域の魅力アップに取り組んだ結果、地域の魅力を感じた生徒ばかりでなく移住者も増え、視察や観光客も増えるようになりました。まさに相乗効果です。地域も元気になりました。島根県全体が県外生徒の募集に舵を切るようになりました。地方は人口が減っても知恵とアイデアを出して元気になろうと努力すれば元気になる可能性があるということを証明しているのではないでしょうか。やろうという強い意思があるかないかということでしょうか。016.JPG
ハード面だけの強化では住民を守れなくなってきているのでは[2020年03月24日(Tue)]
 時事通信2019年10月17日付け「堤防・ダム、能力に限界=政府、決壊箇所分析へ−避難対策で補完も」から、台風19号により、広い範囲で大雨による河川の氾濫や堤防の決壊が相次ぎ、各地で浸水被害が広がった。
 政府はこれまで巨額の費用を投じて堤防やダムを建設し、水害に備えてきた。しかし、近年は大規模な水害が頻繁に起こり、堤防やダムの能力にも限界が見え始めている。政府は「今や全国どこでも水害の危険はある」(国土交通省幹部)として、堤防やダムの機能を高めつつ、住民に確実な避難を促す対策にもさらに注力する方針だ。
 国の治水関係事業費は1990年代後半に当初予算ベースで1兆3000億円規模に達し、堤防やダムの建設工事は最盛期を迎えた。現在も「国土強靱(きょうじん)化」の旗の下、8000億円台を確保している。
 それでも近年は水害が頻発。15年に関東・東北豪雨、17年は九州北部豪雨が起きた。昨年の西日本豪雨では死者・行方不明者数が約250人に上り平成最悪の豪雨災害に。政府はこれを教訓に、20年度までの3カ年対策として、被害が想定される全国120カ所の河川での堤防強化などを目指したが、そのさなかに今回の災害が発生した。
 台風19号により、16日午後1時の時点で全国59の河川で90カ所の堤防の決壊が確認された。ダムについても、貯水が容量近くまで達した際に放流する「緊急放流」が6カ所で行われ、塩原ダム(栃木県)下流では浸水被害が発生した。放流は規則に沿ったもので、国交省は「広範囲で大雨が降ったことで支流の河川からの流量も多く、ダムがあっても下流に浸水被害が生じた」とみており、水害を防ぐのが難しかったようだ。
 今後の対策として、国交省はまずハード面での点検を進める見通し。各地方整備局は専門家による調査委員会を立ち上げ、堤防が決壊した国管理の河川の復旧と原因究明を始めた。本省の幹部は「各河川で共通した構造上の問題などが明らかになれば、政策としての見直しを行う可能性もある」と話す。
 しかし、人口減少が進み、公共事業に配分できる予算額に制約がある中、堤防とダムの機能強化を進めるのも限界がある。そこで、国交省は防災アプリの情報を基に遠くに住む高齢の家族に避難を促すよう呼び掛けるキャンペーンを始めるなど、ソフト対策にも力を入れている。別の幹部は「ハード面では想定外の災害も十分予想される。そのときに備え、住民の『避難する、逃げる』意識を啓発するのもわれわれの仕事だ」と強調する。010.JPG 

 土建国家といわれる日本は、公共事業を通じて国土強靱(きょうじん)化対策を強く推進してきましたが、人口減少と低経済成長の下では税収も減少傾向にあり、公共事業に多額の税金を使うことが難しくなってきているのではないでしょうか。今まで造ってきたダムや堤防をはじめ道路、橋、トンネルなどを維持更新するのが容易ではないでしょう。それでも整備新幹線など大型公共事業を行っていますが、人口減少が進み利用者の減少が予測される中で大丈夫なのでしょうか。政治力で決まるような公共事業に対して歯止めをかけることができないとずれば次世代の人たちは借金というツケだけが積み重なっていくのではないでしょうか。水害などの災害が起きる可能性が高い中で住民はどのようにして身を守ることができるのでしょうか。国民、住民が自ら命を守るために早めに避難する、逃げるという意識を持つことが大事なのではないでしょうか。しかし、高齢者、体の不自由な人、子どもたちをどのように避難させるか地域が一体になって真剣に受け止め対策を考えなければならないでしょう。国としては災害が起きて住む場所を失った人たちへの支援、救済のための予備費を十分に確保することが大事なのではないでしょうか。何を最も優先するかといえば国民の命と生活であることは間違いないでしょう。009.JPG
人の命に軽重をつけて判断していいのでしょうか[2020年03月23日(Mon)]
 大西連2019年10月13日付け「台東区のホームレスの人の避難所受け入れ拒否問題を考える」から、<台東区のホームレスの人の避難所受け入れ拒否問題を考える>台風19号が日本列島を通過しました。各地で河川の氾濫をはじめ、甚大な被害をもたらしています。被災された方に心からのお見舞いを申し上げるとともに、各地での早期の復興を願うばかりです。
台風などの接近が予報されると、ホームレスの人への支援や生活困窮者への支援をおこなっている多くの団体や個人は、物資を提供したり、必要な情報を伝えたりなど、なんとか被害を受けずに乗り切れるようにと尽力します。
実際に、今回の台風19号の接近にあたっても、多くの団体や個人が、支援している人に訪問したり、SNS等で情報をひろめたり、路上や公園、駅や河川敷で寝泊まりしている人に声をかけて、避難や対策を呼びかけていました。
災害においては、その人がどこに住んでいるか、お金があるのかないのか、などに関わらず、命を守るという観点から支援がなされるべきなのではないかと思います。
そんななか、台東区などのエリアでホームレスの人を支援している一般社団法人あじいるが、「ホームレスの人が台東区の避難所で受け入れを拒否された」とブログやSNSで報告しました。(東京の台東区は上野や浅草があるエリアでホームレスの人や生活困窮者が比較的多く住む地域です)
 都内でホームレスの支援をしている人などの報告によれば、他の区ではホームレスの人(住所不定の人)でも避難所で受け入れ拒否などにはあわなかったところもあると言います。
この件について、台東区の対応がどのようなものだったのかを確認するべく、本日(10月13日)、台東区危機災害対策課に連絡し、下記の回答をもらいました。(この内容で記事に記載することを台東区危機災害対策課に確認済みです)
 今回の台風19号に関しての自主避難所において、来た人には受付で避難者カードを書いてもらっていたが、その避難者カードには住所を記載する欄があった。住所が書けない人がいて(住所がない人)、現地の職員が対応がわからず(住所がない人にどう対応するのかのマニュアルなし)、災害本部に確認の連絡があり、災害本部として「住所がない人は受けられない」と回答したところ、現地職員がその回答をその人に伝え、その回答を聞いて、その人は帰ってしまった。
――「住所がない人を受けられない」という回答により避難所に入ることができなかった人は何人いましたか?
現在、把握できているのはお二人。二人でご一緒に避難所にいらっしゃいました。
――災害などにおいては、その区の住人のみならず他区に住んでいる「帰宅困難者」などの人も避難所に避難してくる可能性があると思うが、台東区の住民以外は受け入れられないのか
「帰宅困難者」には、専用の場所を用意していてそちらにご案内するという対応をとっていたが、住所がない方、ホームレスの人については想定がなかった。
――台東区はホームレスの人やネットカフェなどで生活する人など、住まいを持たない人が多く住む地域だと思うが、そういう状況の人が避難してくることを想定していなかったのか
さまざまなご批判やご指摘をすでにたくさんいただいているが、住所不定の人の避難所への避難という視点がなかった。
 今後は他自治体の事例を参考に、住所不定の人が適切に避難所を利用できるように検討していきたい。
台東区からは以上のような回答をもらいました。今後は対応を改善するとのことではありますが、「想定していなかった」という理由で結果的に「排除」していた、というのは衝撃的でもあります。
上記の台東区からの回答を受け、上述した「あじいる」の今川篤子代表にも話を聴きました。今川さんは医師でもあり、台東区や山谷地域周辺でホームレスの人や生活困窮者への医療支援などの活動をしている人です。
実際に昨日(12日)に、台東区の避難所におもむき避難所でホームレスの人への受け入れ拒否について職員とやりとりをした一人であり、今朝(13日)も上野近辺などのホームレスの人たちに話を聞きに行っていました。
――今朝(13日)も上野近辺を回ってホームレスの人たちに様子を聞いていたとききました。
今朝、お話しした人のなかで、ある人(ホームレスの人)は、台東区が用意した観光客(日本人含む)の人が避難できる避難所に行ったところ「ここは観光客用だからダメだ」と断られた、と話していました。私が実際に行った避難所だけでなく、区内の同様な場所で同じようなことが起こっていたのかも知れません。
 ――台東区は僕には「住所不定の人の避難を想定していなかった」と話していました。
実際に避難所で現地の職員だけではなく、災害対策本部(本部長は区長)にも確認してもらって話をしましたが、そこでは、「ホームレスの人は受け入れられない、ということを台東区として決定している」と言っていました。
「想定していない」ではなく、台東区としてホームレスの方を受け入れないことを「台東区として決定している」でした。なので、大きく食い違います。「ホームレスの方を受け入れない」は明確な差別なのではないでしょうか。それに、「命を守る行動を」と言っている時に、ホームレスの人はダメ、というのはおかしいのではないでしょうか。
――高齢の方や病気や障がいを持つ人など、災害の際には、被害を受けやすい、もしくは避難しにくいなど、配慮が必要だ、とも言われます。住まいがない、お金がない、少ない、などもむしろ最も避難や支援を必要とする状況だと思うのですが
その通りです。住まいがない、所持金が少ないなどもそうですし、そうした人のなかには高齢の人や病気や障がいをもつ人もいます。ふだんは元気でも体調を崩す人もいますし、不安を感じる人もいます。そういう状況の人が困って避難をしてきたのに、結果的に追い返してしまったというのは、行政としてあるまじきことだと思います。
――台東区の対応の背景にはどのようなものがあると思いますか
台東区はホームレスの人や生活困窮者などが都内の他の地域に比べたら多い地域だと思います。そして、行政が見る「ホームレスの人」への目は冷たい。「ホームレスの方は受け入れない」というのは差別だと思います。「差別」して「排除」しています。この姿勢が変わらないといけないと思います。
 SNS上では、「ホームレスの人を受け入れないのはひどい」「人権侵害だ」という意見だけでなく、悲しいことに、「ホームレスの人を避難所に入れたくない」などの意見も見られます。後者の意見がマジョリティだとは思いませんが、こういった意見がでること自体が、社会のなかにある「差別」を如実にあらわしていると言えます。
日本は自然災害が多い地域だと言われます。住まいがない、お金がない、少ないなどの状況で被害にあうと、甚大なダメージを受けてしまう可能性があります。被害を受けないように、ダメージを少なくするために避難や支援をおこなうことは一人ひとりのいのちを支えるという観点からとても重要なことです。
台東区は今後について「住所不定の人が適切に避難所を利用できるように検討していきたい」としていますが、今回のような「受け入れ拒否」のようなことが起こる前に、どうして何も対応できなかったのか、しなかったのか、その責任は重いでしょう。
そして、今回は、実際に避難所におもむいた野宿の方がいて、その人たちを日常的に支援したり関わっていたりする人がいたので、明らかになりました。
明らかになっていないだけで、こういった災害からの避難という文脈で、ほかの自治体で同様のことが起こっていない、とは言えません。
「住民じゃないと利用できない」などは言語道断ですし、どんな状況でも「いのち」に優劣はつけられません。避難にきた人を追い返して、その人が避難できずに被害をうけたらどうするのでしょうか。困難な状況にある人を支援しない公的機関などあっていいものなのでしょうか。 012.JPG

行政は税金を納めている人や住所がある人だけを守ることでいいのでしょうか。人命救助という観点からは助けを求めてくる人たちすべてを対象にして行うべきではないでしょうか。ホームレスの人への支援や生活困窮者への支援をおこなっている多くの団体や個人は、物資を提供し、必要な情報を伝えたりなど、なんとか被害を受けずに乗り切れるように尽力し、多くの団体や個人が、支援している人に訪問したり、SNS等で情報をひろめたり、路上や公園、駅や河川敷で寝泊まりしている人に声をかけて、避難や対策を呼びかけていました。そのような民間の努力を考えれば、自治体はどんな理由であれ排除していいのでしょうか。災害においては、その人がどこに住んでいるか、お金があるのかないのか、などに関わらず、命を守るという観点から支援がなされるべきなのではないかと思います。台東区以外の区は当然ですが、ホームレスとの人たちも避難所に受け入れています。台東区はどう考えて対処したのでしょうか。担当者の問題だったのでしょうか。台東区がホームレスが多いという実情があったとすれば、他の区と相談して受け入れを進めることは考えられなかったのでしょうか。「住民じゃないと利用できない」などは言語道断ですし、どんな状況でも「いのち」に優劣はつけられません。避難にきた人を追い返して、その人が避難できずに被害をうけたらどうするのでしょうか。困難な状況にある人を支援しない公的機関などあっていいものなのでしょうか。人の命に軽重を付けているとすれば真剣に受け止めて考える必要があるのではないでしょうか。自治体が生活保護を受けている人たちに冷たい対応を取ることが多いということも聞きますが、ホームレス、生活保護者などの社会的弱者への対応のあり方を真剣に考えるべきではないでしょうか。011.JPG
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