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付加価値の高いきりたんぽづくり[2014年01月31日(Fri)]
 きりたんぽは秋田名物ですが、すべての食材を集落やコミュニティーで調達してつくることができれば安全で安心な食材を提供できるという点では付加価値が高まるのではないでしょうか。問題になりそうな食材はコンニャクですが、コンニャク芋を栽培してコンニャクをつくることができれば解消されます。018.JPG

 例えば、白神山地の麓できれいな空気と美味しい水の中で、寒暖の差が大きな環境で栽培されるきりたんぽ用のコメ、出汁用を含めて地元のきりたんぽ用美味しいの鶏肉、野菜類はセリ、ネギ、ゴボウは町内で栽培されますが、コンニャク芋からコンニャクをつくることだけができません。それが可能にすれば、すべて藤里町の食材できりたんぽをつくることが可能になり、自信を持ってPRと販売ができるのではないでしょうか。消費者心理とすれば、秋田県のコメというよりは何町の何集落で栽培、収穫されたコメが、価格が多少高くとも安心して食べることができるのではないでしょうか。すべての食材を賄うことができるきりたんぽづくりを通して地域、集落の特色と魅力を伝え、交流人口を増やす戦略が必要なのではないでしょうか。013.JPG
超高齢化日本を世界の先進モデルに[2014年01月30日(Thu)]
 1月5日朝日新聞「社説」大都市の危機から、都心では高齢者が5割を超える都営住宅が出現。自治会も高齢化し、孤独死防止も難しくなってきた。高齢世帯が多い郊外のマンションも人口減少で買い手がつかず、空き家が増えている。地域社会が残っている田舎と違い、個人がバラバラに孤立した都会では、高齢者を支える手間やコストは桁違いだ。このままでは税源不足から行政サービスは追いつかず、都会の限界集落があちこちでスラム化する近未来が待っている。大都市が「成長のエンジン」どころか「日本のお荷物」と化す日は絵空事ではない。道路などビジネス・インフラへの投資から、人々の安心を生むライフ・インフラへの転換を提案する。例えば人口減で余った公有地を無料で貸し、安価な高齢施設を充実させる。高齢者はお金を安心して使えるし、若者や主婦の雇用の場にもなる。廃工場や空アパートが目立つ大阪市の北加賀屋地区では、高齢者と若者が空き地で農作業を楽しみながらつながりを深めている。多様な人材がいる大都市では、面白いテーマを設定すれば人が集まる。支え合いながら、「自分たちの地域は自分たちでつくる」意識を共有していく。こんな取り組みを、点から面へと広げることが大切だ。今後、アジアの大都市が次々に超高齢化に直面する。トップランナーとして、新しい思考で問題の解決モデルをみつける。そんな夢にかけてみたい。003.JPG

 大都市圏の高齢化対策を急がなければ、地域社会の絆が失われてしまっているため高齢者の中には看取られずに一人で孤独に亡くなってしまう人が増えるのではないでしょうか。世界と最も速く進む高齢化に対して時代を先取りした取り組みをして、先進的なモデルの仕組みづくりを行うことは、日本の評価と価値を高め、世界で発言力、指導力を発揮できるのではないでしょうか。原発の輸出を行うよりも世界中に貢献するためには、ハード面ばかりでなくソフト面を強化して高齢化社会に対応した地方と大都市圏のノウハウと提供できるようにする方がいいのではないでしょうか。社会福祉と介護の分野の世界で活躍できるような若者や女性の人材育成は特に急がれるのではないでしょうか。DSC00330.JPG
人口減少が進む日本のこれから[2014年01月29日(Wed)]
 朝日新聞be1月4日付け「夏野剛の逆説進化論」から、人口密度が一定程度以下の地域への新たな公共投資は、やめるべきだと思う。過疎地に住むのは大変だから道路を造ってあげようとか、均衡のある国土の発展といった高度成長期の考えを捨てなくてはならない。人口20〜30万人の地方中核都市に公共サービスを集め、地方の拠点づくりを進めるべきと思う。地方にまんべんなく投資する時代は終わったのだ。住宅を1か所に集め、医療や介護、教育などの公共サービスの効率化を図る。財政破綻した北海道夕張市は中央部に市営住宅を新設し、住人は市内各地の市営住宅から引っ越した。市の中央に人を集めてあまりお金をかけずに公共サービスの質を維持するという苦肉の策だ。20年までにその先の強烈な人口減少社会をにらんだ国造りができるかどうか。その1点に子どもや孫の世代に豊かな日本を残せるかがかかっている。057.JPG

 このまま今までと同じことを続けていけば、子どもや孫の世代は大変な事態に陥ってしまう可能性が高いのではないでしょうか。どのようにすれば少しでも明るい将来を展望できるかと考えると、市の中心部に人を集めて公共サービスの質を高めるコンパクトシティーの発想が必要になるでしょう。現存するすべての市町村を存続させるよりも中核都市を拠点してサービスを集中することを考える必要があることはわかりますが、どのようにして先祖の土地を守り続けてきた人たちを納得させることができるか真摯に向き合って考える必要があるでしょう。人口減少で先細りするでも夢と希望を持てるビジョンを描いて社会づくりしなければならないでしょう。037.JPG
教育には多様性と考える力が必要[2014年01月28日(Tue)]
 朝日新聞1月4日付け「教育2014『教わる』から卒業」から、樋渡啓祐佐賀県武雄市長は言う。「今後は多様性がカギ。1人ひとりが知恵を出し合い、正解のない問いを考えて行く教育をしなければ、デジタルは、その有効な手段だ」。それに朝日新聞be1月4日付けでスプツニ子さんの記事から、日本の若者や社会に対しては、議論が苦手で、何が正しくて、何が正しくないかと自分で判断する力が不足しているように感じます。それは日本の学校が「正しいこと」を先生から一方的に教わる学習スタイルだから。アメリカンスクールでは、個人の考えとか関係なく、主張を入れ替えながらディベートしました。根拠を考えて主張をぶつけ合うことで「何が正しいか」を考える力をつけることができたのです。優等生ばかりが中枢に集まるシステムも問題ですね。失敗のリスクを恐れるあまり、誰も大きな間違いをしない。結果、イノベーション(革新)が生まれにくくなって組織自体の首を絞めかねません。lrg_20955353[1].jpg

 これからの日本の教育に必要なのは、多様性と自分で考え判断する力を磨くことではないでしょうか。1人ひとりが考え、お互いに論議を繰り返し、知恵を出し合って正解のない課題を解決する力を育てなければ、世界の中で生き抜く人間に成長できないでしょう。正答を求めるだけの教育は行き詰ってしまうでしょう。デジタルは興味関心を持たせて動機づけはできるかもしれませんが、あくまでも手段でしかありません。1人ひとりが異なった価値観を持つ多様な人たちと意思の疎通を図って論議をして結論を導き出そうとすることが大事なのでしょう。043.JPG
届かなかった年賀状[2014年01月27日(Mon)]
 2014年1月2日に藤沢市の友人から57歳の女性の友人の訃報の知らせを受けました。12月中に入院して手術をしましたが、術後の状態が悪く1月1日に亡くなりました。まだ若くこれから人生を謳歌しようというときだったので大変残念でした。042.jpg

 体調を壊して入院しているという噂は聞いていましたが、正月は元気に迎えているだろうと思って年賀状を出していましたが、結局届きませんでした。何年もご無沙汰していたので、顔を合わせて話すことができず後悔しています。人間いつどこでどのような事態になるかわからないの、会えるときはどこでも会うようにしたいと思います。温暖化が進むこれからも世の中は天災を含めて平穏でないかもしれないので、悔いのない人生を送ることを心がけ、できるときにできることをやっていきたいという気持ちが強くなっています。年始の訃報に触れてこれからの生き方を考えてみる機会になりました。010.jpg
遊びのある教育を送るためには余裕が必要では[2014年01月26日(Sun)]
 朝日新聞1月1日「遊びで学ぶ生きる力 俵 万智」から、物足りない子や、ついて行けない子に学ぶ喜びを教えるには、1学級の人数が多すぎる。まずは先生がゆとりを持てる仕組みが必要だと思う。016.JPG

 物足りない子どもは当然、ついて行けない子どもたちにも学ぶ喜びを与えるためには、子どもたちと一緒に教育をつくる教師が時間的にも精神的にも余裕を持って携わることが大変重要ではないでしょうか。今の教育現場は教員に保護者からの要望を含め過重な負担がかかっているような気がします。社会全般は教育並びに教員に求める要求水準が高いことは仕方ないと思いますが、高すぎるのはプレッシャーになり教員を追い詰めてしまうかもしれません。保護者を含めて社会が要因と一緒に子どもたちにとってより良い教育環境をつくってあげることが大事でしょう。教育の中に遊びがなくなってしまえば、心優しく、心豊かな教育はできないのではないでしょうか。030.JPG
自分の居場所を見つけて安心できる人生を[2014年01月25日(Sat)]
 朝日新聞1月1日「2014 もう一つの生き方」(宇田智子さん)から、少額でも地域でお金を回して行けば、お互いに生き延びられるし、つながりもできる。ちょっと店を空けるとき、お隣さんに声をかけるのを忘れても見ていてくれます。売り上げがとても少ない日でも、まあいいかっていう安心感がある。古本屋の店を始めて2年、続けられてこられたのは、この小さな世界が、私がようやく見つけた自分の居場所だからなんだと思いました。人は助けたり助けられたりして生きているんだ、返せるときは返せばいいんだ、と思うようになりました。017.jpg

 大都市圏でも地方でも1人ひとりの安心できる居場所となり得る小さな世界がたくさん出来上がれば、どんなに心優しい社会になるでしょうか。これから人口減少と高齢化が進む社会に合っては、経済成長最優先よりも1人ひとりが安心して生活できる成熟した社会にすることが必要なのではないでしょうか。お互いにできないことを助け合い支え合い顔がはっきり見える社会になることで安全な生活が保障されるのではないでしょうか。032.jpg
話し合って信じ合える関係づくりを[2014年01月24日(Fri)]
  朝日新聞2014年1月1日「異才面談 岡田 武史」から、話し合いしかない。国と国、文化と文化がぶつかれば、接点を探るしかない。政治家はわかっているはずだけど、引くに引けない。日本だったら支持率が下がる。中国なら政変が起こる。002.jpg

 日本は中国、韓国とのよりよい関係づくりができず苦労していますが、お互いに信じ合って話し合うことしか信頼を築く手段はないのでしょう。お互いの文化を認め合い、共通の歴史認識を共有できるように3者が共同で話し合って結論を導き出ししか解決の方法はないのでしょう。目先のことだけを考え国民の支持を得たり、機嫌を取ったりという小手先のことでは根本は変わらないでしょう。本音でじっくり話し合うことが大変大事だと思います。110.jpg
政治家と政治屋さんを見分ける目を持ちたい[2014年01月23日(Thu)]
 政治に携わる人には政治家と政治屋が混在している可能性があります。政治家は、首長を含めて住民、都道府県民、国民のためになる信念のある政治を目ざしている人ですが、政治屋さんは政治を生活するための手段として人のためにというよりは自分のために考えているのではないでしょうか。南アフリカのマンデラ氏のように利権やしがらみと関係のない人々のために働くことができる政治家が必要とされているのではないでしょうか。006.JPG

 真の政治家が人々のために優しい政治を心がけて取り組んでくれれば、社会的な格差も解消ができるかもしれませんが、まだ浸透しているような気がします。これからの社会は、公助が先細り、自助だけでは何ともならなくなってきます。今こそ共助を中心に据えた共生社会を目指して行かなければならないでしょう。その共助と共生社会を支えるのがNPO法人や市民団体ではないでしょうか。多くの政治家が共助と共生社会の意義を認めて舵取りをしてほしいと思います。006.jpg
雪の少ない正月と激戦の箱根駅伝[2014年01月22日(Wed)]
 長期予報では寒くて積雪の多い冬が予想されましたが、2014年の正月は、風は強いもののまとまった積雪がなく比較的穏やかな正月を過ごすことができました。私は藤里町にUターンして初めてと言っていいほどです。北海道や長野、新潟県では暴風雪や大雪になっているようなので、北国とは言っても住んでいる場所によって受ける影響は異なっているようです。013 (2).jpg

 おせち料理とお雑煮を食べ、美味しい地酒を飲んでコタツとストーブで暖まり、定番の箱根駅伝を観て、順位が変動するレースに一喜一憂して各選手の感動的な走りに声援を送りました。箱根の山登りは見た目以上にきついと思いますが、沿道の声援に応えて苦しそうな顔をしないで力走している姿には感動します。途中棄権してしまう選手は背負っている伝統や同僚の思いの大きさに潰されそうになってしまうのではないでしょうか。頑張った結果がそうなってしまったのだから、責めることはできないと思います。結局東洋大学が圧倒的な強さでゴールのテープを切りましたが、毎年感動的なストーリーを演出してくれる選手に感謝します。009.JPG
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