「定時制」西吉野農高が担う地域貢献と後継者問題 #老いる社会[2026年03月14日(Sat)]
Yahooニュースオリジナル特集2025年8月30日付け「畑で見つけた“自分が主人公の人生” 「定時制」西吉野農高が担う地域貢献と後継者問題 #老いる社会」から、奈良県五條市にある西吉野農業高校は、全国でも珍しい定時制農業高校だ。2021年に開校、全国から生徒が集まる。
なぜ若者は、農業科しかない小さな高校を選ぶのか。現役の生徒と卒業生、生徒たちを受け入れる地元農家らに取材した。
宝石箱を開けるように見せてくれた 手の中の野菜
奈良県中西部にある五條市立西吉野農業高校。敷地内のあちこちに実習用の畑がある。
4年生の光本心透(しと)さんが畝(うね=作物を植え付けるために土を盛り上げたもの)の脇にしゃがんで小さな実を取った。それを両手でそっと包んで、まるで宝石箱を開けるように私に見せてくれた。小さなナスのような実だ。
「紫唐辛子という、奈良特産の大和野菜の一つです。唐辛子ですが、甘いんですよ」 同級生の東晴人さんが畝にかかった白いカバーを指す。
「土の中の温度を一定に保つこと、葉が土に触れて虫に食われたり菌で病気になったりすることを防いでくれます」 「あっちに五條市から栽培実験を委託された畝がありますよ」と案内してくれた畑は、畝が4本走っていた。赤オクラという、さやの表面が赤いオクラを植えている。4本あるのはそれぞれにまいた肥料を変えているからだ。どの肥料をやるとどう育つのか、比較実験をしている。
「わ、これは育ちすぎたかも……」と光本さんが一本の畝から慌てたように実を取って東さんに見せた。確かに20センチくらいある。「うーん育ちすぎかな」と東さんもクビをひねった。
西吉野農業高校は2021年に開校した、全国的にも珍しい昼間定時制の農業高校だ。教頭の中久保孝徳先生は開校の経緯をこう話す。
「五條市は柿の名産地で、市町村別生産地として日本一です。しかし、他の農業地域と同様に、働き手不足と高齢化の問題を抱えています。そこで、地域の農業の担い手育成のために、前身の五條市立奈良県立五條高校賀名生(あのう)分校が閉校したのに伴い、市立の農業高校として新しくスタートしました」
「同じ進路」はつまらない
専門的な勉強を望み東京出る
「定時制高校」も「農業高校」も、全国的に統廃合が進む。その両者を掛け合わせた「定時制×農業」の高校を、地域の高齢化・人手不足・後継者難の対策として、ぶつけてきたわけである。開校して4年、その取り組みはどう進んでいるのか。
定時制なので4年制で、全校生徒は66人。8割が市外・県外出身者で寮生活を送る。東さんは奈良市、光本さんは東京都出身だ。
東さんは、ある漫画を読んで農業に興味を持ったという。 「僕が農業高校に惹かれたのは、『銀の匙』という漫画を読んでから。いろんな人の手があって自分たちの食卓ができているんだとわかりました。それから生産者の人にむちゃくちゃ憧れた。登場人物が熱いトークをするのがいいんです。それで農業系の学校を探して、地元農家さんでの実習があるここに決めました」
実習で気づいたのは、本当のプロ・ファーマーとは何か、ということだった。
「ただ果樹を育てるだけでなく、自分の果樹と他の果樹との差別化をどう図るか。自分だけの顧客をつくってどう売り上げを伸ばしていくか。販売戦略を立てるところまで考えて、プロ・ファーマーなんだなと思いました」
卒業後は実習させてくれた柿農家で働く予定だ。
「やっぱり五條の柿ってめっちゃおいしいんですよ。でも通学路の柿畑が切り倒されてどんどんなくなっています。そういう景色を目の当たりにして『それはあかんやろ』と思って。修業して、いずれ独立して自分の柿畑を持つのが目標です」
光本さんは、西吉野農業高校を選んだ理由をこう話す。 「中学のときは勉強が苦手で……定時制は(普通科の3年課程を)4年でやるので、ついていけるだろうと思って来ました。おかげで勉強が好きになりました」
横にいた東さんが笑った。
「好きどころか、そいつ学校で一番ですよ、しかもぶっちぎりで」
光本さんが照れた。
「中学の先生からは『普通科に行って大学進学を』と言われたんですが、みんな同じ進路しか考えてなくて、つまらないと感じたんです。東京から出た暮らしもしてみたかった。それで専門的な勉強ができる定時制農業高校で寮費も安いここにしました」
全国の定時制・通信制に通う高校生が、自らの学校体験を発表する「生活体験発表会」(主催・全国高等学校定時制通信制教育振興会)という催しがある。光本さんは奈良県で最優秀賞を取り、全国大会で文部科学省初等中等教育局長賞を受賞した。「主人公」と題されたその文章には、中学時代は何事も中途半端な自分が大嫌いだった光本さんが、西吉野農業高校に進学して自信を取り戻し、自分の人生の主人公になっていく過程が記されていた。
「今は東京の農業大学に進学を考えています。ここで農作物の育て方という技術を学んだので、今度は大学で例えば柿という植物はどういう植物なのか、という知識を学びたい。ゆくゆくは知識と技術を身につけて、お世話になった五條の農家さんのお手伝いをしたい。バイトで行くと、昼ご飯は高校生に合わせたカレーとかハンバーグとかたっぷり用意してくれてて、東京から来て何にもわからない私を大切に育ててくれたんですよ。あと、東が作った柿を東京に売りたいですね」 と、光本さんは笑った。
「不登校生の受け皿」だけではない「農業×教育」の面白さ
定時制高校は勤労青少年に後期中等教育の機会を保障するため、1948年の新制高校制度と同時に始まった。最盛期には高校生の4〜5人に一人が定時制高校生だったという。
近年は勤労青少年が減少し、全日制課程の中途退学者や中学校の不登校経験者など、多様な生徒が学ぶ場になっている。
前出の中久保先生は「うちは学力はバラエティー豊か」と笑いつつ、「でもやはり農業にかける思いは必要」と言う。 光本さんもこう話す。
「定時制というとすぐ不登校生の受け皿という見方をされます。そういう部分もありますけど、農業を積極的に学びたい高校生がいることも知ってほしい」
中久保先生は学校見学の相談をよく受ける。
「農業という専門性のある勉強をして、学外の人との交流も多い。同じ定時制でも普通科とはだいぶ様相が違うので、見学希望者にはまずその説明からします」
もちろん、熱意をもって志願してくる生徒もいる。中久保先生が「教師生活で初めて見た」という「満点の内申書」で受験を申し込んできた生徒もいた。
「すごく悩んだんですが、中学に『書類のミスではないですか?』と問い合わせたんです。すると本当にその生徒は農業に関心が強く、うちを希望してくれていたんです。入学後も頑張っていますよ」 中久保先生自身は、奈良県内の高校を卒業後、スポーツをやりたくて関東の農業大学に進んだが、そこで農業教育の面白さに目覚め、農業科の教師として生きる道を選んだという。
「花卉(かき)について教えるのが好きなんです。例えばシクラメンの開花に向けて葉を一枚ずつ丁寧に広げて日光が当たるようにしてやる。それで素晴らしい花を咲かせます。農業の面白さは手をかければかけるほど成果があること。教育と似ていると思います」
「労働力」×「収入」へ人材バンクのような仕組みを
西吉野農業高校では、これまで6人の卒業生が地元で就農している。その第1期生が、犬塚洸希(みつき)さん(22)だ。大阪出身で「手に職がつく進学がしたい」と考えてここにやってきた。
「食べることが好きなこと、自分が第1期生で寮なども新しいことが魅力でした。母親に相談したら『いいんちゃう?』ぐらいのノリで、バッグ一つで大阪から来ました。ただし、『逃げて帰って来るな』とは言われてます」
犬塚さんは、1年生の冬、実習で知り合った「中上(なかうえ)農場」の中上豊之(ひろゆき)さん(49)からアルバイトに誘われた。
中上さんは地元農家で作る「五條市立西吉野農業高等学校を支援する会」の会長でもある。
犬塚さんはバイトも実習も全て中上農場で過ごし、最終学年の4年生のときは週4回も通った。学校のある日は「あと何日で中上さんのところにいける」と指折り数えるほど。卒業を控えた日、「(うちに)来るか」「はい」という短い会話で就職が決まった。犬塚さんは「僕は本当に尊敬する人の下で働けてラッキー」と喜ぶ。
中上さんは「犬塚は最初からいちいち『これは何ですか』と盛んに質問をしてくるんですよ。コミュニケーションが取れて、やる気も感じてましたから」と笑顔の一方で、こうも語る。
「後継者がいなくて廃業する農家さんの話も最近はちらほら聞くようになりました。今のメインの農家さんは60代、70代。そこから体が辛くなって後を継がせようにも子どもはもう別の仕事をしている。私が先祖代々のこの農場で働きだしたのが20歳のときでしたから、農業の仕事をするなら20代のうちに始めたほうがよいです」
とはいえ、どの農家も若い人を社員として積極的に雇えるかというと、難しい。
「例えば私の農場では1年間12カ月の間で収入があるのは8カ月です。12カ月収入がある農家は珍しい。8カ月あるのはよいほうだと思います。そういう農家の事情では社員を雇うのは、大きな決断が要ります」 中上農場では柿などの果樹、仏花などの花卉、ミョウガなどの野菜を収穫している。
「この間、ミョウガをイノシシに食われて。ミョウガは土の中で茎がつながっているから、1カ所やられるとイノシシの口の中の菌が回って全部やられる。刈り取っても土の中に菌が残っている場合があるので大変です」
二人で農作業をしているところを見学させてもらった。犬塚さんは「初めのころは体がきつくて本当に大変でした」というが、入社してフルタイムで働くようになって3年、息もぴったりだ。収穫用の道具をそろえるなど作業の先回りが早く、中上さんはもはや何も指示しなくていい。
中久保先生は、現在の農家と働き手をめぐる環境をこう説明する。
「人手が足りない農家があって、そこで働きたい若者もいます。しかし年間を通じて安定した収入を得て、社会保険制度に加入して休日もある、という職場は少ない」
これは個人農家だけでは解決できない問題である。中久保先生ら西吉野農業高校の先生たちはこんなことを考えている。
「人材バンクのようなものを設立して、収穫期のある農家さんを1年かけてぐるぐる回るようなシステムが必要でしょうね。農家さんは一定の労働力を、働き手は一定の収入を得られるメリットがあると思います」
取材を終え、光本さんをフォトグラファーの車で寮まで送ることになった。彼女の支度を待っていると、体の前後に大きなリュックをしょって戻って来た。帰省の準備かと思ったら違う。 「さっきの赤オクラの課題研究を農業高校の報告会で発表しないといけないんです。
そのスライド作りが忙しくて」 親元を離れて4年、「何も知らない女の子」だった彼女が先生や仲間たちの応援を受けて、人生という畑を耕してここまできた。多様な教育の重要性を考えずにいられない。
奈良県五條市にある西吉野農業高校は、全国でも珍しい定時制農業高校だ。2021年に開校、全国から生徒が集まる。西吉野農業高校は2021年に開校した、全国的にも珍しい昼間定時制の農業高校だ。「五條市は柿の名産地で、市町村別生産地として日本一です。しかし、他の農業地域と同様に、働き手不足と高齢化の問題を抱えています。そこで、地域の農業の担い手育成のために、前身の五條市立奈良県立五條高校賀名生(あのう)分校が閉校したのに伴い、市立の農業高校として新しくスタートしました」「定時制高校」も「農業高校」も、全国的に統廃合が進む。その両者を掛け合わせた「定時制×農業」の高校を、地域の高齢化・人手不足・後継者難の対策として、ぶつけてきたわけである。開校して4年、その取り組みはどう進んでいるのか。定時制なので4年制で、全校生徒は66人。8割が市外・県外出身者で寮生活を送る。東さんは奈良市、光本さんは東京都出身だ。素晴らしいですね。特色のある多様な高校が国内に増えれば地方の地域が活性化していくのではないでしょうか。「中学のときは勉強が苦手で……定時制は(普通科の3年課程を)4年でやるので、ついていけるだろうと思って来ました。おかげで勉強が好きになりました」中学時代は何事も中途半端な自分が大嫌いだった光本さんが、西吉野農業高校に進学して自信を取り戻し、自分の人生の主人公になっていく過程が記されていた。定時制高校は勤労青少年に後期中等教育の機会を保障するため、1948年の新制高校制度と同時に始まった。最盛期には高校生の4〜5人に一人が定時制高校生だったという。近年は勤労青少年が減少し、全日制課程の中途退学者や中学校の不登校経験者など、多様な生徒が学ぶ場になっている。多様な生徒を受け入れる魅力的な学校が増えればいいですね。「定時制というとすぐ不登校生の受け皿という見方をされます。そういう部分もありますけど、農業を積極的に学びたい高校生がいることも知ってほしい」西吉野農業高校では、これまで6人の卒業生が地元で就農している。「後継者がいなくて廃業する農家さんの話も最近はちらほら聞くようになりました。今のメインの農家さんは60代、70代。そこから体が辛くなって後を継がせようにも子どもはもう別の仕事をしている。私が先祖代々のこの農場で働きだしたのが20歳のときでしたから、農業の仕事をするなら20代のうちに始めたほうがよいです」若い世代の人たちが農業を継いでもらえないと日本の農業を維持することができなくなるでしょう。「人手が足りない農家があって、そこで働きたい若者もいます。しかし年間を通じて安定した収入を得て、社会保険制度に加入して休日もある、という職場は少ない」「人材バンクのようなものを設立して、収穫期のある農家さんを1年かけてぐるぐる回るようなシステムが必要でしょうね。農家さんは一定の労働力を、働き手は一定の収入を得られるメリットがあると思います」確かに農業で生活することができなければ増えないかもしれません。多様な教育の重要性を考えずにいられない。日本では画一的で、均質的な学校教育が行われていることが問題かもしれません。子どもたちが学びたいと思う多様な魅力的な学校があり、一人ひとりの子どもたちのための教育が行われなければ日本の明るい未来を展望することはできないのでしょう。
なぜ若者は、農業科しかない小さな高校を選ぶのか。現役の生徒と卒業生、生徒たちを受け入れる地元農家らに取材した。
宝石箱を開けるように見せてくれた 手の中の野菜
奈良県中西部にある五條市立西吉野農業高校。敷地内のあちこちに実習用の畑がある。
4年生の光本心透(しと)さんが畝(うね=作物を植え付けるために土を盛り上げたもの)の脇にしゃがんで小さな実を取った。それを両手でそっと包んで、まるで宝石箱を開けるように私に見せてくれた。小さなナスのような実だ。
「紫唐辛子という、奈良特産の大和野菜の一つです。唐辛子ですが、甘いんですよ」 同級生の東晴人さんが畝にかかった白いカバーを指す。
「土の中の温度を一定に保つこと、葉が土に触れて虫に食われたり菌で病気になったりすることを防いでくれます」 「あっちに五條市から栽培実験を委託された畝がありますよ」と案内してくれた畑は、畝が4本走っていた。赤オクラという、さやの表面が赤いオクラを植えている。4本あるのはそれぞれにまいた肥料を変えているからだ。どの肥料をやるとどう育つのか、比較実験をしている。
「わ、これは育ちすぎたかも……」と光本さんが一本の畝から慌てたように実を取って東さんに見せた。確かに20センチくらいある。「うーん育ちすぎかな」と東さんもクビをひねった。
西吉野農業高校は2021年に開校した、全国的にも珍しい昼間定時制の農業高校だ。教頭の中久保孝徳先生は開校の経緯をこう話す。
「五條市は柿の名産地で、市町村別生産地として日本一です。しかし、他の農業地域と同様に、働き手不足と高齢化の問題を抱えています。そこで、地域の農業の担い手育成のために、前身の五條市立奈良県立五條高校賀名生(あのう)分校が閉校したのに伴い、市立の農業高校として新しくスタートしました」
「同じ進路」はつまらない
専門的な勉強を望み東京出る
「定時制高校」も「農業高校」も、全国的に統廃合が進む。その両者を掛け合わせた「定時制×農業」の高校を、地域の高齢化・人手不足・後継者難の対策として、ぶつけてきたわけである。開校して4年、その取り組みはどう進んでいるのか。
定時制なので4年制で、全校生徒は66人。8割が市外・県外出身者で寮生活を送る。東さんは奈良市、光本さんは東京都出身だ。
東さんは、ある漫画を読んで農業に興味を持ったという。 「僕が農業高校に惹かれたのは、『銀の匙』という漫画を読んでから。いろんな人の手があって自分たちの食卓ができているんだとわかりました。それから生産者の人にむちゃくちゃ憧れた。登場人物が熱いトークをするのがいいんです。それで農業系の学校を探して、地元農家さんでの実習があるここに決めました」
実習で気づいたのは、本当のプロ・ファーマーとは何か、ということだった。
「ただ果樹を育てるだけでなく、自分の果樹と他の果樹との差別化をどう図るか。自分だけの顧客をつくってどう売り上げを伸ばしていくか。販売戦略を立てるところまで考えて、プロ・ファーマーなんだなと思いました」
卒業後は実習させてくれた柿農家で働く予定だ。
「やっぱり五條の柿ってめっちゃおいしいんですよ。でも通学路の柿畑が切り倒されてどんどんなくなっています。そういう景色を目の当たりにして『それはあかんやろ』と思って。修業して、いずれ独立して自分の柿畑を持つのが目標です」
光本さんは、西吉野農業高校を選んだ理由をこう話す。 「中学のときは勉強が苦手で……定時制は(普通科の3年課程を)4年でやるので、ついていけるだろうと思って来ました。おかげで勉強が好きになりました」
横にいた東さんが笑った。
「好きどころか、そいつ学校で一番ですよ、しかもぶっちぎりで」
光本さんが照れた。
「中学の先生からは『普通科に行って大学進学を』と言われたんですが、みんな同じ進路しか考えてなくて、つまらないと感じたんです。東京から出た暮らしもしてみたかった。それで専門的な勉強ができる定時制農業高校で寮費も安いここにしました」
全国の定時制・通信制に通う高校生が、自らの学校体験を発表する「生活体験発表会」(主催・全国高等学校定時制通信制教育振興会)という催しがある。光本さんは奈良県で最優秀賞を取り、全国大会で文部科学省初等中等教育局長賞を受賞した。「主人公」と題されたその文章には、中学時代は何事も中途半端な自分が大嫌いだった光本さんが、西吉野農業高校に進学して自信を取り戻し、自分の人生の主人公になっていく過程が記されていた。
「今は東京の農業大学に進学を考えています。ここで農作物の育て方という技術を学んだので、今度は大学で例えば柿という植物はどういう植物なのか、という知識を学びたい。ゆくゆくは知識と技術を身につけて、お世話になった五條の農家さんのお手伝いをしたい。バイトで行くと、昼ご飯は高校生に合わせたカレーとかハンバーグとかたっぷり用意してくれてて、東京から来て何にもわからない私を大切に育ててくれたんですよ。あと、東が作った柿を東京に売りたいですね」 と、光本さんは笑った。
「不登校生の受け皿」だけではない「農業×教育」の面白さ
定時制高校は勤労青少年に後期中等教育の機会を保障するため、1948年の新制高校制度と同時に始まった。最盛期には高校生の4〜5人に一人が定時制高校生だったという。
近年は勤労青少年が減少し、全日制課程の中途退学者や中学校の不登校経験者など、多様な生徒が学ぶ場になっている。
前出の中久保先生は「うちは学力はバラエティー豊か」と笑いつつ、「でもやはり農業にかける思いは必要」と言う。 光本さんもこう話す。
「定時制というとすぐ不登校生の受け皿という見方をされます。そういう部分もありますけど、農業を積極的に学びたい高校生がいることも知ってほしい」
中久保先生は学校見学の相談をよく受ける。
「農業という専門性のある勉強をして、学外の人との交流も多い。同じ定時制でも普通科とはだいぶ様相が違うので、見学希望者にはまずその説明からします」
もちろん、熱意をもって志願してくる生徒もいる。中久保先生が「教師生活で初めて見た」という「満点の内申書」で受験を申し込んできた生徒もいた。
「すごく悩んだんですが、中学に『書類のミスではないですか?』と問い合わせたんです。すると本当にその生徒は農業に関心が強く、うちを希望してくれていたんです。入学後も頑張っていますよ」 中久保先生自身は、奈良県内の高校を卒業後、スポーツをやりたくて関東の農業大学に進んだが、そこで農業教育の面白さに目覚め、農業科の教師として生きる道を選んだという。
「花卉(かき)について教えるのが好きなんです。例えばシクラメンの開花に向けて葉を一枚ずつ丁寧に広げて日光が当たるようにしてやる。それで素晴らしい花を咲かせます。農業の面白さは手をかければかけるほど成果があること。教育と似ていると思います」
「労働力」×「収入」へ人材バンクのような仕組みを
西吉野農業高校では、これまで6人の卒業生が地元で就農している。その第1期生が、犬塚洸希(みつき)さん(22)だ。大阪出身で「手に職がつく進学がしたい」と考えてここにやってきた。
「食べることが好きなこと、自分が第1期生で寮なども新しいことが魅力でした。母親に相談したら『いいんちゃう?』ぐらいのノリで、バッグ一つで大阪から来ました。ただし、『逃げて帰って来るな』とは言われてます」
犬塚さんは、1年生の冬、実習で知り合った「中上(なかうえ)農場」の中上豊之(ひろゆき)さん(49)からアルバイトに誘われた。
中上さんは地元農家で作る「五條市立西吉野農業高等学校を支援する会」の会長でもある。
犬塚さんはバイトも実習も全て中上農場で過ごし、最終学年の4年生のときは週4回も通った。学校のある日は「あと何日で中上さんのところにいける」と指折り数えるほど。卒業を控えた日、「(うちに)来るか」「はい」という短い会話で就職が決まった。犬塚さんは「僕は本当に尊敬する人の下で働けてラッキー」と喜ぶ。
中上さんは「犬塚は最初からいちいち『これは何ですか』と盛んに質問をしてくるんですよ。コミュニケーションが取れて、やる気も感じてましたから」と笑顔の一方で、こうも語る。
「後継者がいなくて廃業する農家さんの話も最近はちらほら聞くようになりました。今のメインの農家さんは60代、70代。そこから体が辛くなって後を継がせようにも子どもはもう別の仕事をしている。私が先祖代々のこの農場で働きだしたのが20歳のときでしたから、農業の仕事をするなら20代のうちに始めたほうがよいです」
とはいえ、どの農家も若い人を社員として積極的に雇えるかというと、難しい。
「例えば私の農場では1年間12カ月の間で収入があるのは8カ月です。12カ月収入がある農家は珍しい。8カ月あるのはよいほうだと思います。そういう農家の事情では社員を雇うのは、大きな決断が要ります」 中上農場では柿などの果樹、仏花などの花卉、ミョウガなどの野菜を収穫している。
「この間、ミョウガをイノシシに食われて。ミョウガは土の中で茎がつながっているから、1カ所やられるとイノシシの口の中の菌が回って全部やられる。刈り取っても土の中に菌が残っている場合があるので大変です」
二人で農作業をしているところを見学させてもらった。犬塚さんは「初めのころは体がきつくて本当に大変でした」というが、入社してフルタイムで働くようになって3年、息もぴったりだ。収穫用の道具をそろえるなど作業の先回りが早く、中上さんはもはや何も指示しなくていい。
中久保先生は、現在の農家と働き手をめぐる環境をこう説明する。
「人手が足りない農家があって、そこで働きたい若者もいます。しかし年間を通じて安定した収入を得て、社会保険制度に加入して休日もある、という職場は少ない」
これは個人農家だけでは解決できない問題である。中久保先生ら西吉野農業高校の先生たちはこんなことを考えている。
「人材バンクのようなものを設立して、収穫期のある農家さんを1年かけてぐるぐる回るようなシステムが必要でしょうね。農家さんは一定の労働力を、働き手は一定の収入を得られるメリットがあると思います」
取材を終え、光本さんをフォトグラファーの車で寮まで送ることになった。彼女の支度を待っていると、体の前後に大きなリュックをしょって戻って来た。帰省の準備かと思ったら違う。 「さっきの赤オクラの課題研究を農業高校の報告会で発表しないといけないんです。
そのスライド作りが忙しくて」 親元を離れて4年、「何も知らない女の子」だった彼女が先生や仲間たちの応援を受けて、人生という畑を耕してここまできた。多様な教育の重要性を考えずにいられない。
奈良県五條市にある西吉野農業高校は、全国でも珍しい定時制農業高校だ。2021年に開校、全国から生徒が集まる。西吉野農業高校は2021年に開校した、全国的にも珍しい昼間定時制の農業高校だ。「五條市は柿の名産地で、市町村別生産地として日本一です。しかし、他の農業地域と同様に、働き手不足と高齢化の問題を抱えています。そこで、地域の農業の担い手育成のために、前身の五條市立奈良県立五條高校賀名生(あのう)分校が閉校したのに伴い、市立の農業高校として新しくスタートしました」「定時制高校」も「農業高校」も、全国的に統廃合が進む。その両者を掛け合わせた「定時制×農業」の高校を、地域の高齢化・人手不足・後継者難の対策として、ぶつけてきたわけである。開校して4年、その取り組みはどう進んでいるのか。定時制なので4年制で、全校生徒は66人。8割が市外・県外出身者で寮生活を送る。東さんは奈良市、光本さんは東京都出身だ。素晴らしいですね。特色のある多様な高校が国内に増えれば地方の地域が活性化していくのではないでしょうか。「中学のときは勉強が苦手で……定時制は(普通科の3年課程を)4年でやるので、ついていけるだろうと思って来ました。おかげで勉強が好きになりました」中学時代は何事も中途半端な自分が大嫌いだった光本さんが、西吉野農業高校に進学して自信を取り戻し、自分の人生の主人公になっていく過程が記されていた。定時制高校は勤労青少年に後期中等教育の機会を保障するため、1948年の新制高校制度と同時に始まった。最盛期には高校生の4〜5人に一人が定時制高校生だったという。近年は勤労青少年が減少し、全日制課程の中途退学者や中学校の不登校経験者など、多様な生徒が学ぶ場になっている。多様な生徒を受け入れる魅力的な学校が増えればいいですね。「定時制というとすぐ不登校生の受け皿という見方をされます。そういう部分もありますけど、農業を積極的に学びたい高校生がいることも知ってほしい」西吉野農業高校では、これまで6人の卒業生が地元で就農している。「後継者がいなくて廃業する農家さんの話も最近はちらほら聞くようになりました。今のメインの農家さんは60代、70代。そこから体が辛くなって後を継がせようにも子どもはもう別の仕事をしている。私が先祖代々のこの農場で働きだしたのが20歳のときでしたから、農業の仕事をするなら20代のうちに始めたほうがよいです」若い世代の人たちが農業を継いでもらえないと日本の農業を維持することができなくなるでしょう。「人手が足りない農家があって、そこで働きたい若者もいます。しかし年間を通じて安定した収入を得て、社会保険制度に加入して休日もある、という職場は少ない」「人材バンクのようなものを設立して、収穫期のある農家さんを1年かけてぐるぐる回るようなシステムが必要でしょうね。農家さんは一定の労働力を、働き手は一定の収入を得られるメリットがあると思います」確かに農業で生活することができなければ増えないかもしれません。多様な教育の重要性を考えずにいられない。日本では画一的で、均質的な学校教育が行われていることが問題かもしれません。子どもたちが学びたいと思う多様な魅力的な学校があり、一人ひとりの子どもたちのための教育が行われなければ日本の明るい未来を展望することはできないのでしょう。



